2025年7月10~13日、KAAT神奈川芸術劇場にてダンス公演『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』が上演されます。本作は、KAAT神奈川芸術劇場とTJP(ストラスブール・グランテスト国立演劇センター)による日仏共同制作。TJPの芸術監督であり、2023年に同劇場で上演されたキッズ・プログラム『さかさまの世界』を手掛けた伊藤郁女(いとう・かおり)が演出・振付を担当し、アジアとヨーロッパのダンサーが出演。秋にはフランスでの上演も予定されています。
今回は、出演者の湯浅永麻(ゆあさ・えま)さんにインタビュー。リハーサルのようすや手ごたえ、自身の活動やダンスへの思いについて聞きました。

湯浅永麻 Ema Yuasa 9歳から広島の池本恵美子バレエスタジオにてバレエを始める。 1999年モナコ公国プリンセス・グレース・アカデミーに留学、主席で卒業。2004年ネザーランド・ダンス・シアター・ユースカンパニー(NDT2)入団。2006年にNDT1 に昇格、さまざまな有名振付家の作品を踊る。2016年からフリーとなり、建築家やデザイナー、音楽家らとのコラボレーション作品を発表。ダンスをコミュニケーションツールとして捉え、ダンス未経験者を対象としたプロジェクトXHIASMA Researchを立ち上げ。2024年からはnosmosis Researchに改名し、立場や環境が違うもの同士がダンスを介して関わることをテーマに活動している。©藤田亜弓
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- 現在、湯浅さんは全国で精力的に活動していますね。
- 湯浅 NDTを退団してからは、オランダに拠点は置いていますが、あちこちの国への移動が多く、10年くらいスーツケースに住んでいるような生活です。
- 拠点を定めない暮らしは楽しいですか?
- 湯浅 いま私は42歳なのですが、正直なところ肉体的にも精神的にもつらくなってきました。でもこの暮らしがやめられないのは、移動するたびに違う環境に入ることができるから。そうするとかならず新しい発見があるんです。「私はまだこんなに知らないことがある!」と思えるのが素直に嬉しくて……口ではつらいと言っているものの、心の奥ではこの生活にすっぽりはまってしまっています(笑)。
- 現在(編集部注:取材は2025年6月初旬)はどこに?。
- 湯浅 香港にいます。アーティスト・イン・レジデンス(*)で、香港アカデミー・フォー・パフォーミングアーツという学校の生徒たちにダンスを教える仕事をしています。あと2~3週間で滞在期間も終わってしまうんですが、この3ヵ月半はあっという間でした。
- 香港の住みやすさは?
- 湯浅 いいです。すごくいい(笑)。ポジティブで情熱的で、自分の意見をハッキリ言う人が多いですね。香港には植民地化されてきた過去があります。ここにいて、人々と触れ合っていると、彼らとその先祖がどうやって生き抜いてきたのか分かる気がしますし、土地からも人からも、不思議なエネルギーを感じます。じつは香港に来る少し前に私の母が亡くなり、着いた当初は気持ちも塞いでしまって。これからどうやって過ごそうと思っていたのですが、いまは「ここでの暮らしもあと少しで終わっちゃうんだな」と思うと寂しい。この土地と人々に助けられたと思っています。
(*Artist in Residence,(AIR):国内外のアーティストを、特定の地域や施設に一定期間招へいし、滞在中の活動を支援する事業。制作活動や地域住民との交流など、滞在中の活動を支援する)

「ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)」出演者組み写真 (出演者変更あり。詳細は公式サイトへ)
- 今回参加する公演『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の元となった短編童話がベースだそうですね。
- 湯浅 はい。宮沢賢治が妹を亡くした経験から書いたと言われている童話で「ひかりの素足」というタイトルです。『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』は、現代から「ひかりの素足」の舞台である戦前の青森に向かって、時代を遡っていく作品です。過去に流行したさまざまなダンスを時代の変化に重ねて、日仏のダンサーたちがタイトルどおり超特急で踊り継いでいきます。
- 演出・振付は欧州を拠点に活躍する伊藤郁女さんです。
- 湯浅 事前に伊藤さんの過去作品などのインタビューを見た時は、リーダーシップがあって革新的で、「私はこうやる!」と強い意志があるタイプだと思っていました。実際の彼女は確かに革新的ではありましたが、みんなの意見を丁寧に聞いてくれるんです。思ったことを直接伝えやすい環境づくりも意識していて、メンバーとの信頼関係をとても大切にする方です。
- 伊藤さんの演出で好きなところは?
- 湯浅 思い切りがいいところですね。とくに今回はダンスの流行に沿った選曲にとどまらず、その音楽が誕生した時代背景も盛り込みつつ、後半は宮沢賢治の物語に繋げていきます。そのことなる世界観を、音楽を聴きながら、当時の世界で何が起きていたか、その国の人々が何を失い何を得たのかなどを観客に想像させつつ、いざなうように創られています。エクスプレスの車窓から世界を眺めるような気持ちで、時代の流れを感じてもらえるのではないでしょうか。
- 日本とフランスで行われたワークショップはどうでしたか?
- 湯浅 今回、贅沢なくらいクリエーションに時間をかけられるので、客観的な視点で作品に向かい合えるのが嬉しいです。プロセスの一環でもあったフランスでの試演会の後には、お客さんとアクティブに意見交換する機会があり、たくさんフィードバックをいただきました。
- 試演会ではどんな感想が集まりましたか?
- 湯浅 舞台を観慣れている鑑賞者が多く、「ここの意味がわからなかった」「2つのシーンの繋がりが理解できない」など、具体的な指摘もありました。とくに宮沢賢治作品の独特な世界観は、フランス語に訳した字幕だけでは伝わりにくいようでした。いただいた感想を参考に、当時の東北の空気をより深く感じてもらうためにはどうしたらいいか、考えているところです。
- 宮沢賢治作品の大きな特徴として、独特のオノマトペ(*)がありますね。
(*オノマトペ:音や様子を言葉で表現する言葉。動物の鳴き声や物音を模倣した擬音語と、物ごとの状態やようすを例えて表現した擬態語がある)
- 湯浅 日本人の私たちにとっては、オノマトペは生まれた時から自然に身についているものですが、宮沢賢治の作品に出てくるオノマトペはさらに独特です。もっと詩的で、言葉で表せないものを言葉にしているような。彼は、日本語を別のニュアンスで言い換えるように、よく使われるオノマトペを全然違う意味で使用することもあります。その言葉たちはすごく不思議で新鮮で、こちらの想像力を膨らませてくれるけれど、同時にオノマトペを日本語話者でない人に伝えるのは、かなりチャレンジングだと思います。
ただ、ヨーロッパの小さな子どもたちも少なからずオノマトペのような言葉を使っているようなんですね。だとしたら、この舞台でもオノマトペを楽しんでくれるはず。子どもが面白がるものは、誰もが面白いと感じる可能性も秘めていると思うので、そこを手掛かりに進めていきたいです。

©Anaïs-Baseilhac
- 湯浅さんはクラシック・バレエからダンスを始めたそうですね。
- 湯浅 はい! バレリーナになりたくて。広島でバレエを習い始め、モナコのプリンセス・グレース・アカデミーに留学しました。当時の校長は森下洋子さんや上野水香さん、フリーデマン・フォーゲルなどを指導したマリカ・ベゾブラゾヴァ先生。ルドルフ・ヌレエフとも深い交流があり、さらにバレエ・リュスの時代にダンサーとして踊っていたバレエの歴史書のような方で、様々な名作が生まれた時のことなども、詳しく説明してくださいました。クラシック・バレエの伝統を忠実に守ることを大切にする学校だったので、留学中はほぼクラシック・バレエだけに打ちこみました。
- 留学を終え、NDTの扉を叩いた理由は? コンテンポラリーとクラシック・バレエの違いに戸惑いませんでしたか?
- 湯浅 入団理由は、どこのバレエ団にも合格できなくて、最終的に受かったのがNDTだったからなんです。確かにそれまでとはジャンルが異なる作品を踊ることになりました。でも、いま思うと、動きの本質みたいなものは、コンテンポラリーでもクラシックでもそこまで変わらないのかなと思います。NDTの代表的振付家であるイリ・キリアンも、シュツットガルト・バレエにいた時はジョン・クランコに師事していましたしね。NDTでは自分の殻を破るという課題はあったけれど、マリカ先生のところで教えていただいたことも応用できました。そしてじつは、私は留学する前からイリ・キリアンの作品に夢中だったんです。当時はテレビの深夜番組でバレエやダンスがよく放映されていました。母がビデオに録ってくれた中にキリアンの作品もあって、意味もわからないのにすごい衝撃を受け、何度も何度も観ました。その後、彼の振付で踊る日が来るとは、予想すらしませんでしたけれど。
- NDT在籍中、とくに好きだった振付家や、印象に残っている作品は?
- 湯浅 キリアン振付の『27’52″』や『Bella Figura』は外せませんし、ほかの振付家の作品ももちろん素晴らしくて、ウィリアム・フォーサイス、クリスタル・パイト、マッツ・エック……挙げていくとキリがなさそう(笑)。

イリ・キリアン振付「27’52″」 写真:Joris Jan Bos

イリ・キリアン振付「Bella Figura」
- 2015年、長く所属したNDTを辞めることにしたのはなぜですか?
- 浅永 最初から居心地が良くて、ここにずっといてもいいかなと思ってもいたんですけれど、心地いいソファーにずっと座っていると、おしりに根っこが生えて動けなくなりませんか? そんな感じで、居心地が良くなりすぎたかもしれない、と感じるようになりました。目標にしていた憧れのダンサーたちが、ある年齢に達して辞めていく時期とも重なりました。当時私は30代前半で、いまならまだ違う世界を経験してみる度胸と体力がある、という思いと、このまま引退する時までここにい続けるのも悪くないという考えに挟まれて、まずはNDTに所属しながら、副業のように他のプロジェクトを手掛け始めました。しかし外での仕事が日に日に増えていき、とても両立できないところまで来てしまったんです。そんな状態でNDTに残り続けるのはフェアじゃない。だから「私はNDTを辞めます」と自分で言いました。迷い始めて3年くらい経っていましたが、口に出したことでやっと決心がつきました。
- 退団後はプロダンサー以外を対象としたワークショップも広く行っていますが、この試みを始めたきっかけは?
- 湯浅 フリーランスになって、小さなスペースやお客さんが近い場所での公演が増えたり、いわゆるサイト・スペシフィック的なものを作る機会も出てきました。そこで、お客さんともっと「近く」なりたいと思ったんですね。NDTは広い劇場でのパフォーマンスが多く、ダンサーにはお客さんの姿も反応も見えません。私は触れられない鑑賞物としてのステージよりも、お客さんがダンサーを近くに感じて、そこで生まれた世界を家に持って帰れるような作品を作ってみたいと感じました。
でも私は長いことNDTという狭い世界の中だけにいたので、ほかの人が過ごしている世界について何も知らなかった。客席には私と同じくらいの年齢で、親になり家庭を持っている人たちもいれば、私とはまったく違う日常の中で生活している人たちもいます。彼らの世界を知らないのに、その人たちに向けて作品を作ったとしても、それじゃあ伝わるわけがありません。そのことに気がついて、「違う世界を知るために、私には何ができるだろう?」と考えたけれど、どんなに考えても私にはダンスしかない。だからnosmosisという企画を立ち上げて、ワークショップでいろいろな参加者に集まってもらい、たくさん話をしようと思ったんです。その結果、肌の色や国、生活環境やルーツなど、さまざまな人と出会うことができました。
- ワークショップでは、決まった動きを教えて踊ってもらうのではなく、それぞれが自由な動きをしながら、互いの動きを誘発していくような試みをしています。対話を通して人を知ることは、自分が何者なのかを知ることにも繋がっているなと感じています。

©宮井優
- コンテンポラリーダンスについて、日本の観客層からは難しそう、よくわからないという声を聞くことがあります。観客を劇場に呼ぶためには何が必要だと思いますか?
- 湯浅 届いていない観客層には、こちらから顔を出すべきです。いちばんの問題は、どれだけメッセージを投げかけても、それがこちらの求めている人たちの目に触れていないことではないでしょうか。まずは「コンテンポラリーダンスを知らない人たちの世界」に、私たちがみずから異質なものとして入っていったり、開かれた場所を作ることが大切だと感じています。否定されることもあるかと思いますが、違う意見こそ、自分の固定概念に気付くきっかけをくれるし、新しいアプローチでもう一度向かっていこうという力も生まれます。
- 最後に、湯浅さんにとってダンスとは?
- 湯浅 うーん……ちょっと冷たいかもしれないけれど、道具のひとつ。私には、自分のあり方を考えたり、自分が何を思っているのかを明確にして伝えるためのものが必要だった。そのために私が持っている表現ツールがダンスだった、というだけなんです。
最近、「これはダンス・パフォーマンスじゃないかもしれない」っていう作品を作ることが多くなってきました。言葉が入ったり、踊らずに物を引きずっていたり、ほとんど動かなかったり(笑)。もしかすると、これから先はダンスに固執しなくなっていくかもしれません。
そうだ、私にとってダンスは「お箸」! 長いこと身近にあって、いちばん携わっているもの。日本人だから、フォークでもスプーンでもなくてお箸(笑)。伝わりますか? でもスーツケースに住んでいる私ですから、この先海外に行ってフォークとナイフのほうがしっくりいくようになったらお箸へのこだわりもなくなる、つまりダンスじゃなくても良くなるかもしれないし、自分の経験や環境によって、表現方法が変わってくるかもしれませんね。
公演情報
KAAT×TJP(ストラスブール・グランテスト国立演劇センター)
『ダンスマラソンエクスプレス(横浜⇔花巻)』
振付・演出:伊藤郁女
【日時】
●プレビュー公演:7月10日(木)19:00
●本公演
7月11日(金)19:00
7月12日(土)13:00/18:00
7月13日(日)13:00
※開場 開演の30分前
※上演時間 約75分(休憩なし)
【会場】
KAAT 神奈川芸術劇場<大スタジオ>
【出演】
Aokid
Noémie Ettlin
Yu Okamoto(岡本優)
Issue Park
Rinnosuke(リンノスケ)
Sato Yamada(山田暁)
Ema Yuasa(湯浅永麻)
Léonore Zurflüh
【スタッフ】
振付・演出:伊藤郁女
ドラマトゥルグ:長塚圭史、Améla Alihodzic
コラボレート・アーティスト:Adeline Fontaine
振付助手:Marvin Clech
照明:上山真輝、Thibaut Schmitt、Arno Veyrat
音響:西田祐子、Eric Fabacher
衣裳:柿野彩
美術:伊藤郁女、Anthony Latuner
舞台監督:山田貴大
【公演に関するお問合せ】
チケットかながわ 0570-015-415(10:00~18:00)
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