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【第38回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ー跳躍を見せるリフト(1)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

38回 跳躍を見せるリフト(1)

■動きを見せるリフト

多種多様なリフトを、ポーズを見せるリフトと動きを見せるリフトに大きく分類し、前回まで前者を紹介してまいりました。今回からは動きを見せるリフト、すなわち男性が女性を持ち上げることで、女性の動きを強調したり、いっそう美しく見せたりするリフトを紹介します。

まず紹介するのは、女性のジャンプする動きを引き立てて見せるリフトです。バレエの跳躍技は、本連載の第9回から第23回まででいろいろと紹介しました。後ほど全幕作品の中の例を挙げますが、いずれの跳躍技もリフトによって引き立てることができます。ソロでは実現できない高さやポーズに持ち上げるとか、ソロでは実現できないゆっくりとした跳躍に見せるとか、引き立て方はさまざまです。

女性が跳躍するときの男性の支え方には、いくつものパターンがあります。一番よく見るのは、①両腕で女性の腰を両側から支える方法です。そのほかに②女性の左右両方の脇の下を支える方法③片方の脇の下を支える方法④女性の手を握って引き上げる方法などがあります。

■白鳥の羽ばたきのリフト

筆者が跳躍を引き立てるリフトで真っ先に思い浮かぶのは、『白鳥の湖』第2幕、オデット姫と王子のアダージオです。ヴァイオリン独奏が美しいメロディーを奏でる音楽で、途中から転調してテンポが速くなり、2人の恋する気持ちがたかぶるかのような曲調に変ります。曲調が変わった冒頭、上昇するヴァイオリンの音に合わせて、男性は女性の腰を支えて高く持ち上げるリフトをくり返します。オデットのステップはシソンヌ・フェルメ(第23回)のような振付が多く、その場で垂直に高く飛び上がるように見せるリフトです。オデットはリフトされながら、両腕を横に開いて大きく上下させます。白鳥が羽ばたいて、少し空中へ浮き上がっては着地する動作を反復するかのような印象的なリフトです(注1)

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英国ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』第2幕よりオデット姫と王子のアダージオです。フランチェスカ・ヘイワードセザール・コラレスによる一連のリフトは、3分52秒から見ることができます。

同じアダージオの続く場面では、オデットが舞台を斜めに進むアラベスク・ホップ(第22回)を男性が支え、「アラベスク・ホップで4~6歩進んでからハイ・リフトをする」というシークエンスが2回連続します。ハイ・リフト(第35回)は「ポーズを見せるリフト」として紹介しましたが、この場面では、白鳥が小さく助走をして空中へ飛び上がったように見える振付になっています(注2)

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『白鳥の湖』第2幕よりオデット姫と王子のアダージオです。アラベスク・ホップとハイ・リフトは、4分50秒から見ることができます。

■精霊の浮遊を表わすリフト

『ジゼル』第2幕では、ミルタに命じられて踊るジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥで、跳躍を引き立てるリフトが頻出します。まず前半、男性が女性の腰を支えてゆっくり高く持ち上げながら移動するリフトは、死んでウィリになったジゼルが空中を浮遊するように見えます。また、女性が男性に腰を支えられてアラベスクをした後、男性が女性を低いリフトで前へ運ぶ振付は、ジゼルが空中をふわふわと移動するように見えます。ソロでは不可能なゆっくりした速度の跳躍をリフトで実現しているため、ふわりとした幻想的な感触になっています。

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英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』第2幕より。ナタリア・オシポワ演じるジゼルとカルロス・アコスタ演じるアルブレヒトのパ・ド・ドゥです。アラベスクをした女性をふわりと持ち上げるリフトは3分33秒から。

続く場面では音楽のスピードが速くなり、ジゼルとアルブレヒトが短いソロを踊った後に、小さく低い3、4回のリフトでジゼルが後方へ下がっていくシークエンスがあります。このときのジゼルの空中でのポーズは、手首を脱力させて両腕を前へ伸ばす、ウィリらしいポーズです。そのすぐ後には、垂直に高く持ち上げるリフトがくり返されて、ジゼルが大きく空中へ飛び跳ねるように見えます(注3)

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『ジゼル』第2幕より、ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥの映像です。ジゼル役はヤーナ・サレンコ、アルブレヒト役はダニール・シムキン。一連のリフトは5分40秒から観ることができます

さらにコーダの終盤、息も絶え絶えのアルブレヒトがミルタに助命を請いつつ踊るシーンでは、テンポの速い音楽に乗り、男性が女性のアラベスク・ホップを支える低いリフトを十数回繰り返して、ジゼルが舞台を「上手→下手→上手→下手」とジグザグに移動します。ジゼルが素早く低空飛行するように見える振付です。

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パリ・オペラ座バレエ『ジゼル』より第2幕、ミリアム・ウルド=ブラーム演じるジゼルとマチュー・ガニオ演じるアルブレヒトのパ・ド・ドゥの映像です。コーダの終盤のリフトは、1分24秒から観ることができます。

『ラ・バヤデール』第3幕ニキヤとソロルのパ・ド・ドゥにも、死んで精霊となったニキヤの跳躍を引き立てるリフトがたくさん出現します。まずアダージオの前半、男性が女性の手を頭上で握って引き上げることで、女性のジュテをサポートするリフトが入ります。コール・ド・バレエの踊りをはさんで続くアダージオの後半では、男性が女性の腰を支えて持ち上げながら移動するリフトがくり返されます。さらにコーダの後半では、ニキヤがリフトによるさまざまな跳躍で舞台を左右に移動します。ニキヤが、ソロではまずできない、両脚を5回以上入れ替えるアントルシャ(第15回)をする振付もあります(注4)

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パリ・オペラ座バレエ『ラ・バヤデール』より第3幕のリハーサル映像です。アマンディーヌ・アルビッソン演じるニキヤと、ユーゴ・マルシャン演じるソロルのパ・ド・ドゥを観ることができます。アダージオの前半のリフトは12分41秒から、アダージオの後半のリフトは16分48秒から。
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英国ロイヤルバレエ『ラ・バヤデール』より第3幕、ニキヤとソロルのパ・ド・ドゥです。ニキヤ役はマリアネラ・ヌニェス、ソロル役はワディム・ムンタギロフが演じています。こちらの映像では、コーダの後半のリフトを観ることができます。

(注1)女性の空中での動作は、両脚・両腕・頭の動きのどれも、バレエ団、ダンサーによって違いがあります。例えば、女性のステップがシソンヌ・フェルメではなく、グラン・パ・ド・シャのように見える振付もあります。

(注2)この振付も、アラベスク・ホップの回数、ハイ・リフトのポーズは、バレエ団、ダンサーによって微妙な違いがあります。

(注3)『ジゼル』のパ・ド・ドゥも、振付の基本的な流れは同じでも、個々のステップ、ポーズはバレエ団、ダンサーによって微妙な違いがたくさんあります。

(注4)1回の跳躍で両脚を5回入替える「アントルシャ・ディス」や、6回入れ替える「アントルシャ・ドゥーズ」などです。

(発行日:2022年9月25日)

次回は…

今回は白鳥と精霊のリフトを紹介しました。次回は「跳躍を見せるリフト」の続きとして、白鳥と精霊以外のさまざまな跳躍を引き立てるリフトを紹介します。発行予定日は2022年10月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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