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【インタビュー】滝澤志野“チャイコフスキーには、音楽のすべて、バレエのすべてがある”~レッスンCD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class 」発売に寄せて

阿部さや子 Sayako ABE

ウィーン国立バレエ専属ピアニスト滝澤志野の新作レッスンCD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class」(ディア・チャイコフスキー〜ミュージック・フォー・バレエ・クラス)が、いよいよ発売となりました!

「チャイコフスキーが残した最高峰の芸術と共に踊っていただけたら嬉しい」

そう語る滝澤志野さんに、演奏家として感じるチャイコフスキーの音楽の特徴や魅力、選曲のこと、ピアノへの思いなどについてお話を聞きました。

*CD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class」添付ブックレットに掲載したものを転載しています

Photos:On-Pointe/Ballet Channel

♪ ♪ ♪

今回のCDは“全曲チャイコフスキー”がコンセプトですが、滝澤志野さんはかねてより「チャイコフスキーはピアノに合う」とおっしゃっていましたね。

滝澤 例えばプロコフィエフの音楽も、ピアノで弾くとすごく素敵です。超一流のピアニストだった彼は、管弦楽曲もピアノで構想して作曲することが多く、管弦楽曲にもピアノ的響きが聴こえます。それに比べると、チャイコフスキーの曲はより交響曲的、管弦楽的。でも、ピアノの音色ととても相性が良いんです。たとえ管弦楽であっても、私にはピアノのイメージがあります。

確かに志野さんの演奏を聴いていると、チャイコフスキーの楽曲がピアノの音色と相性が良いというのは、よくわかる気がします。
滝澤 ピアノってとても完成されている楽器で、1台でオーケストラに匹敵すると言われているんですね。表現できる音域も、オーケストラのすべての楽器をカバーできる広さを持っていますし。そんなピアノに、チャイコフスキーのオーケストレーションはぴたりとはまるんです。例えばフランスのラヴェルやビゼーやドビュッシーの曲だと、ピアノだけで表現するのは難しい。「ボレロ」や「アルルの女」、「牧神の午後」などをピアノで弾いたら……と想像してみてください。少し物足りない感じがしますよね? でも、チャイコフスキーの楽曲は、ピアノという1台の楽器にしっくり収まります。弾いていても聴いていても、物足りなさを感じないんです。
確かに!
滝澤 ボーナス・トラックとして収録した『くるみ割り人形』第2幕グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオなどでも、ピアノだけで充分ダイナミックさが伝わってくるのを感じていただけるのではないでしょうか。
もちろん、だからといってピアノで演奏しやすいかといったらそうでもなく、弾くならプロコフィエフのほうが断然楽です。やはりプロコフィエフ自身がピアニストだったから、『シンデレラ』にしろ『ロミオとジュリエット』にしろ、難しそうに聞こえるけれど弾くぶんには指なじみがいいんです。でもチャイコフスキーを弾くのは大変で、指が痛かったりすることも(笑)。けれどひとたび自分の手中に入ってしまえばとても心地よく弾くことができて、こんなにもピアノに合うのか……と思いますね。

♪CD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class」から『くるみ割り人形』第2幕グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(ボーナス・トラック)

そんなチャイコフスキーを弾くことを、志野さんは「ライフワークにしていきたい」とおっしゃっていました。
滝澤 チャイコフスキーは、弾いていて充実感が違うんです。私はバレエ団のリハーサルで『ジゼル』や『シルフィード』等も何度となく弾いてきて、もちろんそれぞれに感動もありますし舞台を観ても本当に素晴らしいと思うのですが、それでもチャイコフスキーを弾く時の、あの満ち足りた感覚は別格です。チャイコフスキーの音楽には、すべてが詰まっています。音楽のすべて、バレエのすべてが詰まっている。とくにバレエ曲はすみずみまでバレエに寄り添って書かれていて、バレエへの愛の結晶だという感じがします。
チャイコフスキーのような大作曲家がバレエを愛してくれたことは、われわれバレエを愛する者にとって最も幸運だったことのひとつですね。
滝澤 チャイコフスキーがいなかったら、今日のバレエはなかったと言っても過言ではありませんよね。『白鳥の湖』第2幕のグラン・アダージオも、『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥも、音楽と振付が完全に一体化していて、後世に生まれた私たちの誰もが「あれがバレエの最高峰だ」と感じている。作られてから1世紀半近くが経とうとしているのに、未だ誰もその峰を超えられていないと思うのです。
チャイコフスキーは、バレエの現場で、プティパたちと一緒に名曲を生み出していきました。すでに作曲家として大成功を収めている素晴らしい音楽家だったのに、「ここはもう少しゆっくり書いて」とか「あと2小節増やしてほしい」とか、“バレエの都合”による注文を受け入れて書いています。それだけバレエを愛していたのだと思いますし、だからといって音楽家として妥協した感じもまったくなくて。むしろ、プティパをはじめとする振付家やダンサーやバレエそのものに最大限歩み寄って、最高の芸術を世に残しています。私もいまバレエ団の現場で仕事をしている人間として、それがどれだけ難しいことか身にしみて感じているからこそ、チャイコフスキーの音楽にますます胸を打たれます。
本当に文字通り名曲ばかりのチャイコフスキーですが、今回の選曲のポイントは?
滝澤 今回のCD制作において最も困難だったのが「選曲」です。決める前にチャイコフスキーのありとあらゆる楽曲をあらためて聴いたのですが、聴けば聴くほど取捨選択が難しくなりました(笑)。でもこのCDは、もちろん鑑賞用としても聴いていただきたいですけれど、メインはバレエを踊る方のレッスン用です。ですから感情を乗せて踊れる曲、感情が高ぶり体を踊らせてくれる曲、そしてきっと誰もが心から美しいと感じられる曲をピックアップしたつもりです。
本当に、1曲目の〈ウォームアップ〉から、心が静かに動き始めるのを感じました。
滝澤 1曲目というのはとても大事だと思うので、これまで4枚のレッスンCDをリリースしてきましたけれど、毎回ものすごく悩んで決めています。今回はチャイコフスキーだから、やはりバレエ気分が盛り上がるものを。少なくとも登場人物が死ぬ場面ではなく(笑)、幸福な高揚感をもたらしてくれる曲を、と考えました。そうして選んだのが、『眠れる森の美女』プロローグより妖精たちの登場です。クラシック・バレエの金字塔である『眠れる森の美女』の物語が始まるプロローグ。そこにたくさんの妖精たちがやってきて、バレエを愛するすべての人に魔法をかけてくれる。そんな素敵な音楽を1曲目に選びました。

♪CD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class」から『眠れる森の美女』プロローグより妖精の登場(ウォームアップ)

妖精たちがやってくるところから始まって、最後は『ジュエルズ』ダイヤモンドよりフィナーレの曲で、美しい宝石のきらめきのなかで終わるわけですね。ラストの〈レヴェランス〉にこの曲を選んだのはなぜでしょうか?
滝澤 『ジュエルズ』ダイヤモンドのフィナーレは、絶対に〈レヴェランス〉に使いたいと考えていました。いわゆる「三大バレエ」以外でチャイコフスキーの楽曲が使われた最も有名なバレエというと、やはり『ジュエルズ』『テーマとヴァリエーション』『セレナーデ』といったバランシン作品ですよね。なかでも『ジュエルズ』のダイヤモンドには、私自身の大切な思い出が詰まっています。敬愛するマニュエル・ルグリ元ウィーン国立バレエ芸術監督と、ウィーンで一緒に作った最後の作品が、『ジュエルズ』だったんです。「絶対に担当したい!」と思っていた「ダイヤモンド」の楽譜を手渡された時、飛び上がるほど嬉しかったこと。あの曲で、出演者全員が同じ振付で踊る輝かしいフィナーレ。そしてルグリ監督のもとで過ごした9年間のこと……。今回のレコーディングでこの曲を弾いていたら、稽古場での思い出や舞台の光景がこみ上げてきて、涙があふれてしまいました。

♪CD「Dear Tchaikovsky〜Music for Ballet Class」から『ジュエルズ』ダイヤモンドよりフィナーレ(ポール・ド・ブラ/レヴェランス)

もともとの旋律の美しさだけでなく、志野さん自身の思い出も詰まった1曲だから、聴いていて胸がいっぱいになるような演奏なのですね……。このCDの特徴のひとつとして、どの曲もいい意味で“レッスン曲”然とはしていないというか、比較的原曲に近いアーティスティックな響きがあるように感じます。
滝澤 そこが、今回もうひとつ難しかった点です。できるかぎり原曲に忠実に、作曲家本来の音楽性を殺さないように弾くことと、とはいえこれはレッスンCDですから、ある程度の音の取りやすさやクラスでの使いやすさを担保すること。そのバランスですね。
バレエのエクササイズは基本的に8カウントや16カウントやその倍数で構成されるのですが、チャイコフスキーの曲って、あまり8とか16でまとまっていないんです。また、ひとつのテーマがどんどん展開して大きく広がっていくのもチャイコフスキーの特徴なので、エクササイズ的に都合の良いところでキリよく終わらせる、というのが難しくて。
それでもやはり、せっかくオール・チャイコフスキーのCDを作るのであれば、レッスン曲としての“使いやすさ”ではなく、あくまでも“心が動くかどうか”を基準にして曲を選びたいと思いました。チャイコフスキーらしさや魅力が100%生きている CD になっていることを願います。

志野さんは、チャイコフスキーを弾いている時、どんな気持ちになりますか?
滝澤 キラキラした音の波や光に身を委ねているような感じ、でしょうか。とくに『眠れる森の美女』と『くるみ割り人形』は、オーケストラの中にピアノとチェレスタのパートがあるんですね。ウィーン国立バレエがこの2作品を上演する際、私は幸せなことに全公演オケの中で弾かせていただきましたが、それはもう、まるでこの上なく美しい音の洪水のなかにいるような感覚になります。『くるみ割り人形』だったら、私はチェレスタのソロで金平糖の精のヴァリエーションを弾くのですが、その前に各国のディヴェルティスマンがあって、花のワルツがあって、グラン・パ・ド・ドゥのアダージオがある。本当に音楽に溺れそうになるというか(笑)、身も心も完全に委ねきった状態になります。もう100回以上は『くるみ』の演奏をしていると思いますが、音楽に退屈したことはいちどもありません。
他にも、例えば第1幕のクララと王子のアダージオ(松林の踊り)を弾いている時は、クララと一緒に旅をしている気分になれます。それはきっと、聴いているお客様も同じではないでしょうか? その旋律を弾いたり聴いたりすることで、物語の情景や演じているダンサーと共にあれるーーそれがチャイコフスキーの音楽だと思います。
これは個人的な感想ですが、志野さんの演奏を聴いて、あらためてチャイコフスキーの音楽の美しさに気づけたような気がします。
滝澤 それはもしかすると、私自身がチャイコフスキーを「なんて美しい音楽なんだろう」と思いながら弾いているからかもしれませんね。これはピアノに対しても同じで、私はいつも、このピアノという楽器の音色が美しくてたまらないと思って弾いています。そしてその心からの思いが、自分の音色になって、誰かに伝わったらいいなと願いながら演奏しています。
まさに、それこそがこのCDにも溢れている「志野さんらしさ」の正体なのかもしれませんね。
滝澤 少し抽象的な言い方になりますが、私のピアノって、「愛」というよりも「恋」だと思うんです。ピアニストによっては、音楽を大きな愛で包むように弾く方もいらっしゃるけれど、私はまるで片思いのように、どんなに求めても届かないものに向かって、一生懸命手を伸ばし続けているような気持ち。あるいは手の中にあると思ったものが、明日にはこぼれ落ちてしまうかもしれないという気持ちが、いつも心のどこかにあるんです。だからこそ音楽がキラキラと輝いて感じられるし、切ないほど恋い焦がれてしまう。そんな思いで、私はピアノを弾いています。

滝澤志野(たきざわ・しの)


ウィーン国立バレエ専属ピアニスト
大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。
Twitter: @shinotakizawa
Instagram:@shino.takizawa

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Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニスト・滝澤志野の新シリーズ・レッスンCDが誕生!
バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

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