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【第48回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーサポート付きパンシェ(1)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第48回 サポート付きパンシェ(1)

■“パンシェ”の効果とは?

「パンシェ」(penchée)は、フランス語で「傾けた」、「傾斜している」という意味です。『バレエ用語集』(新書館, 2009)では「片脚を前、横、後ろのいずれかの方向に上げ、上体を保ったまま、脚を上げた方向の反対に傾ける動き」と説明されています。

この連載では第27回に、女性ソロの踊りに登場する「アラベスク・パンシェ」を紹介しました。今回はパ・ド・ドゥでのテクニックとして、女性ダンサーが男性ダンサーにサポートされて行う前へのパンシェ、「アラベスク・パンシェ」「アティテュード・パンシェ」(注1)を取り上げます。

「アラベスク・パンシェ」は、通常のアラベスクのポジションから上体を前に倒し、その分だけ後ろ脚を高く上げます。「アティテュード・パンシェ」もまた通常のアティテュード・デリエールから上体を倒して、後ろ脚を高く上げたポーズです。男性がサポートすることで、女性ひとりでは不可能な、完全にオフバランスのパンシェを実現することができます。

パンシェが振付にもたらす効果は、おもにふたつです。第1は、動きにアクセントをつける効果。通常のアラベスク、アティテュードはたいへんバランスの取れた安定したポーズなのですが、あえて安定させず、さらに傾いてゆくことによって動きが強調されます。その結果、優雅さ、華やかさ、力強さなど、それぞれの踊りのニュアンスが増幅されます。

第2は、ポーズを印象づける効果です。アラベスク、アティテュードは、それじたいが鍛えられたダンサーのみにできる美しいポーズですが、不安定に傾くことによっていっそう印象に残る造形になります。とりわけポワントのアラベスク・パンシェ(注2)は、つま先で床を突いた軸脚と後方へ伸ばした動脚の両方のラインが強調され、いかにもクラシック・バレエらしい美しいポーズになるので、チラシの宣伝写真や公演プログラムのダンサー紹介の写真によく使われます。

『眠れる森の美女』のサポート付きパンシェ

古典全幕作品では、グラン・パ・ド・ドゥのアダージオに、女性が男性にサポートされて行うアラベスク・パンシェが、必ずと言ってよいほど登場します。第27回でも述べましたが、全幕作品の定番の振付では、『パキータ』、『海賊』、『ドン・キホーテ』、『ジゼル』、『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』、『白鳥の湖』、『ライモンダ』(以上プティパ版の初演順)の8作品すべてで、主役ふたりのアダージオにアラベスク・パンシェが登場します。

そのなかでも筆者がまず思い出すのは、『眠れる森の美女』第3幕、オーロラ姫とデジレ王子のアダージオです。ふたりは手をつないで入場すると、王子に後ろから腰を支えられたオーロラ姫が、オーボエのメロディーに合わせてさまざまなポーズを披露した後、いったん舞台の左右に分かれます。そしてピアノの上昇音階に合わせてふたりは一気に近づき、王子は右膝を床に着いた姿勢でオーロラ姫の腰を下から支え、オーロラ姫がポワントのアラベスク・パンシェをします。アラベスクの後ろ脚のつま先はほぼ真上を指し、ふたりの顔は鼻がぶつかりそうなほど近づいたポーズです。筆者はこの瞬間、いつも少しどきどきします。実際にキスはしないものの、結婚するふたりがキスをしそうなほど勢いよく顔を近づける、スリリングなパンシェです(注3)

★動画でチェック!★
パリ・オペラ座バレエ『眠れる森の美女』第3幕より。レオノール・ボラック演じるオーロラ姫と、ジェルマン・ルーヴェ演じるデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥです。アラベスク・パンシェは51秒から。

このアダージオには、しばらく後でもう一度「左右に分かれる→一気に近づく→ポワントのアラベスク・パンシェ」を繰り返すバージョンもあります。また、バージョンによって回数は異なりますが、序盤のアラベスク・パンシェ以外にも、アラベスク・パンシェ、アティテュード・パンシェが何度か登場します。

■『白鳥の湖』のサポート付きパンシェ

私よりも長くバレエを鑑賞している妻に「古典バレエで印象的なパンシェは?」と尋ねたところ、「オデットのアダージオの最後」との即答でした。

『白鳥の湖』第2幕、オデットと王子のアダージオは、サポート付きのパンシェが頻出するパ・ド・ドゥです。試しに国内外10のバレエ団の映像を確認したところ、深いパンシェだけでなく、ごく浅いパンシェも含めると、それぞれ12~18回のパンシェを数えることができました(数えたのは前へのパンシェのみ)。1回のアダージオに10回以上もパンシェが出現しています。とりわけ序盤は、アラベスク、アティテュードの多くがパンシェを伴います。

★動画でチェック!★
新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』第2幕より。小野絢子演じるオデットと、奥村康祐演じるジークフリート王子の、抒情的なアダージオです。20秒からアティテュード・パンシェを観ることができます。

そして、このアダージオは、王子が左手でオデットの腰をサポートし、オデットがアラベスクから深くパンシェをするポーズでフィニッシュします。2人は通常下手向きで、オデットの左脚つま先は天井を指し、右手は床すれすれ前方下へ、左手は後方上を指し、王子は右手で前方上を指し示します。王子の両脚も含めて、2人の四肢がいずれも真っ直ぐに伸ばされ、オデットの腰をサポートしている王子の左腕を除いた7本の直線が放射状に交差する美しい造形が完成します(注4)

さらに、主役ふたりの後ろには、群舞の白鳥たちが少し俯き加減で、エファセ・デリエール・ア・テールのポーズでずらりと横一列に並びます。絵になる見事な情景となり、多くのバレエ・ファンの記憶に焼き付いているのではないでしょうか。

★動画でチェック!★
牧阿佐美バレヱ団『白鳥の湖』第2幕よりアダージオ。オデットを阿部裕恵、ジークフリード王子を清瀧千晴が演じています。最後を締めくくるアラベスク・パンシェは4分59秒から。

なお、女性のポワントでのパンシェを男性がサポートし、プロムナードで回転する振付については、前々回前回で取り上げました。第46回には、『白鳥の湖』と『ドン・キホーテ』のアダージオで登場するアラベスク/アティテュード・パンシェのプロムナード・アン・ドゥダンを、第47回には、『ジゼル』、『パキータ』、そして『眠れる森の美女』の「青い鳥のパ・ド・ドゥ」のアダージオに登場するアラベスク・パンシェのプロムナード・アン・ドゥオールを紹介済みです。

(注1)アティテュードには動脚を前へ上げるアティテュード・ドゥヴァンと後ろへ上げるアティテュード・デリエールがあり、どちらもパンシェが可能です。しかし今回は前へ傾く「アティテュード・デリエール・パンシェ」のみを取り上げます。

(注2)ポワントのアラベスク・パンシェは、正式には「アラベスク・スュル・ラ・ポアント・パンシェ」(~ sur la pointe penchée)と言います。

(注3)ある海外のバレエ団の来日公演で、このアラベスク・パンシェで主役2人が軽く唇を合わせたのを見たことがあります。

(注4)フィニッシュの造形は、これ以外にもパターンがあります。オデットがアティテュード・パンシェをする場合もあります。英国ロイヤル・バレエのバージョンでは、フィニッシュがパンシェではありません。

(発行日:2023年7月25日)

次回は…

第49回は「サポート付きパンシェ」の後編で、後ろへのパンシェ、横へのパンシェを紹介します。発行予定日は2023年8月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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