動画撮影・編集:バレエチャンネル編集部
2025年7月24日、新国立劇場バレエ団の英国ロイヤル・オペラハウス公演『ジゼル』が開幕する。初日を2日後に控えた7月22日(火)、ロイヤル・オペラハウスのクロア・スタジオにて、メディア・ショーケース(メディア向けのプレビューイベント)が行われた。
多数の現地メディアや日本の報道各社が集まるなか、まずは吉田都芸術監督が登場。2010年まで長きにわたりロイヤル・バレエのプリンシパルを務めた「ミヤコ・ヨシダ」の姿に、一斉にカメラが向けられた。
「ロンドンに戻ってこられたこと、そしていまこの美しいクロア・スタジオに立っていることを、本当に嬉しく思います。ここは私にとって、ロイヤル・バレエで踊った数々の思い出がよみがえる場所でもあります。この由緒ある舞台で、私たち新国立劇場バレエ団の素晴らしいダンサーたちが、歴代の伝説的なダンサーたちの足跡をたどる機会を得られることを、とても誇りに思います」(吉田監督)

吉田都新国立劇場舞踊芸術監督 ©Ballet Channel
続いて2組4名のダンサーが登場、『ジゼル』より2つの場面のパフォーマンスを披露した。1つ目はプリンシパルの米沢唯と井澤駿による、第2幕ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥ。米沢のジゼルは指先から空気に溶けていくかのように繊細、それを静かに支える井澤は力強くも優美なアルブレヒト像を印象づけた。2つ目はファースト・ソリストの池田理沙子と水井駿介による第1幕のペザント・パ・ド・ドゥ。二人は振付に含まれる難しいテクニックもさらりとこなし、柔らかに躍動する踊りを見せた。どちらのパフォーマンスも、ピアノ演奏は蛭崎あゆみが務めた。
※パフォーマンスの様子は本ページトップの動画でご覧ください
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パフォーマンス披露の後は、吉田監督、米沢、井澤、池田、水井の5名が登壇してのトークセッションが行われた。司会はジャパン・ハウス・ロンドンのプログラム・ディレクターを務めるサイモン・ライト氏。時にダンサーたちや報道陣から楽しげな笑い声がこぼれるなど、和やかな交流の場となった。

写真左から:水井駿介、池田理沙子、井澤駿、米沢唯、吉田都、サイモン・ライト ©Ballet Channel
トークの主な内容は以下の通り。
- まずはミヤコにいくつか質問を。ロンドンに戻ってきた今の気持ちは?
- 吉田 本当に嬉しいです。こうしてロンドン公演が実現するなんて、いまだに信じられない気持ちです。何年もかけて準備をしてきて、ついに、その時が来たのだと。昨日、フォンテイン・スタジオでリハーサルを見ていた時、本当にいろいろな感情が押し寄せてきました。嬉しさがこみ上げてきたり、突然ものすごいプレッシャーを感じたり……気持ちが次々に変化している状態です。でもとにかく、こうしてここにいられることが素晴らしいと思っています。
- あなたは英国ロイヤル・バレエでプリンシパルに任命された初めての日本人バレリーナです。現在、ロイヤル・バレエには日本人ダンサーが11人在籍しており、そのうち3人がプリンシパルを務めています。そして今、あなたは75人のダンサーを率いてロイヤル・オペラハウスにやってきて、5公演を行おうとしています。1983年にロイヤル・バレエ・スクールで学ぶため初めてロンドンに来た時、こんな未来を少しでも予想していましたか?
- 吉田 いいえ、想像すらできませんでした。そもそも初めて渡英した時は1年で日本に戻るつもりでしたから。当時はアジアのパスポートだとビザも下りなかった時代。ここに居続けることすら想像できなかったわけです。でも当時サドラーズ・ウェルズ・バレエの芸術監督だったサー・ピーター・ライトが私に入団契約をオファーしてくださり、ビザもどうにか手配してくださって、私はその後27年間も英国で暮らすことになりました。

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- 新国立劇場バレエ団として、今回のロンドン公演で達成したいことは?
- 吉田 新国立劇場バレエ団はまだ歴史の浅いカンパニーですから、まずは世界に私たちのことを知ってもらいたいという思いがあります。そして今回の公演が、英国と日本をつなぐ架け橋のようなものになれたら、と。
もちろんダンサーたちには、今回の経験をアーティストとしての将来に生かしてほしいとも思っています。この経験を通じて、踊り方や感情の表現の仕方などが変わっていくはず。彼ら・彼女らにとって、素晴らしい経験になることを願っています。
- 演目を『ジゼル』にした理由は?
- 吉田 ひとつにはまず、これがロマンティック・バレエの究極の名作であり、とても美しい作品であること。そして新国立劇場バレエ団はコール・ド・バレエの美しさで知られていますから、それをお見せできる作品をと考えました。
この『ジゼル』には、私のバレエ人生が詰まっています。私はまだ若いダンサーだった頃にジゼル役を踊り始めました。当時は『ドン・キホーテ』のキトリのような明るい役を踊るのが楽しかったし、フェッテ32回転のようなテクニックを見せるのが好きでした。ところがジゼルはまったく違いました。つまり、演技をしなくてはいけなかった。私はピーター・ライト版の『ジゼル』で育ち、サー・ピーターにすべてを教わりました。そして今回お見せする『ジゼル』には、私が英国で学んだことのすべてが詰まっています。ですからサー・ピーターや、これまで私を支えてくださったすべての方々に、この『ジゼル』を通して、感謝の気持ちを伝えたいんです。「これが私の学んできたことです」と伝えたい気持ちです。

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- ここからはダンサーのみなさんに質問を。ロンドンにようこそ! まず、ロイヤル・オペラ・ハウスに来てみて、東京の新国立劇場と何か違いを感じますか?
- 米沢 レジェンドたちの気配がする。伝説的なダンサーたちや振付家たちの気配を感じます。時代とか歴史みたいなものを、ただここにいるだけで感じられます。そしていま輝いているスターたちも、ここでリハーサルをしているんだな……と。憧れの気持ちがあふれてくる場所だなと思います。

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- 池田 唯さんがおっしゃったことに加えて、ロンドンの街並みも、劇場内にあるいろいろなスタジオを見てまわっても、まるで美しい美術館の中を歩いているみたいで感銘を受けています。スタジオも一つひとつが大きくて、とくにフォンテイン・スタジオの天井からは陽の光も入ってきて。毎朝ここでクラスをして、本番に向けて身体を整えていくという毎日の繰り返しが、ダンサーたちにとっては幸せなことなんだろうなと感じます。すごく素敵な劇場に来ることができて光栄です。ここで踊れることを楽しみにしています。

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- ロイヤル・バレエのスタイルの好きなところは? 新国立劇場バレエ団のスタイルと違いはありますか?
- 井澤 身近なところでは、僕たちのバレエ団にゲストに来てくださったワディム・ムンタギロフさんを間近で見た時に、とても素敵で尊敬の念を覚えました。それからつい先日は『不思議の国のアリス』で高田茜さんと一緒に踊らせていただいたのですが、もう、動きの幅が違っていました。一つひとつの動きのクオリティが高いのはもちろん、身体表現が日本人離れしていて。本当に勉強になりました。

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- バレエはいかにもヨーロッパ的な芸術です。それなのに、なぜ日本の観客はそんなにも熱心にバレエを愛するのでしょうか? そして、なぜこれほど多くの優れた日本人ダンサーが生まれているのでしょうか?
- 水井 けっこう難しい質問ですね……(笑)。海外のバレエ団がたくさん来日公演をしてくださっているのがひとつの要因だと思いますが、それだけでなく日本のバレエ団も、東京の中だけでもいくつもあって、毎月いろんなバレエ団がいろんな演目を上演しています。それが観客のみなさんにとっては楽しみで、ファンを増やしているのではないかと思います。
また、バレエを習う人が増えてきたのは、吉田都さんのような海外で活躍するスーパースターたちの影響が大きいのではないでしょうか。その姿に憧れて、「自分も海外に行きたい!」と夢を膨らませた子どもたちが、積極的に海外で学び始めた。それが素晴らしい日本人ダンサーがたくさん生まれている理由ではないかと思います。

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- ユイさんに質問です。あなたは最近、心臓の病気から回復したばかりだと聞いています。その経験はジゼルの解釈に何か影響を与えましたか?
- 米沢 私は一度、「全幕バレエは無理ではないか」とお医者様に告げられました。でもそこから良い先生に巡り合い、良い医療チームに巡り合えた。ですからこうして舞台に帰って来られたのは、本当に幸運だったんです。そして帰って来てみると、いま生きている一瞬一瞬はかけがえのないものだということが、すごく身に沁みました。自分の心臓が一拍一拍打っている、それがまず凄いことなのだと。ですから踊るうえでも、舞台での一瞬一瞬が、本当に幸せな、幸福に満ちたものに感じます。それが作品においても、ジゼルという人が生きている上でどういうことを感じているのか、自分の中で何か少し(つかめたような気がします)。言葉にするのは難しいけれども、彼女がどういうふうに世界を見て、どういうふうに生きているかということを、身体で感じられた。そのことが一番大きいのかなと思います。
(吉田監督から続けて言葉を促され)
ちょうど去年の今頃に入院していて、11月に手術を受けました。手術は8時間かかりましたが、それが成功したおかげで、こうして長時間飛行機に乗ってここまで来て、こうしてみなさんの前に座っています。いまこの瞬間にロイヤル・オペラハウスにいられることも、奇跡的なことだなと思っています。

米沢が言葉を終えると、報道陣から大きな拍手が沸き起こった ©Ballet Channel
- シュンさんとシュンスケさんに質問です。欧米ではバレエを習っている男の子たちがとてもつらい思いをすることがよくあります。あなたたちの場合はどうでしたか?
- 井澤 僕は兄がバレエを習っていたので、その流れで始めました。その頃は確かに、男の子がバレエをやるのは本当に珍しいことだったと思います。でも吉田都さんや熊川哲也さんなど憧れのダンサーたちに憧れて、バレエを習う人たちが増えたのは実感しています。
水井 僕も姉がバレエを習っていた影響で、5歳からレッスンに通い始めました。僕は田舎のほうで育ったので、バレエをやっている男の子は僕ひとりだったんですよ。大人数の女の子の中で、たった一人でタイツをはいてレッスンをしていました。でも5歳から始めた自分にとってはそれが当たり前で、恥ずかしいとも思わなかったのですが、学校で「バレエをやっている」と言うと周りから「えー?(男がバレエ?)」みたいな反応をされ、少し傷ついたことはありました。でも僕たちの世代は「兄姉がバレエをやっていたから」という理由で始めた人が多かったけれど、いまはたくさんの男性ダンサーたちの活躍を見て「僕もやりたい!」と自分からバレエを始める子が増えている。バレエ男子の人口は増えてきていると感じています。
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イベント終了後、ダンサーたちと吉田監督がそれぞれ日本の報道各社による囲み取材に応えた。まずはダンサーたちの主な発言は以下の通り。
- ロンドンで『ジゼル』を踊ることについて。
- 米沢 本場で踊ることに不安な気持ちもありますが、都さんを信じて、私たちにできる最大限で最高の踊りを踊りたい。このように歴史ある劇場で踊れるのはプレゼントのようなこと。こうして渡してもらったプレゼントを、舞台が終わった後に私たちが開ける。私たちはたぶん、踊り終わったあとに、何か大切なものを受け取ったことに気づくのではないかと思っています。
- 井澤 僕は日本で踊るのと変わらないように踊ろうと思っています。ロンドンのお客様、イギリスのお客様には嘘の演技が通じないということを、大原前監督などからも聞いてきました。ナチュラルに演技することの大切さに重点を置いて踊りたいと思います。
- チケットが非常に売れている。ロンドンの街の盛り上がりを感じるか。
- 水井 街中にポスターがたくさん貼ってあるのを見て、盛り上がりを感じます。
- 劇場に来て感じることは。
- 池田 私たちが小さい頃から夢見ていた劇場にこうして足を踏み入れることができて、それだけで胸がいっぱい。これから夢の舞台、ロイヤル・オペラハウスで踊れることが楽しみであり、人生でかけがえのない宝物になると思います。
- ロンドンに来ることが叶わなかった日本のファンにメッセージを。
- 米沢 いつも新国立劇場の舞台を観に来てくださる方々、ダンサーを応援してくださっている方々が誇りに思ってくれるような舞台を作りたいと思います。頑張ります!
井澤 こうした海外公演が今回で終わりにならないように、また次の機会を作れるように、次の世代のダンサーたちにもロイヤル・オペラハウスのような劇場で踊れる機会を与えられるように。その第一歩として僕らがこの舞台を成功させられるように、全力で頑張ります。

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続いて囲みに応じた吉田監督の主な発言は以下の通り。
- まもなく開幕。今の率直な気持ちを。
- 吉田 数日前にヒースロー空港に降り立った時は、感動して泣きそうになっていましたけれども、その後にホテルに到着してあれこれ考え始めたらワッと不安な気持ちになってしまったりして、ちょっといろいろな感情が混ざっております。
- 自身が長年踊ってきたロイヤル・オペラハウスに、今回は芸術監督として戻ってきました。
- 吉田 劇場に戻ってきた時、本当に懐かしく思いました。私の生活のほとんどがここで行われていましたので。そんな場所で、いま新国立劇場バレエ団のみんなが踊っているということが、不思議な感覚でもあり、リハーサルを見ていても嬉しい気持ちになります。
- 新国立劇場バレエ団にとって今回のロンドン公演の意義とは。
- 吉田 新国立劇場がグローバル化を掲げている中で、大きな一歩になれば。この経験を次のステップに進めていけたらと思っています。
- こちらでリハーサルをしている中で手応えは。
- 吉田 私たちは私たちにできるベストを尽くすしかない。その結果どのような評価を受けるかはまったくわかりませんが、ただ英国のお客様に私たちの舞台を楽しんでいただけたらいいなと思います。
- 日本のバレエダンサーたちについて注目してもらいたい点は。
- 吉田 英国のみなさんが見慣れている表現方法とはまた違う、繊細でデリケートな表現。それゆえに少し伝わりづらい面もあるかもしれず、不安もありますが、その違いを見ていただけたらと思っています。今回はあえて、ロイヤル・バレエ的なものに寄せず、新国立劇場バレエ団のダンサーたちが感じるままを表現してもらいたいなと思ってきました。
- 先ほど井澤駿さんが「英国の観客には、嘘の演技は見抜かれる」と。ダンサーたちから自然な演技を引き出すために、どんな稽古をしてきたのか。
- 吉田 日本のダンサーは(演技を)まず「振付」として学び、「このカウントでこの動き」という演じ方をしてしまいがちなのですが、それだとまったく伝わらないんです。まずはその時その役が何を言いたいのかを言葉にして、それを実際に言いながら動いてみる。そういう練習を繰り返してきました。

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