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【第56回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーフィニッシュのポーズ(1)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第56回 フィニッシュのポーズ(1)

■パ・ド・ドゥの締めくくり

連載第34回から2年にわたってお送りしてきた「パ・ド・ドゥ編」の最後として、パ・ド・ドゥを締めくくるフィニッシュのポーズを解説します。

バレエのパ・ド・ドゥにもいろいろありますが、この連載では、19世紀に初演されて現在まで踊り継がれている古典全幕作品を中心に説明してきました。20世紀以降のパ・ド・ドゥ作品になりますとフィニッシュのポーズが多種多様で、簡単には整理ができないので、今回は古典全幕作品に限って紹介します。

ちなみにパ・ド・ドゥのフィニッシュはポーズ(静止)だけではありません。主役2人が袖幕の中へ退出するフィニッシュもあります。古典全幕作品の「グラン・パ・ド・ドゥ」は、アダージオとコーダでフィニッシュのポーズは異なりますが(注1)、アダージオのフィニッシュは2人が舞台中央でポーズを決め、コーダのフィニッシュは2人で袖幕へはけるというパターンもあります。すぐに思い浮かぶのは、「フロリナ姫と青い鳥のパ・ド・ドゥ」と「ディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥ」でしょう(注2)

フィニッシュのポーズは、男性が女性を支えているか、男性と女性が接触することなく並んでいるかで大きく2つに分けられます。さらに詳しく分類すれば、次の8つのパターンがあります。

〈男性が女性を支えるパターン〉
(1)女性がアラベスクになる
(2)女性がアティテュードになる
(3)女性がリフトされる
(4)フィッシュ・ダイヴ
(5)その他

〈男女が並ぶパターン〉
(6)男女が同じポーズで並ぶ
(7)男女が対称のポーズで並ぶ
(8)男女が異なるポーズで並ぶ

それでは、おもにグラン・パ・ド・ドゥのアダージオを例として、それぞれのパターンを説明しましょう。

■アラベスクとアティテュード

統計的に確認していませんが、印象としては、パ・ド・ドゥのフィニッシュでは女性がアラベスクまたはアティテュードになるパターンがいちばん多い気がします。まずフィニッシュでアラベスクになる典型は、『白鳥の湖』のオデットとオディールです。『白鳥の湖』第2幕、オデットと王子のアダージオでは、オデットがアラベスク・パンシェ(第27回)で頭を低くして後ろ脚を高く伸ばし、それを王子が支えてフィニッシュします。王子が片腕を前方斜め上、片脚を後方斜め下へ伸ばすことで、白鳥たちの列を背後にして、2人の四肢が放射状に美しく伸びて締めくくられる振付です。

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パリ・オペラ座バレエのヌレエフ版『白鳥の湖』より第2幕。ドロテ・ジルベール演じるオデットと、ギヨーム・ディオップ演じる王子のパ・ド・ドゥです。フィニッシュのアラベスク・パンシェは2分19秒から。

いっぽう『白鳥の湖』第3幕、オディールと王子のアダージオでは、①オディールがアラベスクまたはアティテュード・デリエールになり、それを王子が後ろから同じ方向を向いて支える、②それを王子が向かい合って支える、③オディールがアラベスク・パンシェになり、それを王子が跪いて支えるという3つのパターンが定番です。①と②では、フィニッシュでオディールが力強く顎を上げてポーズします。パリ・オペラ座バレエのヌレエフ版は③で、オデットもオディールも同じアラベスク・パンシェでフィニッシュするのですが、オデットの悲しげなポーズとオディールのふてぶてしいポーズが対照的になっています。

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英国ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』より第3幕。ゼナイダ・ヤノウスキー演じるオディールと、ニーアマイア・キッシュ演じるジークフリート王子のグラン・パ・ド・ドゥです。アティテュードのフィニッシュは5分14秒から。

『ラ・バヤデール』では、第2幕のガムザッティとソロルのアダージオと第3幕のニキヤとソロルのアダージオが、どちらも女性のアティテュードでフィニッシュするのですが、そのポーズから受ける印象は対照的です。ガムザッティはアティテュード・ドゥヴァン・オン・ポワントで、喜びの顔を客席正面へ向け、片手を上げてフィニッシュします。ニキヤはアティテュード・デリエール・オン・ポワントで、悲しげな顔で天を仰ぎ、それを跪いたソロルが背後から支えます。フィニッシュのポーズだけを見ても明と暗がはっきり表れています。

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ユース・アメリカ・グランプリのガラより、『ラ・バヤデール』のガムザッティとソロルのパ・ド・ドゥの映像です。ガムザッティをイザベラ・ボイルストン、ソロルをマシュー・ゴールディングが演じています。フィニッシュは5分23秒から。
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東京バレエ団の『ラ・バヤデール』より第2幕(注3)上野水香演じるニキヤと、柄本弾演じるソロルのアダージオです。フィニッシュは1分23秒から。

『ジゼル』第2幕、ジゼルとアルブレヒトのアダージオでは、フィニッシュがアラベスクです。ジゼルが後ろ脚をあまり高く上げないかたちのアラベスクでポーズする場合と、身体を水平にして後ろ脚も水平に伸ばすポーズの場合があります。男性はジゼルの前に跪き、顔をうつむけた姿勢で支えるパターンが典型的でしょう(注4)

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英国ロイヤル・バレエの『ジゼル』より第2幕。ナタリア・オシポワ演じるジゼルと、カルロス・アコスタ演じるアルブレヒトのアダージオです。4分47秒からアラベスクのフィニッシュを観ることができます。

『ドン・キホーテ』第1幕、キトリとバジルのアダージオでは、キトリがアティテュード・ドゥヴァンになり、思い切り身体を後ろへ反らして頭を腰より低くするフィニッシュをよく見ます。このときバジルはキトリの腰を片手で支え、もういっぽうの手を上にあげてポーズを決めます。勢いのあるかっこいい2人の決めポーズです。

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牧阿佐美バレヱ団の『ドン・キホーテ』より第1幕。キトリを阿部裕恵、バジルを清瀧千晴が演じています。勢いのあるフィニッシュは1分46秒から。

■リフトとフィッシュ・ダイヴ

華やかな決めポーズとして、リフト(第34353638394041回)とフィッシュ・ダイヴ(第37回)は欠かせません。

『ライモンダ』と『パキータ』は、どちらも全幕での上演が少ない演目ですが、ガラ公演などで主役のグラン・パ・ド・ドゥを鑑賞する機会は少なくありません。そして『ライモンダ』第3幕のライモンダとジャン・ド・ブリエンヌのアダージオと、『パキータ』第2幕のパキータとリュシアンのアダージオには、ショルダー・シットのリフト(第36回)でフィニッシュするという共通点があります。ただし、女性のポーズは異なっており、『ライモンダ』では片手を腰、もういっぽうを頭の後ろに当てるハンガリアン・ダンスのポーズをします。『パキータ』では両手を上にあげてアン・オーにします。

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マリインスキー・バレエ『ライモンダ』より第3幕。ライモンダをヴィクトリア・テリョーシキナ、ジャン・ド・ブリエンヌをザンダー・パリッシュが演じています。3分50秒からフィニッシュのリフトを観ることができます。

英国ロイヤル・バレエの『眠れる森の美女』第3幕、フロリナ姫と青い鳥のアダージオでは、女性がおなかを男性の肩に乗せて身体を水平にするショルダー・リフト、いわゆる「青い鳥のリフト」がフィニッシュのポーズです。ただしほかのバレエ団の振付では、このパ・ド・ドゥの最後は、女性をリフトから下ろして男性は立ち、女性が片膝を床に突いて、2人が並んでポーズすることが多いです(第36回で解説済み)。

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英国ロイヤル・バレエの『眠れる森の美女』より「青い鳥のパ・ド・ドゥ」の映像です。ヤスミン・ナグディがフロリナ王女、マシュー・ボールが青い鳥を演じています。「青い鳥のリフト」は2分22秒から。

『眠りの森の美女』第3幕、オーロラと王子のアダージオのフィニッシュと言えば、フィッシュ・ダイヴが有名です。女性の頭が床すれすれまで低くなるポーズを男性が支えます。男性が女性の身体を支える方法には、女性を両手で支える、片手で支える、両手を放すという3パターンがありますが、最近はアクロバティックに両手を放す場合が増えていると思います。

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NBAバレエ団『眠れる森の美女』より第3幕のアダージオ。オーロラ姫を野久保奈央、デジレ王子を刑部星矢が演じています。4分51秒からフィッシュ・ダイヴを観ることができます。こちらの映像では男性が両手を放して身体を支えています。

『コッペリア』第3幕、スワニルダとフランツのアダージオは、少し変わったフィッシュ・ダイヴで締めくくられることが多いです。通常のフィッシュ・ダイヴは男女が同じ方向を向き、女性が手前、男性が奥になって支えますが、『コッペリア』では男女が逆の方向を向き、女性が奥、男性が手前になって支えます。この優雅な造形のフィッシュ・ダイヴについては、第37回でも紹介いたしました。

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英国ロイヤル・バレエ『コッペリア』より第3幕。マリアネラ・ヌニェス演じるスワニルダと、ワディム・ムンタギロフ演じるフランツのアダージオです。優雅なフィニッシュは4分5秒から。

(注1)「グラン・パ・ド・ドゥ」とは、古典全幕作品の主役男女がクライマックスで踊るパ・ド・ドゥの形式で、基本的に4曲から構成されています。すなわち①男女がゆっくりなテンポで踊る「アダージオ」、②男性がソロで踊る「男性ヴァリエーション」(仏語は「ヴァリアシオン」)、③女性がソロで踊る「女性ヴァリエーション」、④男女が速いテンポで踊る「コーダ」です。この4曲に、主役男女以外のソリストのソロが挿入されることもあります。この形式は、19世紀にマリウス・プティパが確立したと言われています。

(注2)主役のパ・ド・ドゥではありませんが、『眠れる森の美女』第3幕は「フロリナ姫と青い鳥」だけでなく、「赤ずきんと狼のパ・ド・ドゥ」と「白い猫と長靴を履いた猫のパ・ド・ドゥ」も、フィニッシュでは2人で袖の中にはけるのが定番の振付です。

(注3)東京バレエ団等が上演しているナタリア・マカロワ版『ラ・バヤデール』は全3幕構成。ガムザッティとソロルの婚約式のパ・ド・ドゥは第1幕第3場、ニキヤとソロルの「影の王国」のアダージオは第2幕で踊られます。

(注4)『ジゼル』第2幕では、死んでウィリになったジゼルとアルブレヒトは触れ合えないという設定なので、このフィニッシュでは男性が手で女性の身体を支えることはせず、女性が男性の背後からさりげなくよりかかるポーズになります。

(発行日:2024年3月25日)

次回は…

第58回は今回の続きで、男女が並ぶパ・ド・ドゥのフィニッシュなどをご紹介します。発行予定日は2024年4月25日です。第59回より「コール・ド・バレエ編」をお送りする予定です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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