バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 踊る
  • 知る

【第55回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーマクミラン作品のパ・ド・ドゥ美技(2)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第55回 マクミラン作品のパ・ド・ドゥ美技(2)

■『マノン』の4つのパ・ド・ドゥ

今回はケネス・マクミラン振付の『マノン』より、2つのパ・ド・ドゥを紹介します。『マノン』は、18世紀フランスの長編小説『騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語』を原作とした全3幕のバレエで、1974年、英国ロイヤル・バレエが初演しました。主役のマノンとデ・グリューは、長めのパ・ド・ドゥを4回踊ります(注1)

第1幕第1場「出会いのパ・ド・ドゥ」
第1幕第2場「寝室のパ・ド・ドゥ」
第2幕第2場「腕輪のパ・ド・ドゥ」(2度目の寝室のパ・ド・ドゥ)
第3幕第3場「沼地のパ・ド・ドゥ」

この中から、束の間の平安と幸せが描かれる「寝室のパ・ド・ドゥ」と、衰弱したマノンが死んでゆく様子を描いた「沼地のパ・ド・ドゥ」について、マクミランが仕掛けた美技の数々を解説します。

■「寝室のパ・ド・ドゥ」の構成

「寝室のパ・ド・ドゥ」は第1幕第2場冒頭の踊りで、駆け落ちをして、パリで幸せな同棲生活をしている場面です。約5分間のパ・ド・ドゥを、4つのパートに分けて説明しましょう。

パートⅠ…マノンがベッドから起き上がり二人で踊り始めるまで(約1分)
パートⅡ…マノンがいったんベッドの傍へ戻るまで(約1分)
パートⅢ…マノンが再びベッドの傍へ戻るまで(約1分)
パートⅣ…二人が横座りで抱き合うエンディングまで(約2分)

幕が上がると、上手にデスク、下手に天蓋付きベッドがあり、デ・グリューはデスクで手紙を書いていて、マノンはベッドで眠っています。パートⅠは、目覚めたマノンがベッドから降り、こっそりデ・グリューに近づいて、いたずらっぽく羽根ペンを取り上げる場面から。彼は椅子から立ち上がり、二人は舞台中央で戯れるように踊り、抱き合います。

■四肢を放射状に伸ばすポーズとスウィング

パートⅡ~Ⅳの見どころは、マクミランがデザインした「二人の四肢が放射状に伸びたポーズ」と「スウィング」(第53回)です。

パートⅡは、二人が互いにサポートし合うように見せるユニークな振付で始まります。まずデ・グリューが手を差し出し、マノンは彼にサポートされて回転して、上手向きのアラベスクになります。この時、男性は左手で女性の左手首を頭上で支え、女性の左脚と男性の右腕は下手斜め上へ、女性の両腕は上手斜め上へ伸びます。女性の左脚と男性の右腕が同じ方向に向くのがポイントで、デザインされた美しいポーズです。そして、このポーズに至るシークエンスを3回くり返します。

次はマノンがサポートする番です。マノンが手を差し出すと、デ・グリューは彼女にサポートされたかのように回転し(注2)、下手を向いたアラベスクになります。この時、女性は左手で男性の右手首を頭上で支えるように見せ、男性の左脚と女性の左腕は上手へ水平に伸び、男性の左腕が下手へ水平に伸びます。完全な対称ではありませんが、直前とは男女が入れ替わった動きになっています。このポーズに至るシークエンスも2回くり返します。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『マノン』より第1幕。マノンをタマラ・ロホ、デ・グリューをカルロス・アコスタが演じています。パートⅠからⅢの冒頭までを観ることができます。

パートⅢは、マノンがいったん下手のベッドのところに戻ったところから。二人は再び近づき、マノンは全身を伸ばした姿で、デ・グリューに支えられながら背中向きに床まで大きく倒れ込みます。つまり「フォール」です(第50回)。

デ・グリューは床に膝を突き、マノンがアラベスクになるのを支えた後、右肩にマノンの腰を乗せて立ち上がります。この時のショルダー・リフト(第36回)も「二人の四肢が放射状に伸びたポーズ」になっています。女性の右腕は下手斜め下へ、そして女性の左腕、両脚、男性の左腕は、それぞれ角度を変えて上手斜め上へ伸びます。さらに女性が肩から降り、男性が腰の位置で支える低いリフトでも、男性が前へ伸ばしたア・テールの右脚を含めて、二人の四肢が放射状に並びます。

パートⅣは、二人が熱くキスを交わして、マノンが再びベッドのところに戻ってから。感情がほとばしるように女性の回転技が連続し、二人は舞台を駆け回りながら踊ります。特に印象に残るのは、デ・グリューがマノンを振り回す数種類のスウィング(第53回)でしょう。身体を丸めた女性を男性が抱え上げたままぐるぐる回ったり、思い切り傾いてオフ・バランスの状態の女性を右つま先を支点にして振り回したり、ダイヴ・アンド・キャッチ(第51回)から女性をハイ・リフト(第35回)したまま回転したりします。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『マノン』より第1幕。マリアネラ・ヌニェス演じるマノンと、フェデリコ・ボネッリ演じるデ・グリューの寝室のパ・ド・ドゥです。映像の冒頭から、4つのパートすべてを観ることができます。

なお、第40回「マクミラン作品のリフト」では、パートⅣに登場する「上方へ伸びたデ・グリューの左腕とマノンの左腕と下方へ伸びたマノンの両脚が、連動して開閉するように動く振付」を紹介しました。このユニークな振付にも、二人の四肢が放射状に伸びたポーズが組み込まれています。

■「沼地のパ・ド・ドゥ」の構成

第3幕第3場、序曲が始まると、ニューオリンズの刑務所から脱走し、逃げまどった二人が登場します。デ・グリューはふらつくマノンを支えながら舞台中央まで進み、彼女を抱き下ろします。すると、それまでの登場人物の幻覚が次々に現れて、マノンを苦しめます。

「沼地のパ・ド・ドゥ」が始まるのは、序曲の演奏開始から約3分後です。約5分間の踊りは3つのパートに分けることができ、振付は次第に激しくなってゆきます。

パートⅠ…横たわった2人が立ち上がる前まで(約1分)
パートⅡ…最初のハイ・リフトから下りるまで(約1分半)
パートⅢ…マノンの息が絶えて幕が下りるまで(約2分半)

パートⅠは、ティンパニーが低音を連打し、金管が悲劇的なメロディーを鳴り響かせ、シンバルが打ち鳴らされて始まります。まず仰向けに横たわったデ・グリューが、腕を上げてマノンを持ち上げ、マノンは左腕と左脚を斜め上に伸ばす苦悩のポーズをします。

再び幻覚が現れた後、デ・グリューが仰向けに横たわったマノンの上で、彼女と同じように腕を斜め上に伸ばすポーズをします。そして仰向けになってマノンを持ち上げ、マノンは同じ苦悩のポーズをもう一度した後、180度回転し、仰向けになった苦悩のポーズをします。まだ二人は立ち上がってさえいません。

■ドラッグとトス・アンド・キャッチ

パートⅡは、ようやく二人で立ち上がったところから。よろめくマノンは何度もデ・グリューへ倒れかかりながら(フォール)、最後の力を振り絞って踊ります。このパートは男性が女性を引きずる動きが特徴的。この動きにも専門的な名前がないので、筆者は「ドラッグ」(drag)と名付けています(注3)

最初のドラッグでは、マノンが両脚を揃えてつま先を伸ばしたポーズでデ・グリューへ倒れ掛かり、彼が彼女を抱えて引きずります。そしてスウィング、フォール、ピルエット、デヴェロッペ・ア・ラ・スゴンド(第26回)などの美技を畳みかけた後、背と頭を大きく反らせて両腕を脱力し、両脚を一直線に開いてスプリットのポーズになったマノンをデ・グリューが引きずります。この2度目のドラッグに続いて、シンバルの音のタイミングで最初のハイ・リフト(第35回)が披露されます。

パートⅢの約2分半は、トス・アンド・キャッチ(第52回)が見どころとなります。マノンがよろめきながらデ・グリューへ駆け寄ると、ダイヴ・アンド・キャッチ(第51回)からのトス・アンド・キャッチで、マノンは空中で体軸を中心にくるっと回転し、さらにスウィングで大きく振り回されます。この「駆け寄ってダイヴ→キャッチしてトス→空中回転→キャッチ→スウィング」のシークエンスを、もう一度くり返します。

★動画でチェック!★
パリ・オペラ座バレエ『マノン』より第3幕。ドロテ・ジルベール演じるマノンと、ユーゴ・マルシャン演じるデ・グリューの沼地のパ・ド・ドゥです。パートⅡからⅢのリフトの前まで観ることができます。

この後、マノンがデ・グリューの背中に乗って身体を仰向けに倒し、両脚を一直線に開いたスプリットのポーズで頭を真下へ向け、「T字」または「Y字」のポーズになります。このユニークなリフトは、第40回に紹介しました。そして、マノンの深いフォールと、デ・グリューによるマノンの大きなスウィングがくり返され、ついには「駆け寄ってダイヴ→キャッチしてトス→空中回転→キャッチ」で、マノンは息絶えます(注4)

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『マノン』より第3幕。マノンをサラ・ラム、デ・グリューをワディム・ムンタギロフが演じています。パートⅡからⅢまでの一連のシークエンスを観ることができます。異なるカップルによる沼地のパ・ド・ドゥをぜひお楽しみください。

1990年代の思い出ですが、初めて「沼地のパ・ド・ドゥ」を鑑賞した時には、衰弱した女性をこれほど激しく踊らせる振付に驚きました。瀕死の恋人を放り上げて回転させるなど、非現実的です。しかし、この荒々しい振付は、八方塞がりの境遇に陥った二人の悲痛な叫びを表現しており、悲劇のクライマックスとしてのリアリティがあります。ロウソクが消える間際に大きく燃え上がるような、死の瞬間を捉えた凄絶なバレエと言えるでしょう。私がマクミランを振付の天才と呼ぶ所以です。

(注1)この他にも、高級娼館で再会した二人が踊る場面(第2幕第1場)などがありますが、特に見せ場となるパ・ド・ドゥは4つです。

(注2)女性は男性の手首をほんとうに握ることはせず、軽く触れるようにするだけです。それゆえ「二人が互いにサポートし合うように見せる」、「サポートされたかのように回転」と表現しました。

(注3)このドラッグは「寝室のパ・ド・ドゥ」のフィニッシュでも使われています。デ・グリューが全身をつま先まで伸ばしたマノンを押しやるようにスライドさせ、横たわったマノンの手を引き、ドラッグして抱き寄せるシークエンスです。しかし、このドラッグをせずに抱き寄せるだけの主役ペアも少なくありません。

(注4)女性が片手を天へ伸ばしたポーズになったところを男性が抱え上げ、直後に女性が脱力して息絶えるシークエンスは、『ジゼル』第1幕と同じです。

(発行日:2024年2月15日)

次回は…

第56回は、いよいよ「パ・ド・ドゥ編」の最終回です。パ・ド・ドゥのフィニッシュのポーズについて解説します。発行予定日は2024年3月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

\NEWS!/

本連載の著者・海野敏さんによる書籍が発売されました! ルネサンス期イタリアから21世紀まで、バレエという舞台芸術の600年を通覧する内容です。

『バレエの世界史:美を追求する舞踊の600年』
海野敏=著
中央公論新社 2023年3月(中公新書2745) 940円(税別)
★詳細はこちら

【こちらも好評発売中!】

オーロラ、キトリ、サタネラ、グラン・パ・クラシック、人形の精……等々、コンクールや発表会で人気の 30 のヴァリエーションを収録。それぞれの振付のポイントを解説しています。バレエを習う人にも、鑑賞する人にも役立つ内容です。ぜひチェックを!


『役柄も踊りのポイントもぜんぶわかる! バレエ♡ヴァリエーションPerfectブック』
海野敏=文  髙部尚子=監修
新書館 2022年3月
★詳細はこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

もっとみる

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ