2024年2月2日、ベジャール・バレエ・ローザンヌ財団の評議会は、同バレエ団芸術監督のジル・ロマン氏の解任を発表しました。
今年1月のベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)パリ・オペラ座公演の初日、ロマン氏は同団の元プロダクション・ディレクターを公演および終演後のレセプションに招待。この人物は2021年の監査で「セクシャル・ハラスメントにあたる言動があった」と即時解雇されており、ロマン氏の今回の行為は「不適切であり、ダンサーに対して耐え難いもの」として、ロマン氏の雇用契約は2024年4月30日をもって終了するとの決定がなされました。
この件について、BBLの元ダンサーで現在はバレエマスターを務める小林十市さんから、事の経緯と自身の思いを綴った原稿が寄せられました。
小林十市さんは私たちバレエチャンネルの大切な著者です。
いっぽうで本件は社会性の高い問題であり、メディアとしてどのように取り扱い、何を掲載するかについては慎重であるべきだと認識しています。
しかし私たちはバレエ・ダンスのための専門メディアです。バレエやダンスを愛する人たちに、現場で何が起こっているかを自分の言葉で伝えたい、マスメディアの報道だけでなく自分たちの話も聞いてほしいと声を上げたアーティストの思いを届けることも、私たちの使命だと考えます。
バレエチャンネル編集部
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頭の中が真っ白になった……ジルがクビって!?
なぜそんなことが可能なのか? 誰がそんなことを決められるのか?
2021年にBBLに監査が入った時に、当時のプロダクション・ディレクター(日本語だと制作部長?)がセクハラで訴えられ、彼が有罪とされた刑罰を執行するため解雇されました。でも結果的に証拠不十分だったため「有罪」は取り消され、刑罰も執行停止になったわけです。それから3年という時が経ち、ジルは彼をパリ公演の初日に招待しました。それはジルの優しさから出た行為で、終演後のレセプションにも呼んだわけですが、新聞では「ダンサーたちは、そこにセクハラで訴えられた元制作部長がいることに驚きを隠せず、まるで事件が起こったかのように振舞った……」と報じられ、その理由で、ローザンヌ市の組合員でベジャール・バレエ・ローザンヌ財団の副理事長であるグレゴリー・ジュノ(Grégoire Junod)がジルを芸術監督解任に追い込んだわけです。でも、その記事にあるダンサーたちのリアクションは嘘なんです。みんな普通に接していたんです。(まあ内部告発があったから今回のことになったのか……)
昔からジルを快く思っていない財団理事らがいて、ここぞとばかりに、この不合理な理由で攻撃した。もう思いっきり不当解雇だと、僕は思っています。
ジルは20世紀バレエ団の時代から45年間も、バレエ団に彼のすべてを捧げてきた人です。
ベジャールさんが亡くなってからもベジャール・バレエが続けてこられたのは、ジルだったからです。本来ならばそこを評価されるべきで、こんな形で終止符を打つなんてあり得ない!!
ジルは根っからの芸術家で、仕事に(踊りに)専念しない人が嫌いです。口ばかりで行動しない人が嫌いです。そんなジルは敵が多かったのは確かです。監査が入った時も、匿名でジルを悪く言う人はたくさんいました。でもそれは僕の目から見れば、踊りに真摯に向き合っていなかった人たちであり、フラストレーションが溜まって出て行った人たちであり、ジルに嫉妬をして彼を引き降ろそうと企てていた人たちです。
ベジャールさん亡き後、ジルはずっと闘ってきました。バレエ団を向上させ、作品を守るために。そして実績を積んで成果を上げ、今のバレエ団にしてきたのに……。
財団の理事たちは、踊りのことを、我々の職業を理解していないと思う。
彼らは彼らの判断が大きな間違いだったことに気がつくでしょうか?
4月末までがジルの芸術監督としてのリミットです。
45年間のキャリアが1日で崩れ、あと3ヵ月間で出ていけと……。(これも早まりそうな動きがあり、ジルは昨日から更衣室にある荷物をまとめています……)
僕の妻のクリスティーヌは新聞へ彼女の想いを投稿しました。ダンサーたちからも声が上がるべきですが、みんな困惑していて、行動に移せずにいます。僕も数日間、どうして良いのかわからず、動悸が激しくなったり(不整脈?)眠れなかったりと、調子を崩していました。
ジルがいなくなるって現実味がないし、それくらいショックな出来事なんです。
先日『わが夢の都ウィーン』の稽古で、ジルがあるダンサーに「音楽をよく聴いてごらん。フレーズの始まりから次の間までに動いて行くと、その次のフレーズの頭からの動きに膨らみが出るだろう?」と指示すると、そのダンサーの踊りが変わったんです。深みと奥行きのある柔らかい動きに。それはステップを教えるのとは全然違う指摘でした。聞いていると「ああ、そうか」とは思うけど、的確にそういう指示を出すことは誰にでもできるわけじゃない。僕も見ていてすごく勉強になりました。
ジルが不在になって、これからどうすれば良いのか?
ジュリアン(・ファヴロー)が芸術監督代行として選ばれました。(ジル解任と発表されて、あっという間に。前々から決まっていたのか?)
ジュリアンも20年以上ベジャール・バレエで踊ってきていて、いろいろな経験を積んでいるダンサーです。ジルがこういう形で辞めてしまって、ジュリアンも大変だと思うけど。
ベジャール作品は、形だけ教えても、その意味合いを一緒に教えて稽古していかないとどうにもならない。僕はいくつかの作品ならそれができると思うけど、ジルのようにすべてとまではいかないし、今いる芸術スタッフも同じなんじゃないかと思うし、非常に難しい問題ですこれは。
今って、わりと入団してすぐにいろいろ踊れちゃう時代で、いくらジルが丁寧に説明しても、なかなか理解されず、深みのない表面的な踊りになっちゃう人もいるんですよね。それは自分がこのバレエ団に戻ってきて感じたことです。
ベジャール作品よりも、今いるダンサーたちのために振付けられたジル作品のほうが、パワーがあって生き生きとしている。そんなジル作品が、4月に予定されている中国ツアーで取り止めになりました。ジルの解雇記事が出たその日に。普通ならジルのとった行動に対してまずは注意を行うか、あるいは財団理事との話し合いが最初にあるべきなんですが、それをすっ飛ばしての一方的な解雇劇だったわけです。ジルを悪者にして……。
海外のある新聞では、ジルがセクハラをしたと書かれているのもあったようですが、それはまったくの嘘です。僕は彼にそんな汚いイメージで辞めてもらいたくないわけです。もちろん、日本のファンのみなさんはジルのことを信じているでしょうし、20世紀バレエ団からの歴史も一緒に観てきた人たちが多くいらっしゃると思います。なので、ジルをサポートしてほしいし、声を上げて彼の業績を讃えてほしい。
「財団」って2つあるんです。
ローザンヌ市の組合が運営している「ベジャール・バレエ・ローザンヌ財団」と、ベジャールさんの作品とその著作権管理をしている「モーリス・ベジャール財団」の2つ。ジルはベジャールさんの遺言どおり、後者の財団(ベジャール作品を管理する財団)のトップです。著作権は彼個人のものでは無いけども、どの作品の上演をどこのバレエ団に許可するか、指導者は誰にするか等の決定権は、ジルが持っているんです。なので今後、ジルは自分自身を指導者として外のバレエ団へ送り、指導すればよいのではないかと思います。バレエ団というプレッシャーから解放されて。
僕はそのポジションがジルから奪われないように祈っています。
ジルは一応弁護士を雇っていますけど、どうなるかわからないと……。
あと、新聞ではジルがBBLからベジャール作品を取り上げる!?!というようなことも書かれていたらしいのですが、これも嘘です。
正直、バレエ団の空気は重いです。来週から公演があるのに、ジルの作品もあるのに、ジルは来るのか? どうなのかわかりません。
こんな精神状態で踊るダンサーたちもかわいそうですが、何より誰よりも一番つらいのはジルだと思います。
ジルが決めてきたツアーや演目とか、今後どうなるのか?
中国側がしたように、ジル作品の拒否や、ツアーのキャンセルなどもあり得るのか?
分からないことだらけです。
日本のみなさまに今の状況をわかっていただくため、そして今後のジルをサポートしていただきたくて、文章にしました。
僕はジルと一緒に踊り、退団した僕のことも彼はずっと気にかけてくれました。そして今はバレエマスターというポストに付き、ジルの手助けをしていたのに……。
どうすんだよ! 俺!?!
お読みいただきありがとうございます。
今後、ジルに関して良いニュースがあることを心から祈るばかりです。
2024年2月9日 小林十市