事情により約1年ほど休載していた「英国バレエ通信」を今月から再開! 執筆は連載「鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!」の著者でもある海野敏さん(舞踊評論家・東洋大学教授)です。
◆
英国ロイヤル・バレエ「不思議の国のアリス」
ロイヤル・バレエ「不思議の国のアリス」高田茜(アリス)©Andrej Uspenski / ROH
2011年の初演以来、クリストファー・ウィールドン振付の『不思議の国のアリス』は、ロイヤル・バレエの人気レパートリーとして定着している。ロンドンのオペラハウスで、高田茜が主演の回を選んで鑑賞した。
高田のアリスは可愛らしいだけでなく、好奇心にあふれた冒険好きの女の子を演じて魅力的だった。また彼女の踊りは、ハートのジャック役のマシュー・ボールとのパートナーシップを含め終始安定し、ロイヤルらしい気品を放って輝いている。
ロイヤル・バレエ「不思議の国のアリス」高田茜(アリス)、マシュー・ボール(ジャック)©Andrej Uspenski / ROH
ロイヤル・バレエ「不思議の国のアリス」高田茜(アリス)©Andrej Uspenski / ROH
マッドハッターは、今年プリンシパルに昇格したジョセフ・シセンズが演じた。踊りに清潔感があって、またとぼけた感じの演技がジョニー・デップの帽子屋のイメージに近く(注1)、筆者は大いに気に入った。アリスの母/ハートの女王はマヤラ・マグリ、ルイス・キャロル/白ウサギはアクリ瑠嘉で、ロイヤル・バレエの今を担うダンサーたちが総出演の舞台だった。
ロイヤル・バレエ「不思議の国のアリス」高田茜(アリス)、アクリ瑠嘉(白ウサギ)©Andrej Uspenski / ROH
このバレエは、ばらばらになって宙を舞うチェシャ猫や、赤く塗ってもすぐ白く戻る薔薇の花など、美術による仕掛けも見どころである。今シーズン、第1幕冒頭でアリスが兎の穴へ入り込む場面の仕掛けがバージョンアップしていた。これまではルイス・キャロル(=白ウサギ)のカメラバッグが穴の入口になる仕掛けだったが、新演出では、母たちが食事をしているテーブルが大きくなり、その上のデコレーションケーキが入口になる趣向。楽しい仕掛けが増えた。
ロイヤル・バレエ「不思議の国のアリス」ミーガン・グレース・ヒンキス(アリス)©Andrej Uspenski / ROH
約2200席のオペラハウスは最上階まで満席で、立ち見客もいる賑わい。休憩時間には世界中の言葉が飛び交っていた。この極上のエンターテインメント・バレエが、英国にとって素晴らしい観光資源であることは間違いない。
【2024年10月1日、ロイヤル・オペラハウス、メインステージ】
英国ロイヤル・バレエの「コンテンポラリー・バレエ」
「遭遇~4つのコンテンポラリー・バレエ」(Encounters: Four Contemporary Ballets)は、タイトル通り、いま活躍中の振付家の作品を4つ並べたプログラム。ロイヤル・バレエのたゆまぬ挑戦が味わえる公演だった。
客席の反応がいちばんよかったのは、最後に上演されたクリスタル・パイト振付の『The Statement』(声明)。同団では2021年に初演した作品の再演である(注2)。何かの声明文をめぐる4人の謎めいた会話が聞こえ、その一語一語に合わせて誇張した動きで踊る振付で、ユーモラスかつパワフルな傑作。日本ではネザーランド・ダンス・シアター(NDT)の2019年の来日公演で好評を博したが、バレエ団の実力はコンテンポラリーダンスでも遺憾なく発揮され、本家のNDTに負けない出来栄えであった。マシュー・ボールが出演。
カイル・エイブラハム振付の『The Weathering』(風化)は、4つのなかではいちばんクラシックのテクニックを使う作品。2022年に初演したものの再演で、女性2人、男性9人による愛と喪失をテーマとした穏やかで瞑想的なバレエである。中尾太亮のソロが印象に残った。
もっとも挑戦的だったのは、パム・タノウィッツ振付の『Or Forevermore』(あるいは永遠に)。2022年初演のパ・ド・ドゥ『Dispatch Duet』を、女性7人、男性7人による30分の作品に拡張した新作(注3)。バレエに対するポストモダン的な視線を感じさせる振付・演出だったが、必ずしも成功しているとは言えない。しかし、マヤラ・マグリとマルセリーノ・サンベのパ・ド・ドゥは申し分なく素晴らしかった。中尾とアクリ瑠嘉が出演。
ジョセフ・トゥンガ振付の『DUSK』(夕暮れ)は、女性5人、男性2人による新作。トゥンガはカメルーン生まれの英国人で、ヒップホップをベースとする振付家。筆者には、女性ダンサーがポアントを履いているのにポアントワークを活かしていないのが不満だったが、異質な振付語彙にチャレンジするダンサーたちの姿は心強かった。
【2024年10月24日、ロイヤル・オペラハウス、メインステージ】
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ルナ」「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」
ロイヤル・バレエの姉妹バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエのロンドンで上演した2つのプログラムについても紹介しよう。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ルナ」振付:ウブケ・クインダースマ ©Katja Ogrin
『ルナ』は、同バレエ団の芸術監督カルロス・アコスタが企画した「バーミンガム三部作」の最後を飾る新作(注4)。女性と月、海、宇宙をテーマとした全2幕6場の大作である。冒頭で約30人の児童合唱団が登場。その後も何度か児童合唱団とソプラノ、バリトンの歌手が舞台上で歌唱し、背景には月や海の映像、銀河や星雲をイメージさせるCGなど、手の込んだ映像が終始投影されていた。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ルナ」振付:タイス・スアレス ©Katja Ogrin
ユニークなのは、5人の女性振付家が場面ごとに分担して制作したこと。カメルーン生まれでオランダで活動しているウブケ・クインダースマ(Wubkje Kuindersma;第1・6場)、ロンドン生まれでインド舞踊がベースのシータ・パテル(Seeta Patel;第2場)、キューバ生まれで米国で活動しているタイス・スアレス(Thaís Suárez;第3場)、同じくキューバ出身で英国で活動しているアリエル・スミス(第4場)、そしてスペイン生まれのイラチェ・アンサ(Iratxe Ansa;第5場)の5人である。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ルナ」振付:イラチェ・アンサ ©Katja Ogrin
筆者は、スアレス振付のパ・ド・ドゥと、アンサ振付の場面が気に入った。いろいろな作風が見られたのは楽しかったが、作品全体としてはいささか散らかった印象だったのは否めない。
【2024年10月22日、サドラーズ・ウェルズ劇場】
*
もう一つのプログラムは、フレデリック・アシュトン版『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』。英国ロイヤル・バレエ、パリ・オペラ座バレエもレパートリーとしている定番の喜劇バレエである。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」ベアトリス・パルマ(リーズ)、エンリケ・ベハラーノ・ヴィダル(コーラス)©Riku Ito
筆者が見た日の主役は、リーズをイタリア出身のプリンシパル、ベアトリス・パルマが演じ、コーラスをメキシコ出身のソリスト、エンリケ・ベハラーノ・ヴィダルが演じた。ヴィダルはテクニックで魅了したが、回転や跳躍で表情が硬くなるのは、まだ21歳の若さゆえだろうか。第1幕のパ・ド・ドゥでは、リボンの扱いで主役2人にミスがあったのも残念だ。とはいえ全体としては、陽気で明るい定番のラブ・コメディーをリラックスして大いに楽しめた。淵上礼奈がリーズの友人の1人として活躍していた。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」ベアトリス・パルマ(リーズ)、ローリー・マッケイ(シモーヌ)©Riku Ito
【2024年10月25日、サドラーズ・ウェルズ劇場】
—————————————————————————
(注1)ジョニー・デップは、ティム・バートン監督の映画『アリス・イン・ワンダーランド』(2011年)で帽子屋を演じている。
(注2)作品はネザーランド・ダンス・シアターのため2016年に制作されたもの。ロイヤル・バレエによる2021年の初演については、實川絢子氏が「英国バレエ通信〈第21回・後編〉」でレポートしているので、どうぞお読みください。
(注3)『Dispatch Duet』の初演についても、實川絢子氏が「英国バレエ通信〈第35回・後編〉」でレポートされています。
(注4)「バーミンガム三部作」の第2作『ブラック・サバスーザ・バレエ』のハンブルク公演については、長野由紀氏が「【現地取材】ジョン・ノイマイヤー、最後の〈ハンブルク・バレエ週間〉①」でレポートされています。
★次回更新は2025年1月15日(水)の予定です