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英国バレエ通信〈第21回・前編〉〜英国の劇場再開(1)イングリッシュ・ナショナル・バレエ「Reunion」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

英国の劇場再開(1)イングリッシュ・ナショナル・バレエ「Reunion」

2021年5月17日、ワクチン接種が急ピッチで進んで人々が表情に明るさを取り戻し始める中、1月に始まったロックダウンが3段階目の緩和を迎え、約半年ぶりにロンドンの劇場がその扉を開いた。

ロンドンで今年最初のバレエ公演となったのは、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)による「Reunion」。依然として収容率は通常の半分にも満たないが、それでも、「サドラーズ・ウェルズ劇場、及びイングリッシュ・ナショナル・バレエの公演へようこそ」と会場アナウンスが入ると、割れんばかりの拍手と足拍子、それに歓声が響きわたり、それだけで胸に込み上げてくるものがあった。

会場にはオリバー・ダウデン文化相の姿もあり、開演前にはサドラーズ・ウェルズ劇場のCEOアリスター・スポルディングとENBのエグゼクティブディレクター、パトリック・ハリソンが登場して、英国政府による緊急助成金なしには今日まで存続できなかっただろうと感謝の言葉を述べた。スクリーンにビデオメッセージで登場したタマラ・ロホもまた、感極まった様子。上演開始前にもかかわらず、客席の興奮が最高潮に達するという異例の状況は、それ自体がパフォーマンスの一部のようでもあった。

上演されたのは、昨年のロックダウン中に制作された5つの小作品。もともと昨秋舞台で上演される予定だったが、公演が中止になったことでダンス映像作品としてオンデマンド配信された(『Take Five Blues』以外の作品は今もこちらから視聴可能)。

ライブで観ると全く迫力が違ったのが、ENBのアソシエイトコレオグラファーであるスティナ・クァジバー振付の『Take Five Blues』。ジャズとクラシックが融合する音楽にのせて、8人のダンサーがどこか挑発的に、アクセル全開で踊る様子は、ENBが2016年に初演したフォーサイス振付『Playlist (Track 1, 2) 』の盛り上がりを思い起こさせた。中でも加瀬栞の安定感抜群でダイナミックなフェッテは、旋回する足先から舞台で踊る喜びが迸るよう。ENB団員として自らも踊るクァジバーは、同僚ダンサーたちのそれぞれの強みを熟知しているからこそ、彼らをこんなにも生き生きと、伸び伸びと踊らせることができるのだろう。暗く、長かったトンネルの出口がようやく見えてきた今だから、この作品のような軽妙洒脱なダンスの饗宴がいっそう眩しく見えるのかもしれない。

マシュー・ボーンの『ロミオとジュリエット』でヤング・アソシエイト・コレオグラファーを務めた24歳の若手振付家アリエル・スミスによる『Jolly Folly』も、ライブで舞台と客席が一体となって盛り上がることでより楽しめる作品。ハリウッドのサイレント映画に着想を得たというこの作品に登場するのは、8人のタキシード風の衣裳を着たダンサーたち。背中を丸めてひょこひょこと歩いたり肩をすくめたりといったチャップリンを彷彿とさせる動きから、女性ダンサー同士のボクシングの真似、スピーディーな回転や目を見張るような跳躍まで、あらゆる要素の動きを絶妙なバランスで見せてくれる。「見る人を笑顔にしたかった」という振付家自身の言葉通り、ロックダウン下の人々が切望していた、心踊る“現実逃避”を可能にしてくれる作品だ。シリアスな表情で常に120%のコミカルな動きを見せる猿橋賢のコメディアンぶりからも目が離せなかった。

アリエル・スミス振付『Jolly Folly』©Laurent Liotardo

映像版では森の中のようなセットとホラー映画のようなメイクで強烈な印象を放ったシディ・ラルビ・シェルカウイ振付『Laid in Earth』は、舞台版ではそういった装飾や演出は最低限に抑えられ、全く別の作品のような印象。高橋絵里奈プレシャス・アダムズジェームズ・ストリータージェフリー・シリオという対照的なダンサーが、枝が絡まり合うような流動的な動きで光と影、生と死、地上と冥界といった相反する世界が混じり合うさまを描く。

『Laid in Earth』を踊るプレシャス・アダムズ ©Laurent Liotardo

他にも、重力を感じさせる身体と、それと戯れるような光とのコラボレーションで独自の世界観を表現するラッセル・マリファント『Echoes』、ボリショイ・バレエで『ヌレエフ』を振付けたユーリ・ポソコフがワシーリー・グロスマンの小説『人生と運命』をモチーフにした『Senseless Kindness』という、短いながらも個性的な作品が揃った。ダンスを通じて厳しい現実から逃避する術を探ったり、あえてその闇に切り込むことを選んだり、それぞれ独自のアプローチでパンデミック時代の観客の心に訴える作品を作ろうとした5人の振付家たち。たとえ自由が制限された状況にあっても、それを原動力にクリエイティビティを総動員して新たな芸術へと昇華させ、それぞれが今でしか生まれえないダンスで時代を刻んだ。

★英国バレエ通信〈第21回・後編〉は2021年5月31日(月)公開予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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