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英国バレエ通信〈第21回・後編〉〜英国の劇場再開(2)英国ロイヤル・バレエ「21st-Century Choreographers」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

英国の劇場再開(2)英国ロイヤル・バレエ「21st-Century Choreographers」

劇場再開2日目の2021年5月18日には、コヴェントガーデンのロイヤル・オペラハウスで、英国ロイヤル・バレエによる「21世紀の振付家たち」 (※)と冠したミックスビルが初日を迎えた。ちょうどその日の午後に新プリンシパルや昇格の発表があったばかりで、入場を待って並んでいる間もあちこちから聞こえてくるのはその話題ばかりだった。

一列おきに空席だけの列を挟み、さらに一席ずつ間を空けてペア席を配してあるロイヤル・オペラハウスの客席(1席だけチケットを買うのが難しくなってしまった) ©Ayako Jitsukawa

紙の配役表は廃止され、QRコードで読み取る方式に。除菌ジェルが至る所に置かれている ©Ayako Jitsukawa

幕開けを飾ったのは、クリストファー・ウィールドンによる『Within The Golden Hour』(2008年初演)。ジャスパー・コンランによる金箔を散らしたようなシアーなゴールドの衣裳が、鮮やかなオレンジから夕闇のブルーまで、さまざまな色に変化する背景照明に煌めき、観るたびに抽象絵画の中に入り込んだような気分にさせてくれる。ロイヤルではすでに何度も上演されている、ある意味今回のプログラムの中でもっとも“無難”なコンテンポラリー作品だが、今回は特に今までにない組み合わせのキャスティングが面白かった。18日のファーストキャストで主要パ・ド・ドゥを踊ったのは、9月からプリンシパルに昇格するアンナ・ローズ・オサリバンとジャジーで遊び心あふれる踊りが新鮮なワディム・ムンタギロフ、夢見るようにうっとりとした表情で抒情的な踊りを見せたフランチェスカ・ヘイワードと知的な踊りが際立つヴァレンティノ・ズケッティ、しなやかな足先でヴァイオリンの繊細な旋律を流れるように謳い上げたヤスミン・ナグディとそれを包み込むような平野亮一の3組。そんな意外性のある組み合わせから、これまでにない新たな物語が立ち上ってくる。

そして20日のセカンドキャストでは、金子扶生がパートナーのリース・クラークと共にスローなアダージオを踊り、プリンシパルとしてのデビューを飾った。バレエ団の女性ダンサーの中でも群を抜いて長い四肢と華やかな存在感が際立つ金子は、舞台に佇み、目線を上げるだけで、そこにドラマが生まれる。リースという信頼するパートナーを得て近年さらに表現力に磨きがかかっており、ひたひたと打ち寄せる波のようにして観客をしっとりとした幸福感に包んだ。20日は3番目のパ・ド・ドゥを高田茜が踊り、全く異なる個性を持つ日本人プリンシパルの競演が見られたのも嬉しい。

『Within The Golden Hour』を踊る金子扶生とリース・クラーク(2020年12月撮影)©Rachel Hollings(@lahollings)

2作品目は、今注目のアメリカ人振付家カイル・アブラハムによる新作『Optional Family: A Divertissement』。幕が上がる前には、「君と一緒に過ごさない時間は、この上ない至福の時です」といった嫌味なまでに丁寧な口調でお互いへの不満を手紙形式で読み上げる倦怠期の夫婦のセリフが流れ、会場が笑いの渦に包まれた。ナタリア・オシポワマルセリーノ・サンベという強烈な個性を持ったスターダンサー同士は、まるで火と火のような組み合わせ。ふたりが演じる喧嘩の絶えない夫婦に、コール・ド・バレエから抜擢されたスタニスラフ・ヴェグジンが加わると、それが触媒となってふたりの間の緊張感がいっそう高まる。羽のついたスカートを纏ったオシポワが驚異的なスピードで回転しながら舞台を横切るさまは、野生の鳥のようにワイルド。身体を解放して踊りに身を委ね、大胆かつ自由に踊るオシポワと、それに負けじと弾けるサンベ。わずか10分程度の作品に濃密な時間が流れ、このドラマの続きをもっと見たいと思わせてくれた。

『Optional Family: A Divertissement』©Rachel Hollings(@lahollings)

休憩を挟んで後半では、クリスタル・パイトの2作品が上演された。どちらもNDTのために制作された作品だが、ロイヤル・バレエでは初演になる。『The Statement』(2016年初演)は劇作家ジョナサン・ヤングとの共作で、以前この連載でも扱った『Revisor』(2019年初演)と同様、俳優たちが語るテキストを音楽がわりに、言葉とダンスの関係性を追求した作品だ。今であればイスラエルとパレスチナの対立を思わせる“状況”の責任をめぐって、会議室を舞台に、“上階”と“下階”のダンサーたちが机の上下や周囲で、言葉を発端にして生まれる動きによって絶えず変化する4人の力関係を表現する。

ファーストキャストには、『Flight Pattern』(2017年初演)でもバレエ団きっての卓越した演技力を見せつけたプリンシパル・キャラクターアーティストのクリステン・マクナリーに、コンテンポラリーダンスの優れた踊り手として評価が高く、昇格が発表されたばかりのカルヴィン・リチャードソンジョセフ・シセンズが登場。

『The Statement』©Rachel Hollings(@lahollings)

意外だったのは、20日のセカンドキャストに高田茜マシュー・ボールが配役されたこと。膨大なテキストとそのリズムに突き動かされる身体を、クールに切れ味鋭く表現する高田は、まさに新境地を開拓したと言っていいだろう。“ステートメント”を手に入れるため上階から送られてきたというボールも、そのダークな存在感とスピード感あふれるダイナミックな動きがスリリング。パイトの舞踊言語をここまでものにできるロイヤルダンサーたちの多才ぶりに改めて感服した。「状況は解決する。いつか終わりが来る」と繰り返される言葉が、ダンサーたちが発する身体の言語とともに、いつまでも脳裏に残った。

最後の作品『Solo Echo』(2012年初演)は、ピアノとチェロが奏でるブラームスのソナタに振付けられた、冬を主題にするエレジー。マーク・ストランドによる詩「Lines for Winter」にもインスパイアされたという。暗闇に煌めく雪が降りしきる中、7人のダンサーがお互いを慈しみ、時に衝突や喪失を経験し、それをまた受け入れながら、ここではないどこかに向かっていく。セザール・コラレスのプリンシパル・デビューとなったこの作品だが、カリスマ的な存在感を放つコラレスひとりに目がいくと言うよりは、彼を含めた全体のアンサンブルの力に圧倒された。フランチェスカ・ヘイワードマルセリーノ・サンベら7人の個性あふれるダンサーが鎖のように連なり、最後には7人が一体となって一つの有機体を作り出しているよう。5月だというのに雨続きで冬のコートが手放せないほど寒かったロンドン。長かった封鎖期間と、長い冬の終わりを待ち侘びる人々の心によりいっそう深く沁み入る作品となったのではないだろうか。

『Solo Echo』©Rachel Hollings(@lahollings)

ENBもロイヤル・バレエも、ともにロックダウン後初の公演にコンテンポラリー作品だけで勝負してきた点がとても興味深い。意外性に満ちた配役も含めて、それはきっと、これから新しい何かが始まる、という両芸術監督からのメッセージでもあるのだろう。

人々が戻ってきたコヴェントガーデン @Ayako Jitsukawa

※「21世紀の振付家たち」ミックスビルは、5月28日の公演が16ポンドで1ヵ月間視聴可能

★英国バレエ通信〈第22回〉は2021年6月30日(水)公開予定です

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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