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【第51回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーダイヴ・アンド・キャッチ

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第51回 ダイヴ・アンド・キャッチ

■跳び込む動き

バレエ鑑賞の楽しみは、ストーリーの展開にわくわくしたり、ダンサーの表情に注目したり、主役の喜怒哀楽に感情移入したり、さまざまです。しかし、この連載では、ダンサーが美しいポーズと動きを作り出すテクニックに焦点を絞っています。

そのテクニックをあえて分けるならば、派手で驚きがあり、スリルを与えてくれるテクニックと、地味で気づきにくいけれど、美しく味わい深いテクニックの2種類が存在しているでしょう。この連載はおもに前者を中心に紹介してまいりました。そして、パ・ド・ドゥのテクニックで、筆者が「派手さの頂点」だと思うのが、第3435回に紹介したハイ・リフトと、今回紹介する「ダイヴ・アンド・キャッチ」です。

ダイヴ・アンド・キャッチとは、女性が男性に向かって身を投げるように跳び込み、男性が女性の身体を受け止める動きです。この呼称は私が仮に名付けたもので、バレエ界の専門用語ではありません。しかし、”dive and catch”は、英語圏では舞台評などで使われている動詞の組み合わせです。

ハイ・リフトもダイヴ・アンド・キャッチも女性が全体重を男性に預けますので、しっかりしたパートナーシップが必須です。ダイヴ・アンド・キャッチには跳び込む勢いが加わりますので、ハイ・リフト以上に危険が伴う難しいテクニックです。

■『ドン・キホーテ』と『ライモンダ』

『ドン・キホーテ』は、派手で華やかなテクニックを満喫できる古典全幕作品の筆頭です。第3幕(演出によっては第2幕)の居酒屋の場面では、キトリとバジルが登場する曲で、ダイヴ・アンド・キャッチが披露されます。居酒屋のフロアで友人たちの手拍子に囃されながら踊る曲の中盤、二人が乾杯した後のパートです。オーケストラが音階を上昇するメロディーに合わせて、キトリが舞台上手から下手にいるバジルに向かって駆け寄り、跳び込むと、バジルが彼女を抱きとめます。キトリは、仰向けに近い水平な体勢で片手を上げてポーズすることが多いですが、いわゆる「お姫様だっこ」にキャッチする演出もあります。このシークエンスはすぐにもう一度繰り返されます(注1)

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ウクライナ国立バレエ『ドン・キホーテ』の全幕映像より。キトリをオリガ・ゴリッツァ、バジルをニキータ・スハルコフが演じています。一連のシークエンスは、1時間9分30秒から。

『ライモンダ』第1幕後半「夢の場」、ライモンダとジャン・ド・ブリエンヌのパ・ド・ドゥにも、演出によりますがダイヴ・アンド・キャッチが入ります。約5分の長めのアダージオの終盤、ライモンダが舞台上手奥から下手前に立っているジャンへ向かって駆け寄り、背中を向けて跳び込むと、ジャンが彼女を抱きとめます。『ドン・キホーテ』の居酒屋とよく似たシークエンスなのですが、印象はだいぶ異なるのが面白いところ。ヴァイオリンのソロが甘いメロディーを奏でる音楽の効果もあって、このアクロバティックな動きが抒情的、幻想的に感じられる場面です。

■20世紀作品のダイヴ・アンド・キャッチ

グリゴローヴィチ振付の『スパルタクス』は、20世紀半ばを代表するバレエ全幕作品のひとつです。その第2幕、「スパルタクスとフリーギアのアダージオ」は、派手なテクニックが満載のパ・ド・ドゥです。

後半、フリーギアが舞台上手から下手のスパルタクスへ向かって走り寄り、跳び込むと、スパルタクスが彼女を胸の上に横抱えしてぐるぐると4回転します。その後情熱的に抱き合った二人は再び左右に分かれ、フリーギアが今度は舞台下手から上手のスパルタクスへ向かって走り寄り、跳び込むと、スパルタクスは彼女の左脚1本を抱えます。続けてフリーギアの身体が半回転して頭が真下に向き、両脚を前後にスプリットしたT字ポーズのショルダー・リフト(第36回)になります。シンバルが何度も鳴り響いて、音楽も大いに盛り上がるポイントです。

★動画でチェック!★
『スパルタクス』より、ミハイル・ロブーヒン演じるスパルタクスとアンナ・ニクーリナ演じるフリーギアのアダージオです。この映像では、左右に分かれた二人が駆け寄るところから見ることができます。印象的なショルダー・リフトに続く、ダイナミックなハイリフトもぜひご覧ください。

バランシン振付の『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』は、ガラ公演、バレエ・コンサートでは定番の作品です。女性が男性へ向かって跳び込む振付と言われれば、多くのバレエファンはこの作品を思い出すかもしれません。

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』のコーダでは、女性がグラン・フェッテ(第12回)で華やかに回転した後、フィニッシュの直前にダイヴ・アンド・キャッチが2回披露されます。ここまでで紹介したダイヴ・アンド・キャッチは、待ち構えている男性へ向かって女性が駆け寄るパターンでしたが、バランシンの振付では男性が女性と一緒に舞台上手から下手へと走って移動し、1歩先回りした男性が、跳び込んだ女性をフィッシュ・ダイヴ(第37回)のポーズで受け止めます。続けてすぐに二人は舞台下手から上手へと走って移動し、同じようにダイヴ・アンド・キャッチで、逆向きのフィッシュ・ダイヴのポーズとなります。何とスリリングな振付でしょうか。

★動画でチェック!★
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』よりコーダの映像です。踊っているのは、英国ロイヤル・バレエアナ・ローズ・オサリヴァンマルセリーノ・サンベ。ダイヴ・アンド・キャッチは2分15秒から見ることができます。女性のグラン・フェッテから続けてお楽しみください。

ピーター・ライト振付の『くるみ割り人形』第2幕、「金平糖の精のパ・ド・ドゥ」では、アダージオにダイヴ・アンド・キャッチが入ります。アダージオの後半、金平糖の精が王子に走り込んでジャンプすると、彼女は王子の肩に乗ってショルダー・シット(第36回)になり、そのまま王子はぐるっと回転し、フィッシュ・ダイヴのポーズで抱えてから彼女を下ろします。このシークエンスは、すぐにもう1回繰り返されます。「ダイヴ・アンド・キャッチ→リフト→フィッシュ・ダイヴ」と連続するサービス満点の振付です(注2)

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』より第2幕のパ・ド・ドゥ。金平糖の精をマリアネラ・ヌニェス、王子をワディム・ムンタギロフが演じています。一連のシークエンスは、3分49秒から。二人の息がぴったりと合った安定感抜群のリフトをぜひご覧ください。

(注1)通常は2回とも上手から下手へ駆け寄るのですが、英国ロイヤル・バレエが上演したカルロス・アコスタ版では、1回目は上手から下手へ駆け寄り、2回目は下手から上手へ駆け寄るという珍しい振付でした。1回目と2回目で左右が逆になりますから、いっそう難しい振付です。

(注2)マクミランの振付作品にも、素晴らしいダイヴ・アンド・キャッチがたくさん登場します。本連載では、マクミラン振付のパ・ド・ドゥは、回を改めて紹介する予定ですので、どうぞお楽しみに。

(発行日:2023年10月25日)

次回は…

第52回も専門用語の見当たらない動きです。今回と似ていますが、男性が女性を軽く放り上げ、すぐに受け止める動きで、「トス・アンド・キャッチ」と名付けました。発行予定日は2023年11月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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