文/海野 敏(舞踊評論家)

第71回 シンメトリー
■さまざまな対称性
バレエ鑑賞では、コール・ド・バレエの配置でも動きでも、「シンメトリー」は美しさを感じるポイントです。シンメトリー(Symmetry)はギリシャ語の“syn”(同じ)+“metron”(測る)=“均等であること”が語源で、日本語では「対称」または「対称性」が同義語です。
人類の脳には、シンメトリーを本能的に美しいと感じる認知的な傾向があります。私たちの大脳の視覚野や前頭葉は、対称的な図形に対してより強い反応を示し、快感を生む神経系がその刺激によって活性化するという実験結果もあります。シンメトリーは自然界のいたるところに存在し、人間界でも、秩序、調和、安定を象徴するデザインとして古代から使われてきました。
シンメトリーには線対称と点対称があります(注1)。本連載「コール・ド・バレエ編」で取り上げた第64回「四角に並ぶ」は左右・前後で線対称なフォーメーションであり、ダンサーの立ち位置だけを考えれば長方形なので、点対称とも言えるでしょう。第65回「三角に並ぶ」は左右の線対称です。第66・67回「円形に並ぶ」は線対称かつ点対称、第68回「コの字とロの字」も線対称です(注2)。
今回は、これまで取り上げたような幾何学図形(四角、三角、円形)ではないけれど、美しいシンメトリーが現れる作品を紹介しましょう。
■『レ・シルフィード』のシンメトリー
全幕作品ではありませんが、最初に紹介したいのが『レ・シルフィード』です。ミハイル・フォーキンがショパンのピアノ曲を用いて振付けた一幕物で、『ショピニアーナ』という題名で上演されることもあります。森の中で男性の詩人がシルフィード(森の妖精)たちと踊るという場面設定ですが、ストーリーはとくにありません。
幕が上がると、詩人と妖精たちは「板付き」(舞台にあらかじめ出ている状態)で、詩人を中心にして左右対称な構図でポーズしています。この情景はとても美しく、しばしば幕が上がった瞬間に客席から拍手が起こります。シルフィードたち(17~23人)はロマンティック・チュチュの衣裳に花冠をかぶり、ロマンティック・バレエ特有の前傾姿勢で静止しています(注3)。まもなく動き始めますが、しばらくはダンサーたちの動きも左右対称をキープし、上手側のダンサーが右へ動くのに合わせて、下手側のダンサーは左へ動きます。
『レ・シルフィード』は30分ほどの作品ですが、その幕切れも、冒頭によく似たシンメトリーで終わります。まったく同じではないのですが、やはり詩人を中心にして左右対称な構図でポーズし、均整のとれたフォーメーションを保ったまま幕が下ります。
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- キーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)『レ・シルフィード』の映像より。10分58秒から幕切れのシンメトリーを観ることができます。
■『ラ・シルフィード』と『ジゼル』のシンメトリー
古典全幕作品では『ラ・シルフィード』第2幕にも、左右対称の場面があります。『ラ・シルフィード』は、タリオーニ版(ピエール・ラコットが復元)とブルノンヴィル版では、ストーリーは同じでも、音楽と振付がかなり異なるのですが、どちらも第2幕に、主人公ジェームズを中心とした左右対称のフォーメーションが現れます。
この場面は『レ・シルフィード』と雰囲気がそっくりです。20世紀初頭にフォーキンが、19世紀末にプティパが改訂上演した『ラ・シルフィード』第2幕を参考にして『レ・シルフィード』を創作したことがよくわかります。
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- 東京バレエ団のラコット版『ラ・シルフィード』の映像です。左右対称のフォーメーションは17秒から。
『ジゼル』第2幕では、ミルタがジゼルを土の中から呼び起こすより前の場面で、ミルタを中心にしてウィリたちが左右対称に並ぶことがあります。ミルタが舞台奥に立ち、ほかのウィリたちは客席へ背を向けてミルタを取り囲み、ミルタを中心にした放射状に整列します。ただ、これは定番の振付ではありません。
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- パリ・オペラ座バレエの『ジゼル』第2幕より。冒頭から、ミルタを中心に放射線状に整列したフォーメーションを観ることができます。
■『ライモンダ』と『パキータ』
『ライモンダ』第3幕、主役ライモンダとジャン・ド・ブリエンヌの結婚式のフィナーレについては、第65回に、主役2人を先頭にした逆三角形のフォーメーション(左右対称)が現れることを紹介しました。その後、幕が下りるまでの短いシーンでは、群舞が左右に分かれて広いスペースを作り、主役2人が中央奥へと進みます。このとき、群舞の配置および動きが左右対称のシンメトリーになります。出演人数が多く、衣裳もバラエティに富んで華やかで、大団円にふさわしい安定した構図と言えるでしょう。
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- 牧阿佐美バレヱ団『ライモンダ』の紹介映像より。12分54秒から、大団円にふさわしい華やかな構図をご覧ください。
『パキータ』第3幕に関しては、第60回で「グラン・パ・クラシック」について、第62回で「マズルカ」について取り上げました。この場面は主人公のパキータとリュシアンの結婚式で、『ライモンダ』第3幕によく似た華麗な雰囲気です。その大団円の幕切れは、演出によりますが、やはり主役2人が中心になり、マズルカのダンサーたちも加わって、大人数が左右対称のシンメトリーに整列して幕が下ります。
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- 新国立劇場バレエ団の2021年「ニューイヤー・バレエ」の『パキータ』より。華やかな幕切れは2分50秒から。
(注1)線対称は、アルファベットの「A」、「D」、「M」など、1本線を引くと、その線をはさんで同じかたちになる場合、点対称は、アルファベットの「N」、「S」、「Z」など、ある点を中心にして180度回転すると同じかたちになる場合です。アルファベットの「H」、「O」、「X」などは、線対称かつ点対称です。
(注2)数学的には、線対称、点対称以外に、回転対称(一定角度で回転させてもかたちが変わらない)と平行移動対称(平行に移動しても同じかたちが続く)もあります。これらもコール・ド・バレエのフォーメーションに頻繁に出現します。例えば『ラ・バヤデール』の「影の王国」の冒頭、女性ダンサーが並んでゆっくり坂を下りる振付は、平行移動対称の傑作です(第59回参照)。
(注3)厳密には完全な左右対称ではなく、詩人の前に横座わりしているソリストのポーズが、シンメトリーの構図を崩すアクセントになることが多いです。
(発行日:2025年6月25日)
次回は…
第72回は、20世紀の振付家たちが工夫したコール・ド・バレエのシンメトリーについて考えようと思います。発行予定日は2025年7月25日です。
- 【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
- http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html
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