文/海野 敏(舞踊評論家)

第79回 立ち回り(1)
■バレエ作品のバトルシーン
舞台用語としての「立ち回り」は、切り合いや殴り合いなどの場面のことで、いわゆるバトルシーンです。日本の演劇・映画界では「タテ」と呼ばれ、「殺陣」という漢字が当てられます(注1)。
バレエでも、立ち回りが見せ場となる作品は少なくありません。誰がどのように戦うかにはさまざまなパターンがあって、主人公や脇役が1対1で決闘する場合、1人と少人数、あるいは少人数同士が戦闘する場合、多人数が乱闘する場合などです。手にナイフや長剣を持ったり、拳銃や小銃を持ったり、徒手で戦ったりします。
今回はコール・ド・バレエによる立ち回りを中心にして、バレエ全幕作品で鑑賞できる立ち回りを紹介します。立ち回りの演出には、様式的な動きですっかり舞踊化している場合と、現実の戦闘に似せた写実的な演技の場合がありますが、前者から紹介しましょう。
■舞踊化した立ち回り
『くるみ割り人形』第1幕では、クララの夢の世界でネズミと兵隊人形が戦います。本作はバレエ団ごと、振付家ごとに無数のヴァージョンがあるので、このバトルシーンを見比べるだけでも楽しめます。多くの振付では、兵隊人形が小銃を手に整列して踊るのに対し、ネズミたちは徒手で、比較的ばらばらな隊形で戦います。そして、くるみ割り人形とネズミの王様の一騎打ちが戦闘場面のクライマックスとなります。
- ★動画でチェック!★
- 英国ロイヤルバレエ『くるみ割り人形』の映像より。冒頭から、ネズミと兵隊のシーンを観ることができます。クライマックスのくるみ割り人形とネズミの王様の一騎打ちをお楽しみください。
『白鳥の湖』第4幕では、オデットとジークフリート王子が悪魔ロットバルトと戦い、白鳥の群舞が戦いに加わることもあります。しかし、その戦いぶりは演出によって異なるのが面白いところ。ロットバルトが圧倒的に強くてオデットと王子が一方的に責められるヴァージョンから、王子がロットバルトを追い詰め、その羽根をもぎ取って滅ぼすヴァージョンまでさまざまです(注2)。
- ★動画でチェック!★
- パリ・オペラ座バレエ『白鳥の湖』の映像です。ヌレエフ版のこちらの映像では、ロットバルトに追い詰められ取り残される王子の姿が印象的に描かれています。
白鳥の群舞は、積極的にロットバルトと戦う場合と、戦闘には参加しない場合があります。戦闘への参加・不参加にかかわらず、この場面のコール・ド・バレエの振付は、どのヴァージョンでも鑑賞のポイントになるでしょう。筆者は、ここは振付家の重要な腕の見せどころだと考えています。チャイコフスキーのドラマティックな楽曲に合わせて、白鳥たちがどのようなフォーメーションで行き交うのか、主役たちの戦いとどのように絡むのか、ぜひ注目して下さい。
■写実的な立ち回り
20世紀に作られた作品では、立ち回りの演出・振付がかなり写実的なものがあります。その代表が『ロミオとジュリエット』です。
『ロミオとジュリエット』は、1935年にプロコフィエフが素晴らしい音楽を作ってから、多くの優れた振付家が同曲で全幕作品を創作しています(注3)。その第1幕の序盤では、キャピュレット家の人々とモンタギュー家の人々による街の広場での喧嘩騒ぎが描かれます。
男性たちは細く真っ直ぐな刀身の剣(注4)を振り回し、相手を突き刺して殺し合います。テンポの速い音楽に合わせて、舞台から剣が打ち合う音が多数聞こえてくる緊迫感のあるシーンです。両家の女性たちは、喧嘩に加わらず囃し立てるだけの演出もあれば、徒手で乱闘に参加する演出もあります。
- ★動画でチェック!★
- 英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』の紹介映像です。40秒から立ち回りのシーンをいくつか観ることができます。
第2幕では、群舞ではありませんが、ティボルトとマキューシオの一騎打ちと、それに続くロミオとティボルトの一騎打ちがあり、これらもかなり写実的な演出となっています。これらの決闘でマキューシオとティボルトが死亡して、物語が悲劇の結末へと動いてゆくのは、みなさんご存知の通りです。
- ★動画でチェック!★
- 英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』よりソードファイトの紹介映像です。ロミオとティボルトの一騎打ちのシーンを観ることができます。
『パリの炎』は、18世紀末のフランス革命を舞台とした全幕作品です。ボリス・アサフィエフの音楽を使って、いくつかのヴァージョンが作られています(注5)。
作品の後半は、「8月10日事件」(テュイルリー宮殿襲撃事件)を題材とした場面がクライマックスになっています。宮殿になだれ込んだ義勇兵と、国王を守る衛兵とのあいだで激しい立ち回りが繰り広げられます。どちらかと言えば様式的に振付けられた群舞が多いシーンですが、撃たれた兵士が倒れて死んでゆくなど、生々しく写実的な演技も行われます。
(注1)「タテ」は歌舞伎に由来する用語です。「殺陣」は「さつじん」と読まれていましたが、昭和初期から「たて」と読むようになりました。
(注2)そもそも『白鳥の湖』は、オデットと王子が身投げしてロットバルトが勝ち誇る結末から、オデットと王子の心中後にロットバルトが滅びる結末、オデットと王子は生き残りロットバルトのみ滅びる結末、王子のみ生き残る結末など、さまざまなヴァージョンがあります。
(注3)ラヴロフスキー版(1940年)、クランコ版(1962年)、マクミラン版(1965年)、ノイマイヤー版(1971年)、ヌレエフ版(1977年)、熊川哲也版(2009年)など。
(注4)小道具として使われるのは、一般にはフェンシング競技のサーブル(サーベル)と同じタイプの剣です。両家の君主同士だけは、重いツーハンドソード(両手で扱う両刃の剣)で戦う演出もあります。
(注5)ワイノーネン版(1932年)、ラトマンスキー版(2008年)、メッセレル版(2013年)など。2026年5月には、Kバレエ トウキョウが宮尾俊太郎版を初演する予定です。
(発行日:2026年2月25日)
次回は…
第80回は、『チェックメイト』、『スパルタクス』、『不思議の国のアリス』など、特徴的で面白い群舞の立ち回りが鑑賞できる作品を紹介します。次回の発行予定日は2026年3月25日です。
- 【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
- http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html
\NEWS!/
本連載の著者・海野敏さんによる書籍が発売されました! ルネサンス期イタリアから21世紀まで、バレエという舞台芸術の600年を通覧する内容です。

『バレエの世界史:美を追求する舞踊の600年』
海野敏=著
中央公論新社 2023年3月(中公新書2745) 940円(税別)
★詳細はこちら
*
【こちらも好評発売中!】
オーロラ、キトリ、サタネラ、グラン・パ・クラシック、人形の精……等々、コンクールや発表会で人気の 30 のヴァリエーションを収録。それぞれの振付のポイントを解説しています。バレエを習う人にも、鑑賞する人にも役立つ内容です。ぜひチェックを!

『役柄も踊りのポイントもぜんぶわかる! バレエ♡ヴァリエーションPerfectブック』
海野敏=文 髙部尚子=監修
新書館 2022年3月
★詳細はこちら