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【第31回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーマイム(1)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

31回 マイム(1)

■ポール・ド・ブラとマイム

バレエを特徴づける上半身の動きとして、第2930回はポール・ド・ブラの説明をしました。続いて今回と次回は、同じく上半身の動きが中心となる「マイム」(mime)がテーマです。まずはポール・ド・ブラとマイムがかなり近い存在であることから説明しましょう。

マイムは、舞台上で台詞を使わず、身ぶり手ぶりで事物や感情を表現する技術であり、つまり「パントマイム」(pantomime)のことです。もともとマイムという言葉は、台詞のない無言劇(黙劇)のことを意味していましたが、現在ではパントマイムと同義に使われています。ただし、バレエでは、パントマイムとは言わず、マイムと呼ぶのが慣例です。ちなみにバレエ用語は圧倒的にフランス語を使いますが、「マイム」は英語風の発音で、フランス語ならば「ミーム」となります。

さて、物語バレエの舞台を、踊りではない芝居の場面と、踊りの場面から構成されていると考えてみましょう。例えば『くるみ割り人形』第1幕であれば、お客さんがクララの家族に挨拶をする場面は前者、ドロッセルマイヤーが操る人形たちが踊る場面や、お客さんたちが列を作って踊る場面は後者です。このように2つに分けるならば、マイムを芝居の場面の腕運び、ポール・ド・ブラを踊りの場面の腕運びと説明することができるでしょう。前者を「演劇的動作」、後者を「舞踊的動作」と呼ぶこともできます。

このような分類は、大づかみに理解するには役立ちます。しかし、すぐに分かると思いますが、実際には、芝居の場面と踊りの場面をきれいに分けることはできません。物語バレエでは、芝居をしながら踊り、踊りながら芝居をするからです。したがって、マイムとポール・ド・ブラも画然と分けることができず、マイムのようなポール・ド・ブラ、ポール・ド・ブラのようなマイムが多数存在します。例えば、第29回で紹介した「役柄を表すポール・ド・ブラ」(鳥の羽ばたき、人形の動き等)は、マイムのようなポール・ド・ブラの典型でしょう。いっぽう、『白鳥の湖』第2幕のオデットは、自分の身の上をマイムで語るとき、「両腕を羽ばたくように動かす動作」で《白鳥》を表しますが、これはポール・ド・ブラのようなマイムです。

■ジェスチャーとマイム

次に、ジェスチャーとマイムの関係について、少し詳しく説明します。

イギリスの動物行動学者、デズモンド・モリスは、人間のジェスチャーを6つに分類しました(注1)。彼によれば、話し言葉と同じように、身ぶりで特定の意味を表すことができるように体系化した身体動作の集まりが「コード・ジェスチャー」です(注2)。最も精緻なコード・ジェスチャーは、聴覚障がい者の方が用いる「手話」でしょう。また、船舶・航空のスタッフが用いる「手信号」や、野球や柔道などスポーツの審判が用いるジャッジの動作も、コード・ジェスチャーの一種です。

バレエのマイムも、このコード・ジェスチャーの一種です。伝統的なダンスには、コード・ジェスチャーを用いるものが少なくありません。例えば、フラ(ハワイアン・ダンス)のハンド・モーションと、インド古典舞踊の「ムドラー」は、どちらも大変語彙の豊富なコード・ジェスチャーですし、日本舞踊の所作にもコード・ジェスチャーと呼べるものがあります。

バレエのマイムも多くの語彙を含んでいます。英国ロイヤル・バレエが制作したDVD『バレエ・マイム事典』(新書館, 2003/現在は取扱なし)は、バレエ教師がマイムを実演している映像が収録されており、それに語句索引が付いています。この語句索引に並んでいる単語(名詞、動詞、形容詞など)を数えてみたところ、約90個ありました。もちろん、このDVDにバレエのマイムのすべてが収録されているわけではありません。

バレエのマイムは、次のような3つに分類できます。

(a) 欧米・日本の両方で、日常生活でも使うジェスチャー

(b) 欧米では日常生活で使うが、日本では使わないジェスチャー

(c) 欧米でも日本でも、バレエでしか使わないジェスチャー

(a)の例としては、《私》のマイムは「右手で自分の胸を指す」、《あなた》のマイムは「右手で相手を指す」、《ここ》は「右手で近くを指す」、《向こう》または《遠い》は「右手で離れた場所を指す」、《祈る》は「胸の前で両手を合わせる」、《聞く》は「耳たぶのあたりに手をかざす」などです。このようなマイムであれば、バレエを初めて見る人でもきっと演技の意味がわかるでしょう。

(b)の例としては、《見る》または《見た》は「人差し指または手のひらで、自分の両目を指す」、《お金》は「右手の平を上に向け、親指と人差し指・中指を軽くこすり合わせる」などです。日本でこれらのジェスチャーをする人はあまりいないと思いますが、外国映画などで見知っている方はいると思います。筆者はイギリスで、これらを普通の人が当たり前のようにしているのを体験しました。

もっとも、ジェスチャーは地域によって差が大きく、時代によっても変わってゆきます。欧米でも同じジェスチャーを使う地域・使わない地域がありますし、いま日本で使われていないジェスチャーも、将来普及するかもしれません。例えば、《いいね》を表す「片手の親指を立てる動作」は、かつて日本でしている人を見たことがありませんでしたが、今はときどき目にするようになりました。

■バレエ特有のジェスチャー10種

ここからは(c)の、現在ではバレエでしかお目にかかれないジェスチャーを中心に説明します。(c)のマイムは知識なしでは意味がわかりませんし、知らなければ見逃す可能性も高くなります。そこで今回は、古典全幕作品によく登場する(c)のマイムで、バレエ鑑賞者にぜひ知っておいてほしいものを10種類選んで紹介します。

まず、筆者がバレエらしいマイムとして最初に思い浮かべるのは、《踊る》のマイムです。両手を頭上に上げて、手をぐるぐる2度ほど糸巻のように縦に回します。古典全幕作品では、芝居の場面から踊りの場面に移行するきっかけとして、登場人物のひとりが「踊りましょう」、「踊って下さい」の意味でこのマイムをします。また、『ジゼル』第2幕で、ミルタがヒラリオンとアルブレヒトに向かってこのマイムをするときは、「踊れ」という命令になります。

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オーストラリア・バレエ『ジゼル』のマイムについて解説している映像をご紹介しましょう。こちらの動画では、日本人プリンシパルの近藤亜香も実演モデルを務めています。《踊る》のマイムが見られるのは、1分ちょうどからです。

《美しい顔》または《美人》のマイムは、右手の甲で左の頬から右の頬までをなでるような動作です。右手を自分の顔の輪郭にそって1周させるように見えます。これもとてもバレエらしいマイムです。男性が美しい女性に出会ったときに、「なんて美しい人だ」という台詞の代わりに行うマイムですが、『ジゼル』第1幕ではアルブレヒトがジゼルに向かってするだけでなく、バチルドもジゼルの顔を見て同じマイムをすることがあります。

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こちらはボストン・バレエによるマイムを解説した映像です。リハーサルでは『ジゼル』第1幕でアルブレヒトがジゼルに向かって、「あなたは美しい人だ」とマイムで表現しています。一連のシーンは8秒から見ることができます。

《愛する》のマイムは、両手で、自分の左胸の心臓あたりを包むように触れる動作です。古典全幕作品は喜劇・悲劇を問わず、例外なく主人公の男女の恋愛が物語の中心となっていますので、《愛する》のマイムはほぼ出現すると言ってよいでしょう。『海賊』では、コンラッドがメドーラに向かってします。同作では、サイード・パシャもハーレムの女性に向かって同じマイムをすることがありますが、その場合は「すごく好み」ぐらいの軽い意味でしょう。

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マリインスキー・バレエ『海賊』より第2幕。コンラッドがメドーラに愛を伝えるマイムは53秒から見ることができます。

《結婚する》のマイムも頻出します。左腕を前に伸ばし、右手で左手の薬指を指す動作です。これは、結婚指輪を左手薬指につける西欧の風習に由来しています。なぜ左手薬指かというと、かつては左手薬指の血管が、左胸にある心臓へまっすぐ通じていると信じられていたからだと言われています。『白鳥の湖』第3幕では、王子がロットバルトに唆(そそのか)されて、このマイムでオディールとの結婚を宣言してしまいます。

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マリインスキー・バレエによる、マイムを紹介する映像です。『ジゼル』第1幕のバチルドについて解説しています。《結婚する》のマイムが見られるのは1分54秒から。

《誓う》のマイムは、左手を左胸の心臓のあたりに当て、右手は人差し指と中指の2本をそろえて立てて、頭上高くまっすぐかざします。天上にいる神に誓うという意味の動作です。『白鳥の湖』では王子がこのマイムでオデットとオディールの両方に誓いを立て、『ジゼル』ではアルブレヒトがジゼルに誓います。

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こちらもボストン・バレエの映像より。『ジゼル』の第1幕でアルブレヒトがジゼルに誓うマイムが43秒から見られます。

《泣く》のマイムは、両手を目のすぐ下あたりに当て、小さく上下に動かします。両手の指を細かく動かくこともあります。これは涙が流れる様子を表すジェスチャーで、悲しそうな表情をしながら行いますので、初めて見た観客でも分かるかもしれません。次回詳しく説明する予定ですが、『白鳥の湖』第2幕では、オデットがこのマイムを使い、「この湖は、母が泣いた涙でできました」と身ぶりで語ります。

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ペンシルベニア・バレエ(現フィラデルフィア・バレエ)によるマイムを紹介する映像です。52秒から、《泣く》のマイムを見ることができます。

《怒る》のマイムは、両手のこぶしを握った腕を上に立てて、軽く前後に振ります。頭上まで両手を上げて振ると、ぷんぷん怒っているような感じになります。『コッペリア』の冒頭、スワニルダのヴァリエーションでは、挨拶をしても返事をしてくれないコッペリアに対して、スワニルダがこのマイムで可愛く怒ります。

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こちらは英国ロイヤル・バレエ『コッペリア』の第1幕のリハーサル映像です。21分50秒から、スワニルダが可愛らしく怒るようすを見ることができます。

《死ぬ》は、《殺す》、《呪う》、《邪悪》のマイムと同じ動作です。2つのパターンがあります。第1のパターンは、両手のこぶしを握り、両腕を顔の前でクロスさせてから、そのまま下へぐいっと下げる動作です。『ジゼル』第2幕では、ミルタがヒラリオンとアルブレヒトに対して、《踊る》のマイムと《死ぬ》のマイムで「踊って死ね」と命令します。第2のパターンは、右手で空中にある何かを握りつぶすようにした後、そのこぶしを振り下ろす動作です。『ラ・バヤデール』第1幕では、ドゥグマンタ(ガムザッティの父親)がハイ・ブラーミン(大僧正)に対して、「ニキヤは殺す」という台詞の代わりに、このマイムを行います。

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こちらもオーストラリア・バレエによるマイムを集めた映像から。1分56秒より、『ジゼル』第2幕でミルタが「踊って死ね」と命じるマイムを見ることができます。
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マリインスキー・バレエによるマイムを解説する映像で、1分36秒から第2のパターンを見ることができます。こちらは先ほど例に挙げた『ラ・バヤデール』第1幕の別のシーンで、ハイ・ブラーミンがソロル(ニキヤの恋人)への嫉妬心をむき出しにして「殺す」というマイムを使います。

《王》または《王妃》のマイムにも、両手と片手で2つのパターンがあります。第1は、両手で王冠を持つようにして、頭上へかざす動作です。第2は、右手の指をそろえて伸ばし、手首を軽く反らせて頭の左上に立て、そのまま頭の右上まで横に引く動作です。どちらも頭上の王冠を表現しています。王・王妃が登場する前、その接近に気づいた登場人物が、「王様(王妃様)がいらっしゃいます」という台詞の代わりに、このマイムを行います。『眠れる森の美女』のプロローグでは、式典長がこのマイムで貴族たちに王と王妃の来場を告げます。

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ニュージーランド・バレエの映像です。こちらでは上記の第2のパターンが登場します。『眠れる森の美女』第2幕でリラの精が頭上の王冠を片手で表現するシーン。1分30秒からです。

《~ではない》という否定を表現するマイムは、マイムの意味を正しく理解するために重要です。からだの前で両手首をクロスさせてから、クロスを解いて両腕を横に開く動作です。クロスさせたときの右手・左手の上下を変えて、クロスさせてから開く動作を2度繰り返すことも多いです。この動作だけで「来ない」、「いない」などを表現することもありますが、ほかのマイムに続けて行うことで、「死なない」、「愛していない」、「怒ってない」などを表現することができます。ヨーロッパの言語は基本的に「否定辞(英語ならば”not”)→述語」の語順ですが、バレエのマイムの否定は、日本語と同じく「述語→否定辞(ない)」の語順ですね。『コッペリア』第2幕では、梯子でコッペリウスの家に忍び込んだフランツに対し、コッペリウスが《怒る》と《~ではない》のマイムを組み合わせて、「もう怒ってないよ」と演技します。

★動画でチェック!
バレエシャンブルウエスト『コッペリア』より第2幕の映像です。《~ではない》という否定を表現するマイムは、59分51秒から。コッペリウスとフランツのやり取りに、たびたび登場しています。


(注1)
厳密に言えば、デズモンド・モリスは人間のジェスチャーを「1次ジェスチャー」と「2次ジェスチャー」に分け、1次ジェスチャーを6つに分類しました。彼によれば、意識的・意図的に行われるのが1次ジェスチャー、くしゃみやしゃっくりなど、偶発的に行われるのが2次ジェスチャーです(Desmond Morris『マンウォッチング』小学館, 2007. 原書は1977年刊)。

(注2)参考まで、モリスの6分類とは、「表出ジェスチャー」(顔面表情など、人間以外の動物にも見られる動作)、「模倣ジェスチャー」(動物、物品などの動きをまねる具象的な動作)、「形式ジェスチャー」(模倣ジェスチャーを省略、要約して様式化した動作)、「象徴ジェスチャー」(十字を切る動作のように抽象的で象徴的な動作)、「専門ジェスチャー」(特定の専門的職業でのみ通用する動作)、そして「コード・ジェスチャー」です(上掲書)。

(発行日:2022年2月25日)

次回は…

第32回は「マイム(2)」です。『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』、『ジゼル』、『リーズの結婚』に登場する長いマイムを紹介します。第33回は「レヴェランス」を予定しています。

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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