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【第61回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-2列で進む(1) チャルダーシュ

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第61回 2列で進む(1)チャルダーシュ

■キャラクター・ダンスの魅力

コール・ド・バレエ(第58回参照)が「2列で進む」振付は、1列と同様に古典全幕作品の至るところで登場します。白鳥もウィリもドリアードも、2列で登場したり移動したりするでしょう。しかし、筆者が「2列で進む」振付として真っ先に思い浮かべるのは、何種類かの「キャラクター・ダンス」です。

バレエの「キャラクター・ダンス」(character dance)とは、古典バレエの規範を遵守した「アカデミック・ダンス」と異なるダンスの総称なのですが、いささか分かりにくい用語です。なぜかと言うと、この用語には「バレエ用にアレンジした民族舞踊」という意味と、「登場人物の役割や職業を表現する踊り」という意味の2つがあるからです。前者の例としては、マズルカ、スパニッシュ、タランテラなどがあり、後者の例としては、道化師の踊り、船乗りの踊り、魔法使いの踊りなどがあります(注1)

「バレエ用にアレンジした民族舞踊」は、「ヒストリカル・ダンス」と呼ばれることもあります。19世紀前半のロマンティック・バレエの時代に広まり、19世紀後半にマリウス・プティパが古典全幕作品の「ディヴェルティスマン」の中に定着させました(注2)。これはもともとロマン主義が好んで追い求めた“異国情緒”をバレエに導入するための手法でした。それぞれの民族舞踊の特徴を踏まえて、バレエ作品に組み込むために仕立て直されています(注3)

このようなキャラクター・ダンスには、音楽、振付、衣裳のそれぞれに、アカデミック・ダンスとは異なる味わい、別の美しさ、楽しさがあって、鑑賞のポイントとなっています。とくに振付と衣裳に関しては、アカデミック・ダンスの部分にまして振付家・演出家の創意工夫が発揮されることが多いと思います。

さて、そのようなキャラクター・ダンスのなかでも「2列に進む」ことが定番となっているものとして、本連載ではチャルダーシュ、マズルカ、ポロネーズを順番に取り上げます。

■チャルダーシュの特徴

チャルダーシュ(csardas; czardas)は東欧の国、ハンガリーの民族舞踊で、男女がカップルで踊るダンスです。カタカナでは、チャルダシュ、チャルダッシュ、チャールダーシュなど、表記が何通りかあり、「ハンガリアン」と呼ばれることもあります。踊りの起源は18世紀に遡りますが、この名前で知られるようになったのは19世紀半ばで、19世紀後半に広くヨーロッパで流行しました。

音楽は2拍子系(4分の2拍子または4分の4拍子)で、一番の特徴は、遅いテンポの導入部(ラッシュー)と速いテンポの主部(フリッシュ)から構成されていることです。ゆっくりと始まって、途中からギアチェンジしてアクセルを踏むように素早い踊りに切り替わるダイナミクスが魅力です。

振付は、男女が組になって踊るので、2列で進む振付が多くなります。本連載の着眼点である“テクニック”に関しては、ゆっくりと踊る前半は、片脚を前へ蹴り上げるようにして1歩ずつ堂々と進むポーズがポイントです。バレエなので、つま先が真っ直ぐ伸びているほうが美しく見えます。上半身は、片手のひらを上に向けて頭の後ろに添え、もう一方の手を腰に当てるポーズが特徴的です。テンポアップしてからの後半は、すばやい回転が見どころです。男女がそれぞれ独りで回転しますし、お互いに手をつないだり、片手を相手の腰に当てたりして、2人一緒でも回転します。

また、踵を打ち合わすステップもチャルダーシュの定番でしょう。少し顔を俯き加減にし、膝を曲げて足をターンインしてから、顔を上げ、全身で伸び上がりながら踵を1度または2度打ち合わせます。チャルダーシュと言えば、このステップを思い出すバレエファンが多いかもしれません。ただし、この動きはバレエではマズルカにも登場しますし、じつは伝統的なチャルダーシュに固有の動きと言うわけではなく、民族舞踊がキャラクター・ダンスとなる過程で定番となったステップだそうです。

■古典全幕バレエの中のチャルダーシュ

チャルダーシュと言えば『ライモンダ』です。なぜなら、主人公ライモンダの婚約者ジャン・ド・ブリエンヌはハンガリー王に仕える騎士で、ライモンダとジャンはハンガリー王の前で結婚式を挙げるという設定だからです。そのため『ライモンダ』には、音楽、振付、美術、衣裳のいずれにもハンガリーの要素がふんだんに取り入れられています。

『ライモンダ』第3幕冒頭では、結婚を祝う参列者たちが男女組になって2列の行進で登場します。行進のパターンはいろいろですが、左右からそれぞれ2列になって進み、舞台中央で交差する振付もあります。そして主人公たちが最後に登場した後、改めてコール・ド・バレエが2列で登場し、チャルダーシュが披露されます。軽く手を打ったり、足踏みをしたりする動きが入ることが多いです。さらに、男性が女性に向かって小さくジャンプし、床に膝をついて、片手のひらを上に向けて頭の後ろに添えるポーズをするのもチャルダーシュの特徴です。

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牧阿佐美バレヱ団の『ライモンダ』の紹介映像です。9分31秒からチャルダーシュを観ることができます。フィニッシュに向けて盛り上がる音楽と特徴的な振付をお楽しみください。

『白鳥の湖』第3幕にもチャルダーシュの群舞は欠かせません。チャイコフスキーの原曲は「チャルダーシュ→スペインの踊り→ナポリの踊り→マズルカ」の順ですが、現在の演出では「スペイン→ナポリ→チャルダーシュ→マズルカ」または「スペイン→チャルダーシュ→ナポリ→マズルカ」の順が多いかと思います。

冒頭、全員がそろって片脚ずつ前に高く上げるステップで、2列になって入場する場面は勇壮かつ華やいだ雰囲気で、後半の速い踊りへの期待が高まります。このチャルダーシュでも、手を打つ、足踏みをする、小さくジャンプして床に膝をつくなどの動きが入ります。

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牧阿佐美バレヱ団の『白鳥の湖』の紹介映像です。第3幕に登場するチャルダーシュは7分4秒から。

『コッペリア』第1幕にもチャルダーシュの群舞が登場します。『コッペリア』の舞台はポーランド南東部で、ハンガリーとはスロバキアを間に挟みますが文化的なつながりが深い地域です。ただし、『コッペリア』のチャルダーシュは、『ライモンダ』、『白鳥の湖』と比較して、民族舞踊の要素をさらに薄めた振付になっていることがあります。また、2列で登場しない場合も少なくありません(注4)

★動画でチェック!★
スターダンサーズ・バレエ団の『コッペリア』の紹介映像より。4分28秒から、第1幕のチャルダーシュを観ることができます。

(注1)ここでは「キャラクター・ダンス」を踊り・振付のタイプとして説明しましたが、それを踊る配役・ダンサーの呼称にもなります。また、「登場人物の役割や職業を表現する踊り」でも、アカデミック・ダンスを基本としている踊り・振付や、それを踊る配役・ダンサーのことを「ドゥミ・キャラクテール」と呼びます。「ドゥミ」(demi)はフランス語で「半分」という意味ですから、「キャラクター・ダンスとアカデミック・ダンスの中間」と言う意味ですね。例えば『眠れる森の美女』第3幕の「青い鳥」はドゥミ・キャラクテールの典型です。

(注2)「ディヴェルティスマン」(divertissement)もいくつかの意味で使われる用語です。元来は18世紀の舞台演劇で、幕間の余興や、物語を緩やかに結びつける歌や踊りの呼称でした。ここでは、19世紀後半の全幕バレエで、しばしば最終幕の大半を占め、物語の筋との関係が薄く、祝祭的に繰り広げられる一連の踊りのことです。例えば『眠れる森の美女』第3幕、『くるみ割り人形』第2幕、『パキータ』第3幕などが典型です。

(注3)民族舞踊の動きをバレエらしく改変しています。また女性がポアント・シューズを履いて踊るキャラクター・ダンスもありますが、現実の民族舞踊ではありえません。

(注4)古典全幕バレエに登場するチャルダーシュを3つ紹介しましたが、同じチャルダーシュで音楽の雰囲気が異なるのも鑑賞のポイントです。グラズノフ(『ライモンダ』)は重々しく、チャイコフスキー(『白鳥の湖』)はメロディアスで、ドリーブ(『コッペリア』)は陽気で明るい曲調です。

(発行日:2024年8月25日)

次回は…

第62回は「2列で進む(2)」群舞として、キャラクター・ダンスとしてのマズルカとポロネーズを取り上げる予定です。発行予定日は2024年9月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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