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【第66回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-円形に並ぶ(1)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第66回 円形に並ぶ(1)

■円形群舞のさまざまなパターン

円形に並ぶ群舞のフォーメーションには多くのパターンがあるので、まず整理しましょう。鑑賞したときの見え方によって、①円の形状、②円の動き、③中心の有無という3つの観点から整理してみます。

①円の形状は、円が1重のパターンだけでなく、2重、3重のパターンがあります。2重以上の場合は、基本的に同心円です。また、完全な円ではなく、半円の場合や、明らかに横長の楕円の場合もあります。

②円の動きは、しばらくダンサーが同じ場所に留まって踊る(つまり円は静止している)パターンと、全員が弧に沿って動くことで円が回転するように見えるパターンがあります。また、円形に並んだダンサーが中心へ向かって一斉に動いたり、中心から逆方向へ一斉に動いたりすることで、円が縮小したり拡大したりするように見える振付もあります。

③中心の有無は、円の中心に相当する場所に主役またはソリストがいるパターンと、誰もいないパターンがあります。また、中心にダンサーではなく、何か装置や小道具があることもあります。

これらの組み合わせで、さまざまなパターンになります。例えば「①1重の円で②ダンサーは同じ場所で踊り、③中心に誰もいない」群舞と、「①2重の円で③ダンサーは弧に沿って進み、③中心に主役男女がいる」群舞では、だいぶ印象が異なります。以上を踏まえて、具体的なバレエ作品で円形の群舞を紹介しましょう。

■『白鳥の湖』の円形群舞

『白鳥の湖』第2幕、オデットと王子が出会った後に白鳥たちが登場する場面については、「第58回 1列で進む(1)」「第65回 三角形に並ぶ」で取り上げましたが、この群舞では、どのヴァージョンも1回は円を描くかと思います。

円形になるのは群舞の後半です。例えば英国ロイヤル・バレエのダウエル版など多くのヴァージョンでは、逆三角のフォーメーション(第65回)の後に、24人が1重の円を作ります。中心に誰もいない円です。そして1人おきに中心へ向かうダンサーと中心から外へ向かうダンサーに分かれ、12人ずつ2重の円を描いて踊ります。2つの円が縮小・拡大するように見える振付です。

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ『白鳥の湖』第2幕より。1分33秒から一連の場面を観ることができます。

パリ・オペラ座バレエのヌレエフ版でも逆三角のフォーメーションの後に円を描きますが、最初から12人ずつの2重の円を描きます。その後、舞台の左右に分かれて2つの円が横に並ぶフォーメーションへ移動します。

『白鳥の湖』第2幕では、主役パ・ド・ドゥのコーダが終わり、白鳥たちが退場する直前にも群舞が円になることが多いと思います。このときは円の中心にオデットと王子がいて、2人を取り囲むようにして白鳥たちが大きな円を作り、ダンサーたちは弧に沿って進んでから、主役2人を残して上手袖へ退場してゆきます。大きな円が回転しながらほどけてゆくように見える場面です。

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パリ・オペラ座バレエ『白鳥の湖』第2幕より。白鳥たちが大きな円を作り退場していくシーンは35秒から観ることができます。

■『眠れる森の美女』の円形群舞

『眠れる森の美女』第2幕、デジレ王子がリラの精の導きでオーロラ姫の幻影と踊るアダージオでも、多くのヴァージョンで群舞が円形になります。このアダージオでは、オーロラは森の精たちのあいだをすり抜けながら王子を誘い、王子がそれを追いかけます。そして、森の精の群舞が手をつないで2重の円を作り、リラの精を中心にして踊る場面があります。

英国ロイヤル・バレエのアシュトン版では、オーロラと王子は群舞の作った2重の円のまわりを2周し、そのあと2人は円を横切って踊ります。パリ・オペラ座バレエやミラノ・スカラ座バレエなどの採用しているヌレエフ版では、二重の円が大きな花のように見え、ダンサーたちはつないだ腕を花びらが開閉するように動かします。

なお、ロシアのマリインスキー・バレエとボリショイ・バレエでは、筆者の確認した限り、この群舞で円形になる振付を採用していません。

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英国ロイヤル・バレエの『眠れる森の美女』より第2幕。オーロラが森の精たちのあいだをすり抜け、王子がそれを追いかけるシーンから観ることができます。円を作るのは2分30秒から。

■『くるみ割り人形』の円形群舞

『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』と並んで、チャイコフスキーとプティパの「三大バレエ」と称されるのが『くるみ割り人形』です。しかし、『くるみ割り人形』は他の二作よりもはるかに振付のヴァリエーションが多く、「定番」と呼べるような振付は、群舞でも主役・ソリストの踊りでもほとんどありません(注1)

それでも筆者が是非紹介したいのは、第1幕終盤の「雪の精の踊り」の冒頭で群舞が円形を描く振付です。この振付は、1934年にマリインスキー・バレエが初演したワシリー・ワイノーネン版が元になっています。

「雪の精の踊り」は、シンコペートした軽快なワルツのリズムで始まります。まず、舞台の四隅から4人のダンサーが登場し、舞台中央へ向かって「ソテ×2回→グラン・ジュテ(第9回)」で移動し、中央に集まったところでスートゥニュ(注2)で1回転半して全員外を向きます。すると次の4人が四隅から登場し、外から中央へ向かう4人と、中央から外へ向かう4人が同時に「ソテ×2回→グラン・ジュテ」で移動します。8人のグラン・ジュテは同じタイミング。1組目の4人は、すぐに舞台外縁を時計回りで弧に沿って移動し始めます。

続いて3組目の4人が四隅から登場して中央へ向かうと、2組目の4人は中央から外へ向かい、再び12人のグラン・ジュテは同じタイミング。2組目の4人は、1組目の4人と一緒になって移動し始め、8人で大きな円となります。さらに4組目の4人が四隅から登場し、群舞は16人になります。同じ振付を繰り返しながら4人、8人、12人、16人と増えていく過程で、群舞がそろってグラン・ジュテする4回の瞬間が鑑賞のポイントです。

次に8人ずつで2重の円を作り、中央から外へ向かう8人と外から中央へ向かう8人が、アラベスク・プリエからの素早い回転(スートゥニュ)を繰り返しながら4回すれ違う場面も見どころです。それから16人全員で大きな円を作り、アティテュード・ドゥヴァンとアティテュード・デリエールを交互にくり返しながら弧に沿って進みます。

だいぶ詳しく説明しましたが、ご覧になったことがない方は、是非舞台または映像をご覧下さい。最初の4人が登場してから1分半ほどのシーンですが、粉雪が風に吹かれて渦を巻くような素敵な振付で、この群舞があるヴァージョンの公演をいつも楽しみにしています(注3)

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イングリッシュ・ナショナル・バレエ『くるみ割り人形』第1幕より。「雪の精の踊り」の該当シーンを観ることができます。
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英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』第1幕より。この映像では、「雪の精の踊り」を最初から最後まで観ることができます。

なお『くるみ割り人形』第2幕の終盤、クララがお菓子の国の住人たちと別れを告げるところでも、クララがリフトされて、そのまわりをダンサーたちが何重かの円で取り囲む場面が比較的よく見られます。

(注1)第2幕、「金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ」だけは、多くのヴァージョンが似通った振付を採用しているので、定番と言ってよいかもしれません。

(注2)スートゥニュでの回転は、「グリッサード・アントゥールナン」とも呼ばれます。

(注3)例えば日本では、新国立劇場バレエ団がかつて上演していたワイノーネン版と牧阿佐美版、小林紀子バレエ・シアターの小林紀子版などが、この群舞の振付を採用しています。

(発行日:2025年1月25日)

次回は…

第67回は、『ジゼル』、『ラ・バヤデール』などで円形に並んで踊るコール・ド・バレエを取り上げます。発行予定日は2025年2月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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