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【レポート】ウクライナ国立バレエ芸術監督 寺田宜弘特別講演 「芸術は戦争に負けない~日本の義援金で制作した『ジゼル』~」

菘 あつこ

ウクライナ国立バレエ「ジゼル」写真提供:光藍社

2025年1月、ウクライナ国立バレエが国内12都市を巡る「ウクライナ国立バレエ日本公演」を開催します。

ウクライナ国立バレエは、150年以上の歴史を誇るウクライナ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場を本拠地とする名門バレエ団。古典の名作はもちろん、現代作品、ウクライナならではの作品まで幅広いレパートリーを上演しています。また、日本でも1972年以降何度も公演を重ねるなど、海外ツアー公演も盛ん。2022年12月には寺田宜弘が芸術監督に就任し、ますます意欲的な活動を見せています。

寺田宜弘ウクライナ国立バレエ芸術監督 写真提供:光藍社

去る7月25日・26日・27日の3日間、大阪・京都・石川の3都市に寺田監督が来訪。ウクライナの現状や今後の展望、日本の皆様からの義援金で新制作した『ジゼル』に込めた想いなどを語る特別講演会が開催されました。そのもようを舞踊ジャーナリストの菘あつこさんによるレポートでお届けします。

侵攻後、ウクライナ国立バレエが活動を始めたのが日本

ウクライナへのロシアの侵攻開始から3年近くが経とうとしていますが、悲しいことに、いまだ収束のニュースは入って来ていません。そんな戦禍の中、ウクライナを代表するバレエ団、ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)の芸術監督に日本人・寺田宜弘さんが就任しました。それにより、ウクライナのバレエと日本は、より絆が深まっているように感じられます。その寺田さんの特別講演「芸術は戦争に負けない~日本の義援金で制作した『ジゼル』~」が、今夏、7月25日~27日に、大阪、京都、石川の3か所で開催され、筆者・菘(すずな)は、寺田さんの故郷でもある京都での講演を取材しました。

会場には、寺田さんの両親(寺田博保さんと高尾美智子さん)が設立し、ソ連時代だった約50年前からウクライナのキーウ・バレエ学校(ソ連時代の呼称はキエフ・バレエ学校)と交流を重ねている寺田バレエ・アート・スクールで学ぶ子どもたちもたくさん訪れて、アットホームななかでの開催となりました。

バレエ解説&聞き手は、過去に何度もウクライナを訪れている舞踊評論家の桜井多佳子さん(石川講演のみ川島京子さん)。11歳で、キエフ・バレエ学校(当時)に1年生から留学した寺田さんの卒業公演も観たということで、そんな思い出も交えながら進められました。まずは桜井さんから、ウクライナ国立バレエ団の本拠地ウクライナ国立オペラ劇場が160年の歴史を持つことや、ソ連時代には、モスクワのボリショイ・バレエ、サンクトペテルブルグ(当時レニングラード)のマリインスキー・バレエ(当時キーロフ・バレエ)と並び、キエフ・バレエがソ連3大バレエ団の1つだったことなどが語られました。そのなかで、このバレエ団の特徴を「おおらかさがある」と評されたのに大きく頷きました。

写真提供:光藍社

1972年の初来日から、キエフ・バレエとして約半世紀に渡って日本公演を重ね、日本で愛されてきたバレエ団。そのバレエ団が、2022年2月のウクライナ侵攻開始からまだ大混乱のさなかにあった2022年7月、日本公演を行いました。「ウクライナ国立バレエが、侵攻後、活動をはじめたのが日本なんです」と寺田さんは話します。侵攻が始まる直前、寺田さんは日本大使館から再三にわたる退避要請を受け、キーウからヨーロッパに渡りました。そこで3ヵ月ほど、キーウのダンサーやバレエ学校生徒たちを受け入れてくれるバレエ団やバレエ学校を探し、繋いで行きます。そんな中、あるダンサーから「今年の夏は日本公演はしないんですか?」と聞かれました。「最初は『えっ、無理でしょ』と思いました。でも、もしかしたらと、いつも日本公演を開催してくれている光藍社に相談しました。それに応えていただいたことに深く感謝しています」。

そうしてキーウに残っていたダンサーとヨーロッパに避難していたダンサーが日本で再会して公演を行った際の映像が、会場のスクリーンいっぱいに映し出されました。記者会見で話すダンサーたち、本番の舞台はもちろん、その後のウクライナの様子やダンサーの生の声も含めたドキュメンタリーでした。

写真提供:光藍社

戦没者たちの写真と花々が飾られた広場。「リハーサルをしていても、防空サイレンが鳴ったら地下に避難」しながらもウクライナで踊ること、芸術活動を続けることが、自分にとっての戦いだと話すアーティストたち。そのなかで、若手バレリーナ、カテリーナ・ミクルーハは、いったんオランダに避難していたけれど、家族と離れキーウに戻る決心をしたと話します。「ウクライナに一時帰国した時に、『やっぱりここしか私の場所はない。ここにいたい』と思いました」。それから毎日、朝と夕方に、外国にいる家族に無事を伝える連絡をしながら、ウクライナ国立バレエのダンサーとして踊っています。他のダンサーたちも、それぞれの想いの上で踊っていることを語りました。

またその年末から2023年にかけてはオーケストラとオペラも共に来日し、冬の日本公演を行いました。映像の中では、日本公演に向かう過酷な様子が映し出される場面も。キーウから飛行機でというわけにはいかないので、夜、大きな荷物をマイクロバスのような車両に積み込んで車で国境を越え、そこから日本へ向かう飛行機に乗ります。それでも日本公演を楽しみにしているダンサーたちは、日本の観客が大好きだと話します。「日本にいる間は防空サイレンに悩まされることもない」と、ウクライナの人々に申し訳なさそうに語るダンサーもいました。

日々、命を落とす人がたくさんいる。そんなウクライナで踊る私たちの特別な『ジゼル』

後半は、日本からの義援金で制作した『ジゼル』について。ウクライナ国立バレエにとって『ジゼル』はとても大切な演目で、長年に渡って繰り返し上演されています。ちなみに桜井さんが観た寺田さんのバレエ学校卒業公演の演目も『ジゼル』だったと言い、寺田さんにとっても思い入れの深い演目です。しかし数多く上演されているだけに、衣裳も装置もすでにボロボロ。そろそろ新制作する時期に来ていたにもかかわらず、「戦禍の中にあり、ウクライナ文化省にはバレエの新制作にかける予算はありませんでした。そんな時、日本から義援金が届き、『ジゼル』の新制作が実現したのです」と寺田監督。その『ジゼル』は、2024年1月に東京文化会館で初演されました。

ウクライナ国立バレエ「ジゼル」写真提供:光藍社

ヴィクトル・ヤレメンコが振付を手がけたこの『ジゼル』は、とくにラストが従来のものと大きく違っています。従来なら、夜が明けてジゼルはお墓に帰って行き、彼女に命を助けられたアルブレヒトは生きて朝を迎える……ですが、ヤレメンコ版では最後の最後にアルブレヒトは力尽きます。そして、天でジゼルと寄り添うのです。寺田監督はこう語ります。「今、ウクライナでは多くの人が毎日亡くなっています。離ればなれになっている家族も数えきれません。そんな私たちの特別な『ジゼル』です」。

写真提供:光藍社

このウクライナ国立バレエ『ジゼル』は、2025年1月、再び日本各地で上演されます。

【参加した子どもたちに話を聞きました】
講演終了後、寺田バレエ・アート・スクールの子どもたちに話を聞きました。じつはこの子どもたちの多くは、2022年3月~4月の春休みにウクライナのキーウ・バレエ学校での短期研修に行く予定で、数ヵ月前から言葉などの勉強を重ねていたそう。スクールでは、ソ連時代だった約50年前から、2年に一度、春休みの短期研修を重ねており、かつては寺田監督もバレエ学校に留学する前の小さな頃に参加しています。コロナ禍でしばらく開催できない時期を経て、ようやく再開できると準備をしていたところ、2月に侵攻が始まり研修が叶わなくなってしまったのです。

「早く平和になって、ウクライナでレッスンを受けたい」と口を揃える子どもたち。寺田宜弘さんについては「とても尊敬しています。レッスンの時も優しくて、いつも丁寧に教えてくださるし、今、こんな時に、ウクライナ国立バレエを引っぱっていてすごい!」。18歳の高野美月さんは、コロナ前、10歳の頃に短期研修に参加。「ウクライナの人たちの優しくて情深い人間性が大好き」と話します。最近ではウクライナ国立バレエの日本公演にコール・ド・バレエで出演する機会もあったと言い「その時にご一緒させていただいたダンサーの方々とSNSで繋がったりしています。無事を心から祈っています」と語りました。

寺田バレエ・アート・スクールの子どもたち 写真提供:光藍社

公演情報

【日程・会場】
●東京公演
「初夢バレエまつり」
2025年1月3日(金)12:00/16:00
LINE CUBE SHIBUYA

「プレミアム・ガラ」
2025年1月4日(土)15:00
東京文化会館 大ホール

『ジゼル』
2025年1月5日(日)15:00
2025年1月6日(月)14:00/18:30
東京文化会館 大ホール

●富山公演
『ジゼル』
2025年1月8日(水)18:30
オーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)大ホール

●石川公演
『ジゼル』
2025年1月9日(木)18:30
本多の森 北電ホール

●京都公演
『ジゼル』
2025年1月11日(土)15:00
ロームシアター京都 メインホール

●大阪公演
『ジゼル』
2025年1月12日(日)15:00
フェスティバルホール

●愛知公演
『ジゼル』
2025年1月13日(月祝)15:00
愛知県芸術劇場 大ホール

●和歌山公演
『ジゼル』
2025年1月14日(火)18:30
和歌山県民文化会館 大ホール

●香川公演
『ジゼル』
2025年1月15日(水)18:30
レクザムホール(香川県県民ホール)大ホール

●岡山公演
「ジゼル」
2025年1月16日(木)18:30
岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場

●広島公演
『ジゼル』
2025年1月17日(金)18:30
JMSアステールプラザ(広島市文化創造センター)大ホール

●福岡公演
『ジゼル』
2025年1月18日(土)15:00
北九州ソレイユホール 大ホール
2025年1月19日(日)15:00
久留米シティプラザ ザ・グランドホール

【詳細】
公演特設サイト

【チケット取扱】
光藍社

WEB受付
チケットセンター
TEL:050-3776-6184 (12:00~16:00 土日祝・年末年始休)

*そのほか、プレイガイド受付あり

【主催・問合せ】
主催:光藍社
WEB:https://www.koransha.com/

問い合わせ:光藍社チケットセンター
TEL:050-3776-6184 (12:00~16:00 土日祝・年末年始休)

特別協賛:CHINTAI

 

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

朝日新聞、神戸新聞、バレエ専門誌等に舞踊評やバレエ・ダンス関連記事を執筆。朝日新聞デジタル「論座」などに、社会・文化に関する記事を執筆。文化庁の各事業(芸術祭、芸術選奨、アートマネージメント重点支援事業、優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業、文化芸術による子供の育成事業等)、芸術文化振興会専門委員など行政の委員や講師も歴任。京都バレエ専門学校「バレエ史」講師。著書に「ココロとカラダに効くバレエ」(西日本出版社)。

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