鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。
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イングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクール サマーパフォーマンス2020
English National Ballet School’s Summer Performance 2020 from ENB School on Vimeo.
7月といえば、英国のバレエ学校のサマーパフォーマンスの季節。簡単に観客を入れて公演を行えないこの状況下で、ちょっと面白い試みがあった。イングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクールが、学校創立以来初のオンライン卒業公演を行ったのだ。3人の気鋭の振付家が生徒たちに振付けた新作ダンスと、映画『ロミオとジュリエット』で知られるバレエ・ボーイズの映像編集というコラボレーションが、クラスメートたちと顔を合わせることなく卒業を迎えることになってしまった卒業生を含め、ウィズ・コロナの時代を生きる若いダンサーたちの今の姿を伝える(7月11日~8月11日まで配信予定)。
本来なら、昨年オープンしたばかりの新スタジオでリハーサルを重ね、ロンドン市内のピーコック劇場で行われていたはずの公演。ヴィヴィアナ・デュランテ校長によれば、そのプロセスをすべてリモートで行うにあたり、4つのタイムゾーンに散らばった在校生・卒業生と振付家がZoom経由でリハーサルを進め、それぞれの家や屋外のロケーションで撮影を行ったとのこと。
このような経験は、生徒たちはもちろん振付家たちにとっても初めての経験だ。2年生の作品を担当したオランダ人振付家ディディ・ヴェルドマン曰く、バラバラの空間にいる面識のない生徒たちに、身体に直接触れることなく画面越しに指示をしながら新しい作品を作っていくこと自体が〈大きな挑戦〉だったという。
そして3人の振付家が口を揃えて言っていたのが、すべては映像編集にかかっていたということ。生で見るダンスと、記録された映像のダンスの決定的な違いのひとつは、観客にどの程度見る範囲を定める〈視点〉が委ねられているかということだろう。映像の場合は、作り手が観客に見せる以前にその範囲をある程度定めてコントロールすることが可能であり、いかに観客の興味を惹きつける視点を提供できるかに作品の成否がかかるが、生徒たちが撮ったバラバラの映像をつぎはぎしてそれぞれ個性あるひとつの作品にまとめあげるのは、一筋縄ではいかない仕事だったにちがいない。
『Memorias del Dorado』は、スコティッシュ・バレエの『欲望という名の電車』やイングリッシュ・ナショナル・バレエの『ブロークン・ウィングス』などのドラマティックな作品で知られるアナベル・ロペス・オチョアが、1年生に振付けた作品。マックス・リヒターの音楽に合わせて、純和風家屋に着物姿の日本人生徒(石川倫)が登場し、彼がめくる本の中や壁や襖などに、シンプルなレオタードやTシャツ姿で踊る生徒たちが映し出されては消えていく。「家という空間にクラシックのステップが登場するとどうしても違和感があった」と語るオチョアの振付は、自然に歩く動作やコンテンポラリーな動きに限定することで、演劇的な効果を狙うもの。一見異質に見える和室とレオタードの組み合わせも、遠い異国の思い出を物語る本や、壁に飾られるアート作品の一部というコンテクストを与えられることで、統一感のある作品に仕上がっていた。
ヴェルドマン振付の『Not So Strictly』は、英国で人気のダンス番組名を彷彿とさせるタイトルに相応しい軽快な作品。分身動画の手法を使って同じダンサーが何人もいるように見せたり、自分自身とデュエットしているように見せたり、複数のダンサーのユニゾンの動きを少しずつ位置をずらしてみせたり、小さな分割画面に全員を映したりと、衣裳もバックグラウンドも多種多様なダンサーたちを、趣向を凝らしてヴァーチャルのアンサンブル作品にまとめていた。ダンスをどう切り取ってみせるかということそのものが振付の一部となったような映像作品だ。
ロイヤル・バレエ学校出身の英国人振付家アンドリュー・マクニコルによる卒業生出演作品『Gradus』は、上記の2作品と異なり、一人ひとりのダンサーによりフォーカスが置かれた作品。ソロがメインだが、2分割された画面の左右で別々に踊るふたりのダンサーが、ひとつのパ・ド・ドゥを踊っているように見せる演出もあった。そしてそのバックグラウンドに流れるのは、彼らが「ダンスとは何か」について語る声。
「ダンスとは、身体を通して夢を見ること」
「ダンスとは、私たちが表現する術。世界を眺める視点」
「ダンスとは、エネルギーの解放」
「ダンスとは、人間という存在が持つ条件に対して、探求し挑戦し立ち向かっていく術」
「ダンスとはなにか」とは、古くから多くの人々が議論してきた哲学的な問いである。人はなぜ踊るのか、なぜ踊りを作るのか、なぜ踊りを観るのか、なぜ踊りについて書くのかなど、その視点もひとつではないし、その探求には終わりがない。そんななかで、生徒たち自身が、単に踊り手としてだけでなく、照明デザイナーとなり、美術デザイナーとなり、衣裳デザイナーとなり、自ら(または家族や友人が)撮影監督になった今回のプロジェクトは、生徒たちに総合芸術としてのダンスを俯瞰して見るための貴重な機会となったことだろう。
英国の舞台芸術界は、7月の1ヵ月間で急展開を迎えた。劇場の人員削減や経営破綻などの暗いニュースばかりが耳に入るなか、7月5日、誰もが待ちわびていた、政府による15億7000ポンド(約2100億円)規模の緊急支援策がようやく発表され、リハーサルや公演に関する規制緩和も急激に進んでいる。7月11日より屋外での公演、25日よりダンススタジオの再開が許可され、さらに8月1日からは、屋内に観客を入れて劇場が営業再開可能になる見込みだ。ただし、パフォーマーも観客も可能な限りソーシャルディスタンシングを保ったうえで、という但し書きつきのため、その実現には実際問題としてさまざまな障害が立ちはだかっている。フルキャパシティの3割以下しか観客を入れられないことで収益性が保てないという問題はもちろん、キャストの人数制限や演者同士の対面パフォーマンスの回避といった厳格な物理的ガイドラインがある限り、それに準拠した作品を作り上げるのにもリハーサル時間を要するため、実際に8月からすぐ営業再開できる劇場は少ないだろう。ソーシャルディスタンシングがいつまで継続されるか次第で、上記の支援額では足りなくなるのではないかという懸念もある。
それでも、今回の卒業公演が証明してみせたように、どんなにネガティブに見える状況にも、ポジティブな側面がある。あらゆる物理的な規制も、アーティストの創造性だけは奪うことはできないし、むしろだからこそ、創意工夫を凝らしてアーティストの底力を発揮するチャンスにもなりうる。
生徒たちによるパフォーマンスの後にゲストとして登場したアレッサンドラ・フェリは、「ひとつの扉が閉まれば、別の扉が開く。次の扉はどこに続いているのか、想像もつかないかもしれないけれど、閉まってしまった扉よりもずっとワクワクするものが待っているはず」と卒業生にエールを贈った。ダンス界の未来を担う若いダンサーたちと、プロのアーティストとの今回のコラボレーションそのものも、きっとそんな新しい始まりの萌芽であり、先行き不透明なこの状況に挑むダンスの可能性と、それを生み出すアーティストたちの創造性に関してだけは、悲観的になる必要はないのだろう。〈あるべきものがない〉状態は、いつだって人間の創造の起点となってきたのだから。