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【第9回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーグラン・ジュテ(1)

海野 敏

文/海野 敏(東洋大学教授)

第9回 グラン・ジュテ(1)

■大きな跳躍の基本

今回からジャンプのテクニックを紹介します。バレエレッスンでは小さなジャンプから練習しますが、この連載は「鑑賞のため」なので、見どころとなる大きなジャンプから取り上げましょう。

その筆頭が「グラン・ジュテ」(grand jeté)、より正しくは「グラン・ジュテ・アン・ナヴァン」です。このフランス語を直訳すれば、「大きな、前方への投げ出し」となります。またグラン・ジュテのことを短く「ジュテ」と言うこともありますし、「ジュッテ」とカナカナ表記することもあります。

ただし、本来「ジュテ」は、膝を伸ばした片脚を投げ出すように動かすパの総称で、必ずしも跳躍を伴いません。バー・レッスンで「ジュテ」と言えば「グラン・ジュテ」ではなく、片脚の膝を伸ばし、つま先を床から少し浮かせる「バットマン・ジュテ」のことでしょう。

グラン・ジュテは、前方へ大きく移動する跳躍です。詳しく説明すると、片脚を真っ直ぐ前へ伸ばして振り上げると同時に、もう一方の脚で踏み切ってジャンプし、振り上げた方の脚で着地します。通常は、グリッサードやシャッセなどで助走をしてから行います。

鑑賞の目線から言えば、高く、遠くへ跳躍するグラン・ジュテは、素晴らしい見せ場です。とりわけ男性のスターダンサーは、グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションで、驚くほど高く、距離のあるグラン・ジュテを見せてくれます。跳躍の頂点で美しく四肢を伸ばしたダンサーの姿は記憶に残ります。また、ダンサーが全身で空中に描く大きな放物線は、バレエ鑑賞の醍醐味です。

■グラン・ジュテとグラン・パ・ド・シャ

ところで、グラン・アレグロの「前方へ大きく移動する跳躍」には「グラン・パ・ド・シャ」(grand pas de chat)もあります。グラン・パ・ド・シャも、古典バレエに頻出するステップです。このグラン・パ・ド・シャとグラン・ジュテの違いは、バレエを習っている人にはすぐに見分けられますが、バレエのレッスンを受けたことはなく、もっぱら鑑賞だけする人にはなかなか見分けられません。

グラン・パ・ド・シャは、片脚の膝を曲げて前へ上げて伸ばすと同時に、もう一方の脚で踏み切ってジャンプし、振り上げた方の脚で着地します。グラン・ジュテとの違いは、ジャンプする直前に膝が曲がっているかどうかです。

鑑賞歴が少ないと、瞬時に見分けるのは難しいかもしれませんが、グラン・ジュテとグラン・パ・ド・シャでは見たときの感触が違います。グラン・ジュテはふわっと浮き上がる感じなのに対して、グラン・パ・ド・シャはピンと跳ねる感じです。前者は「飛ぶ」、後者は「跳ぶ」と対比的に表現できるかもしれません。どちらもジャンプした後は滑空する感じなのですが、その直前に違いがあります(注1)

グラン・パ・ド・シャについては、あらためて連載の第11回で取り上げる予定です。

■作品の中のグラン・ジュテ

グラン・ジュテで伝説となったダンサーと言えば、ヴァツラフ・ニジンスキー(1890-1950)でしょう。バレエ・リュスが1911年に初演した『薔薇の精』は、ニジンスキーの圧倒的な跳躍力で大ヒットしました(注2)。伝説によれば、ニジンスキーの跳躍はあまりに高く、空中に中吊りになっているように見えたそうです。

古典バレエの群舞では、『ジゼル』第2幕、ウィリたちのグラン・ジュテが印象的です。森に迷い込んだヒラリオンを追い詰めて殺した後、ミルタを先頭にして、ウィリたちが勝ち誇ったようなグラン・ジュテの繰り返しで下手へ掃けるシーンは、演技力のあるバレエ団が演ずると鬼気迫るものがあります。

『白鳥の湖』第2幕の「大きな2羽の白鳥の踊り」では、ソリストのダンサーがグラン・ジュテで登場し、前半はグラン・ジュテを何度も繰り返して舞台を飛び回ります。

『くるみ割り人形』第1幕の終盤、「粉雪の踊り」(雪の松林)の群舞にはさまざまなバージョンがありますが、序盤にグラン・ジュテが頻出するワイノーネン版(注3)は、筆者の大好きな振付です。シンコペートされた軽快なワルツのリズムに乗って、舞台の四隅からダンサーが走り込むシークエンスが4回くり返され、16人の女性ダンサーが登場し、グラン・ジュテで何度もジャンプしてフォーメーションを変えてゆきます。粉雪が風に吹かれて舞い上がり、渦を巻くような素敵な踊りです。

(注1)ややこしいのですが、グラン・パ・ド・シャは「グラン・ジュテ・アン・デヴェロッペ」(grand jeté en devéloppé)または「グラン・ジュテ・デヴェロッペ」とも呼ばれ、グラン・ジュテの一種に分類されることもあります。

(注2)『薔薇の精』の振付はミハイル・フォーキン、音楽はカール・マリア・フォン・ウェーバー、美術はレオン・バクスト。ニジンスキーが演じた薔薇の精役は、グラン・ジュテだけでなく、グラン・パ・ド・シャなどたくさんの跳躍を披露します。

(注3)1934年、ワシリー・ワイノーネンがキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)に振付けたバージョン。ワイノーネン版の「粉雪の踊り」は、国内では東京バレエ団、小林紀子バレエ・シアターなどが採用しています。

(発行日:2020年01月25日)

次回は…

第10回は「グラン・ジュテ(2)」として、グラン・ジュテの応用技、ジュテ・アン・トゥールナン、ジュテ・アントルラセなどを取り上げます。発行予定日は、2020年2月25日です。

第11回は、「パ・ド・シャとグラン・パ・ド・シャ」を予定しています。

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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