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【第35回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーさまざまなハイ・リフト

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

35回 さまざまなハイ・リフト

■ア・ラ・スゴンドとルティレのハイ・リフト

前回は、男性が女性を頭上より高く上げて静止し、女性のポーズを印象的付けるリフト、つまり「ポーズを見せるハイ・リフト」の代表として、「アラベスク・リフト」を取り上げました。今回は、アラベスク以外のさまざまなポーズを見せるハイ・リフトを紹介します。

まず、ア・ラ・スゴンドのポーズを見せるハイ・リフトですが、これは第34回の「注4」で既に言及しました。『ドン・キホーテ』第1幕終盤、全員でのコーダの中盤で、バジルがキトリを片腕一本でハイ・リフトを2回行う場面です。このときキトリは、アラベスクのポーズではなく、左脚をア・ラ・スゴンドに高く上げて右脚をまっすぐ下ろすことがあります。ア・ラ・スゴンドは、明るくて開放的なキトリのキャラクターにふさわしいポーズです。この『ドン・キホーテ』第1幕終盤のハイ・リフトの振付は、アラベスクよりもむしろア・ラ・スゴンドのほうが多いかもしれません(注1)

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英国ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』第1幕より。マリアネラ・ヌニェス演じるキトリとカルロス・アコスタ演じるバジルの息の合ったハイ・リフトは3分27秒からです。この動画では、ア・ラ・スゴンドの振付になっています。

アラベスクのポーズでルティレになるハイ・リフトも、第34回に紹介済みです。改めて説明しますと、男性が頭上に伸ばした両腕で女性の腰と太腿を支え、女性の上げているほうの脚は水平よりも高く、仰角20度ぐらいに上がり、反対の下ろしているほうの脚は折り曲げられ、くさびの形となって右膝は真下を向きます。女性単独でアラベスクとルティレを同時に行ってポーズすることは不可能ですから、「アラベスク+ルティレ」はリフトならではのポーズです。

前回は、「アラベスク+ルティレ」のリフトの例として、『白鳥の湖』第3幕と『ドン・キホーテ』第3幕、それぞれのグラン・パ・ド・ドゥのアダージオを紹介しました。ほかに『パキータ』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥのアダージオにも登場します。

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『パキータ』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥよりアダージオです。ナタリア・エルショワセルゲイ・ポルーニンによる一連のリフトは、1分32秒から。

■プレーン・リフトとチェア・リフト

プレーン・リフトというのは英語の”plane”(飛行機)に由来する通称です。男性が頭上に伸ばした両腕で女性の腰を支え、女性の身体が空中で水平になるリフトです。飛行機の水平飛行のような体勢ですが、クラシック・バレエでは飛行機のように両腕をまっすぐ横に伸ばすことはせず、両腕はアン・オーにしたり、揃えて頭上に伸ばしたりします。

プレーン・リフトと言えば、『ジゼル』第2幕、ウィリになったジゼルがアルブレヒトと再会するパ・ド・ドゥでしょう。森の中、ジゼルの墓参りに来たアルブレヒトの前にジゼルが現れる場面で、アルブレヒトがジゼルをプレーン・リフトで2回、高く持ち上げます(注2)。これは、ジゼルが超自然的な力で空中に浮いている状態を表現しています。このリフトの前の場面では、アルブレヒトがジゼルの姿を発見し、彼女を抱きしめようとするのですが、ジゼルの身体がアルブレヒトの腕をすり抜けてしまい、どうしても抱きしめられないという演技が繰り返されます。肉体を失って亡霊となったジゼルの悲しい境遇を描写するパ・ド・ドゥです。

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英国ロイヤル・バレエより『ジゼル』第2幕、マリアネラ・ヌニェス演じるジゼルとワディム・ムンタギロフ演じるアルブレヒトのパ・ド・ドゥです。一連のシーンは1分35秒から、ハイ・リフトは2分8秒から観ることができます。

チェア・リフトというのは英語の”chair”(椅子)に由来する通称です。男性が頭上に伸ばした片腕または両腕で女性の臀部を支え、女性は男性の手の上に座っているように見えるリフトです。女性は膝を曲げていることも、伸ばしていることもあります(注3)

チェア・リフトが印象的な作品は、フレデリック・アシュトン振付『春の声』です。ヨハン・シュトラウス2世の有名なワルツ「春の声」を使った5分ほどのパ・ド・ドゥで、とても楽しい振付です。イントロとともに下手袖から男女が登場し、すぐに男性が女性をチェア・リフトで持ち上げます。女性は両手に紙吹雪を持っていて、男性に運ばれながら紙片を花びらのように撒き散らします。その後、「アラベスク+ルティレ」のリフトでも紙片を撒き散らします。また、この作品はエンディングでも、チェア・リフトのポーズで上手袖へ退場します。

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英国ロイヤル・バレエより『春の声』です。冒頭から、リャーン・ベンジャミンカルロス・アコスタのチェア・リフトを観ることができます。

『ラ・バヤデール』第1幕では、ラジャの宮殿で踊られる「ニキヤと奴隷の踊り」(別名「スカーフ・パ・ド・ドゥ」)にチェア・リフトが登場します。踊りの最後に奴隷役の男性ソリストがニキヤを片腕で持ち上げ、ニキヤが高い位置から花を撒く場面です(注4)

■アクロバティックなハイ・リフト

ユーリー・グリゴローヴィチ振付の『スパルタクス』全幕は、20世紀の古典と言ってよいでしょう。その第2幕、「スパルタクスとフリーギアのアダージオ」の振付には、ダイナミックなリフトがたくさん含まれています。中でも印象的なのは、終盤、ハチャトリアンの音楽が盛り上がる中、スパルタクスが右腕一本でフリーギアを持ち上げるアクロバティックなハイ・リフトです。
フリーギアはスパルタクスの右手に腰を支えられて、空中でアラベスク・パンシェのポーズになります。そして、そのままスパルタクスに運ばれて舞台を回ります。さらにスパルタクスが立ち止まり、フリーギアは下に垂らしていた左脚をゆっくりク・ド・ピエにして「シャチホコ」のようなポーズになると、愛のタワーが完成します。客席から自然と拍手の湧き上がる大きな見せ場となっています。

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『スパルタクス』より、ミハイル・ロブーヒン演じるスパルタクスとアンナ・ニクーリナ演じるフリーギアのアダージオです。冒頭からリフトが続きますが、25秒から一連のアクロバティックなハイ・リフトが登場します。

アクロバティックと言えば、中国から広東雑技団が来日し、『アクロバティック白鳥の湖』と題した公演を行ったことがありました(2006・2007年)。この時は、白いチュチュを着てポアントを履いたオデットが、王子が水平に伸ばした右腕の上腕三頭筋の上につま先を立て、アラベスクやアティチュードのポーズをしたので驚きました。さらには、王子の頭頂部につま先を立ててアラベスクのポーズをしたので、もっとびっくりしました。たいへん特殊ですが、これらもハイ・リフトの一種です。

(注1)筆者の手元で確認できる『ドン・キホーテ』第1幕の映像10本を確認したところ、アラベスクが4本、ア・ラ・スゴンドが6本でした。

(注2)プレーン・リフトをしない振付もあります。

(注3)日本では、男性が片腕で支えるチェア・リフトのことを「出前」と呼ぶことがあるそうです。

(注4)チェア・リフトは、ほかにも『コッペリア』第3幕のフィナーレで使われることがあります。

(発行日:2022年6月25日)

次回は…

第36回は、『眠れる森の美女』や『ライモンダ』に何度も登場する「ショルダー・リフト」を取り上げる予定です。発行予定日は2022年7月25日です。第37回以降も、さまざまなリフトのテクニックを紹介します。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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