2024年12月13日より、KAAT神奈川芸術劇場にてダンス公演『黙れ、子宮』が上演されます。本作は社会的なテーマを多く取り上げてきたケダゴロ主宰の下島礼紗(しもじま・れいさ)が、初めて自分自身の身体性にフォーカスを当てた作品。2021年に韓国国立現代舞踊団(KNCDC)の委嘱作品として上演されたものに、新たなテーマを加えた再創作です。2024年版のソウル公演を終え、日本上演を間近に控えた11月末日、下島さんにインタビュー。作品のテーマを決めたきっかけや背景となった自身の過去の思い出、ダンスに対しての思いなどを聞きました。
©Ballet Channel
- 下島礼紗 Reisa Shimojima
- 1992年生、鹿児島県出身。7歳から地元でよさこい踊りやジャズダンスなど様々なダンスに取り組む。桜美林大学在学中に木佐貫邦子にコンテンポラリーダンスを学ぶ。2013年「ケダゴロ」を結成。「ダンスとは世の中を解釈するためのひとつの手法である」という理念のもと、実際の事件や社会問題を取り上げたダンス作品の構成・演出・振付を行う。おもな作品は、母子間の情愛における暴力性をテーマにした『ヒトヤマ』(2014年)、連合赤軍事件を題材に、クリエーションの過程を集団的狂気の構造と重ね合わせた『sky』(2018年)、韓国におけるセウォル号沈没事故に取材した『세월』(2022年)など。2021年、韓国国立現代舞踊団「Asian Choreographer Project」委嘱作品として『黙れ、子宮』を初演(振付・出演)。近年ではアジアを中心に、海外アーティストとの国際共同制作作品を多数発表している。
- 社会問題や人間の狂気をテーマに多くの作品を発表してきた下島さんが、今回『黙れ、子宮』で取り上げたのは自身の身体性でした。それはなぜですか?
- 下島 ずっと黙っていたのですが、私は生まれた時から子宮がありません。この作品を韓国から委嘱され、準備を始めた当時はコロナ禍でした。人類がなにか大きな手によってふるいにかけられていくのを見ながら、「人間ってこんな簡単に消えてしまうものなんだ」とその儚さを愛おしく感じました。そしてふと「自分のことを公にしてしまうタイミングは今かもしれない」と思った。それが正直な理由です。
- クリエーションのきっかけに、韓国の数え年文化との出会いがあったと聞いています。
- 下島 日本ではこの世に生まれた日が0歳。でも韓国はお母さんのお腹の中に誕生した日が0歳だと考えます。胎児に生前の記憶があると思っている私には、その考えがとてもしっくり来て。それをもとに「私も胎児の時には子宮が形成されていた。それをみずからの意志で取り外して、この世に生まれ出てきた」という仮説を立てました。
- 「子宮を置いて生まれてきた」という仮説は、下島さんの中にある感覚から生まれたのでしょうか。
- 下島 初演では韓国のダンサー2人が両親を演じ、子ども役の私が、生まれる前に感じ取った家族というものの不条理について描きました。家族は多くの人が最初に経験する集団だと思います。私の場合は幼い時に両親が離婚しているので、「家族という集団」の父親はのっぺらぼう。でも父親が母や私へ向けた暴力や言葉だけは、今も原風景として残っています。
私は、幼いころから人間ってすごく不条理な生き物だと思っていました。「戦争に反対するのも人間だし、繰り返すのも人間。だからどんなに頑張っても戦争はなくならないんだ」と。だったらこの世界の不条理を止める唯一の方法は、人間がいなくなることなんじゃないか。すごく残酷な言葉に聞こえるかもしれないけれど、それしか方法がないと考えてしまうこともあるんです。人間を産むということは、世の中に不条理を生むきっかけを作ることでもあると思う。だからお母さんのお腹の中にいた時、私は不条理を産まない道を選ぶために、子宮を置いて生まれてきたのかもしれないと、そう考えることにしたんです。
2021年ソウル公演より ⓒKNCDC_Shut Up Womb
- 2024年版からは、実際の経験から新たなエピソードを加えたと聞いています。
- 下島 お医者さんから子宮がないと診断された18歳の時、レントゲンを見せられました。そして「ここに影のようなものがありますね。睾丸かもしれませんので検査してみましょう。これが睾丸だった場合、あなたは男性です」って言われたんです。あまりに突然でショックを受けました。「子宮はなくて、キンタマがあるかもしれない?保健の授業で学んだことは全部嘘じゃないか!」と。時は2011年3月。東日本大震災で日本じゅうが大変な事態に陥っている時に、私の頭の中は「キンタマがあるのかないのか、ないのかあるのか」でいっぱいでした。今まで信じてきた概念が180度ひっくり返ったような衝撃と躍動感は、まるでダンスのようでした。
検査の結果、影はキンタマではないことがわかりました。私には子宮もキンタマもない、人間としての不条理を引き継がなくてもいい、最強の最終形態になったとも感じました。「私の人生は私で最後。子孫に迷惑をかけることもないんだ」と。この時に何ができるかを楽しもうと思えて、未来が明るく見えたのを覚えています。
- そのエピソードはどう描かれるのでしょうか。
- 下島 自分が体感した「子宮という存在とキンタマという存在を巡ったダンス」として、ですね(笑)。人間って、あるものよりも、ないものへの想像力が強く働くと思いませんか? 妖怪や幽霊がさまざまな顔かたちで描かれるのは、誰も実物を見たことがないからですよね。私にとっては子宮とキンタマも同じ。見たことのない怪物なんですよ。
- ダンスとしていちばん表現したいと思っているところは?
- 下島 検査結果を待つ間、私自身がこの身体の中で感じた“揺れ”です。ダンスとしてはジャンプになるのか、フェッテなのか、それはまだわかりませんし、一般的にそれがダンスと呼べる動きなのかはわからない。でもあの時の私にとって、あの“揺れ”は確実にダンスだった。それを舞台に出そうと思います。言葉で語れないものを語るために身体表現という方法があったこと、そしてダンスを学んできた自分にも感謝しています。
2024年ソウル公演より ©KNCDC(Photo Aiden Hwang)
- 下島さんのダンス作品からは、小劇場演劇やアンダーグラウンドの要素も感じられますね。
- 下島 私が通っていた桜美林大学では、ダンス、演劇、スタッフワークを学ぶことができました。入学当初は舞台監督志望。平台を並べたり蓄光テープを貼ったりしながら舞台袖でステージを眺めている程度でしたが、次第に満足できなくなり「人間が描かれた舞台を自分で作ろう」と。コンテンポラリーダンスは木佐貫邦子先生、演劇は鐘下辰男先生に教わったので、その影響を受けていると思います。また、私が初めてダンスに興味を持ったきっかけとも関係がありそうです。
- それはどんな?
- 下島 7歳の時、地元・鹿児島で友だちに誘われて習っていたダンス教室が、大人の事情で、突如、ジャズダンスカンパニーからよさこい踊りのグループに変更になりまして(笑)。毎週末、地方のお祭りを回っているうちに、ダンスって面白いなと感じはじめました。でもダンス以上に楽しかったのが、行く先々の土地の人間の営みを見ることでした。お祭りにやってくるさまざまな老若男女の中には、精神を病んでいたり、不倫していたり、アルコールに溺れていたりと壊れかかった大人がたくさんいました。一般的な子どもが触れる機会もないような、社会の表と裏も人間の二面性も知りましたけれど、ここで見た人間の営みが自分の作品にも影響していると思います。素敵なダンスを踊りたいと思ったことはありません。ダンスをきっかけに、人間やこの世界を解釈したい。それは7歳のころから今も変わらず思っていることです。
©Ballet Channel
- ケダゴロでは新作を作るときにどういう流れで振付けていくのですか?
- 下島 作品ごとにテーマを出し、ダンサーたちにイメージして動いてもらいます。うちのメンバーはダンス経験や基礎知識が浅いぶん、私が想像もしなかった動きが生まれることがあります。そういう“エラー”を集めて振付を構成します。脚本家が俳優に当て書きするように、ダンサーの身体に当てた動きを作っていく感じですね。
- 振付を決めるまでに気を付けていることは?
- 下島 テーマを渡すときに、ダンサーたちに一定の制限を与えることです。何もかも自由にしてしまうのはダメ。制限を与えることで、身体からノイズのようなものが飛び出し、ダンサーの個性が生まれます。素晴らしいクラシック・バレエダンサーの踊りにもノイズを感じることがあるのですが、それはバレエ特有のルールをダンサーがきちんと守ったうえで踊りを高めているからだと思います。
- 「コンテンポラリーダンスは難しそう」という声を聞くことがありますが、その原因はどこにあると思いますか?
- 下島 想像力って、「なんでもあり」って言われたとたんになくなっちゃう気がしませんか? コンテンポラリーダンスでよく「自由に楽しんでください」と言われていることがあるけれど、お客さんは「自由さ」を求められるとかえって困ってしまうと思う。
- 最後に『黙れ、子宮』を楽しみにしているお客さまにメッセージを。
- 下島 私たち人間って非日常を経験したい生き物ですよね。遊園地ではジェットコースターにわざわざ乗り、お化け屋敷に脅かされに行く怖がりたがりだし、街で交通事故が起これば人だかりができる野次馬根性もある。どうか、その怖いもの見たさの感情を抑えないで観に来てください。今回は女性なら子宮を、男性ならキンタマのことを考えながら観て欲しい。チラシをよく見てくださいよ。「子宮とキンタマをめぐる壮大なダンス作品!」って書いてある。価値ある内容のステージを観に行くと考えないで、ミッキーマウスの耳をつけてディズニーランドを楽しむ。そんな感覚で、子宮とキンタマの世界を覗きにいらしてください。
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公演情報
KAAT×ケダゴロ×韓国国立現代舞踊団(KNCDC)『黙れ、子宮』
振付・演出・構成:下島礼紗
【日時】
2024年
12月13日(金)19:00
12月14日(土)13:00/18:00
12月15日(日)13:00
※開場 開演の30分前
※上演時間 約60分(休憩なし)
【会場】
KAAT 神奈川芸術劇場
【出演】
Yun Hyejin、Lee Daeho、Im Sojeong
下島礼紗
木頃あかね、小泉沙織、中澤亜紀(ケダゴロ)
大貫桃加、小野寺夏音、岸本茉夕、小島優花、鈴木菜々、麗羅
【スタッフ】
作曲・音楽監督:Jang Younggyu
美術:杉山 至
照明:Kong Younwha
衣裳:Choi Insook
ムーブメントアシスタント:Lee Kyunggu
プロダクション・マネージャー:佐藤大祐
舞台監督:齋藤亮介
【公演に関するお問合せ】
チケットかながわ 0570-015-415(10:00~18:00)
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