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【第26回】ウィーンのバレエピアニスト〜滝澤志野の音楽日記〜すべては変化し、流れていく。

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

2020/2021シーズンが終わります

ウィーンにも本格的な夏が到来し、2020/2021シーズン、シュレプファー監督の新体制1年めが終わろうとしています。

今シーズン上演できたのは、予定されていた91公演のうち28公演でした。

公演ができない時期が半年以上に及びましたが、それでも、検査を重ねながら稽古を続けてきました。いま、劇場関係者のほとんどはワクチン接種を終え、マスクなしで稽古することも許可されるようになりました。今週のウィーンは連日30度超えで、稽古場に冷房がないので助かった……。

ウィーンで働いて10年

ところで、今シーズンが終わり、私はひとつの節目を迎えました。

ウィーンの劇場に就職して10年が経ったのです。10年前、この街と劇場にひと目惚れして、「絶対ここで働きたい」という強いインスピレーションに導かれるようにウィーンにやってきました。稽古場を見学させてもらう約束だけ取りつけてウィーンに来たのに、あくる日ピアニストさんに劇場裏のカフェに呼び出され、ここで働いてみないかというオファーを受けたのです。

劇場裏のこのカフェで、ウィーンへの扉が開きました

憧れの街、憧れの劇場で働きだした私を待ち受けていたのは、決して楽ではない道のりでした。でも想像を超える素晴らしい日々でもありました。マニュエル・ルグリという偉大な芸術家と、彼の芸術に心酔、没頭する人生をプレゼントされたのです。1年めは自分のことにいっぱい過ぎて一人も友人ができず、誰かと食事をすることもなく「弾き」こもっていました。2011年に入社してから2017年頃まで、自分のピアノに自信を持つことができず、ずいぶん長いこと苦しんでいた気がします(6年間! 長過ぎなのでは……笑)。もう乗り越えたから書けるのですが、昼休みに劇場の屋上に登っては、ここから飛び降りたら楽になれるだろうか、と一人思い詰めていたのです。そんな弱い私に勇気を与えてくれたのが、ルグリ監督であり、マリアネラ・ヌニェスであり、バランシン財団の方であり、仲間たちであり……。ここで出逢った素晴らしい方々のおかげで成長することができました。(余談ですが、ボスも毎日遅くまで一人で仕事をされていて、帰る時にスタジオで弾いている私に「ちゃんと家で寝なさいね」とよく声をかけてくれていました……)

2017年『白鳥の湖』の稽古にて。この頃、ようやく光が見えてきました。

出逢いと別れ

そして3年半前。ルグリ監督がウィーンを辞めることが発表されました。当初はウィーンに残ろうと考えていた監督に「次のステージに行ったほうがいいと思う。ウィーンでの10年という時間は、完璧かつ充分なもののように思う」と伝えました(どんな部下!)。そしてその頃から、私は自分の将来のことも考えだしました。ルグリ監督の元での芸術生活はまさしく人生の宝で、その日々を失うことは考えがたかったのですが、いっぽうでウィーンの生活に満たされていて、ここを去りたくないという気持ちも芽生えていました。以前働いていた新国立劇場で、牧阿佐美監督からデヴィッド・ビントレー監督に替わった時のカンパニーの変化がとても新鮮で面白かった記憶もあり、ウィーン国立バレエも新しい監督になってどう変わるか見たいという好奇心もありました。

すべては変化し、流れていく

そして2020年。ルグリ監督が辞めて新体制になり、私の親しかった同僚はほぼ全員カンパニーを去りました。新監督が契約しなかった人が半分、自ら辞めた人が半分くらいだと思います。そんななか、私はここに残り、少し客観的に仕事に接してきました。素敵なこともありましたし、思うようにいかないこともありました。カンパニーの変化を見つつ、自分にも問いかけてきました。そして1年経ったいま思うことは、「私はこのままではいけない」ということ。以前、ルグリ監督に伝えた言葉をそのまま、いまの自分に対して感じているのです。すべては変化し、流れていく。同じところにとどまっていることはできない。今シーズン限りでウィーンを辞める、ということではありません。まずは精神的に変わらなければいけない。同じことをやっていたのでは、人として、音楽家として、成長できないから。順風満帆ではないことは、新しい扉を開くチャンスでもあるはず。

未来へ

瞑想するように冬眠するように過ごしていた今シーズンでしたが、来シーズンは動きだそうと思います。人生を豊かにするプロデューサーは自分だから。そして、そんな風に前向きに過ごしていたら、きっとまた未来への扉は開くのではないか。思えば、10年に1度くらいの頻度で奇跡が起きて夢が叶ってきました。あんなことはもう起こらないかもしれない。でも、やっぱり前向きに生きている限り、最善に導かれ、素晴らしい出逢いがやってくるのではないでしょうか。

ということで、この10年間に感謝し、気持ち新たに先に進もうと思います。

という決意表明を書いてみました。(もう逃げられない!笑)

新たな気持ちで、未来へ。

CD「Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)」をある方に贈呈したら、お祝いにと素敵なお花をいただきました。CDのデザインに芍薬がリンクしていて……なんて素敵なのでしょうか。

せっかくなので10年記念! 写真を撮ってもらいました。

今月の1曲

10年を振り返るわけではないけれど、なんとなく最近、幾度となくこの曲が頭に流れていたので。ヌレエフ版『ライモンダ』のグランドフィナーレで、パ・ド・ドゥから全員のユニゾンになるアポテオーズです。『ライモンダ』は全公演オケピでチェレスタを弾いていたので、きちんと舞台を観たことがないのですが、ヌレエフ版のなかではいちばん好きな作品です。

2021年6月20日 滝澤志野

★次回更新は2021年7月20日(火)の予定です

New Release!

Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

ベストセラーCD「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス」でおなじみ、ウィーン国立バレエ専属ピアニスト・滝澤志野の新シリーズ・レッスンCDが誕生!
バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

 

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

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大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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