動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
K-BALLET TOKYOの2025-2026シーズンが、『ドン・キホーテ』(2025年9月26日〜10月26日)で幕を開けました。
今シーズンより、カンパニーの創設者であり芸術監督を務めてきた熊川哲也さんが総監督に就任。後任の芸術監督には、同団のプリンシパルとして活躍し、近年ではテレビやミュージカルなどバレエ以外の分野でも活動している宮尾俊太郎さんが任命されました。
9月半ば、『ドン・キホーテ』のリハーサル指導やその他の執務に勤しむ宮尾さんに話を聞きました。

宮尾俊太郎(みやお・しゅんたろう)
北海道生まれ。14歳よりバレエを始める。2001年フランス カンヌ・ロゼラハイタワーに留学。04年10月Kバレエ カンパニーに入団。15年12月プリンシパルに昇格。14年3月自らが座長を務めるBallet Gents(バレエジェンツ)を結成し、演出・振付を手掛ける。また、テレビやミュージカルの出演など、バレエ以外の分野においても多くの作品に出演。20年11月ゲスト・アーティストに就任。25年9月Kバレエ トウキョウの芸術監督に就任。©Ballet Channel
芸術監督に就任して
- 宮尾俊太郎さん、芸術監督就任おめでとうございます。まずは就任に至った経緯から教えてください。
- 宮尾 1年くらい前でしょうか、熊川哲也総監督から「この先どんなふうに芸術活動と向き合っていくつもりなのか」と聞かれたことがありました。僕は音楽教師の両親のもとで育ったこともあり、芸術はつねに自分のそばにあるものだと思って生きてきた。だからこれからも一生、何らかのかたちで携わり続けることができたら嬉しいですと、自分の気持ちをお伝えさせていただいたんです。その時はそれだけだったのですが、しばらくして芸術監督をやってほしいというお話をいただきました。
- 「芸術監督に」と話があった時の率直な感想は?
- 宮尾 「もうですか?!」と。熊川総監督より12歳も年下の僕で良いのでしょうか……という思いもありましたし、僕はここ5年間ほど軸足をお芝居の世界に置いていたのに、再び芸術に深く携わるチャンスをこんなにも早くいただけたことにも驚きました。でも今回の任命は、熊川総監督が「カンパニーの継続」という観点から決めたことだと理解しています。ご自身の目がしっかりと行き届くうちに、未来に向けてシフトチェンジをしておこうという、先見性をもってのご判断だと感じます。
- 「いつか芸術監督の仕事をしてみたい」という思いはありましたか?
- 宮尾 いいえ、むしろ想像もつきませんでした。Kバレエの芸術監督は、熊川ディレクターのような圧倒的な存在でなければ務まらないと思ってきたからです。僕にできることがあるとしたら、それは作品のディテールを伝えること。今回の就任は、自分がカンパニーで経験してきたことや学んできたことを、今のダンサーたちに伝えていく場をいただいたということでもあると思っています。
- Kバレエの芸術監督としての仕事には、具体的にどんなことが含まれますか?
- 宮尾 シーズンごとに上演するプログラムを決めること、キャスティング、リハーサル指導、ダンサーとの面談、採用や昇格などの人事、夏季・冬季休暇などのスケジュール調整……等々、カンパニーに関わることには基本的にすべて携わります。
- ミュージカル等の商業演劇やテレビなど、バレエ以外の世界で経験してきたことも、芸術監督の仕事に生きてきそうですか?
- 宮尾 外の世界で僕が何よりも思い知ったのは、仕事を得ること、役をもらうことのシビアさです。キャスティングは基本的にオーディションで決まるので、突出した実力か人気がなければ選んでもらえません。バレエしかやってこなかった僕が、ミュージカルひと筋、芝居ひと筋でやってきた人たちに混ざって勝負しなくてはいけない。そんなシビアな世界で、いかに自らの技術を磨き、表現を成熟させていくか――つねに「自分には後(あと)がない」という切実さの中でもがいてきた経験は、今のカンパニーのダンサーたちにも伝えられると思います。みんなとても真摯に努力してはいますが、Kバレエは恵まれた環境でありますし、同じメンバーで同じルーティンの日々を過ごすことになります。だからこそ緊張感をもって、ストイックに追求する姿勢を忘れないでほしいと思います。
“外の世界”が教えてくれたこと
- バレエから離れていた間に、宮尾さんがどんな経験をしてきたのか、もう少し聞かせてください。「仕事を得ることのシビアさ」以外にも、“外の世界”に出たからこそ気づいたことや学んだことはありますか?
- 宮尾 たくさんありますが、ひとつにはバレエがいかに特殊な訓練を必要とするかをあらためて認識しました。演劇やミュージカルの舞台も専門性が高く、発声や歌唱など厳しい鍛錬が必要な表現技法は数多くあります。それでも「言葉で表現する」という意味では、誰もが日常的に行なっていることの延長上にあるとも言えるわけです。しかしバレエは違います。幼少の頃から訓練して “バレエの身体”を作り上げることが絶対条件。つまり、バレエダンサーである僕が演劇やミュージカルの舞台に立たせていただける可能性はあるけれど、素晴らしい役者の方がバレエの舞台でグラン・パ・ド・ドゥを踊ることは不可能だということです。
また、これはごく最近ですが、「アナログの強さ」を再発見する出来事がありました。つい先日、京都の醍醐寺で行われた「OTOBUTAI」という公演に携わった時のことです。風の音や虫の声など様々な自然の音に囲まれているなかで、他のどの音楽よりも際立って響いてきたのが、サミュエル・バーバーの曲でした。それはなぜだろうと考えていて、思い至ったのが、「きっと、電子の力を使っていない時代に作られた形式の音楽だからだ」ということでした。シェイクスピア演劇の発声もそうですが、最初から「生の音」で届くように作られたものは、どんな環境にあっても必ず人の心に届く。だから、ルイ14世の時代に確立されて、生の音と生の身体で踊るバレエには、やはり普遍の強さがあるのだと思います。
- 外の世界で、いちばん大変だったことは?
- 宮尾 それはジャンルによって異なります。舞台であればまず発声。さらにミュージカルだと、音程が取れるかどうか、歌を上手く歌えるかどうかという難しさも加わります。いっぽう映像の世界に行くと、表情の動かし方や演じ方のマナーみたいなものが舞台とはまったく違う。しかも、誰も教えてはくれません。やり方は自分でキャッチしていくしかないし、できなければ仕事がなくなっていくわけですから、シビアですよね。
- ミュージカル等の舞台やテレビドラマで観る宮尾さんは、歌唱でも“聞かせる”し、セリフ回しも自然。その裏には、血の滲むような努力の日々があったのでしょうか?
- 宮尾 実際に、口の中に血の味が広がってきたこともあります。でも、芝居やミュージカルの基礎を持たない自分が舞台に立たせていただくには、血を吐くほどの努力をして当たり前なんですよ。そこまでやっても、その道のプロフェッショナルの足元にも及ばない。もちろんバレエで身につけてきたものが助けてくれることはありますが、バレエ自体で勝負する舞台ではない以上、人並み以上に稽古するしか道はありません。そういう意識でやってきました。
ただ、「いちばん大変だったことは?」と質問をいただいたから敢えてお話ししますが、いちばんの地獄は仕事のない時期が続くことです。僕は14歳でバレエを始めてからずっと、スタジオで稽古するか舞台に立つかの毎日を送ってきました。けれども外の世界に軸足を移してからは、月単位の長さで仕事のスケジュールが空くことがある。それが何より恐怖で苦しくて、「自分は社会的に必要とされていない」と、断絶感を感じることもありました。
- そんなこともあったのですね……。
- 宮尾 でもそういう経験をしたからこそ、Kバレエという環境がいかに恵まれていたかもよくわかったし、熊川総監督の偉大さもあらためて思い知りました。我々Kバレエのダンサーは、熊川哲也さんという一人の人間の力によって生かされてきた。でもこれからは、恵まれた環境に甘えることなく、ダンサー一人ひとりが「自分」という芸術家の開拓者になり、プロデューサーになって、カンパニーの価値を上げていける存在にならなくては。
- そういうことを知った数年間だったということですね。
- 宮尾 「団(カンパニー)」は強いですよ。所属することで得られる安心感・安定感という意味もありますが、みんなでコンスタントに訓練し、時間をかけて作品を練り上げ、よりクオリティの高い舞台を作っていけることが、組織の大きな強みだと思います。
- しかし外の世界の仕事で苦しかった時や不安に駆られた時など、ふとバレエの世界が恋しくなったりはしませんでしたか?
- 宮尾 それはありません。それなりの覚悟をもって仕事に向き合ってきましたし、むしろバレエダンサーとしての自意識や佇まいを捨てなければいけないことも多々ありましたので。
作品を守り、ダンサーを守り、Kバレエを守っていく
- 様々な経験を経て胆力を増した宮尾監督は、今後どのようにカンパニーを率いていきたいと考えていますか?
- 宮尾 基本的な方向性は「継承」です。熊川総監督が成し遂げてきたものを守り、引き継いでいくこと。熊川総監督と同じことは誰にもできませんが、現場を任された以上は自分なりのやり方を見つけていかなくてはいけないし、絶対に変えてはいけないのは「作品」だと思っています。作品を守るために、変えるべきところは変えていく。作品を守り、ダンサーを守り、Kバレエを守って次代に継承していくのが、これからの僕の仕事だと考えています。
- その仕事を成していくために必要なことは?
- 宮尾 いちばんは、僕がダンサーたちに信じてもらえるようになることではないでしょうか。熊川ディレクターの下で踊りたいからここに集まってきたダンサーたちに、信じてもらうこと。その信頼感がなければ、作品のクオリティを守っていくことはできません。
熊川総監督のような大スターが作り上げたものを引き継ぎ守っていくことの難しさは、すでに痛感しています。でも、一線で踊れる時間が決して長くはないダンサーたちに、充実した芸術家人生を歩んでもらえる環境を整えていきたいと思っています。
- さっそくダンサーたちと向き合い始めて、現時点で課題だと感じることは?
- 宮尾 たくさんありますが、まずは「音楽の取り方」です。熊川総監督の振付は非常に音楽的で、僕たちは「役の気持ちなんて考えなくても、音楽に耳を傾ければ自ずと感情が湧いてくるはずだ」と教わってきました。若いダンサーのみんなにも、もっと音楽を感じてほしいと思います。
また、「ストーリーテリング」という部分も強化していきたいところです。今その手を開いたのはなぜ? そちらに目を向けたのはなぜ?……と、動きの一つひとつにきちんと理由があってほしい。例えば熊川ディレクターやスチュアート・キャシディさんの踊りを観ると、その動きで何を語っているのかがすべてわかりました。
- 今後、宮尾監督自身もKバレエの舞台に立つ予定ですか?
- 宮尾 立つかもしれないし、立たないかもしれません。それは僕が決めるというよりも、作品が僕を必要とするならば出演する。それだけです。
- 芸能活動との両立は?
- 宮尾 今はまだ新しい道を歩み出したばかりなので、これからベストなバランスを探していきたいと考えています。ただ、外の世界でも活躍して、バレエを紹介できるような力を持てたらという思いはあります。
- あらためて、宮尾監督が「Kバレエのここを愛している」と思うところは?
- 宮尾 Kバレエが持つ作品たちです。どんなに時代が変わろうと、所属するダンサーたちが変わろうと、作品は変わらずに残り続ける。熊川哲也総監督が作ってきた作品こそが、Kバレエ トウキョウのDNAだと思います。
公演情報
K-BALLET TOKYO『ドン・キホーテ』
【日程・会場】
●東京(上野)
9月26日(金)13:00/18:00
9月27日(土)12:30/16:45
9月28日(日)14:00
東京文化会館 大ホール
●東京(渋谷)
10月18日(土)18:30
10月19日(日)12:30/16:45
10月25日(土)18:30
10月26日(日)12:30
Bunkamuraオーチャードホール
【詳細・問合せ】
K-BALLET TOKYO 公演サイト