幕開けを飾ったのは、クリストファー・ウィールドンによる『Within The Golden Hour』(2008年初演)。ジャスパー・コンランによる金箔を散らしたようなシアーなゴールドの衣裳が、鮮やかなオレンジから夕闇のブルーまで、さまざまな色に変化する背景照明に煌めき、観るたびに抽象絵画の中に入り込んだような気分にさせてくれる。ロイヤルではすでに何度も上演されている、ある意味今回のプログラムの中でもっとも“無難”なコンテンポラリー作品だが、今回は特に今までにない組み合わせのキャスティングが面白かった。18日のファーストキャストで主要パ・ド・ドゥを踊ったのは、9月からプリンシパルに昇格するアンナ・ローズ・オサリバンとジャジーで遊び心あふれる踊りが新鮮なワディム・ムンタギロフ、夢見るようにうっとりとした表情で抒情的な踊りを見せたフランチェスカ・ヘイワードと知的な踊りが際立つヴァレンティノ・ズケッティ、しなやかな足先でヴァイオリンの繊細な旋律を流れるように謳い上げたヤスミン・ナグディとそれを包み込むような平野亮一の3組。そんな意外性のある組み合わせから、これまでにない新たな物語が立ち上ってくる。
2作品目は、今注目のアメリカ人振付家カイル・アブラハムによる新作『Optional Family: A Divertissement』。幕が上がる前には、「君と一緒に過ごさない時間は、この上ない至福の時です」といった嫌味なまでに丁寧な口調でお互いへの不満を手紙形式で読み上げる倦怠期の夫婦のセリフが流れ、会場が笑いの渦に包まれた。ナタリア・オシポワとマルセリーノ・サンベという強烈な個性を持ったスターダンサー同士は、まるで火と火のような組み合わせ。ふたりが演じる喧嘩の絶えない夫婦に、コール・ド・バレエから抜擢されたスタニスラフ・ヴェグジンが加わると、それが触媒となってふたりの間の緊張感がいっそう高まる。羽のついたスカートを纏ったオシポワが驚異的なスピードで回転しながら舞台を横切るさまは、野生の鳥のようにワイルド。身体を解放して踊りに身を委ね、大胆かつ自由に踊るオシポワと、それに負けじと弾けるサンベ。わずか10分程度の作品に濃密な時間が流れ、このドラマの続きをもっと見たいと思わせてくれた。
最後の作品『Solo Echo』(2012年初演)は、ピアノとチェロが奏でるブラームスのソナタに振付けられた、冬を主題にするエレジー。マーク・ストランドによる詩「Lines for Winter」にもインスパイアされたという。暗闇に煌めく雪が降りしきる中、7人のダンサーがお互いを慈しみ、時に衝突や喪失を経験し、それをまた受け入れながら、ここではないどこかに向かっていく。セザール・コラレスのプリンシパル・デビューとなったこの作品だが、カリスマ的な存在感を放つコラレスひとりに目がいくと言うよりは、彼を含めた全体のアンサンブルの力に圧倒された。フランチェスカ・ヘイワード、マルセリーノ・サンベら7人の個性あふれるダンサーが鎖のように連なり、最後には7人が一体となって一つの有機体を作り出しているよう。5月だというのに雨続きで冬のコートが手放せないほど寒かったロンドン。長かった封鎖期間と、長い冬の終わりを待ち侘びる人々の心によりいっそう深く沁み入る作品となったのではないだろうか。