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【第33回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーレヴェランス

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

33回 レヴェランス

■バレエの優雅なお辞儀

バレエの動作として、踊り終わった後の優雅な挨拶の所作を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。今回は、バレエのお辞儀の動作を取り上げます。バレエでは、「レヴェランス」(révérence)と言います。フランス語の名詞“révérence”は「尊敬」、「崇拝」という意味で、そこから、相手を敬う気持ちを表す丁寧なお辞儀を意味する言葉になりました。

バレエのレヴェランスの仕方には、とても多くの種類があります。例えば、レッスンの最後に生徒が教師への感謝を示すために行うレヴェランスと、プロのダンサーがカーテンコールの時に舞台上から観客へ向かって行うレヴェランスでは差異があります。この連載は「鑑賞のため」ですから、舞台上でのレヴェランスについて説明しましょう。

■膝を曲げて行うレヴェランス

カーテンコールの時、あるいはヴァリエーションを踊り終えた時に女性ダンサーが行うレヴェランスは、基本的には左足を後ろに引いて立ち(クロワゼ・デリエール)、右膝を曲げて頭を下げる動作です(右足を後ろに引いて立つこともあります)。後ろの脚の膝を床に付けるまで深く曲げることも、後ろの脚は伸ばしたまま軽く曲げることもあります。

この時、ポール・ド・ブラ(第2930回)にさまざまなパターンがあります。例えば、右手を頭上にゆっくり上げた後、膝を曲げながら右手を下ろすパターンを比較的よく見ます。下ろした右手は、胸のあたりに添えることも、横に開くこともあります(注1)。右手だけでなく、両手を一緒に上げて(アン・オー)から下ろすレヴェランスも一般的です。左右の手を順番に上げ下ろしするレヴェランスもあります。

いっぽう、男性ダンサーも膝を曲げるレヴェランスを行うことはありますが、多くの場合は、右手または両手を上げた後、膝は曲げずに頭を下げます。上半身はごく普通のお辞儀で、足は両踵を付けて外へ開くことが多いと思います(注2)

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こちらは3年にいちど、世界のトップダンサーが一堂に会する「世界バレエフェスティバル」。華と技を競ったダンサーたち全員が『眠れる森の美女』よりアポテオーズの音楽で再び舞台に登場しレヴェランスをするカーテンコールは、このフェスティバルの名物でもあります。この映像は2015年に開催された第14回のAプロのカーテンコール。様々なタイプのレヴェランスを堪能することができます。

このように膝を曲げて頭を下げるレヴェランスは、ヨーロッパの宮廷貴族の挨拶が起源と思われます。しかし、バレエの舞台挨拶に取り入れられたのは意外に遅く、19世紀末、マリウス・プティパの時代です。1886年、プティパがイタリアからロシアへ呼び寄せた女性ダンサー、ヴィルジニア・ツッキが、この丁寧なお辞儀をマリインスキー劇場で初めて行い、以後バレエの習慣になりました。ツッキは、プティパ振付の『パキータ』、『ファラオの娘』、『コッペリア』、『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』、『エスメラルダ』(以上プティパ版の初演順)などを主演した当時のスターダンサーでした。

ところで、演技が終わって幕が下り、観客からの拍手が続いて再び幕が上がった時、出演したダンサーたちは、通常、どちらかの脚を後ろへ引いたクロワゼ・デリエールのポーズで立っています。そこから舞台前方へ進み出てレヴェランスを行うのですが、筆者は、この舞台前方への移動も見どころだと思っています。1歩1歩足を前へ運んで進む姿が美しく、たいへんバレエらしい動きだからです。そもそも作品中でも、ただ歩くことはたやすくありません。日常的な歩行では悪目立ちしますし、単に気どって歩けばよいわけではありません。歩行もバレエの規範に則って行う必要があります。舞台上で一番難しい動きは、ただ歩くことだと言われるほどです。

■さまざまなレヴェランス

古典作品の中で踊り終わった後、観客からの拍手に応えて行うレヴェランスは、役柄に合わせたアレンジが加わります。

例えば『白鳥の湖』のオデットとオディールは、それぞれヴァリエーションを踊り終えた後は、腕を羽ばたかせるようにしながら舞台中央へと進み出て、白鳥のような仕草をしながらレヴェランスを行うことがあります。また、オデットのはかない美しさ、オディールの攻撃的な力強さなど、役の性格、雰囲気は、レヴェランスでの演技でも表現されます。

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こちらはウクライナの名門キエフ・バレエが2022年1月に上演した『白鳥の湖』全編の映像です。オデットとオディール、それぞれの役柄が見事に表れた美しいレヴェランスを見ることができます。

『ラ・シルフィード』では、主役のシルフィードは、レヴェランスの最後に、人差し指を軽く立てた右手を左頬の近くに置き、左手を右肘の下に添えるポーズをします。これは、風の精霊を表現するポーズです。『ラ・バヤデール』のニキヤは、右手を右肩、左手を左肩に当てたポーズでレヴェランスをすることがあります。これは神殿の舞姫を表現するポーズです。

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これらの映像ではレヴェランスは行っていませんが、シルフィードの「人差し指を頬の近くに添えるポーズ」ニキヤの「手を肩に当てるポーズ」を見ることができます。

『ドン・キホーテ』のキトリとバジルは、ヴァリエーションの後、左手を腰に当てたままで膝を曲げるレヴェランスをします。これはスペイン舞踊らしさを表現するための動作です。腰に手を当てたままのレヴェランスは、『ライモンダ』『パキータ』の主役でも見られます。

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東京バレエ団の『ドン・キホーテ』第3幕より。12分5秒から、手を腰に当てたまま行うスペイン風のレヴェランスを見ることができます。見事な演技を見せたあとにふさわしい、粋で堂々とした風情がとても格好良いお辞儀です。

主役以外のレヴェランスもさまざまです。キャラクターダンス(民族舞踊)を踊り終えたダンサーたちのレヴェランスは、片手または両手を腰に当てることが多いです。『眠れる森の美女』の「長靴を履いた猫の踊り」では、猫の扮装をした男女のダンサーが、軽く握った両手を猫の手のように胸の前にかざしてレヴェランスをします。『ラ・バヤデール』の「黄金の像の踊り」では、全身を金色に塗ったダンサーが、親指と人差し指で輪を作る仏像の印(いん)のポーズでレヴェランスをします。ほかにも手と腕のポーズは、合掌したり、手首をクロスさせたり、スカートの裾を片手または両手でつまんだり、両手の人差し指を立てて前にかざしたり(注3)多種多様ですが、いずれも頭を下げてお辞儀をする動作は共通しています。

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これらの映像ではレヴェランスは行っていませんが、「長靴を履いた猫の踊り」の猫のような手や、「黄金の像の踊り」の仏像の印(いん)のポーズを見ることができます。

レヴェランスも演技の一部です。例えば、『ジゼル』『白鳥の湖』などの悲劇では、最初のカーテンコールでは悲し気な表情でレヴェランスをして、2度目以降のカーテンコールで素の表情になって観客の歓声に応えることがあります。劇場で素晴らしい踊りを楽しんで、さらに最後にダンサーのレヴェランスとその表情にも注目していただければと思います。

さて、今回で本連載はひと区切りとなります。著者が、これまでの連載を一覧して参照しやすいリンク集(総目次)を作って公開しましたので、よろしければご利用ください。そして連載は次回から「パ・ド・ドゥ編」へと続きます。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

(注1)腕を横に伸ばす「ア・ラ・スゴンド」のポジションにすることも、手のひらを上に向けて腕を斜め前に差し伸べることもあります。

(注2)両足の踵を付けて足を外へ180度開く1番のポジションではなく、両足を平行にする6番ポジションと1番ポジションの間ぐらいのポーズが一般的です。たまに3番ポジションのように片足をもう一方の足の後ろに付けた男性のレヴェランスも見ます。

(注3)両手の人差し指を立てて前にかざすポーズは、『くるみ割り人形』第2幕の「中国の踊り」でよく使われており、レヴェランスもそのポーズのままで行う場合が多いと思います。しかし、近年の欧米では、人差し指を立てるポーズは、中国人に対するかつての偏見とステレオタイプに基づくもので、人種差別的ではないかと問題視されています。ニューヨーク・シティ・バレエ、英国ロイヤル・バレエは、「中国の踊り」の振付を変更しました。ベルリン国立バレエは、「中国の踊り」と「アラビアの踊り」が人種差別的という理由で、『くるみ割り人形』の公演自体を中止しました。

(発行日:2022年4月25日)

次回は…

バレエのさまざまな動きを鑑賞者の視点から紹介してきたこの連載は、次回から「パ・ド・ドゥの美技」を始めます。第34回は「リフト(1)」です。男性が女性を頭上高く持ち上げる華麗な技を紹介する予定です。

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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