文/海野 敏(舞踊評論家)
第54回 マクミラン作品のパ・ド・ドゥ美技(1)
■『ロミオとジュリエット』の「バルコニーのパ・ド・ドゥ」
この連載は、バレエの素晴らしいテクニックを1回に1種類ずつ取り上げて解説しています。しかし例外的に、第40回は「マクミラン作品のリフト」と題し、一人の振付家に焦点を合わせて紹介しました。なぜかというと、筆者にとってケネス・マクミランは特別な振付家だから、つまり《推し》だからです。
登場人物の歓喜、憎悪、絶望のような激しい感情を振付で表現する点で、マクミランのパ・ド・ドゥは傑出しています。そこで今回と次回は、再びマクミラン作品に焦点を合わせて、パ・ド・ドゥの美技をたっぷりと解説します。
今回紹介するのは、マクミランの代表作『ロミオとジュリエット』第1幕の最後を飾る「バルコニーのパ・ド・ドゥ」です。プロコフィエフの音楽は、序奏を含めると約9分半。ダンサーが舞台に登場してから幕が下りるまではおよそ8分間で、その構成は次の通りです。
パートⅠ…2人の登場と踊り始め(約2分)
パートⅡ…ロミオのソロ(約1分)
パートⅢ…2人の追いかけっこと睦み合い(約2分半)
パートⅣ…ジュリエットのソロからキスまで(約2分)
パートⅤ…エンディング(約30秒)
パートⅠは、ジュリエットがバルコニーに現れるところから、彼女がバルコニーから下りてロミオと対面するまでです(注1)。パートⅡは、ロミオが勢いよくソロを踊り、それをジュリエットも舞台を移動しながら眺めている場面です。パートⅢは、二人が追いかけ合い、組み合って、マクミランの独創的な造形を次々と披露するところです。パートⅣは、ジュリエットの軽やかなソロから、二人がついにキスをするところまで。そしてパートⅤは、ジュリエットがバルコニーに戻って幕が下りるまでです。
「起承転結」に当てはめるならば、パートⅠ・Ⅱが「起」、パートⅢが「承」、パートⅣが「転」、パートⅤが「結」です。なお、これは筆者が鑑賞のために設定した独自の区分であり、音楽的な指標に基づいたものではないことをお断りしておきます。
■「うねり」のパ・ド・ドゥ
このパ・ド・ドゥのキーワードは「うねり」です。まずプロコフィエフの音楽が何度も起伏を繰り返します。具体的には、オーケストラの演奏の音量が上がっては下がり(クレッシェンドとデクレッシェンド)、音程が上昇しては下降し、時にテンポも減速しては元に戻ります(リタルダンドとア・テンポ)。
マクミランの振付も、8分間で何度も起伏を繰り返します。それは二人の恋心が、少しずつうねりながら高まってゆく様子を見事に描写しています。具体的には、二人は離れては近づき、舞台上を縦横に移動しては立ち止まって寄り添います。また、細かな足さばきとダイナミックな回転・跳躍が交互に現れます。そして、込み上げる情念のうねりが頂点に達したところで二人は口づけを交わし、ジュリエットは恍惚の表情でバルコニーへ帰ってゆくのです。
恋人たちの感情の起伏、パトスの波を表現するため、マクミランの振付は構成も造形も極めて巧みです。それではパートⅢとパートⅣについて、テクニック鑑賞のポイントを解説しましょう。
■フォール、スウィング、リフト
パートⅢは、ジュリエットがロミオに駆け寄り、サポート付きのピルエット・アン・ドゥオール(第42回)で数回転するところから始まります。小さなリフトの後、ジュリエットはロミオの片腕に支えられて、右と左へ大きく2回倒れ込みます。つまり「フォール」です(第50回)。フォールは自分の体重を相手にすべて委ねる動きであり、ジュリエットの思いの深さを表わすと同時に、その上下の動きがうねりの表現となります。
この後の、ジュリエットが恋の悦びを全身で表現する美しいリフトは、第40回に紹介しました。彼女がロミオの背中に仰向けに乗り、ロミオの移動に合わせて、左脚を大きく開閉、屈伸させるリフトです。音楽は、金管楽器の響きが印象的な箇所です。リフトから降りた後、ジュリエットはサポート付きプロムナード(第45・46・47回)で1周し、弦楽器の音のうねりが高まるところで、大きくフォールしながら二人はしっかり抱き合います。
しばらく後、ロミオがジュリエットを横抱えしてスウィングし(第52回)、すぐに下ろします。さらに、ロミオがジュリエットの手を引いて抱え上げてから、スウィングでぐるっと2回転するシークエンスが続きます。スウィングも、うねりを表現するための重要なテクニックです(注2)。
ジュリエットが逆立ちした状態でロミオの背中に乗り、数秒間静止するリフトも、第40回に紹介しました。このリフトまでがパートⅢの前半です。パートⅢの後半は、ロミオがジュリエットを逆立ちリフトから下ろし、お姫様抱っこをするところから。
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- 英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』より第1幕。ローレン・カスバートソン演じるジュリエットと、フェデリコ・ボネッリ演じるロミオのバルコニーのパ・ド・ドゥです。ジュリエットがロミオに駆け寄る1分5秒から、パートⅢの前半までのシークエンスを見ることができます。
パートⅢの締めくくりは、両膝を床に突いたロミオが、ジュリエットの少し反らせた身体を水平に保って差し上げるリフトです。このリフトも第40回に紹介済みですが、ロミオがしゃちほこのポーズのジュリエットを3度上下させる動作は、ジュリエットの全身の動きも合わせて、寄せては返す波そのもののような振付です。
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- 英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』より第1幕。ジュリエットをアンナ・ローズ・オサリヴァン、ロミオをマルセリーノ・サンベが演じています。映像の冒頭から1分24秒までパートⅢの後半の振付を見ることができます。異なるカップルによるバルコニーのパ・ド・ドゥをぜひお楽しみください。
■「うねり」は続く、どこまでも
パートⅣは、ジュリエットが床に座っているロミオの周りを巡るようにソロを踊り、それをロミオが眺めているところからです。曲調が軽快になり、木管楽器が16分音符で上下動して、ヴァイオリンの主旋律を飾ります。
ロミオが跪いたままジュリエットを支えるシークエンスも、独創的で美しい振付です。ジュリエットがロミオへ背中向きに少しだけ倒れかかり、大きく背を反らした後、彼女はくるっと半回転してロミオと向かい合い、ゆっくりと彼へ向かってフォールします。跪いたままのロミオがジュリエットを優しく押し返すと、ジュリエットはアラベスクのポーズになり、また再び大きくフォールすると、再びロミオがジュリエットを押し上げます。つまりジュリエットの身体はゆっくり「下がる→上がる→下がる→上がる」と動きます。これも大きくうねる波のような印象を与える場面です。
ロミオは立ち上がり、ジュリエットにキスしそうになるのですが、ジュリエットは恥ずかしがって後ろへ数歩下がります(注3)。しかし、そのすぐ後、ジュリエットはロミオへ向かって跳び込み、それをロミオが受け止め、そのまま腰を両手で支えてリフトし、スウィングで2回転します。この箇所のダイヴ・アンド・キャッチ(第51回)は、女性が背中から跳び込むという点で難度が高い。そしてこの「ダイヴ・アンド・キャッチ→スウィングで2回転」のシークエンスは、もう一度繰り返されます。
パ・ド・ドゥのクライマックスは、パートⅣの最後のキスです。少し離れて立って見つめ合った後、ロミオがゆっくりとジュリエットへ歩み寄り、ロミオがジュリエットの腰に手を回すと、ジュリエットはすっとオン・ポアント(つま先立ち)になり、ロミオは軽くフォールする彼女を支えながら唇を寄せます。この時、ジュリエットの両手がロミオの身体を触ることなく、空中に所在なく上げられたままなのが、何とも言えない愛らしさを感じさせます。
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- 英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』より第1幕。ジュリエットをヤスミン・ナグディ、ロミオをマシュー・ボールが演じています。映像の冒頭からパートⅢとパートⅣの流れを見ることができます。最後の幕切れまでどうぞお楽しみください。
(注1)この2分間は、20世紀に誕生した多数の物語バレエの中でも屈指の名場面だと思います。舞踊のテクニックは難しくありませんが、ダンサーの演劇的技量が問われます。この場面のアレッサンドラ・フェリの傑出した演技について、いつか詳述したいと考えています。
(注2)パートⅢには、軽いスウィング、小さなフォール(寄りかかり)が多数登場しますが、本稿ですべては紹介できません。是非動画を(できれば生の舞台を)ご覧下さい。
(注3)今回、多数の映像で「バルコニーのパ・ド・ドゥ」を検証したのですが、この場面でジュリエットが後ろに下がるのではなく、ロミオが下がるパターンもありました。しかし、マクミランの当初の振付は前者ではないかと推測しています。
(発行日:2024年1月25日)
次回は…
第55回は、マクミラン振付『マノン』のパ・ド・ドゥについて解説する予定です。発行予定日は2024年2月25日です。
- 【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
- http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html
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