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【第49回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーサポート付きパンシェ(2)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第49回 サポート付きパンシェ(2)

■“パンシェ”の美しさ

前回(第48回)パンシェが振付に与える効果について、「動きにアクセントをつける効果」と「ポーズを印象づける効果」の2つと説明しました。パンシェは、ダンサーの動きにバレエ特有の美しさをもたらします。その美しさについて、本ウェブサイト(バレエチャンネル)の編集長より、メールで素敵な言葉をいただいたので、はじめに紹介します。

“傾き始める直前にいったん上体や腕や脚をぐーっと引き上げて呼吸する瞬間も美しいですし、傾いていくプロセスも、マックスまで傾ききってポーズが定まった瞬間も、すべての瞬間が絵になるような、本当に美的な動きだとあらためて感じ入りました。”

前回は、女性ダンサーが男性ダンサーにサポートされて前へ傾いてゆくパンシェ、「アラベスク・パンシェ」と「アティテュード・パンシェ」を取り上げました。今回は、後ろへ傾いてゆくパンシェを古典作品から紹介します。

■『眠れる森の美女』の後ろへのパンシェ

『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ、オーロラ姫とデジレ王子のアダージオは、前回、前へ傾いてゆくパンシェの例として真っ先に取り上げましたが、じつは踊り始めで印象に残るのは、後ろへ傾いてゆくパンシェです。冒頭、王子がオーロラ姫に一礼してから右手を出すと、彼女はその右手に自分の右手を重ね、シュ・スーですっと立ち上がります。そして、オーボエがゆったりと主旋律を奏でるのに合わせて、オーロラ姫は右脚の太ももをゆっくり引き上げ(パッセ)、さらに右脚を真っ直ぐ前方へ伸ばし(デヴェロッペ・ドゥヴァン)、そこから背中を反らせて後ろへパンシェをします。その直後、くるりと身体を反転させて、客席に正面を向けたアティテュードになる瞬間には、流麗な動きにぞくりとさせられます。

チャイコフスキーの楽曲と相まって、優雅な踊りの始まりにふさわしいパンシェです。今回、この場面を映像で10組ほど見比べてみましたが、①右脚を空中で伸ばす時に安定している、②背中を柔らく大きく反らしている、③くるりと身体を反転するときに垂直軸がぶれないという3つが基本的なポイントだと感じました。②の反らし方は、ダンサーによって鉛直線から45度ぐらいの場合もありますが、90度(水平)までパンシェするダンサーがほとんどでした。また③は、特に男性がサポートへ入るタイミングが重要になります。

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パリ・オペラ座バレエ『眠れる森の美女』第3幕より。レオノール・ボラック演じるオーロラ姫と、ジェルマン・ルーヴェ演じるデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥです。後ろに傾くパンシェは10秒から。

■『ジゼル』の後ろへのパンシェ

このオーロラ姫とデジレ王子の「後ろへのパンシェ」とそっくりのシークエンスは、『ジゼル』第2幕、ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥにも登場します。アダージオの中盤、2人はミルタの力によって左右に引き離されますが、再びすぐに近づいて右手をつないで踊り始めるところに注目して下さい。ジゼルは5番ポワントから右脚をゆっくり引き上げてから(パッセ)真っ直ぐ前方へ伸ばし(デヴェロッペ・ドゥヴァン・アン・レール)、背中を反らせて後ろへパンシェをし、くるりと身体を反転させてアティテュードになります(注1)

同じシークエンスが同じようなテンポで使われていますが、『眠れる森の美女』では華やかで幸福な場面に、『ジゼル』では悲しくいたわしい場面に使われており、たいへん対照的で見比べると興味深いです。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』より第2幕のアダージオ。ナタリア・オシポワ演じるジゼルと、カルロス・アコスタ演じるアルブレヒトのパ・ド・ドゥです。後ろのパンシェのシークエンスは2分40秒過ぎから。先ほどの『眠れる森の美女』との趣の違いを、ぜひ味わってみてください。

■その他の古典作品

「ディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥ」(注2)のアダージオでは、序盤に後ろへのパンシェが入ります。まずディアナが登場し、しばらくしてアクティオンが登場すると、ゆるやかな曲調に変わります。アクティオンがディアナと右手をつなぎ(注3)、彼女をアラベスクのプロムナードで半周させた後、ディアナは前へのアラベク・パンシェに引き続き、アクティオンに腰を支えられてアティテュード・ドゥヴァンから後ろへパンシェをします。

★動画でチェック!★
ローザンヌ国際バレエコンクールの50周年を記念して開催された「スター・ガラ」の映像です。『ディアナとアクティオン』のパ・ド・ドゥを踊っているのは、マルガリータ・フェルナンデスアントニオ・カサリーニョ。こちらの映像では、アラベスクのプロムナードで一周したのちに、前や後ろへのパンシェが含まれる一連のシークエンスを見ることができます(1分20秒ごろから)。

『ラ・バヤデール』第3幕、「影の王国」のグラン・パ・ド・ドゥのアダージオにも、序盤に後ろへのパンシェが出現します。傷心して跪くソロルにニキヤが背後から近づいた後、ソロルは立ち上がってニキヤの腰を支え、ニキヤは左軸脚ポアントで右脚を前へ伸ばします(クロワゼ・ドゥヴァン)。この時ニキヤは、右脚を高く伸ばしながら少しだけ後ろへ傾きます。わずかな動きなので見つけにくいかもしれませんが、ニキヤの動きにアクセントをつける定番のパンシェです。

さて、前回は前へ傾くパンシェ、今回は後ろへ傾くパンシェを紹介しました。もちろん横へ(ア・ラ・スゴンド)傾くパンシェも存在しますが、古典作品の定番の振付では見つけることはできませんでした。そして、男性のサポートで「少し傾く」のではなく、女性が「完全に倒れ込む」テクニックについては、次回お話しいたしましょう。

(注1)アティテュードにならず、前へ傾けたアラベスク・パンシェの姿勢で半回転のプロムナードをするバージョンもあります。

(注2)1935年にアグリッピナ・ワガノワが、全幕『エスメラルダ』の中の一場面として振付けたパ・ド・ドゥ。全幕が上演されることはほとんどなく、このパ・ド・ドゥのみ、バレエ・コンサートやコンクールで頻繁に上演されています。

(注3)しばしばディアナは小ぶりの弓を持って踊ります。その場合は手をつながず、彼女が右手で握った弓をアクテイオンも右手でつかんでプロムナードをします。

(発行日:2023年8月25日)

次回は…

次回は記念すべき第50回となります。女性が男性に支えられて倒れ込んでゆく動き、「フォーリング」を紹介します。発行予定日は2023年9月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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