
「ドン・キホーテ」エリザベス・トネヴ、ジュリアン・マッケイ ⒸNicholas MacKay / MacKay Productions
2026年2月、Bunkamura オーチャードホールにて行われたジュリアン・マッケイ&フレンズ バレエ・ガラ「アート・オブ・ダンス」。バイエルン国立バレエ プリンシパル、ジュリアン・マッケイの呼びかけで、パリ・オペラ座バレエ エトワールのレオノール・ボラックとポール・マルク、バイエルン国立バレエ プリンシパルのオシエル・グネオをはじめ10名のダンサーが集い、16作品が上演されました。
今回は、公演を立ち上げたジュリアン・マッケイにインタビュー。「アート・オブ・ダンス」にかける思いやこれまでのバレエの歩みについて聞きました。

ジュリアン・マッケイ Julian Mackay
米国モンタナ州生まれ。当時外国人最年少の11歳でボリショイ・バレエ・アカデミーに入学し、米国人として初めてフル・ディプロマを取得し卒業する。2015年ローザンヌ国際バレエコンクールでプロ研修賞を受賞ののち、英国ロイヤル・バレエに研修生として入団。同年ミハイロフロスキー劇場バレエに移籍、20~22年サンフランシスコ・バレエ団にプリンシパルとして在籍。22年9月よりバイエルン国立バレエにてプリンシパルを務めている。©Ballet Channel
- 「アート・オブ・ダンス」第1回を日本で開催することにした理由は?
- マッケイ 日本以外には考えられませんでした。僕の芸術への探求心や感性は、日本の文化の在り方に影響を受けています。日本は、古くから受け継がれた伝統や長く愛されている芸術だけでなく、生まれたばかりの新しい芸術も温かく受け入れていますよね。僕たちダンサーのキャリアはとても短いですから、「今」を慈しむ場所でこの公演を始めたいと思いました。
- 日本の文化に興味を持ったきっかけは?
- マッケイ はじめて来日した時、僕は日本についてよく知りませんでした。それから日本の文化について学んでいくうちに、バレエとの共通点を多く見つけました。集中力、精巧な技術、鍛錬の積み重ねは、バレエにも欠かせない大切な要素だと思っています。

「型(Kata)」ジュリアン・マッケイ ⒸNicholas MacKay / MacKay Productions
- 今回の公演では、マッケイさんがキャスティングをしたそうですね。
- マッケイ 出演してくれたダンサーたちはみな、私の人生の歩みに欠かせない人たちです。これまでに共演して切磋琢磨しあった仲間や、優雅なバレリーナ、尊敬するダンサー、夢を抱く青年たち。それぞれがダンスという旅を続けています。私の旅路の現在地を、仲間たちと共にお見せしたいと思いました。
- 上演した作品について教えてください。
- マッケイ 今回の公演では、私が歩んできたダンサーという道をさまざまな作品を通して描きました。クールさ、愛、痛み、葛藤、芸術家として生きるとは? 上演した作品にはそれぞれのテーマがあります。
『Radio & Juliet』は名作と現代的な音楽との融合を、『ル・パルク』は他者に触れることと愛を、『Avalanche』は内側に抱えた痛みや葛藤を表現しました。『Cuban Nutcracker』は、自分の道を模索していた幼い頃を思い出させる、懐かしい作品です。『ドン・キホーテ』はこれまで何度も踊ってきた作品で、客席では私がバジルを踊り始めた当初から指導してくれた恩師も見守っていました。

「ル・パルク」 レオノール・ボラック、ジュリアン・マッケイ ⒸNicholas MacKay / MacKay Productions
- ところでマッケイさんはバレエ一家で育ったそうですね。幼い頃のことを聞かせてください。
- マッケイ 私は3歳の頃から「バレエダンサーになる」と決めていました。家のあちこちで踊り、じっとしているのが苦手だった私にとって、バレエは楽しくもあり挑戦でもありました。なぜなら、バレエで最初に学ぶのはポジション、つまり静止することですから。そうして正しいポジションを身につけて美しいパにつなげられた時、私はこの上ない達成感を覚えました。あの時の感覚を今も追い続けているのだと思います。
- バレエを嫌いになったことはありますか?
- マッケイ 教師に反発したことも、振付に不満を持ったこともあります。でも、ぶつかるたびに「なぜバレエを始めたのか」を思い出すのです。毎日のクラスやリハーサルで葛藤することもありますが、それはバレエと向き合い、バレエを愛している証だと考えています。
一度だけ、もう踊りたくないと思ったことがありました。それは父が亡くなった時です。当時の私は言葉よりも身体で感情を表現していて、踊ることが何よりも楽しみでした。でも今度は、父を失った悲しみや寂しさを踊りにぶつけてしまうかもしれない。そうなった時の自分の姿を想像できませんでした。だから、しばらくは踊りたくなかった。バレエから離れることで、自分の感情と向き合うのを避けていたのかもしれません。

「Avalanche」ジュリアン・マッケイ ⒸNicholas MacKay / MacKay Productions
- バレエを続けるなかで、試練に直面したことは?
- マッケイ たくさんあります。出身の米国モンタナ州でバレエダンサーを目指す人は少なかったし、ボリショイ・バレエ・アカデミーを卒業したアメリカ人も珍しかった。前例が少ないなかで挑戦して学んだのは、壁にぶつかったら、右か左に曲がればいいということ。ほかにも道はあるのですから。
- これまで踊った中でとくに印象的だった作品は?
- マッケイ Kバレエ トウキョウに客演した『マダム・バタフライ』です。制作過程で日本文化について多くを学びました。作品の独自性もさることながら、一人ひとりのダンサーと役との調和が素晴らしかった。熊川哲也ディレクターやカンパニーのみなさんと過ごしたリハーサルの日々は、特別な経験でした。

「Radio & Juliet」クセニア・シェフツォワ、ジュリアン・マッケイ ⒸNicholas MacKay / MacKay Productions
- マッケイさんが所属するバイエルン国立バレエの芸術監督ローラン・イレール氏は、どんな監督ですか?
- マッケイ ローランは踊りだけでなく、人間としての私を理解してくださいます。私がこうして世界で踊れているのは、彼が拠点を与えてくれたおかげです。
彼の指導で忘れられない言葉があります。ノイマイヤーの『幻想・「白鳥の湖」のように』のリハーサルで、一度全力で踊った後に、「もう一度、まわりの人にあなたの演じている役が見えるように踊って」と言われました。ただがむしゃらに踊るのではなく、「自分はどんな役で、今この瞬間に何を伝えたいのか」を、その場にいるダンサーやオーケストラ、観客にはっきりと示さなければならない。一人ひとりに語りかけるようにして物語を運んでいくことの大切さに、あらためて気づかされました。
- 最後に、あなたにとってバレエとは?
- マッケイ 私の生き方です。「バレエをやる」と決めて以来、何千回も「バレエを踊りたいか?」と自問しては「Yes」と答え続けてきました。そうして今の私がいるのだと思います。

「ドン・キホーテ」ジュリアン・マッケイ ⒸNicholas MacKay / MacKay Productions
公演情報 ※公演は終了しました
ジュリアン・マッケイ&フレンズ バレエ・ガラ
「アート・オブ・ダンス」
Bunkamura オーチャードホール
【2026年2月7日(土)】
『型(Kata)』
ジュリアン・マッケイ、演奏:ナニワノヲト
『海賊』
ヴィオレッタ・ケラー、オシエル・グネオ
『ル・パルク』
レオノール・ボラック、ジュリアン・マッケイ
『瀕死の白鳥』
エリザベス・トネヴ、演奏:櫃本瑠音
『Intuition Blast』
マーク・シムズ、ジョー・ブラトコ・ディクソン
『ジゼル』
レオノール・ボラック、ポール・マルク
『Avalanche』
ジュリアン・マッケイ
『Cuban Nutcracker』
三浦宏規
『ロミオとジュリエット』
クセニア・シェフツォワ、マーカス・モレッリ
『Renaissance』
レオノール・ボーラック、ポール・マルク
『ドン・キホーテ』
エリザベス・トネヴ、ジュリアン・マッケイ
【2026年2月8日(日)】
『Radio & Juliet』
クセニア・シェフツォワ、ジュリアン・マッケイ
『ディアナとアクティオン』
ヴィオレッタ・ケラー、オシエル・グネオ
『瀕死の白鳥』
エリザベス・トネヴ、演奏:櫃本瑠音
『Avalanche』
ジュリアン・マッケイ
『ジゼル』
レオノール・ボラック、ポール・マルク
『Intuition Blast』
マーク・シムズ、ジョー・ブラトコ・ディクソン
『ラ・シルフィード』
クセニア・シェフツォワ、ポール・マルク
『ドン・キホーテ』
エリザベス・トネヴ、ジュリアン・マッケイ