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【第57回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーフィニッシュのポーズ(2)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第57回 フィニッシュのポーズ(2)

■フィニッシュの8パターン

第56回は、パ・ド・ドゥを締めくくるフィニッシュのポーズについて、男性が女性を支えているか、男性と女性が並んでいるかで分け、さらに次の8つのパターンに分類しました。

〈男性が女性を支えるパターン〉
(1)女性がアラベスクになる
(2)女性がアティテュードになる
(3)女性がリフトされる
(4)フィッシュ・ダイヴ
(5)その他

〈男女が並ぶパターン〉
(6)男女が同じポーズで並ぶ
(7)男女が対称のポーズで並ぶ
(8)男女が異なるポーズで並ぶ

前回は(1)から(4)まで例を挙げました。今回はさっそく(5)から、古典全幕作品のパ・ド・ドゥで見ることのできる例を紹介しましょう。

■男性が女性を支えるその他のパターン

(5)のパターンで印象に残るのは、女性のフォール(第50回)を男性が支えるフィニッシュ・ポーズです。

『白鳥の湖』第2幕、オデットと王子のアダージオは、オデットのアラベスク・パンシェ(第27回)を王子が支えるフィニッシュを前回紹介しました。その場合、フィニッシュへ至る女性の動作は、「頭上に上げた手を男性に支えられて連続ピルエット→男性に支えられてフォール→男性に支えられてアラベスク・パンシェ」です。しかし、女性のフォールを男性が支えるポーズでフィニッシュし、アラベスク・パンシェにはならないパターンもあります(注1)。フォールの角度(どれくらい倒れるか)と向き(頭が上手・下手のどちら向きか)は主役のペアによって異なり、頭が床に着きそうなぐらい倒れる場合もあれば、45度ぐらいの傾きで男性と見つめ合ってフィニッシュする場合もあります。いずれにせよ、オデットが王子に全身を預け切った姿には、王子の愛への全幅の信頼が感じられます。

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英国ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』より第2幕。フランチェスカ・ヘイワード演じるオデットと、セザール・コラレス演じる王子のパ・ド・ドゥです。フォールのフィニッシュは8分34秒から。

『くるみ割り人形』第2幕、金平糖の精とくるみ割りの王子のアダージオは、上演するバレエ団によって振付が多様で、どれが定番とも言えません。しかし、斜めに傾いた女性の身体を男性が支えるフィニッシュを比較的よく目にします。同じフォールでも、『白鳥の湖』第2幕とは異なり、にこやかな表情でフィニッシュします。

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英国ロイヤル・バレエの『くるみ割り人形』より第2幕。マリアネラ・ヌニェス演じる金平糖の精と、ワディム・ムンタギロフ演じるくるみ割りの王子のアダージオです。フィニッシュは5分55秒から。

(5)の別なパターンとしては、『ジゼル』第1幕で、ジゼルとアルブレヒトが友人たちに囲まれて踊るパ・ド・ドゥのフィニッシュが挙げられます。アルブレヒトが片膝を床に突き、もう片方の脚にジゼルが腰を下ろすポーズのフィニッシュが定番です。男性の膝に女性が腰かけて寄り添い、互いに見つめ合うという、とても仲良さげなポーズです。

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英国ロイヤル・バレエの『ジゼル』より第1幕。ジゼルをヤスミン・ナグディ、アルブレヒトをマシュー・ボールが演じています。互いに見つめ合うポーズが印象的なフィニッシュは38秒から。

■男女が似たポーズで並ぶ

「ディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥ」のアダージオは、前回紹介した(2)のパターン、すなわち女性のアティテュードを男性が支えるフィニッシュが定番です。しかし、(6)のパターン、すなわち男女が同じ方向を向き、弓を引くマイム(第3132回)をして踊り終えるパターンもあります。弓を引くマイムとは、両手を水平に前へ伸ばした後、弓を引くように片手を頭上へ上げる動作です。ディアナは狩猟の女神、アクティオンは狩人なので、このパ・ド・ドゥには、冒頭から最後まで弓を引くマイムが頻出します。

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ローザンヌ国際バレエコンクールの50周年を記念して開催された「スター・ガラ」の映像です。『ディアナとアクティオン』のパ・ド・ドゥを踊っているのは、マルガリータ・フェルナンデスアントニオ・カサリーニョ。こちらは(2)のパターンのフィニッシュです。弓を引くマイムは動画の冒頭28秒からたびたび登場します。

『ドン・キホーテ』第3幕、キトリとバジルのアダージオでは、(7)のパターン、すなわちキトリとバジルがシンメトリーのポーズで並ぶフィニッシュが多く見られます。通常は、女性が下手側で右手を斜め上に伸ばして左手を腰に当て、男性が上手側で左手を斜め上に伸ばして右手を腰に当てて、鏡に映したような面対称になります。男女の向きは、向かい合って見つめ合うか、2人とも正面を向くかが通常ですが、背中を向けて立って反対方向を向くパターンもあります(注2)

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東京バレエ団の『ドン・キホーテ』より第3幕、キトリとバジルのアダージオです。キトリを沖香菜子、バジルを宮川新大が演じています。11分57秒からシンメトリーのポーズのフィニッシュを観ることができます。

パリ・オペラ座バレエが上演しているヌレエフ版『白鳥の湖』では、第3幕のオディールと王子のグラン・パ・ド・ドゥで、コーダのフィニッシュが(7)のパターンです。女性が下手側で右手を斜め上に伸ばし、男性が上手側で左手を斜め上に伸ばして、もう片方の手をつないで2人のポーズが面対称になります。2人とも晴れやかな表情を客席へ向けてフィニッシュするのですが、ロットバルトとオディールのたくらみを知っている観客としては、王子の笑顔を見て、気の毒なような責めたいような複雑な気持ちになります。

■男女が異なるポーズで並ぶ

最後に(8)です。このパターンでは、男女のどちらかいっぽうが立ち、もういっぽうが膝を床に突いて低くなるフィニッシュ・ポーズがよく見られます。

『ドン・キホーテ』第3幕、キトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥでは、アダージオまたはコーダのフィニッシュ・ポーズで、このパターンをよく見ます。男性は伸びあがるようにドゥミ・ポワントで立って片手を上に伸ばし、片手を腰に当て、女性は片膝を床に突いて両手(または片手)を腰に当てるポーズになります。男性の姿勢はフラメンコの決めポーズを思わせ、女性が腰に手を当てて胸を反らす姿勢もかっこよく、華やかなコーダに相応しい締めくくりです。

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パリ・オペラ座バレエ『ドン・キホーテ』より第3幕のアダージオ。オニール八菜がキトリを、ジェルマン・ルーヴェがバジルを演じています。動画の最後に華やかなフィニッシュを観ることができます。

『白鳥の湖』第3幕のオディールと王子のグラン・パ・ド・ドゥのコーダについては、先ほどヌレエフ版のフィニッシュを紹介しました。しかし、一般によく見るのは、オディールが立って手を前へ差し出し、その手を跪いた王子が両手で受けてほおずりをするという、いわば“黒鳥勝利のポーズ”です。オディールは大きく後ろに反り返えり、いかにも勝ち誇ったように顎を上げて天を仰ぎます。

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英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』より第3幕。マリアネラ・ヌニェス演じるオディールと、ワディム・ムンタギロフ演じる王子のグラン・パ・ド・ドゥのコーダです。1分55秒から“黒鳥勝利のポーズ”を観ることができます。

『パキータ』第2幕のパキータとリュシアンのアダージオは、前回紹介したショルダー・シットのリフト(第36回)以外に、(8)のパターンもあります。女性が片膝を床に突き、上体を少し横に傾けて両手を斜め上の同じ方向へ向け、男性はその横に立って片手を腰に当て、片手を斜め上へ上げて、2人が見つめ合うポーズです。

『ジゼル』第2幕、ジゼルとアルブレヒトのアダージオのフィニッシュは、前回(1)のパターン、すなわち女性のアラベスクを跪いた男性を支えるパターンを紹介しました。しかし、その他に、男女いっぽうが立ち、もういっぽうが膝を床に突いて低くなるパターンもあります。例えば(a)男性は片膝を床に突き、女性はその横に立って、2人で右手を斜め上に伸ばし、そろって天を仰ぐように顔を上げるパターン(注3)、(b)女性が片膝を床に突き、両手で顔を覆って俯いて泣き、男性がその後ろに立つパターンなどです(注4)

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ミラノ・スカラ座バレエ『ジゼル』より第2幕。スヴェトラーナ・ザハーロワ演じるジゼルと、フリーデマン・フォーゲル演じるアルブレヒトのアダージオです。(a)のパターンのフィニッシュを1分58秒から観ることができます。

(注1)例えば、英国ロイヤル・バレエが近年上演しているバージョンは、フォールでフィニッシュすることがほとんです。しかし、1960年代にマーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフが踊ったアダージオの映像では、アラベスク・パンシェでフィニッシュしています。

(注2)このキトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥでは、コーダのフィニッシュで(6)のパターンを見ることもあります。キトリとバジルがともに床に右膝を突き、右手を腰に当て、左手を上へ伸ばす同じポーズでフィニッシュするパターンです。

(注3)(a)のパターンは、1987年公開の映画『ダンサー』の中で、アレッサンドラ・フェリとミハイル・バリシニコフが踊った『ジゼル』のフィニッシュ・ポーズです。舞台でもよく見られます。

(注4)(8)のほかのパターンとしては、『眠れる森の美女』の「青い鳥のパ・ド・ドゥ」のアダージオも、男性が立ち、女性が床に膝を突くフィニッシュ・ポーズが定番の一つです。『海賊』の「メドーラとアリのパ・ド・ドゥ」のアダージオは、女性が立ち、男性が床に横たわって女性へ手を伸ばすフィニッシュ・ポーズが定番です。

(発行日:2024年4月25日)

次回は…

第58回より「コール・ド・バレエ編」を始めます。群舞のテクニックを紹介しながら、その魅力と鑑賞のポイントをお伝えします。初回は、『白鳥の湖』第2幕、群舞が1列になって登場する場面を取り上げる予定です。発行予定日は2024年5月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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