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【動画つき】加治屋百合子、野口聡一(宇宙飛行士)が登壇!ヒューストン・バレエ日本公演記者会見レポート

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【記者会見ダイジェスト動画】
00:10〜 ヒューストン・バレエの魅力
01:11〜 ヒューストン・バレエ『ジゼル』の特徴
03:03〜 スタントン・ウェルチ芸術監督よりビデオメッセージ
03:29〜 ジュリー・ケント芸術監督よりビデオメッセージ
04:40〜 アンバサダー野口さんのバレエの思い出
05:58〜 野口さんの好きなバレエ作品は?
07:17〜 野口さんが思うヒューストン・バレエの魅力
09:38〜 ケント&ウェルチ両芸術監督について
11:13〜 公演への意気込み

2025年7月、3年ぶりに来日するヒューストン・バレエ。今回の日本公演では、スタントン・ウェルチ芸術監督による作品を集めた〈オープニング・ガラ〉と、ウェルチ版『ジゼル』を上演する。2024年11月に都内で行われた記者会見には、プリンシパルの加治屋百合子が登壇。バレエ団の現在、日本公演への見どころをアピールするとともに、舞台への意欲を語った。会見後半にはヒューストン・バレエ日本公演アンバサダーの宇宙飛行士・野口聡一も登場して、ヒューストン・バレエにまつわる様々な話題が飛び出した。

取材・動画撮影・編集:バレエチャンネル編集部
文:加藤智子(フリーライター)

©Ballet Channel

ヒューストン・バレエの初来日は、2022年10月。アメリカのバレエ団による8年ぶりの日本公演として注目される中、芸術監督のスタントン・ウェルチ振付による『白鳥の湖』を上演した。ウェルチの芸術監督就任は2003年。以来40以上ものウェルチ作品がレパートリーに入り、2023年7月にはアメリカン・バレエ・シアター(ABT)で長くプリンシパルを務めたジュリー・ケントが新たに芸術監督として加わり、現在はウェルチとケントによる共同芸術監督体制を敷いている。

まずはヒューストン・バレエの特徴について尋ねられ、「舞台で踊るより緊張しますね(笑)」と語り始めた加治屋。「アメリカのバレエ団ですので、ブロードウェイのようなエンターテインメント性があります。一番の魅力は、ダンサーの技術の高さ。スタントンはコール・ド・バレエで踊っていた頃、『僕はなぜ、ここに立っているだけなのか』と疑問に思っていたと読んだことがありますが、彼はコール・ドのダンサーにもプリンシパルのような高い技術を求めるんです。それがバレエ団自体のレベルを上げていると感じます。また高い表現力を求める作品が多く、今回上演する『ジゼル』や、(〈オープニング・ガラ〉で抜粋上演する)『シルヴィア』『蝶々夫人』など、ドラマ性を求める演出もたくさんあります」と述べた。

©Ballet Channel

ウェルチ版『ジゼル』は、2016年の初演、2019年の再演に続いて今回が三度目の上演。ウェルチらしいユニークなアイデアが散りばめられた演出で、もっとも特徴的なのは、一般的にカットされている音楽の部分を復活させた点だそう。

「他の『ジゼル』では聴いたことのない部分もあり、ストーリーをよりフォローしやすくなっています。一番の特徴は、第1幕のジゼルの狂乱のシーンが2倍どころか3倍くらい長いこと! 自分の中で葛藤する時間がとても長くて、1幕が終わった時点で気持ちを全部出し切るのですごく大変ですが、ジゼルがどう葛藤し、そこからどう2幕に繋がるのか、観ているお客様も感情が入りやすいのでは」(加治屋)

彼女にとってジゼルは、2000年のローザンヌ国際バレエコンクールで踊り、スカラシップを勝ち取った思い出深い役。日本で全幕を踊る夢が叶うが、〈オープニング・ガラ〉で上演されるウェルチ振付の『蝶々夫人』も、日本でぜひ踊りたいと願っていたという。

「『蝶々夫人』は2幕構成ですが、今回踊るのは第1幕最後、蝶々夫人とピンカートンの幸せいっぱいのパ・ド・ドゥです。スタントンの作品ならではの高度な技術、アクロバットのような大変なリフトも入りますが、その難しさを感じさせない感情表現、音楽の使い方がとても素晴らしい」(加治屋)

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カンパニーに所属する日本人ダンサーは加治屋を含めて6人。ABT在籍時代は日本人は自分一人だけという時期が長かった加治屋は、「若手がどんどん出てきていることを誇りに思う」と一人ひとりを紹介した。

「一番長く在籍している藤原青依さんは、ヒューストン・バレエのアカデミーから上がってきました。ほとんどの全幕作品をカバーして踊り、監督に一番信頼されている、プリンシパルに一番近いダンサーだと思います。アクリ士門くんはコロナ禍にほかのバレエ団から移籍、滝口勝巧くんも他からの移籍ですが、ともに高度で超人的な、スーパーマンか!というくらい高いジャンプやピルエットを難なくこなす、ものすごいテクニシャン。徳彩也子さんは昨年ジャクソン国際バレエコンクールで金メダルを受賞、審査員だったスタントンが声をかけて入団しましたが、テクニックのある素晴らしいダンサー。既にソリスト役を任され、期待されています。松岡海人くんはヒューストン・バレエIIにいましたが、2024年に研修生として入団、毎日『楽しいです!』と頑張っています」(加治屋)

ここで、特別ゲストの野口聡一が登場。「なぜ僕がここにいるんだと思われている方が多いと思いますが」と笑いながら、まずは自身とバレエとの出会いについて明かした。

「クラシック音楽、チャイコフスキーがすごく好きです。子ども向けの作品を除けば、宇宙飛行士の訓練でモスクワに行ったとき、ボリショイ劇場で観たのが初めてのバレエ。1998年でしたが、ロシア人にツアーを組んでもらわないと入国できない時代で、自動的にバレエが組み込まれていました。最初に観たのは『ハムレット』。非常に珍しい作品ですが、ロシア人は好きなんですね。もう一つは『くるみ割り人形』。1週間の中でこの2本を観ました。言葉を持たない舞台芸術として、国境を越えて通じるものがあると思いますし、総合芸術として非常に奥の深い芸術形態だなというのが最初の印象でした」(野口)

©Ballet Channel

好きな演目を尋ねられると、『ラ・バヤデール』『カルメン』『ジゼル』の3つを挙げた。

「共通するのは、主役が死ぬ悲恋であること。とくに『ジゼル』の第1幕の終わりはものすごいスペクタクルで、ドラマティックでエクスタシーがある。3つとも大掛かりで本当に楽しめる舞台です。少し方向性は異なりますが、『ボレロ』や『瀕死の白鳥』もプリンシパルの技量が如実に出る。シルヴィ・ギエムさんの『ボレロ』を拝見したことがありますが、引き込まれるような技量を感じた覚えがあります」(野口)

石油の町、またNASAの町として知られるヒューストンに長く暮らしてきた中で、ヒューストン・バレエはどのような存在だったのか。「百合子さんの横でヒューストン・バレエのことを語るのは変な感じですが(笑)」と、野口は遠慮気味にヒューストンのバレエ事情を紹介。

本当に市民に愛されている芸術集団。財団で運営され、基本的に市民の寄付で成り立っていて、ウォーザム・シアター・センターのとても素敵な劇場を拠点にしています。アメリカにはミュージカルもありますが、バレエは声を使わないという制約の中で、いかにダイナミックでドラマティックなエンターテインメントになるかということを、ウェルチ監督を含め皆すごく努力している。観終わると、高揚感をもって劇場を後にすることができます」

話題が二人の“馴れ初め”に及ぶと、野口は「最初に百合子さんとお会いしたのは、多分2017年くらい。市民の方々から寄付を募るために、劇場の舞台上でみんなで食事をするというお洒落なイベントがあり、そこでお話ししたのが最初だと思います。みなさんは彼女の美しい舞台姿ばかりご覧になっていると思いますが、ヒューストンの日本人会で見せる素顔はすごく気さくで、アペロール(イタリアのリキュール)さえ置いておけばご機嫌(笑)」と加治屋の素顔を明かした。

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また司会者より「将来、無重力の空間で芸術を体験するようなことは起こると思いますか?」と問われると、野口は以下のように答えた。

「とても大事な観点だと思います。僕はバレエ以外の舞台芸術も好きで、昨夜も歌舞伎座に行きました。歌舞伎は踏みしめるところに勢いが感じられるわけですが、2回目に宇宙に行く直前、先代の市川團十郎さんと『宇宙で何をやったらいいか』というお話をした時に、“飛び六方”が出ました。あの動きも踏み締めるところがまさに大事。だから宇宙でやってみたのですが、あまり格好つかなかった。逆にバレエは、いかに重力を感じさせずに軽やかに舞うかというところに美しさがあります。『ジゼル』の第2幕もそう。僕は『ラ・シルフィード』も好きですが、あの2幕もすごく浮遊感がある。宇宙でやるとすごくいいんじゃないかなと思います。クラシックの雰囲気も残しつつ新しいことに挑戦するという意味では、百合子さん、ヒューストン・バレエは次にぜひ月面で『ラ・シルフィード』や『ジゼル』をやっていただきたいです」(野口)

野口の壮大な提案に、加治屋は「『ジゼル』や『ラ・シルフィード』は重力のあるところで無重力のように見せているので、上半身は上に上に上げるけれど、反対に下半身は下へ押さえつける力のほうが強い。全く逆なんですよね。男性にリフトされるときはまた違いますが、一人で踊るときは、下半身の力、床を押す力を使って、上半身をより軽やかに見せる。無重力の中で普通にジゼルを踊ったら、身体が飛んでいってしまいます(笑)」とバレリーナならではの分析を展開して会場を沸かせた。

©Ballet Channel

その後行われた質疑応答の内容は以下の通り。

野口さんは、バレリーナ加治屋百合子さんの踊りの魅力をどのように感じていますか。
野口 素人の観客としてですが、もちろん、踊る姿がとても美しい。体幹がしっかりしていて、軽やかな浮遊感を出すために、それだけの努力、かっちりとした下積みがあるんだなとあらためて感じます。彼女は憑依するタイプのパフォーマンスで、入り込んでしまう感じが素晴らしい。そこに、観客として引き込まれていくのではないかなと思います。
加治屋さんが自分を発揮するために大事にしてきたこと、また自分の強みはどんなところだと考えていますか。
加治屋 20年以上プロとして踊っていますが、同じ作品を踊ることも多いので、毎年、毎回、踊るたびに成長していたいと思っています。前回との違いを意識しているわけではありませんが、自分の中でそう求めて踊っています。今回のスタントン版『ジゼル』に関しても、2016年に初めて踊った時、2019年に踊ったときも、自分がどう感じられたか、成長を感じられたかということをすごく大事にしてきました。いつも初心を大切にする気持ちも、つねに上を目指して新しいものにチャレンジする気持ちもある。毎年新しいダンサーが入ってきますが、彼らを見ながらいろんな発見をすることもあります。学ぶ姿勢も、自分の中での秘訣なのかなと感じています。
この『ジゼル』は、ウェルチ監督が加治屋さんにインスパイアされて作られたそうですね。どんなところがウェルチ監督にインスピレーションを与えたのでしょうか。また、ジゼルへの思い、役を演じることで心がけていることを教えてください。
加治屋 インスピレーションを受けたという話は、いろんな記事が出たときに読んで知りましたから、スタントンが私の何を見てインスピレーションを受けたかはわかりません。入団した2014年、バレエ団がツアーで『ジゼル』を上演していて、その時の私の『ジゼル』を観て、「これだ」と思ってくれたのかなと感じることはあります。『ジゼル』は人間の感情をすごく重視している作品で、男女の関係、恋、情熱、裏切りといった普通の人間の感情を、第1幕で曝け出します。舞台人として、パ・ド・ドゥなど人との関係を表現するものがすごく楽しく感じられるので、そういうところをお客様にも観ていただきたいですね。
ジュリー・ケントさんが芸術監督に加わり、バレエ団の雰囲気はどう変わりましたか。
加治屋 正直、最初はダンサーたちも「共同芸術監督とは?」と感じ、どう接したらいいのかわかりませんでしたし、どう運営していくのか、バレエ団がどう進んでいくのかという思いはありました。でも実際にジュリーが就任して2年目を迎え、これが、現在のヒューストン・バレエにとっての正解だったのだと感じます。二人それぞれの良さが最大限に発揮されるところでやっていく。これが、ヒューストン・バレエがさらにパワーアップできる形なんだなと、今、強く感じています。

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加治屋さんは愛知、名古屋の出身。愛知公演に向けての思いを聞かせてください。
加治屋 10歳で上海に留学したので、実際は10歳までしか名古屋、日本に住んでいません。でも、私がローザンヌ国際バレエコンクールを目指すようになったのは、名古屋出身のダンサーがローザンヌで受賞したのをテレビで見たのがきっかけです。海外生活をしてもう20数年になりますが、名古屋で踊ることで、次世代の子どもたちに、自分が得たあのインスピレーションを得てもらえたらなと思っています。
『ジゼル』に主演するダンサーたちについて教えてください。
加治屋 『ジゼル』は2キャストで上演します。私は前回の『白鳥の湖』と同じパートナー、コナー・ウォルシュと踊ります。バレエ団の中で“パートナリング・マスター”と呼ばれ、スタントンの作品を知り尽くし、そのパ・ド・ドゥのテクニックをわかっている素晴らしいダンサーです。今年入団したカリーナ・ゴンザレスアンジェロ・グレコと踊ります。アンジェロはサンフランシスコ・バレエのプリンシパルでしたが、2024年に移籍してきました。初めて一緒に『ジゼル』を踊るのだと思いますが、アンジェロは若いけれどすごくカリスマ性のあるチャーミングなダンサー。どんなアルブレヒトを踊るのか楽しみですし、カリーナは長年プリンシパルとして踊っているので、どんなジゼル像を二人で作り上げるのか楽しみなカップルです。
ジュリー・ケント監督とスタントン・ウェルチ監督、それぞれの素晴らしいところを教えてください。
加治屋 ジュリーは2人の子どもをもつお母さんでもあり、より話しやすい。長年プリンシパルとして活躍してきましたし、とても親しみやすく、自分の経験をダンサーたちに伝えてくれるという点で、スタントンとはまた別の視点での芸術監督だと思います。いっぽうスタントンは、要求するものがすごく高く、彼がスタジオに入ると、ダンサーたちの意識が高まります。それが、ヒューストン・バレエのレベルを高く上げ、維持していると思います。監督兼振付家ですので、ダンサーたちのことを知り尽くし、一人ひとりそれぞれの良さを引き出す振付を考えてくれます。
最後に、日本公演に向けてメッセージを。
加治屋 ヒューストン・バレエはヒューストンでとても愛されているバレエ団。フレンドリーなダンサーが多く、ダンサー同士が励まし合い、絆を強くしています。リハーサルでは、周りのダンサーたちはまるでチアリーダーのよう。とくに初役のダンサーがいれば「頑張って!」と声を掛けます。ヒューストン・バレエの良さが宝箱のように詰まった公演ですので、ぜひ観にいらしてください。

©Ballet Channel

公演情報

『オープニング・ガラ』

 

日時 【東京公演】
7月3日(木)19:00
【愛知公演】
7月10日(木)19:00
会場 東京公演:東京文化会館 大ホール
愛知公演:愛知県芸術劇場 大ホール
詳細 光藍社

『ジゼル』

日時 【東京公演】
7月5日(土)14:00/19:00
7月6日(日)13:00
【愛知公演】
7月12日(土)13:00
会場 東京公演:東京文化会館 大ホール
愛知公演:愛知県芸術劇場 大ホール
詳細 光藍社

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