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【第80回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-立ち回り(2)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第80回 立ち回り(2)

■英国バレエの原点~『チェックメイト』

前回(第79回)は群舞によるバトルシーンを「舞踊化した立ち回り」と「写実的な立ち回り」に分け、前者の例として『くるみ割り人形』と『白鳥の湖』、後者の例として『ロミオとジュリエット』と『パリの炎』を紹介しました。

今回は3つの作品を紹介します。『チェックメイト』と『スパルタクス』は「舞踊化した立ち回り」、『不思議の国のアリス』は「写実的な立ち回り」の例です。

『チェックメイト』は、20世紀前半に英国バレエの基礎を築いたニネット・ド・ヴァロワの代表作。上演時間45分ほどの1幕物で、1937年、彼女の創設したヴィック=ウェルズ・バレエが初演しました。同団は英国ロイヤル・バレエの前身であり、音楽はロンドン生まれのアーサー・ブリス作曲で、その後大きく発展して今に至る“英国バレエ”の原点とも言うべき作品です(注1)

愛と死がチェスのプレイヤーとなり、駒に扮したダンサーたちが試合を進めてゆく趣向。チェスの駒は通常は白と黒ですが、この作品では赤い駒が愛の兵士、黒い駒が死の兵士になって戦います。第2次世界大戦の始まる数年前という暗い時代を反映してか、結末は死が勝利します。

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バーミンガム・ロイヤル・バレエの『チェックメイト』の映像です。愛の兵士たちのシーンを観ることができます。舞台の下手から現れるのは、年老いた赤のキングと彼を導く赤のクイーンです。

終盤、赤のナイトが黒のクイーンに打ち取られた後、守る駒のなくなった赤のキングが追い詰められてゆくラスト5分の立ち回りが面白い(注2)。まず黒のポーン8人、ナイト2人、ルーク2人が舞台四方から次々と登場して、赤のキングを取り囲みます。黒の駒はそれぞれ1.5メートルぐらいの棒を武器として持っています。いっぽうの赤のキングは徒手空拳。キングは多数の棒でがんじがらめにされ、黒のクイーンに冠を奪われてチェックメイトとなります。

バトルシーンは様式化されており、下半身の動きは、ほぼクラシック・バレエの基本的なステップのみを使った振付です。ド・ヴァロアは英国ロイヤル・バレエの初代芸術監督ですが、彼女の振付には、第2代のアシュトン、第3代のマクミランの振付に通じる「ステップへのこだわり」が感じられます。日本で上演される機会は少ないですが、バレエファンの方は是非一度ご覧下さい(注3)

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『チェックメイト』の紹介映像です。幕開きは、愛と死を象徴する2人がチェスを始める場面。映像の終盤には、形式化されたバトルシーンを観ることができます。

■20世紀ロシア・バレエの傑作~『スパルタクス』

『スパルタクス』は、ボリショイ・バレエの黄金期を築いたユーリー・グリゴローヴィチの代表作。本作の「スパルタクスとフリーギアのアダージオ」については、本連載「パ・ド・ドゥ編」で、第35回「ハイリフト」、第51回「ダイヴ・アンド・キャッチ」、第53回「スウィング」と3度取り上げました。しかし、本作はパ・ド・ドゥよりもむしろ、コール・ド・バレエに大きな特長があります。

『スパルタクス』は古代ローマを舞台とし、奴隷たちの反乱を描いた全3幕のバレエで、1968年、ボリショイ・バレエが初演しました。音楽はハチャトリアンです(注4)。奴隷である剣闘士たちの群舞、ローマ軍兵士たちの群舞、ハーレムの女性たちの群舞、いずれも力強いフォルムとリズムが際立つ振付が素晴らしい。今回は本作から3つの立ち回りを紹介しましょう。

第1は第1幕中盤、ローマ将軍クラッススの酒宴の余興で、スパルタクスとその友人が目隠しをしたまま殺し合いをさせられる場面。2人は何も見えない状態で剣を振り回しながら次第に近づき、ついにスパルタクスが友人を刺し殺してしまいます。緊張感あふれる演出です。

第2は第2幕後半、スパルタクス率いる反乱軍とクラッスス率いるローマ軍とのバトルシーン。それぞれ兵士たちが整列し、剣を振りかざして一斉に跳躍、回転を繰り返す振付は、実にエネルギッシュで見応えがあります。剣闘士たちはクラッススを追い詰め、その後スパルタクスとクラッススの一騎打ちとなりますが、スパルタクスは敗れたクラッススに温情をかけ、とどめを刺さずに逃がしてしまいます。

第3は第3幕終盤、ローマ軍と反乱軍のバトルシーン。反乱軍はローマ軍に包囲され、今度はスパルタクスが追い詰められて、ローマ兵の無数の槍に貫かれて息絶えます。また第3幕では、ローマ軍、反乱軍、それぞれ戦闘前に士気を高める群舞が迫力満点で、重要な見どころとなっています。

■英国バレエの新しい古典~『不思議の国のアリス』

『不思議の国のアリス』は、クリストファー・ウィールドンの振付けた全幕3幕のバレエ。2011年、英国ロイヤル・バレエが初演しました。新国立劇場バレエ団がレパートリーとし、これまで何度も再演されているので、ご覧になった方は多いと思います(注5)

この作品では、第3幕終盤、ハートの女王が裁判で「首をはねよ」と判決を下した後、アリスとジャックが逃げ回るコミカルな立ち回りがとても楽しい。わずか数分間のシーンですが、女王が首切り斧を振り回し、ワンダーランドの住人たち総出の大騒ぎになります。この場面でトランプのカードに扮したダンサーたちの動きは舞踊化されていますが、アリスたちが右往左往する動きはあまり舞踊化されておらず写実的。最後は全員が1列に並び、アリスのひと押しでドミノ倒しになって、女王が玉座から落下する様子が愉快です。

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英国ロイヤル・バレエ『不思議の国のアリス』の紹介映像です。1分3秒から少しだけアリスたちが右往左往するようすを観ることができます。

なお立ち回りではありませんが、ハートの女王による裁判が始まる直前に、筆者がとても気に入っている群舞があります。トランプのカード役のダンサーたちが横一列に並び、バスドラムの音に合わせてリズミカルに踊るのですが、これは第77回に説明した「カノン」の振付がたいへん効果的に用いられています。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『不思議の国のアリス』よりリハーサル映像です。トランプのカード役のダンサーたちが踊る印象的なシーンを、本番の舞台映像とリハーサル映像の両方で観ることができます。

(注1)ちなみにド・ヴァロワ(1898-2001)は英国バレエの母と呼ばれますが、生まれはアイルランドです。

(注2)黒のクイーンと赤のナイトが戦い、ほぼ追い詰められた黒のクイーンが最後に逆転する展開も見どころです。

(注3)日本では小林紀子バレエ・シアターがレパートリーとしています。

(注4)ハチャトリアンの音楽による『スパルタクス』は、グリゴロ―ヴィチ版の前にヤコプソン版(1956年)、モイセエフ版(1958年)がありましたが、グリゴローヴィチ版ほど評価されませんでした。

(注5)『不思議の国のアリス』を本連載で取り上げるのは初めてですが、筆者が担当した「英国バレエ通信」の第43回では、英国ロイヤル・バレエ団の2024年の公演をレポートしました。

(発行日:2026年3月25日)

次回は…

第81回からは「コール・ド・バレエ編」のまとめとして、フォーメーション変化の楽しみ方について説明します。次回の発行予定日は2026年4月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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