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【第37回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーフィッシュ・ダイヴ

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

37回 フィッシュ・ダイヴ

■水に飛び込む魚のポーズ

「ポーズを見せるリフト」の最終回として、古典作品のグラン・パ・ド・ドゥでの“決めポーズ”として有名な「フィッシュ・ダイヴ」(fish dive)を取り上げます。男性が女性の身体を脇に抱え、女性の頭が床近くまで低くなるポーズです。

名前の由来は、女性が頭を低く、脚を高くして身体を反らすポーズが、魚が水に飛び込む様子に見えるからと言われています。ただ、女性の身体を男性が抱える姿は、魚が水に飛び込むというよりは、男性が大きな魚を抱えているように見えます。実際英語でも「フィッシュ」とだけ、「ダイヴ」を付けずに呼ぶことがあります。フランス語では「パ・ポワソン」(pas poisson)、ロシア語では「リプカ」(рыбка)と言いますが、「ポワソン」も「リプカ」も「魚」という意味です。日本では、リプカという呼称もフィッシュ・ダイヴと同じぐらい普及しています。

リフトとして最も低いタイプですが、息の合ったパートナーシップとポーズを保つ十分な筋力がなければ美しく見えない、難しいリフトです。男性には、女性の全体重を腕と片脚の太ももで支える筋力が必要です。女性には、頭を低くしながら全身を反らして顔を上げるための強い背筋が求められます。フィッシュ・ダイヴを決めて、涼し気に微笑む主役男女の姿は、たいへんアピール力があって華麗です。

■さまざまなフィッシュ・ダイヴ

フィッシュ・ダイヴには、まず男性の支え方により、いくつかのパターンがあります。男性が①両腕で女性の身体を支える②片腕で女性の腰を支えて反対の腕を宙に伸ばす③両腕ともに宙に伸ばすのが、基本の3パターンです。①、②、③の順に難しくなります。男性が両手を放す③を初めて見た方は、一体どうやって女性の身体を支えているのか不思議だと思いますが、女性が男性の背中側に片脚を巻き付け、バランスを取って落ちないようにしています。

女性のポーズによっても、多くのパターンがあります。顔の方向は、しっかり上げて客席へ向けるパターンと、客席ではなく自分の前方へ向けるパターンがあります。両腕のかたちは、左右に広げるパターンと、両腕ともに自分の前方へ伸ばすパターンがあります。全身の角度とかたちは、水平に近い場合からほぼ垂直に近い場合まで、頭からつま先まで弓なりになる場合から真っ直ぐに近い場合まで、さらに全身の方向が舞台の上手向きか下手向きかなど、さまざまです。

フィッシュ・ダイヴへの入り方にも、さまざまなパターンがあります。古典作品でよく見るのは、①男性サポートによる女性のピルエットからフィッシュ・ダイヴへ入る②男性が女性を持ち上げるリフトから一気に下ろしてフィッシュ・ダイヴへつなげる③女性が男性に向かって跳び込み、男性がキャッチしてポーズへ至る、という3つのパターンです。なお、本連載ではフィッシュ・ダイヴを「ポーズを見せるリフト」に分類して紹介しましたが、舞台上でのフィッシュ・ダイヴは、直前の動きを含めて見どころであることは言うまでもありません。

■作品の中のフィッシュ・ダイヴ

フィッシュ・ダイヴと聞いて、まず『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥを思い出される方は多いでしょう。オーロラ姫と王子のアダージオは、締めくくりの決めポーズがフィッシュ・ダイヴです(注1)。通常、女性が真っ直ぐ垂直にジャンプして身体を伸ばした姿勢をそのまま男性が支えるリフトから、フィッシュ・ダイヴへつなげます。また、このアダージオでは、中盤の音楽が盛り上がるところにフィッシュ・ダイヴが入る振付もよく踊られています。男性サポートによる女性のピルエット・アン・ドゥダン連続回転からフィッシュ・ダイヴへ入るシークエンスを、舞台を斜めに進みながら3回繰り返す振付です。

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『眠れる森の美女』より第3幕のグラン・パ・ド・ドゥの映像です。香港ユース・バレエ・アカデミーの生徒ながら、しなやかなフィッシュ・ダイヴを披露しています(2分40秒からと、4分43秒から)。みずみずしいオーロラ姫を踊っているクリスティーナ・デ・ブランは、現在スウェーデン王立バレエで活躍しています。

『ドン・キホーテ』第1幕、街の広場でのキトリとバジルのパ・ド・ドゥも、アダージオの最後は、リフトからのフィッシュ・ダイヴで締めくくられることが多いです。キトリは頭を床近くまで低くしながら両腕を広げて顔を上げ、バジルと一緒に笑顔でフィニッシュを決める場面です(注2)。また、第3幕のグラン・パ・ド・ドゥのアダージオでも、中盤の音楽が盛り上がるところで、男性が女性を頭上高く持ち上げるリフトから、シンバルの「ジャーン」という音と同時に女性を一気に下ろしてフィッシュ・ダイヴへつなげる振付が定番です。このときのキトリは、フィッシュのポーズのまま、さらにアピールするように両腕を動かします。明るく陽気な『ドン・キホーテ』という作品に、華やかなフィッシュ・ダイヴはよく似合っています。

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牧阿佐美バレヱ団『ドン・キホーテ』より第1幕のキトリとバジルのパ・ド・ドゥ。アダージオの最後をリフトからのフィッシュ・ダイヴで締めくくっています。一連のリフトは4分50秒から見ることができます。
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英国ロイヤル・バレエ『ドン・キホーテ』より第3幕のグラン・パ・ド・ドゥです。マリアネラ・ヌニェス演じるキトリとワディム・ムンタギロフ演じるバジルの華やかなフィッシュ・ダイヴは4分42秒から。

『くるみ割り人形』第2幕、金平糖の精とくるみ割り王子のグラン・パ・ド・ドゥは、振付の種類が無数にあるのですが、コーダの最後にフィッシュ・ダイヴが披露される場合があります。その場合、女性が男性へ向かって駆け寄り、跳び込んでポーズへ至る、スリリングでダイナミックな振付を比較的よく見ます(注3)

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英国ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』より第2幕の金平糖の精とくるみ割り王子のグラン・パ・ド・ドゥ。映像はピーター・ライト版で、フィッシュ・ダイヴをする振付です。3分50秒から一連のリフトを見ることができます。

『コッペリア』には、少し変わったフィッシュ・ダイヴが登場します。第3幕、「平和のグラン・パ・ド・ドゥ」のアダージオのラストでは、ヴァイオリンが美しいメロディーを奏でるゆったりとした曲調に合わせて、フランツがスワニルダの腰を支え、スワニルダがフィッシュ・ダイヴのポーズになるのですが(注4)、このとき男性と女性が逆の方向を向いています。通常のフィッシュ・ダイヴは、女性が手前で男性が奥ですが、男女の向きが逆なので、男性が手前で女性が奥になります。男性も女性も腕を自分の前方へ伸ばし、パ・ド・ドゥならではの優雅な造形でフィニッシュします。『ドン・キホーテ』などのフィッシュ・ダイヴと違って、落ち着いた趣きのあるフィッシュ・ダイヴです。

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英国ロイヤル・バレエ『コッペリア』より第3幕、「平和のグラン・パ・ド・ドゥ」のアダージオです。優雅なフィッシュ・ダイヴは4分3秒から。

(注1)ショルダー・リフトなど、ほかのポーズでフィニッシュする振付もあります。

(注2)アダージオのフィニッシュがフィッシュ・ダイヴでない振付もあります。その場合でも、アダージオの中盤で、女性のアラベスクを男性がリフトし、そこからフィッシュ・ダイヴのポーズを一瞬してアラベスクに戻るシークエンスが入る振付があります。

(注3)女性が男性へ飛び込んでフィッシュ・ダイヴをする振付は、例えばピーター・ライト版英国ロイヤル・バレエ、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、スターダンサーズ・バレエ団など)、三谷恭三版(牧阿佐美バレヱ団)、熊川哲也版(Kバレエ カンパニー)などの『くるみ割り人形』で見ることができます。

(注4)ほかのポーズでフィニッシュする振付も多いです。例えば、男性サポートによる女性のアティテュードでフィニッシュするなど。

(発行日:2022年8月25日)

次回は…

次回からは「動きを見せるリフト」を紹介します。第38回は「跳躍を引き立てるリフト」で、発行予定日は2022年9月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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