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【第53回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ースウィング

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第53回 スウィング

■抱き上げて揺らす動き

バレエとしての専門用語はないけれど、パ・ド・ドゥを鑑賞していて印象に残るテクニックとして、フォール(第50回)、ダイヴ・アンド・キャッチ(第51回)、トス・アンド・キャッチ(第52回)を取り上げました。これらの動きは、19世紀に初演された古典全幕作品でも、多くのバレエ団が上演している“定番の”振付で披露されることがあるテクニックです。しかし、今回紹介する動きは、専門用語がなく、かつ古典全幕作品の定番の振付では見つけることができませんでした。

筆者が「スウィング」(swing)と名付けたのは、男性が女性の身体を持ち上げて、左右に揺らす動きです。大きく振り子のように揺らしたり、小さく何度か揺すぶったり、ぐるっと水平に回したり、色々な揺らし方があります。この動きは、場面によって鑑賞者にさまざまな感情をもたらし、時にスリルや緊張感を与え、時に安らぎや安心感を与えます。

スウィングは、古典全幕作品の定番の振付には見つけることができませんでした。どうやら19世紀には、男性が女性の身体を宙で揺らす動きは、身体の軸を保持するバレエの規範から外れていたのでしょう。しかし、20世紀の振付家が改訂した古典全幕作品のパ・ド・ドゥには、スウィングが登場します。次に『くるみ割り人形』の例を紹介します。また、20世紀の振付家たちのオリジナル作品では、パ・ド・ドゥで多種多様なスウィングを見ることができます。

■『くるみ割り人形』のスウィング

『くるみ割り人形』は、古典全幕作品の中で最も上演回数が多く、振付家ごと、バレエ団ごとのバージョンも、最も多い演目だと思われます。第2幕のグラン・パ・ド・ドゥは、「金平糖の精のヴァリエーション」には「定番」と言える振付がありますが、アダージオにはありません(注1)

ピーター・ライト版『くるみ割り人形』では、金平糖の精とくるみ割りの王子のアダージオの後半にスウィングが登場します(注2)。音楽が盛り上がる箇所で、男性へ向かって女性が駆け寄り、男性が女性をショルダー・リフトしたあと、女性の身体を大きく1回転振り回しながらフィッシュ・ダイヴのポーズを決めます。このシークエンスは2回繰り返されます。そのしばらく後、音楽が穏やかになったところで、男性が女性を、女性の頭が足より低くなるポーズで抱きかかえ、軽くスウィングしながら持ち上げて、ショルダー・リフトになります。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』より第2幕。マリアネラ・ヌニェス演じる金平糖の精と、ワディム・ムンタギロフ演じるくるみ割りの王子のアダージオの映像です。一連のシークエンスは3分50秒から。続いて4分44秒からは穏やかな曲調になり、軽くスウィングする振付を見ることができます。

パリ・オペラ座バレエがレパートリーとしているヌレエフ版『くるみ割り人形』(1967年初演)は、パ・ド・ドゥに無数の技が詰め込まれており、テクニック鑑賞にはうってつけです。そのアダージオの後半、音楽が盛り上がる箇所で、「トス・アンド・キャッチ」(第52回)で男性が女性の身体を空中で半回転させてから、「スウィングしてフィッシュ・ダイヴ→アラベスクのポーズ→プロムナード・アン・ドゥオール」というシークエンスを2回繰り返します。そのしばらく後では、再び音楽が盛り上がったところで、男性が女性をショルダー・リフトしてから女性の身体を大きく振り下ろし、女性の頭を足より低くしたポーズで抱きかかえます。たいへんダイナミックなスウィングです(注3)

★動画でチェック!★
2014年冬のパリ・オペラ座バレエ『くるみ割り人形』の抜粋映像です。金平糖の精を演じるドロテ・ジルベールと、王子を演じるマチュー・ガニオのインタビューも収録されています。1分53秒から高度なテクニックが散りばめられたパ・ド・ドゥを見ることができます。

グレアム・マーフィー版『くるみ割り人形』(1992年初演)は、前回「トス・アンド・キャッチ」でも紹介しました。第1幕後半、クララとくるみ割りの王子との最初のパ・ド・ドゥで、スリリングなスウィングが見られます。中盤、女性がピルエット・アン・ドゥオールで2回転したところで男性が女性を持ち上げ、頭を下にして身体を真っ直ぐ伸ばした姿勢の女性を、男性が右腕1本で支えて、ぐるぐると水平方向に2周スウィングします。

■20世紀作品のスウィング

ユーリー・グリゴローヴィチ振付『スパルタクス』(初演1968年)第2幕の「スパルタクスとフリーギアのアダージオ」は、数々のアクロバティックな動きが感動を生むパ・ド・ドゥです。すでに第35回(ハイリフト)と第51回(ダイヴ・アンド・キャッチ)で取り上げました。スウィングに注目しますと、まずハチャトリアンの音楽が音量を押さえた穏やかな前半部分で、男性が女性の仰向けの身体を首の後ろに乗せて、2、3回転します。そして音楽が盛り上がって音量が大きくなると、女性が男性へ跳び込み、男性が女性を抱えて力強く回転する動きが繰り返されます(注4)。男性の腕1本でのハイリフトへ至るシークエンスにも、大きなスウィングが含まれています。

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『スパルタクス』より、アンナ・ニクーリナ演じるフリーギアとミハイル・ロブーヒン演じるスパルタクスのアダージオです。この映像では、音楽が盛り上がるところから見ることができます。大きなスウィングからの印象的なハイリフトもぜひご覧ください。

ジョン・クランコシュツットガルト・バレエのために振付けた『じゃじゃ馬馴らし』(1969年初演)は、物語バレエの傑作です。シェイクスピアの喜劇を原作としていて、21世紀の視点からするとジェンダー差別やDVを含んでいますが、第2幕で、気が強くて強情なカタリーナと富裕な紳士ペトルーキオの約8分間の長いパ・ド・ドゥは、たいへん見ごたえがあります。初めのうちカタリーナはペトルーキオを拒んで殴りかかるのですが、次第に二人は仲良くなってゆきます。踊りの後半では、男性が女性の腰を支えてリフトしたままぐるっと回転したり、両腕を絡めて空中で振り回したり、後ろから抱え上げて左右に揺すりながら移動したり、ユニークな振付のスウィングが連続します。

★動画でチェック!★
シュツットガルト・バレエの『じゃじゃ馬馴らし』の映像より。エリサ・バデネス演じるカタリーナとジェイソン・レイリー演じるペトルーキオのパ・ド・ドゥを抜粋で見ることができます。ユニークなリフトやスウィングは35秒から。

最後にもう一つ、筆者の好きなスウィングを紹介します。フレデリック・アシュトン振付『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(1960年初演)の第3幕で、主人公のリーズは母親に家の中に閉じ込められ、糸紡ぎの手伝いをさせられます。母親がうたた寝を始めたところで恋人のコーラスがやってきます。しかし、コーラスは家の中に入れず、玄関の扉の上窓から身を乗り出して、リーズを吊り上げるように抱き寄せます。二人は抱き合ってキスをし、リーズの身体が宙に浮かんだまま振り子のように左右に揺れます。若い二人の恋心が伝わる微笑ましい場面です。

★動画でチェック!★
牧阿佐美バレヱ団の『リーズの結婚』の紹介映像です。リーズを中川郁、コーラスを元吉優哉が演じています。10分14秒から一連の微笑ましい場面を見ることができます。

(注1)「定番の振付」と言っても、完全に同じ振付ではありません。振付家ごと、バレエ団ごとに、少しずつ差異があります。それでも、およその振付の流れ、含まれているステップ(パ)にかなり共通性があるため、「定番」と呼んでいます。

(注2)ライト版の『くるみ割り人形』には、バーミンガム・ロイヤル・バレエ版(1984年初演)と英国ロイヤル・バレエ版(1990年初演)があり、登場人物の設定や演出が異なっていますが、このアダージオの振付は基本的に共通しています。

(注3)ここではライト版とヌレエフ版を取り上げましたが、日本のバレエ団が上演する『くるみ割り人形』のバージョンでも、このアダージオの後半にはスウィングが入ることが多いです。

(注4)このアダージオで男性が女性をリフトしたまま行う水平回転は、数歩のステップを踏んで行うもので、ピルエットではありません。また回転の回数は、演ずるダンサーによって異なります。

(発行日:2023年12月25日)

次回は…

第54回は特別回として、筆者の愛するケネス・マクミランのパ・ド・ドゥを紹介します。彼の振付けた『ロミオとジュリエット』と『マノン』に登場するパ・ド・ドゥのスーパーテクニックの数々を解説する予定です。発行予定日は2024年1月25日です。どうぞ良い年をお迎えください。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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