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【第32回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーマイム(2)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

32回 マイム(2)

前回は、古典全幕作品によく登場するマイムで、バレエ鑑賞者にぜひ知っておいてほしいものを10種類選んで紹介しました。動詞を表すマイムが7種類(《踊る》、《愛する》、《結婚する》、《誓う》、《泣く》、《怒る》、《死ぬ》)、名詞を表すマイムが2種類(《美しい顔》、《王・王妃》)、否定を表すマイム1種類(《~でない》)でした(注1)

今回は、長い台詞を表現するマイムのテクニックを紹介します。古典全幕作品の中でも、とりわけマイムが見どころとなる場面を取り上げます。紹介するのは、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ジゼル』、そして『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(リーズの結婚)に登場する4つの場面です。

■『白鳥の湖』のマイム
会話をマイムで行う最も有名な場面は、『白鳥の湖』第2幕、夜の湖畔でのオデット姫とジークフリート王子の出会いでしょう。演出によっては、マイムによる会話をほとんど省略していることもありますが、例えば英国ロイヤル・バレエは伝統的にこのマイムを大切にしており、オデットが自分にかけられた呪いをすべてマイムで説明します。2人の会話を通訳してみると、次の通りです。

王子:あなたここなぜいるのですか?

オデット:白鳥たちの女王です。

王子:あなた女王なのですか! あなた敬意を表します。

オデット:あなた見ているむこうは、泣いた涙なのです。待ってむこう1人邪悪なものがいて、白鳥に変えてしまいました。でも、もしも1人の男性が私を愛して結婚誓ってくれたならば、私は白鳥の姿ではなくなることができます。

マイムの動きの1つずつに色を付けました。は、第31回で取り上げたマイムです(上記10種類以外で説明したマイムも含みます)。赤字は、今回初登場のマイムです。《なぜ》は「両手を広げて少し肩をすくめる」動作、《敬意を表する》は「膝を曲げてお辞儀する」動作です。《湖》は「少し前かがみになり、両手を細かく上下させて湖面の波を表す」という具象的な動作です。この3つは、いずれもマイムの知識がなくても伝わるジェスチャーだと思います。

テクニックとしてむずかしいのは、《待って》《1人》《でも》の違いです。《待って》は「右手の手の平を立てて、前に差し出す」、《1人》は「右手の人差し指を立てて、手の甲を相手に見せて前に差し出す」、《でも》(逆説の接続詞)は「右手の人差し指を立てて、手の平側を相手に見せて前に差し出す」です。《1人》《でも》は、知らないと見分けられないかもしれません。

★動画でチェック!
英国ロイヤル・バレエによる、マイムを紹介する映像です。『白鳥の湖』第1幕について解説しています。一連のマイムが見られるのは2分16秒から。4分28秒からは解説なしで見ることができます。

■『眠れる森の美女』のマイム

『眠りの森の美女』のプロローグでは、カラボスが、生まれたばかりのオーロラ姫にかける呪いを、長いマイムで宣言します。これも台詞にしてみましょう。

カラボス:お前たち、これから言うことをよく聞きなさい。あそこにいる赤ん坊は、成長して美しい顔優雅な女性になるでしょう。でも、糸つむぎの錘(つむ)が手に刺さり死んでしまうのです!

《言う》《話す》は「口から糸を吐くように両手を動かす」というジェスチャーです。《聞く》は、前回「耳たぶのあたりに手をかざす」というマイムを紹介しましたが、ここでは「両手で耳たぶのあたりを軽く2回たたく」というマイムが使われます。《赤ん坊》は「両手で赤ん坊を抱くしぐさ」なので、知らなくても分かります。《成長する》は「小さな子どもの頭を手で触れるしぐさを、背の高さをだんだん高くして3回行う」、《優雅な》は「右手で左袖の上をなぞり、次に左手で右袖の上をなぞる」です。そして《手に刺す》は「右手の指でつまんだ針で手をひと突きする」という具象的なマイムなので、見てすぐわかります。

この場面では、カラボスの呪いのマイムに続いて、リラの精が前へ進み出て、「オーロラ姫は死にません。眠るだけです」という意味のマイムを行います。

★動画でチェック!
ナッシュビル・バレエによる、マイムを紹介する映像です。『眠れる森の美女』プロローグのカラボスについて解説しています。一連のマイムが見られるのは44秒から。

■『ジゼル』のマイム

『ジゼル』第1幕では、ジゼルの母親のベルタが、ジゼルとその友人たちに、ウィリの伝説を長いマイムで語って聞かせます。いろいろなヴァージョンがありますが、例えば英国ロイヤル・バレエのピーター・ライト版では、次のような台詞を演じます。

ベルタ:あまり踊っていると、死んでしまいますよ。そして、暗いで、の下から次々と抜け出すウィリになってしまうのよ。そしてから抜け出したウィリたちは物音を聞いていて、森に迷い込んだ男を見つけると、ここ踊ってここ死ねと命ずるのです。

《暗い》は、「少しうつむき、両手を前に額の前にかざす動作」で、これは知らないと比較的分かりにくいマイムです。一方、《墓》は「右手で空中に縦線と横線を描いて十字架を表す」、《ウィリ》は「両手を後ろ手にして羽を表す」で、これらは具象的で分かりやすいと思います。「森に迷い込んだ男」の部分も、男が歩く様子を具象的に演技することがあります。

★動画でチェック!
サンフランシスコ・バレエによる、『ジゼル』第1幕のマイムを紹介する映像です。台詞とは少し異なるヴァージョンですが、ベルタがウィリの伝説をどうやって語っているか見ることができます。一連のマイムが見られるのは27秒からと53秒からです。

前回、『ジゼル』の演技でいくつものマイムを紹介した通り、『ジゼル』はマイムが活躍する作品です。主役のジゼルとアルブレヒト、そしてベルタはもちろんですが、森番のヒラリオンも、アルブレヒトの婚約者バチルドも、ウィリの女王ミルタもマイムで会話します。細かいマイムまで理解すれば、いっそう鑑賞が楽しくなると思います。

■『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』のマイム

最後に紹介するのは、筆者が古典バレエで一番好きなマイム・シーンです。

『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の初演は1789年で、今も上演され続けているバレエとしては最古の演目です。現在上演されているヴァージョンでは、フレデリック・アシュトン版が有名ですが、そのマイム・シーンは、バレエ・リュスで活躍したダンサーで英国バレエに大きな影響を与えたタマラ・カルサヴィナがアシュトンに教えたものだそうです(注2)

第2幕、リーズの母親シモーヌは、外出するときに家の外から鍵をかけてリーズを閉じ込めてしまいます。恋人のコーラスに会いたいリーズはしくしく泣きますが、やがて立ち上がり、恋人との将来を想像して一人芝居を始めます。この一人芝居のマイムを台詞にしてみます。

リーズ:はいつか、裾の長いドレスを着て、頭にベールをかぶってブーケを受け取って結婚するわ。そしてやがて妊娠するの。子どもは、1人2人いいえ3人ほしいわ。末っ子真ん中の子、そして上の子がいるの。真ん中の子には本を開いて勉強を教えましょう。間違えて逃げ出したら、捕まえてお尻をぺんぺんするのよ。末っ子の赤ちゃんは、そっと抱き上げてベッドに寝かせましょう。

オレンジ色の文字はバレエ特有のマイムではなく、一般的なパントマイムです。例えば《妊娠する》は「お腹を少し突き出して両手で大きなおなかをなぞる」など、たいへん具象的で分かりやすい動作の連続です。《末っ子、真ん中の子、そして上の子》は、カラボスの《成長して》とよく似ており、小さな子どもの頭を手で触れるしぐさを、背の高さをだんだん高くして3回行います。《お尻をぺんぺんする》は、自分の膝に子どもを乗せて軽く叩く真似をします(注3)。2分半ぐらい続く一人芝居ですが、抽象的なマイムは、前回紹介した《結婚する》=「右手で左手の薬指を指す」ぐらいです。ぜひ舞台または映像で、ダンサーの演技をご覧下さい。

★動画でチェック!
牧阿佐美バレヱ団による、『リーズの結婚』のストーリーを紹介する映像です。一連のマイムが見られるのは10分43秒から。

この後、リーズが藁束の上に赤ん坊を寝かせつける振りをしたところで、藁束の山の中にこっそり隠れていたコーラスが突然飛び出します。リーズはびっくりし、また一人芝居を見られていたのが恥ずかしくて、泣き出してしまうという場面に続きます。

さて、今回紹介した作品以外にも、魅力的なマイム・シーンはたくさんあります。例えば『コッペリア』第2幕では、フランツとコッペリウスの会話が、マイムでの長いやりとりになっています。『ラ・バヤデール』1幕では、ガムザッティとニキヤがマイムで言い争います。『くるみ割り人形』第2幕では、くるみ割り王子(またはクララ)がお菓子の国の人々に、ネズミと人形の戦争の顛末を長いマイムで報告することがあります。マイムを知って、もっとバレエを楽しんで下さい。

★動画でチェック!
英国ロイヤル・バレエによる、『くるみ割り人形』の映像です。冒頭から王子がマイムで語るシーンを見ることができます。

(注1)ここでは便宜的に動詞と名詞に分けましたが、《踊る》のマイムが《踊り》、《泣く》のマイムが《涙》を表せるように、動詞のマイムはいずれも名詞として使えます。《美しい顔》のマイムも、《美しい》という形容詞(述語)として使えます。

(注2)アシュトン版は1960年に英国ロイヤル・バレエで初演され、今では世界中で人気の演目となっています。バーミンガム・ロイヤル・バレエ、アメリカン・バレエ・シアター、ボストン・バレエ、ミハイロフスキー・バレエなどがレパートリーとしており、日本でも牧阿佐美バレヱ団が上演しています。

(注3)家庭教育においても体罰は厳禁というのが現代の常識ですね。でも、古典バレエ作品として伝統的な演出を尊重し、現代では不適切な表現もそのまま上演されています。

(発行日:2022年3月25日)

次回は…

第33回は「レヴェランス」です。バレエのさまざまな動きを紹介してきたこの連載も、第33回までをひと区切りとし、第34回からは「パ・ド・ドゥ編」を始めたいと思いますのでご期待ください。

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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