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【第12回】英国バレエ通信〜バーミンガム・ロイヤル・バレエ 水谷実喜インタビュー

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

〈Interview〉バーミンガム・ロイヤル・バレエ 水谷実喜

英国で舞台公演がストップして早2ヵ月。その間たくさんのダンサーのインタビューや対談をSNSなどで見ながら、個人的に〈バレエチャンネル〉の読者にその魅力をいまいちばん伝えたいダンサーは誰だろうかと考えていた。真っ先に頭に浮かんだのが、昨年秋に『ジゼル』で鮮烈なデビューを飾ったバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)の水谷実喜さんだ。

“GISELLE” Miki Mizutani ©︎Bill Cooper

水谷さんは、2009年のローザンヌ国際バレエコンクールで第3位に入賞し、イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールに学んだ後、2012年BRBに入団。わずか2年で次々と大きな役に抜擢されるようになり、2018年にファースト・ソリストに昇進した、輝かしい経歴の持ち主だ。既に『くるみ割り人形』、『眠れる森の美女』、『コッペリア』、『リーズの結婚』、そしてビントレー振付『シルヴィア』や『アラジン』などの数々の全幕バレエで主演を務めている。

可憐な佇まいと大きく伸びやかな踊りがリーズなどの明るく快活な役柄にぴったりで、『ジゼル』1幕冒頭部分はまさにイメージ通りだったのだが、驚いたのはそのあと。1幕最後の狂乱の場面での放心状態で歩く姿や、ウィリとなった2幕での、空気をはらむように宙を漂うアームス、そしてどこまでもピュアで研ぎ澄まされた踊りの中に強い愛の意志を感じさせたジゼルの造形は、これまでの私のなかの彼女のイメージを180度覆すもので、昨年の忘れがたい舞台のひとつとなった。

コロナウイルスの感染拡大により、BRBもシーズン半ばで残りの公演はすべてキャンセルとなり、現在日本に一時帰国しているという水谷さん。5月上旬にビデオ通話でインタビューを行い、現在の生活や今シーズンのこれまでの舞台、カルロス・アコスタ芸術監督を迎えた新体制のカンパニーの様子などについて話を聞くことができた。

英国で劇場が閉鎖された3月16日は、ちょうど『白鳥の湖』の国内ツアー中だったんですよね。
水谷 はい、ツアー中でサンダーランドにいたんですけれども、その時は正直ここまでの状況になるとは思っていませんでした。次の公演先がプリマスで、そこが最後のツアー先になる予定でした。私としては、母が観に来る予定だったので、最後の公演はどうしてもやりたいと思っていたんですが、サンダーランドの公演が終わった後に1ヵ月カンパニーが休みということになって。踊れないのだったら日本に帰ろうと思って、急遽前日に決めて帰ることにしたんです。1ヵ月という予定だったので、急いでパッキングをして、ほとんど何も持って帰らずに帰国してしまいました。それが、帰国して2週間くらい経った後に、シーズンが全部キャンセルされることになって、とてもショックでした。本当に、何の準備もしていなかったので。心の準備も……。
『白鳥の湖』をお母様に見ていただけなかったのは、残念でしたね……。BRBにはたくさん日本人ダンサーが在籍されていますが、みなさんで一緒に帰国されたのでしょうか?
水谷 はい、しっかり防備して、先輩方とみんなで一緒に帰ってきました。ちょうどギリギリで帰ってこられた感じです。
これまで、特にBRBはツアーカンパニーですし、移動なども含めて毎日スケジュールがぎっしりだったと思うんですけれども、カンパニーでのクラスやリハーサル、公演がない現在、ご実家で日々どのようにトレーニングをされていますか?
水谷 いまはカンパニーが週3回レッスンしてくれるので、それを受けたり、元BRBの(山本)康介さんのインスタライブレッスンなどのオンラインレッスンを受けたりして、家でできることをやっています。家の床だと滑ってしまうので、リノリウムは日本で買いました。1畳ぐらいの大きさなので動ける場所は限られるんですが……。
とくにこれだけは毎日欠かさずしている、というようなエクササイズはありますか?
水谷 足の強化のための片足ルルヴェを繰り返すエクササイズや腹筋は毎日欠かさず続けています。私にとっては、毎日継続することがとても大事です。それから家の中だけだと、どうしても体力などの面が心配なので、外でランニングや縄跳び等もするようにしています。
スタジオや劇場で踊れない、というのはダンサーにとって本当にフラストレーションがたまる状況だと思うのですが、ポジティブでいる秘訣などはありますか。
水谷 踊れないフラストレーションはもちろんありますが、でも逆に家族とこんなに長く居られることもないので、その時間は楽しんでます。10年以上ぶりなので、家族は喜んでいます。
また、時間があるので、家族のためにいろんな料理をいちから作っています。フィッシュパイなどの英国料理や、ラビオリなどのパスタなど……。おやつはヘルシーなものをと思って、グルテンフリーのおやつを作ることもあります。
ご家族のためにお料理されるなんて素晴らしいですね……! 外出できない現在、食生活で特に気をつけていることなどはありますか。
水谷 3食しっかり健康的なものを食べて、野菜中心の食事を心がけています。
実は、ネットフリックスでやっていた『ゲームチェンジャー』という映画を見てすごく影響を受けてしまって。肉を食べているアスリートと、プラントベース(植物性)の食事をしているアスリートのどちらのパフォーマンスがいいかを比べて、結局プラントベースのほうがいいという話なんですけど、昨年12月の『くるみ割り人形』あたりから、(動物性たんぱく質の中で)魚は食べるペスカタリアンになって肉は食べていないのですが、体力的にも、リカバリーするにも調子が良くて。自分には合っているみたいです。
水谷さんは、お料理だけでなく、手芸もなさるとか。
水谷 作ることが大好きなんです。いま、たくさん時間があるので、編み物もしています。我流ですが……。レッグウォーマーなどを、テレビを見ながら編んでいます。(筆者注:実物をスクリーン越しに見せていただきましたが、売り物になりそうなクオリティの高さにびっくりしました)

水谷さんお手製のレッグウォーマー。色合いも可愛い! ©︎Miki Mizutani

昨年秋から始まった今シーズンは、『ジゼル』と『白鳥の湖』という古典バレエの名作での主演デビューがあって、水谷さんにとってまさに飛躍のシーズンになりかけていたところで、シーズンが中断してしまい、とても残念です。
私は、『ジゼル』のロンドン公演を拝見させていただいたんですが、それまで水谷さんが踊った役柄はどちらかというと〈陽〉のイメージがあるものが多かったので、それとは対照的な、狂乱の場面での演技に感銘を受けました。あまりマイムマイムしていない自然な演技に、リアルなジゼルの感情がすっと観ている側にも入ってきて……。どういった役作り、研究をされてこの役に臨んだのでしょうか。
水谷 いままで踊った役のなかではいちばんドラマティックな役だったので、自分にできるかどうか、不安もありました。
1幕の最初の部分は、ジゼル自身踊ることが好きで純粋で……と、私には入りやすかったんですけれど、狂乱のシーンは、バレエ・ミストレスのマリオン(・テイト)に指導をしていただき、かなり細かく注意されて、自分なりの解釈で動きを研究しました。いちばん難しかったのは、(アルブレヒトの裏切りに)ショックを受けて、歩くだけの部分。そこはもう、何度も練習しました。周りを見てるけれど、その先を見て、足は音と一緒にならないように……など、ただ歩くだけのシーンですが、私なりにいろいろ考えながら演じました。ひとつひとつの動きに意味があるので、本当にジゼルに入り込むというか、とにかくなりきることを意識して。ただあの場面では、周りの演者の人たちも涙してたので、自然と自分もすごく入りこんでいけました。

“GISELLE” Miki Mizutani ©︎Bill Cooper

“GISELLE” Miki Mizutani ©︎Bill Cooper

私もあのシーンでは思わず涙が出ました。水谷さんの先輩にあたる佐久間奈緒さんの『ロミオとジュリエット』を観た時も、あんな風にドラマに没頭できたので、あとでその時のことをちょっと思い出したんですけれども、佐久間さんからも、コーチングを受けられたんですよね。
水谷 はい。奈緒さんには、いつもインスピレーションをもらっていましたし、奈緒さんのジゼルやジュリエットに憧れがありました。奈緒さんには、ご自分の経験されたテクニックの部分はもちろん、2幕の走り方などをコーチングしていただいたんですが、奈緒さんがやると、ものすごく自然にポジションを取っていて、同じようにやろうとしてもなかなかできなくて……。全部ポジションなどを見せてくださってとても助かったのですけれど、やっぱりそれは奈緒さんの身体に染みついたもので、そのまま真似するには難しい部分もあったので、自分の身体のラインに合った表現も加えました。ただ、やはり一つひとつのポジションは、ジゼルの独特のものがあったので、それはかなり細かく指導していただきました。
ロマンティック・バレエ特有の首から肩と背中にかけてのラインが、とても美しかったです。2幕のアームスの動きが特に、空気中にふわふわ漂ってるような感じが出ていて鳥肌が立ちました。
水谷 2幕はとにかく体重を感じさせないように、手が後からついていくように意識していました。

“GISELLE” Miki Mizutani and Mathias Dingman ©︎Bill Cooper

“GISELLE” Miki Mizutani ©︎Bill Cooper

これから公演を重ねていくにつれて、水谷さんのジゼルがどんどん進化していきそうで楽しみです。
水谷 本当に夢だった役なので、また踊りたいですね。
そして、2月にはついにピーター・ライト版『白鳥の湖』でデビューされました。ツアーの途中でキャンセルになってしまい、私は残念ながら見逃してしまったのですが、オンラインフォーラムで、水谷さんの踊りを絶賛するバレエファンがたくさんいました。バレリーナの代名詞とも言える役でデビューされて、いかがでしたか。
水谷 本当なら2015年に主演する予定だったんですけど、直前に疲労骨折が見つかって、その時は降板してしまったんです。1週間前までリハーサルを重ねて準備ができた状態で怪我が見つかって、とても悔しい思いをしたので、今回は絶対に怪我をしない、ということを第一の目標にして挑みました。
今回のデビューも、じつは突然だったんです。BRBでは、リラックスパフォーマンスという障害者の方も観ていただけるパフォーマンスを行っているのですが、その本番の直前にひとりダンサーが怪我で降板してしまって。私は舞台リハーサルをしていない状態でしたが、それがデビューになりました。
いきなり舞台で……!
水谷 でも、今回ロックラン(・モナハン)という同時期に入団した信頼できるパートナーと踊ったのですが、本当にサポートが上手なので、何も心配せずに踊れました。5週間のツアーを、怪我なく乗り切れたことは、本当に良かったと思っています。

©︎Caroline Holden

今回の『白鳥の湖』は、カルロス・アコスタ芸術監督が就任されて初のプロダクションでしたが、どのような指導を受けられましたか?
水谷 とてもパッションがある方なので、黒鳥の時は特に、「歩き方をもっと堂々と」、「もっとmean(意地悪)になれ」、というのをすごく言われました。「優しすぎる」と言われてしまって、それがとても難しかったですね。それから、大きく踊るようにと何回も言われました。「もっともっと!」と引っ張られて(笑)。
meanな水谷さんを見てみたかったです……! 水谷さんから見て、アコスタ監督はダンサーにどんなことを求めていると思われますか?
水谷 パートナーと踊る時は、「最後まで目を離さないで」と、とにかくアイコンタクトを重視していて、テクニックというよりは、演技や見せ方、お客さんからどう見えるかということを熱心に指導してくださいます。
それから、日々のレッスンをとても大切にされています。彼自身がそうやって努力して上に上がった方なので。それまでレッスンは強制ではなかったんですけど、カルロスが来てからは全員が毎日レッスンを受けなければならなくなりました。
それまではカンパニークラスは必須ではなかったんですね。
水谷 私にとっては当たり前のことで、それ以前も毎日受けていたんですけど、デヴィッド(・ビントレー前監督)は、怪我なくちゃんと舞台に立ってくれればいいというスタンスで、ダンサーに自己管理が任されていました。それに、カルロス自身も一緒にレッスンを受けていますし……。
それはダンサーにとって刺激になりますね。
水谷 はい、いまも現役で踊っていますし、たまに注意も入ります。監督が一緒に踊っているので、みんなの緊張感も高まりますね。
カルロス・アコスタ監督の作品といえば、今シーズンそれこそ自然な演技や見せ方にフォーカスしたアコスタ版『ドン・キホーテ』が予定されていて、それをBRBのダンサーがどう踊るのかとても楽しみにしていたのですが、キャンセルになってしまってとても残念です。『ドン・キホーテ』のリハーサルはこれから始まる予定だったんでしょうか?
水谷 いえ、すでに始めていました。それも結構前に。それまでそこまで早くリハーサルを始めたことはなかったんですが、『ドン・キホーテ』のリハーサルだけはかなり早くからやっていました。
やはりご自身の作品だけに気合いが入っていたんですね……! 返す返すも、本当に残念です。
水谷 私たちも本当に残念です。カルロスは、何年か後にやると言っていましたけれども……。
BRBといえば、やはり24年間芸術監督を務めていらしたデヴィッド・ビントレー前監督が、とても大きな存在だったと思います。私も以前インタビューさせていただいた時、「BRBのダンサーとは、役者であると同時にパフォーマーである」という言葉がとても印象に残っていて。たとえ英国の外から来たダンサーであっても、一緒に踊って公演を重ねていくうちに、パフォーマンスとは何か、ダンサーであるとはどういうことかを理解して、1、2年もすると、BRBのダンサーらしく踊るようになってくる、ともおっしゃっていました。
水谷 はい、デヴィッドがそういうダンサーにしたという実感はあります。やはりバレエ団で踊っていると、デヴィッドの作品もそうですけど、英国独特の演劇的な作品が多かったので、何よりもまず演技することを求められていました。デヴィッドには、それをどうやったら楽しめるかということを教えてもらったと思っています。
水谷さんご自身は、もともとそういった演劇的なパフォーマンスに対して、いわゆる日本人的な照れなどはあまりなかったのでしょうか。
水谷 私は本当に、プロになるまでは、演技することが苦手だったんです。恥ずかしさもあったし、どうやったらいいのかもわからなかったし、本当に苦手だったんですけど、本当にここ最近、やっているうちに演じることが好きになっていって、『コッペリア』(2015年)や『リーズの結婚』(2018年)をやったあたりから、演じることの楽しさがわかってきました。それまでは本当に苦手で、いつもデヴィッドにもマリオンにも、「もっと……!」とか「何か違う」と言われていました。やっぱり、経験なんでしょうか。
とはいえ、2012年に入団されて、わずか2年くらいでどんどん大きな役に抜擢されてらして、とても期待されていたのだと思います。
水谷 (大きな役を)やらせていただいていたんですけど、その時はまだ自分のやってることがわかっていなかったというか、言われるがままという感じでした。表情も、昔はうまく使うことができなかったので、顔が薄いから遠くから見ているお客さんには伝わりづらかったと思うんですけど……。でもいまは、より役に深く入り込むことで、自然に顔の表情も作れるようになりました。

“GISELLE” Miki Mizutani and Mathias Dingman ©︎Bill Cooper

『ジゼル』では水谷さんの表情がリアルでドラマティックで、本当に心打たれました。でも、演技が苦手だったという水谷さんがそこまでになるには、ビントレー監督には、本当に育てていただいた、という感じなんですね。
水谷 はい、育てていただきました。演技の部分で。私は基礎やテクニックから入っていったんですが、英国人ダンサーは、演劇を小さい頃から学んでいて、自然とできてしまうんです。私にはそういう部分が欠けていたので、周りを見ながら勉強していきました。
そんな水谷さんがいま、踊る上でいちばん大切にしていることは何でしょうか。
水谷 観ているお客さんの心に響くような踊りを踊りたいな、と思っています。それにはやはり、演じる部分ですね。真ん中に立っていても、コール・ド・バレエで立っていても、周りがいなかったら主役も引き立ちません。全員で舞台を作っていくものなので、物語を伝えていくことを最近はいちばんに意識してやっています。以前はテクニックのことばかり考えていたんですけど、先日の『白鳥の湖』でお客さんがスタンディングオベーションをしてくれた時に、それが私の心にすごく響いて……。また、そんなふうに喜んでもらえるように、自分だからこそできる演技をやっていきたいな、と思っています。
観客にとっても、そんなふうに舞台の上でダンサーが役を生き、生きた物語を目撃できる瞬間というのは、とても特別な体験です。
水谷 リハーサルでは体力がなくなって疲れきっていたのに、本番の舞台ではアドレナリンが出て疲れなかったり、もっと役に入り込めたりします。やはり劇場の力はすごいですよね。なくなってみるとわかります。
『白鳥の湖』、『ジゼル』、『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』といった古典バレエ作品やビントレー作品をひと通り主演されたいま、目指している役はありますか。
水谷 私は本当に昔からジュリエットを踊ってみたくて……。ジゼルもドラマティックだったんですが、さらに人間味のある作品をやってみたいなという夢はあります。
コロナが収まったら、いちばんにしたいことは何でしょうか。
水谷 元の生活に戻ることですね。舞台に早く立ちたいです。それがいま、いちばんやりたいことです。バーミンガムに戻って、早くリハーサルをしたい。リハーサルだけで濃厚接触なので、収束しないと何もできないですけど……。普通の生活に戻って、踊って、お客さんに観てもらうことがいちばんしたいです。

“GISELLE” Miki Mizutani and Mathias Dingman ©︎Bill Cooper

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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