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【最終回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-バレエ鑑賞の極意

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第83回 バレエ鑑賞の極意

■バレエの様式美の3つの楽しみ方

最終回です。これまで7年間、本連載ではさまざまなバレエ・テクニックの紹介を通して、バレエの楽しみ方、味わい方についてお伝えしました。最後に、「バレエ・テクニックを通してバレエを鑑賞する」というテーマに沿って、通常とは少し異なるバレエの楽しみ方を3つご紹介します。これらは、私が舞踊評論家として35年以上活動する中で実践してきた鑑賞法です。

①ダンサーの骨と筋肉を見る

バレエを楽しむにあたって、ダンサーの容姿、容貌はとても重要です。自分の好みの顔立ちや体型かで、楽しめるかが決まるのは、ダンサーと、俳優、芸能人、音楽アーティストとで変わりありません。

また、古典全幕バレエには物語があるので、ダンサーの容姿が役にふさわしいかどうかも重要です。大多数の鑑賞者にとって、王女にふさわしいと感じられる顔立ちや、王子にふさわしいと感じられる身長は存在します(注1)

しかし、私はバレエの舞台を見ているとき、物語を忘れ、役を忘れ、ダンサーのポーズと動きのみを楽しんでいることが少なくありません。そのようなときはダンサーの容姿はもちろん、舞台上の美術も衣裳も見ておらず、空間の中で舞い踊る骨と筋肉を見ていると感じます。

バレエはターンアウト(アン・ドゥオール)という下肢の特殊なポジション(注2)を出発点としてポーズとステップの体系が築き上げられており、それがバレエの様式美を生み出しています。ターンアウトした下肢は、本連載の第1部で紹介した「回転の美技」(第1回~第8回)、「跳躍の美技」(第9回~第23回)などの要です。ダンサーの華麗な回転、跳躍に見とれていると、いつのまにか美しい骨と筋肉の配置が見えてきます。

②ダンサーが支配する空間を見る

バレエの様式美は「ダンス・デコール」(danse d’école)と呼ばれる舞踊技法に支えられています。ダンス・デコールとは、フランス語で「学校の舞踊」ないし「古典学派の舞踊」という意味で、ターンアウトを基本とし、回転、跳躍、ポワントワークなど多様なステップ(=パ)が体系化されているバレエの伝統的な舞踊技術です(注3)

私はダンス・デコールを「生身のからだで3次元空間を可能な限り広く、大きく支配する技術」の体系と考えています。それは身体の動きとしては、「滑らかな移動」、「あらゆる方向への移動」、「あらゆる方向へ移動できるような構え」として現れます。

優れたダンサーの踊りを見ていると、ダンサーを取り囲む空間がダンサーの四肢によってコントロールされていると感じます。例えば、軸のぶれがなく、バランスがよく、安定した踊りを見ると「優雅さ」を感じますが、それは空間が制御されている感覚に直結します。あるいは、足の4番または5番ポジションでのプリエは、前後左右いずれの方向への移動も、左右どちらへの回転も可能なポーズです。このような構えは、動きの広がりを予知、予感させ、やはり空間が制御されている感覚をもたらします。

本連載は7年前に「グラン・フェッテ」(第12回)の紹介から始まりました。グラン・フェッテは、誰が見てもはっきりと分かるように舞台空間を支配する高度なテクニックとして、もっともよく知られた女性の超絶技巧です。

「パ・ド・ドゥ」には男女2つの身体があるので、支配する空間の領域がさらに広がります。本連載の第2部の「パ・ド・ドゥ編」(第34回~第57回)では、リフト、プロムナード、ダイヴ・アンド・キャッチ、トス・アンド・キャッチ、スウィングなど、さまざまなテクニックを紹介しましたが、これらは舞台空間をより広くコントロールする技であると言うこともできます。

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パリ・オペラ座バレエの『ラプソディ』より。空間全体を使ったダイナミックなパ・ド・ドゥをお楽しみください。

③コール・ド・バレエを見る

主役が上演日によって交代する公演の場合、バレエファンならば主役の配役で鑑賞日を選ぶでしょう。特に古典全幕バレエの場合、主役の男女ペアが誰と誰かは重要なポイントです。多くのバレエファンが劇場へ足を運ぶ目的は、まず主役を見るためでしょう。

それは間違っていません。しかし、ぜひコール・ド・バレエも楽しみの中心に据えてほしいと思います。そのような思いで、本連載の第3部「コール・ド・バレエ編」(第58回~第82回)を書いてまいりました。

古典全幕作品のコール・ド・バレエには、「バレエ・ブラン(白いバレエ)の群舞」と「キャラクター・ダンス(民族舞踊)の群舞」の2種類がありますが、バレエを見始めて日が浅ければ前者が分かりやすいと思います。その典型は、『白鳥の湖』第2幕のコール・ド・バレエ(第5865707681回)と、『ラ・バヤデール』第3幕のコール・ド・バレエ(第59647382回)です。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』より第2幕。コール・ド・バレエの美しさをご堪能ください。

後者のキャラクター・ダンスについては、本連載で十分な解説ができませんでしたが、第61回でチャルダーシュ、第62回でマズルカとポロネーズについて紹介しました。キャラクター・ダンスには、ターンアウトを厳格に守るダンス・デコールとは異なる味わいがあり、バレエ団による差異も大きく、鑑賞のポイントになります。

★動画でチェック!★
イングリッシュ・ナショナル・バレエの『白鳥の湖』より第3幕。こちらの映像では、チャルダーシュの特徴的な踊りを観ることができます。

■経験と知識

あらゆる芸術と同じように、バレエにおいても作品を楽しむ力は、鑑賞の経験数と鑑賞対象に関する知識量によってもたらされます。

鑑賞経験は、劇場に足を運んでライブパフォーマンスを見るのが何よりです。今はバレエの舞台映像が無数に流通しており、例えばYouTubeをちょっと検索すれば、世界の一流バレエ団の公演やトップスターの演技を無料でいくらでも視聴することができます。しかし、映像の鑑賞と生の舞台鑑賞には決定的な差があります。

舞台芸術には、生身の人間が、今、ここで、目の前で演技しているからこそ伝わる迫力があります。それを少し改まった言葉で表現すれば、「現前性と共時性という身体の制約がもたらす実存に迫る力」です(注4)。映像を100本鑑賞しても得られないものが、1回の劇場での体験で得られるのです。

また、作品は、作品の背景について知れば知るほど楽しめるようになります。バレエ作品は実に多くの要素で成り立っている総合芸術です。本連載ではダンサーのテクニックおよび振付に絞って解説しましたが、音楽について、物語について、美術について、衣裳について、音響・照明について等々、鑑賞を深める知識は無尽蔵にあります。ダンサーについて、振付家について、作曲家について等々、それぞれの人物を知ることも鑑賞を深めます。

バレエは素晴らしい芸術です。これからもたくさんのバレエ鑑賞が、皆さんの暮らしと人生をいっそう豊かにすることを願っております。

(注1)バレエという芸術は他の舞台芸術と同様に、いわゆる「ルッキズム」(外見至上主義)を内包しています。しかし、何が根絶すべきルッキズムで何がそうでないのか、そもそもルッキズムはどう定義すべきなのかなど、慎重な議論が必要です。

(注2)ターンアウト(アン・ドゥオール)は単なる外股ではなく、太腿のつけ根の股関節から下肢全体を外へ回すポジションです。また、バレエにおいてターンアウトは、①股関節の可動領域の最大化、②回転・跳躍力の蓄積、③下肢の美しいラインの造形、④平衡感覚の鋭敏化など、さまざまな効果を発揮しています。

(注3)「ダンス・クラシック」、「ダンス・アカデミック」、「アカデミック・ダンス」などの語も、「ダンス・デコール」とほぼ同義に使われています。

(注4)このような力を理論社会学者の大澤真幸は「還元できない何か」と呼び、「〈現実〉に実践的・認識的に対峙する者が、全的にその〈現実〉に内属している、ということからくる効果のようなもの」と説明しています(大澤真幸『電子メディア論:身体のメディア的変容』新曜社, 1995)。

(発行日:2026年6月25日)

御礼の言葉

本連載記事をお読みいただいた方々にお礼申し上げます。また、2019年5月のサイト開設当初から今日まで、このような執筆の機会を毎月下さった「バレエチャンネル」編集部に深く謝意を表します。ありがとうございました。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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