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【第65回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-三角に並ぶ

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第65回 三角に並ぶ

■三角形を描く

前回(第64回)取り上げた四角形のフォーメーションは、どの古典全幕バレエでも見つけることができますが、三角形はそれほど多くありません。もちろんパ・ド・トロワならば、3人が一直線に並ぶとき以外は三角形を描いていると言えるでしょう。でも、ここで取り上げたいのは多人数の群舞が三角形を描く場面です。

舞台上に群舞で三角形を描く場合、さまざまな三角形が可能です。しかし、客席から一番安定して見えるのは、手前から奥へ向かって広がる逆三角形(▼)です。もちろん左右対称のほうが安定しますから、二等辺三角形になります。では、さっそく作品を紹介しましょう。

■『白鳥の湖』の三角形

三角形のフォーメーションで一番有名なのは、『白鳥の湖』第2幕、白鳥たちが羽ばたきながら作る逆三角ではないでしょうか。フォトジェニックなので、チラシやポスターの写真に使われることも多い場面です。

ただし、バレエ団と振付家によって逆三角形にならないヴァージョンも多いので、残念ながら“定番”のフォーメーションとまでは言えないかもしれません。私の知る限りでは、パリ・オペラ座バレエのヌレエフ版、英国ロイヤル・バレエのダウエル版、日本ではKバレエ トウキョウ、牧阿佐美バレヱ団などが逆三角を採用しています。

湖畔でオデットと王子が出会った後、白鳥たちが1列で登場する場面は「第58回 1列で進む(1)」で詳しく説明しました。その続きの場面では、数十羽の白鳥たちが四角に並び、2グループに分かれ、次々とフォーメーションを変え、そしてワルツの中盤で舞台中央を頂点とする逆三角形の隊形になります。ポアントで立ってその場でパ・ド・ブーレ・クーリュ(第24回)を続け、一斉に両腕を上下に羽ばたかせる振付で、美しさと力強さを兼ね備えた「ユニゾンの美」を味わえる鑑賞のポイントです。

★動画でチェック!★
イングリッシュ・ナショナル・バレエ『白鳥の湖』第2幕より。57秒から一連の場面を観ることができます。

■『ライモンダ』の三角形

古典全幕バレエでは『ライモンダ』の第3幕、つまり最終幕にも、フィナーレに逆三角形のフォーメーションが現れます。主役ライモンダとジャン・ド・ブリエンヌのグラン・パ・ド・ドゥの後、出演者全員で踊る場面です。この踊りは、グラズノフの音楽の曲名から「ギャロップ」という名前で知られています。

ギャロップは、主役を中心として、ハンガリー宮廷の貴族たちと騎士たち、さらに演出によっては子どもたちも加わり、チャルダーシュ(第61回)のステップとポーズでにぎやかに踊ります。そしてラストの場面で、主役2人を先頭にした逆三角形のフォーメーションを作ります。結婚式の場面ですし、『白鳥の湖』の白鳥たちの倍ほどの人数で踊るので、華やかさでは『白鳥の湖』よりもまさっています。

ただ、これも逆三角形にならないヴァージョンが多く、定番とは言い切れません(注1)

★動画でチェック!★
パリ・オペラ座バレエの『ライモンダ』より第3幕のギャロップ。出演者たちがにぎやかに踊るシーンを観ることができます。動画の後半には、主役たちを先頭に楽しくステップを踏みながら移動するようすが映っています。

■『ザ・カブキ』の三角形

20世紀の作品では、モーリス・ベジャール振付『ザ・カブキ』第2幕のクライマックスで、見事な逆三角形のフォーメーションを2回見ることができます。

『ザ・カブキ』は、巨匠ベジャールが東京バレエ団のために歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』を元にして作ったスペクタクルな傑作バレエです。第2幕の最終場はいよいよ四十七士の討ち入りで、オーケストラの音楽が盛り上がると、浪士たちが左右袖から少し腰を低くした姿勢で走って舞台へ登場します。まず上手から9人、次に下手から8人、次に上手から7人と駆け込み、舞台奥から順に並びます。以後も上手と下手交互に6人、5人、4人、3人、2人、2人と走り込んで、最後に主役の由良之助が上手から登場し、47人が雄々しく壮烈な三角形を作ります。

★動画でチェック!★
東京バレエ団『ザ・カブキ』のリハーサル映像より。12分31秒から一連の場面を観ることができます。

敵討ちを果たした後のラストシーンでは、朝日を背景にして再び浪士たちが左右から交互に駆け込んで登場し、逆三角形に並びます。そして、そのままの隊形で全員が腰を落とし、こうべを垂れて合掌してから一斉に切腹し、暗転して幕が下ります(注2)

★動画でチェック!★
東京バレエ団『ザ・カブキ』のリハーサル映像より。14分37秒から一連の場面を観ることができます。
★動画でチェック!★
東京バレエ団の『ザ・カブキ』の舞台映像より。ふたつの場面はそれぞれ、動画の54秒と1分10秒で観ることができます。

(注1)そもそもギャロップを割愛して『ライモンダ』を上演することも少なくありません。

(注2)ラストシーンの音楽は黛敏郎作曲の『涅槃交響曲』終楽章で、男声合唱と鐘の音がたいへん効果的に使われています。

(発行日:2024年12月25日)

次回は…

第66回は円形に並んで踊るコール・ド・バレエです。円形のフォーメーションは少なくありませんが、皆さんはどの作品が思い浮かぶでしょうか。発行予定日は2025年1月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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