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【第36回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーショルダー・リフト

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

36回 ショルダー・リフト

■女性が肩に乗るリフト

前回前々回に続いて「ポーズを見せるリフト」、すなわち男性が女性を持ち上げて静止し、女性のポーズを印象的付けるリフトを紹介します。今回取り上げるのは「ショルダー・リフト」(shoulder lift)=女性が男性の肩に乗るリフトです。

肩への乗り方はいろいろありますが、クラシック・バレエでは片方の肩に、①お尻で肩に座るか②おなか側を肩に乗せて俯せで体を伸ばすか③背中側を肩に乗せて仰向けになるか、3つのパターンが基本です。④片方の肩を跨いで座るパターンもありますが、クラシック・バレエでは、あまり見ることがないでしょう。また、いわゆる「肩車」も「肩に乗っている」と言えますが、子役ダンサーを大人がかつぐ場面や、道化のようなキャラクターの踊りで見ることはありますが、クラシック・バレエの主役の踊りにはありません。

それでは早速、古典全幕作品に登場するショルダー・リフトを紹介しましょう。

■ショルダー・シット

女性が男性の肩にお尻で座るショルダー・リフト(上記①)は、「ショルダー・シット」(shoulder sit)と呼ばれます。『パキータ』第2幕の「グラン・パ」は、主役であるパキータとリュシアンのアダージオに、ショルダー・シットが2度登場します。アダージオの中盤、リュシアンがパキータを自分の肩に座らせると、パキータは前方の脚をアティテュード・ドゥヴァンにし、両腕をアン・オーにして微笑みます。さらに男性が女性を肩に乗せたまま左右にゆっくり向きを変えるのに合わせて、女性も腕のポジションを変えてポーズを作ります。そしてアダージオのフィニッシュもショルダー・シットです。2人の結婚パーティーにふさわしい華やかなリフトです。

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『パキータ』第3幕の「グラン・パ」よりアダージオです。ナタリア・エルショワとセルゲイ・ポルーニンによる一連のリフトは、2分40秒と4分40秒でそれぞれ見ることができます。

『ライモンダ』第3幕では、同じく主役の結婚パーティーに、ショルダー・シットが繰り返し登場します。まず、ライモンダとジャンのアダージオが始まってまもなく、主役2人だけでなく、周囲のソリストの男女8組も一斉にショルダー・シットのポーズになります。パキータと同様、女性の前方の脚はアティテュード・ドゥヴァン、両腕はアン・オーです。次に、いったん女性が下りた後、もう一度全9組がショルダー・シットになるのですが、今度は女性は前方の脚の膝を折り、両腕は左右に伸ばし、そこから「アティテュード・ドゥヴァン+アン・オー」のポーズへ変化します。さらにアダージオのフィニッシュでは、主役の組だけがショルダー・シットとなり、ライモンダは右手を頭の後ろ、左手を腰にそえるハンガリアンのポーズを決めます。

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マリインスキー・バレエ『ライモンダ』第3幕より。ライモンダはヴィクトリア・テリョーシキナ、ジャン・ド・ブリエンヌはザンダー・パリッシュ。主役を含む全9組が一斉に行う一連のショルダー・シットは1分05秒あたりから。壮観です。

『くるみ割り人形』第1幕第2場、クララとくるみ割りの王子のパ・ド・ドゥは、振付が無数に存在していますが、パ・ド・ドゥのフィニッシュがショルダー・シットとなる振付があります(注1)。なかでも日本でよく知られているピーター・ライト版『くるみ割り人形』では、クララが王子の肩に揃えた両膝を曲げて乗るポーズが、可愛らしくて印象的です(注2)

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英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』第1幕より。アナ・ローズ・オサリバン演じるクララとマルセリーノ・サンベ演じる王子の息の合ったショルダー・シットは2分55秒からです。

■その他のショルダー・リフト

女性が男性の肩におなか側を乗せて(上記②)体を反らせるリフトは、「青い鳥のリフト」(bluebird lift)と呼ばれています。『眠れるの森の美女』第3幕、「青い鳥のパ・ド・ドゥ」で有名なリフトだからです。このパ・ド・ドゥのアダージオは、中盤にはショルダー・シットも登場しますが、フィニッシュの直前で「青い鳥のリフト」を行います。青い鳥の肩に乗ったフロリナ王女が、前方に伸ばした両手を音楽に合わせて交互に翻すのが特徴的です。両手の動きは鳥の羽ばたきを想起させます。

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ミラノ・スカラ座バレエによるルドルフ・ヌレエフ版『眠れる森の美女』より「青い鳥のパ・ド・ドゥ」の映像です。フロリナ王女はヴィットリア・ヴァレリオ、青い鳥はクラウディオ・コヴィエッロ。「青い鳥のリフト」は2分34秒あたりから。ショルダー・リフトに入る動きの滑らかさ、青い鳥の肩に乗ったフロリナのポール・ド・ブラの愛らしさをご覧ください。

『ラ・バヤデール』第1幕、ニキヤとソロルの最初のパ・ド・ドゥ(注3)が終わってまもなく、ソロルがニキヤに愛を誓う場面では、ニキヤがソロルの胸へ跳び込んで、そのまま青い鳥のリフトになります。ニキヤはソロルの肩の上で、両腕を天に向かって伸ばし、愛の高揚感を表現します。ニキヤに片想いしている大僧正が2人の密会を覗き見てしまうシーンです。

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ボリショイ・バレエ『ラ・バヤデール』第1幕、ニキヤとソロルのパ・ド・ドゥの映像です。ニキヤ役はスヴェトラーナ・ザハーロワ、ソロル役はウラディスラフ・ラントラートフ。青い鳥のリフトでふたりの感情が盛り上がるその瞬間、背後には大僧正が……。

20世紀の古典全幕作品、マクミラン振付の『マノン』は、アクロバティックなリフトが満載の作品ですが、今回は珍しいタイプのショルダー・リフトを紹介します。第3幕「沼地のパ・ド・ドゥ」の後半、ショルダー・シットが登場するのですが、このときマノンは背中を丸めて膝を抱えた姿勢で、デ・グリューの肩を跨いで座ります(上記④)。2人の煩悶、苦悩、絶望感が伝わるポーズです。続けて、瀕死のマノンは頭を真下に向け、両脚をスプリットした姿勢で、背中側をデ・グリューの肩に乗せて(上記③)逆さになります。息詰まるような緊張感のある激しいリフトが連続するパ・ド・ドゥです(注4)

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』第3幕より「沼地のパ・ド・ドゥ」。サラ・ラム演じるマノンとワディム・ムンタギロフ演じるデ・グリューのショルダー・リフトを見ることができます。上記➃のリフトは2分10秒、上記③のリフトは2分15秒から。

(注1)このパ・ド・ドゥは、第34、35回に紹介した各種のハイ・リフトがフィニッシュになることも多いです。

(注2)ピーター・ライト版『くるみ割り人形』は、英国ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団、オーストラリア・バレエ団などがレパートリーとしています。

(注3)この場面の直前、ニキヤとソロルの最初のパ・ド・ドゥには、前回紹介した「プレーン・リフト」が登場します。

(注4)ケネス・マクミランの振付に現れる独創的なリフトについては、いずれ回を改めまとめて紹介したいと考えています。

(発行日:2022年7月25日)

次回は…

第37回は、「ポーズを見せるリフト」の最後の回として、「フィッシュ・ダイブ」(リプカ)を取り上げます。発行予定日は2022年8月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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