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【第15回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究! -シャンジュマンとアントルシャ

海野 敏

文/海野 敏(東洋大学教授)

第15回 シャンジュマンとアントルシャ

■シャンジュマンとアントルシャ・ロワイヤル

第9~14回で紹介してきた跳躍技は、いずれも大きな床移動(水平方向の移動)を伴いました。第15回からは、床移動をほとんどせずにその場でジャンプ(垂直方向に移動)するステップとして、シャンジュマン、アントルシャ、スーブルソー、パ・ド・ポワソン、ブリゼ、カブリオールを連続して紹介します。今回はシャンジュマンとアントルシャを取り上げますが、鑑賞で見せ場となるステップは後者です。

シャンジュマン」(changement)は、両脚で踏みきって跳び、足の前後を入れ替えて着地するステップです。正式名は「シャンジュマン・ド・ピエ」(changement de pied)で、フランス語を直訳すれば「足の入れ替え」です。動作を分解しますと、「右足前の5番ポジションでドゥミ・プリエ→真上にジャンプして空中で両脚を少し開く→左足前の5番ポジションでドゥミ・プリエ」となります。もちろん左足前からもできます。

これとよく似たステップが「アントルシャ・ドゥ」(entrechat deux)です。「アントルシャ」は、フランスでも舞踊にしか使われない単語で、イタリア語の動詞「イントレチャーレ」が語源と言われています。「編み込む」、「織り交ぜる」という意味です。アントルシャ・ドゥの動作を分解しますと、「右足前の5番ポジションでドゥミ・プリエ→真上にジャンプして空中で両脚を打ち合わせてから少し開く→左足前の5番ポジションでドゥミ・プリエ」となります。この「打ち合わせ」がシャンジュマンとの違いで、両脚で「編む」ように見えることが「アントルシャ」の語源でしょう。打ち合わせると言っても、もちろん手を打つように両足裏を合わせるわけではなく、両太ももや両ふくらはぎが瞬間的に接触する感じです。

アントルシャ・ドゥには別名があって、「アントルシャ・ロワイヤル」(entrechat royale)または「シャンジュマン・バッチュ」(changement battu)とも言います。フランス語で「ロワイヤル」は「王様の(注1)、「バッチュ」は「打つ」という意味です。このステップを単に「ロワイヤル」と呼ぶことも少なくありません。一方、アントルシャ・ドゥの「ドゥ」はフランス語で「2」ですが、このカウントの仕方について次に説明しましょう。

■アントルシャ・カトルからアントルシャ・ディスまで

アントルシャにはフランス語の数字が付いています。アントルシャ・ドゥは、真上にジャンプして空中で両脚を①少し開いて、②打ち合わせて着地で、2回とカウントします。踏切りと着地で足の前後が入れ替わります。鑑賞者の目線からは両脚が「開く→閉じる」と動くように見えます。

アントルシャ・カトル」(entrechat quatre)の「カトル」は「4」です。真上にジャンプして空中で両脚を①少し開いて、②打ち合わせて、③開き、④閉じて着地で、4回とカウントします。踏切りと着地で足の前後は同じになります。すなわち、アントルシャ・カトルは空中で足の入れ替えを2回していることになります。鑑賞者の目線からは、跳んでからきわめて素早く両脚が「開く→閉じる→開く→閉じる」と動くように見えます。

アントルシャ・シス」(entrechat six)の「シス」は「6」です。真上にジャンプして空中で両脚を①少し足を開いて、②打ち合わせ、③開き、④打ち合わせ、⑤開き、⑥閉じて着地で、6回です。空中で足の入れ替えを3回するので、踏切りと着地で足の前後が入れ替わります。鑑賞者の目線からは、跳んでからきわめて素早く両脚が「開く→閉じる→開く→閉じる→開く→閉じる」と動くように見えます。

★動画でチェック!
カナダ国立バレエの映像より。ブレンダン・セイによるアントルシャ・シスのデモンストレーションです。

鑑賞者から見ますと、アントルシャ・カトルはすばやい「1、2」のリズム、アントルシャ・シスは「1、2、3」のリズムです。アントルシャ・シスを連続すると、「1、2、3、1、2、3、…」という三連符のリズムが生じます。

動きの説明が長くなりましたが、アントルシャは身軽さ、軽やかさ、すばしこさを表現するのに適したステップです。打ち合わせる回数が多くなると、足先の動きが翼の羽ばたきプロペラの回転のようにも見えます。美しいアントルシャの条件は、両脚の交差が毎回クリアに見えることと、上半身が力むことなく垂直に安定していることです。

ちなみに空中で4回足の入れ替えをして着地すれば、「アントルシャ・ユイット」(entrechat huit)と言いますが、舞台で見ることはめったにありません。また、伝説のダンサー、ヴァツラフ・ニジンスキーは、空中で5回足の入れ替えをする「アントルシャ・ディス」(entrechat dix)ができたそうです(注2)

■作品の中のアントルシャ

男性主役の踊りでアントルシャが見せ場の作品と言えば、『ジゼル』でしょう。第2幕の終盤、アルブレヒトがミルタに「踊り続けて死ね」と命令されるコーダの場面です。アルブレヒトがアントルシャ・シスを延々と繰り返すのですが、その回数はさまざまです。振付によっては十数回のこともありますが、20回を超えることが多く、私はロベルト・ボッレがアントルシャ・シスを35回、マチアス・エイマンが36回、レオニード・サラファーノフが39回(!)連続させた映像を見たことがあります。ミルタの魔力によってアルブレヒトが殺されかける恐ろしいシーンですが、男性ダンサーの驚異的なテクニックに圧倒されます。

★動画でチェック!
ロイヤル・ニュージーランド・バレエの映像より。2012年の『ジゼル』のワールド・プレミアで、アルブレヒトを踊るチー・クァンが、高さのあるアントルシャ・シスを披露しています。

眠れる森の美女』第3幕では、「フロリナ姫と青い鳥のパ・ド・ドゥ」で、青い鳥役の男性ダンサーがアントルシャを繰り返します。幸せを運ぶ小鳥の踊りに、軽快で弾むようなアントルシャがよく似合っています。青い鳥のヴァリエーションは、最後にアントルシャ・シスを6、7回連続し、ダブル・トゥール・アン・レールでフィニッシュするのが定番です。

★動画でチェック!
パシフィック・ノースウエスト・バレエのリハーサル映像より、今年プリンシパルに昇格したカイル・デイヴィスが踊る青い鳥のヴァリエーション最後の部分でアントルシャ・シスを繰り返します。

パ・ド・カトル』では、グラーン役の女性が踊る第1ヴァリエーションに、アントルシャ・カトルが頻出します。とりわけヴァリエーションの最後で、ほかのステップを何度か挿入しつつ、アントルシャ・カトルを20回以上繰り返します。

白鳥の湖』もアントルシャが目立つ作品です。第1幕では、「パ・ド・トロワ」の女性の第1ヴァリエーションに、アントルシャ・カトルやアントルシャ・シスがたくさん登場します。第2幕では、「小さな白鳥の踊り」で、4人が手をつないだまま、「アントルシャ・カトル→パッセ→アントルシャ・カトル→パッセ→エシャペ・ルルヴェ×4」のシークエンスを4回反復します。「大きな白鳥の踊り」でも、脚を大きく上げる動きに何度もアントルシャ・シスが挿入されます。

★動画でチェック!
マリインスキー・バレエのファースト・ソリスト、マリア・ホーレワの映像より。『白鳥の湖』第1幕、「パ・ド・トロワ」の女性の第1ヴァリエーションです。冒頭の振付にアントルシャ・シスが含まれています。
★動画でチェック!
ボリショイ・バレエの映像より。「小さな白鳥の踊り」でアントルシャ・カトル→パッセ→エシャペ・ルルヴェ×4のシークエンスを反復するシーンです。

(注1)なぜ「王様の」と形容されるのかについて、赤尾雄人は『バレエ・テクニックのすべて』(新書館, 2002)に、次のような興味深い推測を書いています。“アンチ・カマルゴ派の人々がアントルシャ・カトルを下卑た世俗的な踊りと見なし、それとの比較で、形態のうえではよりシンプルなロワイヤルを洗練された高貴な踊り、つまり「王にふさわしい」と呼んだのかもしれません。”

(注2)フランス語で「ユイット」は「8」、「ディス」は「10」です。また、「トロワ(trois; 3)」、「サンク(cinq; 5)」など奇数のアントルシャもあります。偶数のアントルシャは両脚5番で着地しますが、奇数のアントルシャは片脚で着地し、動脚は後ろのスュル・ル・ク・ド・ピエ(sur le cou-de-pied)にします。

(発行日:2020年08月25日)

次回は…

第16回は、引き続きその場でジャンプするステップとして、「スーブルソー、パ・ド・ポワソン」を取り上げます。発行予定日は2020年9月25日です。

第17回は「ブリゼとカブリオール」を予定しています。

#おうち時間どうしてますか?
劇場でのバレエ公演が、少ない数ながら再開しました。チケットのもぎりをなくし、プログラムの手渡しをやめて、座席は定員の半数に減らして1つおきの格子状にし、物販も一切なく、終演後はブロックごとの時差退出にしての上演です。感染症拡大防止のための各バレエ団の努力に敬意を表します。COVID-19の感染が終息して、この「おうち時間どうしてますか?」のコラムも、これが最後になることを願っています。

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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