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【インタビュー】新しい「ダンスハウス」が誕生!〈Dance Base Yokohama〉アーティスティック・ディレクター唐津絵理氏「ダンスを”プロフェッショナル”として成立させていくために」

阿部さや子 Sayako ABE

みなさんは「ダンスハウス」という言葉をご存じだろうか?

振付家やダンサー等、ダンスに関わるアーティストたちに、創作の拠点となる場所(スタジオや劇場など)や、才能の発掘・育成につながる機会(ワークショップや公演など)を提供するダンス施設。大規模なものでは英国のサドラーズ・ウェルズ劇場やフランスのメゾン・ド・ラ・ダンスなどが知られ 、ヨーロッパ各国を中心に(*1)、近年ではアジアやアフリカなどにも設立の動きが広がっている。

日本ではまだあまり馴染みがないものの、じつは現代のダンスシーンにおいて極めて重要な役割を果たす「ダンスハウス」が、この春(*2)、横浜・馬車道に誕生した。

名前は「Dance Base Yokohama(ダンスベースヨコハマ)略して「DaBY(デイビー)
プロフェッショナルなダンス環境の整備と、ダンスに関連するあらゆるクリエイター育成に特化した事業を企画・運営するダンスハウスになるという。

複合芸術である「ダンス」の発展のために、振付家やダンサーのみならず、音楽家や舞台美術家、映像作家、照明デザイナー、音響デザイナー、またプロデューサーや制作スタッフ、批評家、研究者、そして観客も含めて、垣根なく集える場所となることを目指す。

日本のダンス愛好者は多い。しかしダンスが「プロフェッショナル」なものとして育まれ、世に発信されるための環境の乏しさや、ダンサーが「職業」として成立することがあまりにも困難である現状は、私たちファンも含めて誰もが憂慮している問題だ。
その大きくて重たい扉を、DaBYはどのようにして開けていこうとしているのか。

同施設のアーティスティック・ディレクターに就任した唐津絵理氏(愛知県芸術劇場シニアプロデューサー)に話を聞いた。

「Dance Base Yokohama」アーティスティック・ディレクター 唐津絵理氏

(*1)ヨーロッパのダンスハウスネットワーク(EDN)の参加館は42施設もある

(*2)同施設のオープンは2020年4月23日に予定されていたが、新型コロナウィルスの影響により現在は5月中の開業を目標に現在調整中となっている。

***

ダンスの“環境”を改善するために

「Dance Base Yokohama」(以下DaBY)設立おめでとうございます。この新しいダンスハウスで、具体的にはこれからどんな活動を展開していく予定でしょうか?
唐津 施設をオープンしたら、最初の1年くらいはいろいろなことを実験的にやってみようと思っています。現時点で考えていることはいくつかあって、まずはプロフェッショナルなダンスハウスですから、専門家たちが集まれる場所にしたい。とくに、近年では数多くのアーティストが海外で活躍していますけれども、彼ら・彼女らが現地のカンパニーを辞めて日本に帰ってきた時に居場所がない、活動の拠点にできる場所がないということが問題になっています。そういった人たちにもDaBYをぜひ使っていただきたい、と思っているのがひとつ。それから日本に腰を据えて活動をしている若いアーティストたちに対してメンター的に情報を提供したり交流を促したりして、ダンス業界そのものをもっと開いていきたい、ということもあります。

また、ここは日常的にはアーティストたちがクリエイションを行う場になりますが、その“成果発表”=トライアウトという形で時々パフォーマンスを開催していただき、一般の観客のみなさんにも開かれたものにしていきたい。それだけでなく週に何度かは「オープンスタジオDAY」みたいな日を設けて、街を行く人たちが気軽に立ち寄ってクリエイションの様子を覗いてみたりダンス・クラスを見学したりできるようにしたいですね。とにかく、少しでも多くの人にダンスを身近に感じていただけるように。言わば「劇場に行くひとつ手前のこと」を、ひとつずつやっていきたいと思っています。

「劇場に行くひとつ手前のこと」、いい言葉ですね。
唐津 みなさんに気軽に立ち寄ってもらえる場所になればいいな、という思いで作った空間です。もちろんプロフェッショナルなダンスハウスというコンセプトではありますけれど、日本ではどうしても「劇場」と「日常」がものすごく乖離していて、「劇場へ行く」ということの敷居が高い。その距離感を何とかできないか? ということも、この空間を使って取り組みたい課題のひとつです。海外に行くと、どんなに小さな地方都市でも、そこにシンボルとなる劇場があって、そこを中心として街の住人たちがコミュニティを形成しています。日常の楽しみとして舞台を観にいき、鑑賞後はお食事をしたりお話ししたりして、人々の交流が生まれていくんです。そのような劇場を作るというところまではまだ届きませんが、まずはダンスに何かしらの興味を持った人たちが集まれるところ、「あそこに行けばダンスの情報や新しい出会いがある」と思える場所――私たちは「磁場」という言い方をしていますが――を作りたいと考えました。
DaBYの「ダンスエバンジェリスト」としてダンサー・振付家の小㞍健太さんが就任されていますが、このダンスエバンジェリストという存在も、“劇場を日常に近づけること”と関係がありますか?
唐津 ダンスエバンジェリストの“エバンジェリスト”とは日本語に訳すと「伝道師」。IT業界などを中心に使われている言葉で、“難しい専門用語をわかりやすく伝える専門家”のことを指します。アート業界においても、私たちの間ではごく当たり前のことが、一般的にはまったく知られていなかったり伝わらなかったりしますよね。そこで小㞍さんに、ダンスの専門家として、アーティストとお客様をつなぐコミュニケーターの役割をお願いしました。

DaBYは横浜・馬車道にオープンした文化・商業施設「KITANAKA BRICK & WHITE」の3階にある。エレベーターを降りた瞬間に目に飛び込んでくるのがこのスタイリッシュで温かみのあるエントランス。三角形をモチーフにしたロゴマークのコンセプトは「柔軟な三角」。「点と線と面――いろいろなものを“直線”ではなくゆるやかな“曲線”でつないでいく、というイメージで、デザイナーのSPREADさんがコンセプトに合わせてデザインして下さいました。無駄を省いて効率的・直線的に進むよりも、“寄り道”をすることで生まれる隙間の時間のほうに、クリエイティビティは宿るのだと思っています」(唐津さん)

 

DaBYは「ダンス環境の改善」ということを設立の趣意として挙げていますね。上記の他にも“環境への取り組み”として考えていることはありますか?
唐津 ダンスを創ることや踊ることが、プロフェッショナル=仕事としてきちんと成立していくように。この問題には、ぜひ取り組んでいきたいと思っています。
それは日本のダンス界における最重要課題のひとつですね。
唐津 例えばギャランティひとつとっても、ダンサーはどんなに安かろうが主催者サイドの“言い値”で引き受けざるを得なかったり、アーティストにとって不利なことがあまりにも多いのが現状です。海外では「雇用」や「契約」という形でアーティストが守られていますが、日本はそこがとても弱い。新たな試みとしては、リーガル(法務)アドバイザーとして法律の専門家の東海千尋さんにも協力をお願いしています。契約に関する相談に無料で応じたり、アーティストたちがシェアして使える契約書の雛形を作ったりしていく予定です。
それはとても需要がありそうです。
唐津 またダンスがプロフェッショナルなものとして認められていくには、もちろんそれに値する作品を生み出せる才能の発掘や育成が必要で、そうした作品が生まれる環境を作っていくことも重要です。いま日本で作品を創っている人たちの多くは、ずっと「踊ること」だけを一生懸命やってきたダンサーたちなんですね。彼ら・彼女らはダンスに打ち込んできたぶん、限られた世界しか知らず、限られた人間関係しか持たなくて、言ってみればすべてを“仲間うち”だけで作らなくてはいけないような状況です。でも、本来“振付家”というのはものすごく広くて深い知識が必要な仕事であって、とくにダンス作品の場合は振付家が“演出家”も兼ねるわけですから、踊れるだけではだめ、動きを作れるだけでもだめ。音楽のこと、美術のこと、照明のこと、歴史や社会や世界についての知識……そういう様々な知識に造詣が深く、社会の問題や科学の真理などにも探究心がないと、素晴らしい作品を生み出すことはできないと思うのです。

巨匠と呼ばれる振付家は皆幅広い知識を持つ視野の広いアーティストです。自分の中に充分なインプットがなければアウトプットなんてできないわけで、やはり自分の頭で考えられる枠の中で作品を生み出すとなると、発想の元となる“持ち駒”が少ないと難しいわけですね。その不足している部分を、このダンスハウスという環境のなかで補うことができたら、と。

例えば音楽ならば、音楽家から作曲の背景にある思想や理論について学んだり、一緒にリサーチしてもらったり。あるいは最近は日本でも「ドラマトゥルク」という作品づくりにおける知的作業を支えるスタッフの存在が知られるようになってきていますが、そうした舞台づくりに関わるさまざまな専門家たちと一緒に作品を創っていけるような環境を用意したいです。振付家だけがあらゆる役割を負うのではなくて、いろんな世代の専門家たちがディスカッションしながら作品を創る。演出・振付家と他のジャンルのアーティストやクリエイター、スタッフとダンサーがこれまでのような一方的なヒエラルキーの元で創作するのではなく、フラットな関係でリサーチやクリエイションに取り組むことで、振付家への集中の負担を軽減したい。これは最近コレクティブな手法として知られていることですが、作品の客観性を高め、より豊かな作品創作へと繋がると思っています。最初の振付家としては、若手振付家の鈴木竜さんにアソシエイトコレオグラファーとして実験台になってもらい(笑)、これをDaBYのプロジェクトのひとつとして取り組んでいくつもりです。

どの取り組みも本当に重要なことばかりで、DaBYを利用したいというアーティストが殺到しそうです。
唐津 具体的にどんな人たちに使っていただくかについても、これから徐々に仕組みを整えていきます。まずは「プロフェッショナルな活動をしているアーティスト」ということを条件にしていますが、果たして何をもって「プロフェッショナル」とするのか。DaBYで作られた作品が、例えば私がシニアプロデューサーを務めている愛知県芸術劇場など、他の劇場でも上演されるような形に持っていきたいと思っていますので、少なくともそれにふさわしいクオリティを担保できるようにはしていきたいですね。同時に、まだ実績のない若手のアーティストにもチャレンジしてほしいと思っています。
ちなみに、DaBYが想定している対象はいわゆる「コンテンポラリー・ダンス」のアーティストなのでしょうか? それとも、例えばいわゆる「クラシック・バレエ」をベースに舞踊活動をしているダンサーも利用可能なのでしょうか?
唐津 対象は「パフォーミング・アーツ」に関わる人々、というくらいに幅広く捉えています。ジャンルの垣根を超えて挑戦したり、コラボレーションしたりしてみたいと考える人もいるでしょう。ですからバレエをベースにしている人も、もちろんOKです。ひとつ具体例を挙げると、“バレエダンサーが踊るおもしろいコンテンポラリー作品”が、日本でももっと生まれて欲しい、と思っています。海外の例で言えば、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)のように。日本では、クラシック・バレエがベースの人はあくまでもバレエを踊っていて、コンテンポラリー・ダンスはまた別の身体言語をルーツにしたダンサーが踊っていることが圧倒的に多いと思うんですね。でも、昨年私が愛知県芸術劇場のプロデューサーとしてNDTを13年ぶりに招聘した際に確信したのは、バレエをベースにした質の良いコンテンポラリー作品には間違いなくニーズがある、ということ。観客もそれを観たいと思っているし、ダンサーの側もそういう作品を踊ってみたいと思っているはずです。さらにこれは将来的なイメージですけれど、このDaBYから、それこそNDTに振付を提供するくらいの振付家が生まれたらいいですよね。一方で、オープニング企画で開催予定だったバレエダンサーの酒井はなさんに振付する演劇界の岡田利規さんの作品のような、新たな化学反応が起こる実験の場にもなって欲しいと思います。

「KITANAKA BRICK & WHITE」は歴史的建造物認定されている建物であるため、原状回復不能な内装工事は一切不可。そのため白い壁も大きな窓や扉もすべて可動式で、いわゆる「ボックス・イン・ボックス」の形で空間が作られている。ナチュラルな木製のテーブルやベンチは、舞台で使用する平台(舞台上に高さを出すために用いる平らな台)で作られているそう!

“ダンスの仕事”が生まれる場所

そしてこちらでは、ダンサーや振付家等のアーティストだけでなく「制作」サイドのスタッフも育てていきたいそうですね。
唐津 DaBYのテーマのひとつに「拡張」ということがあります。例えば「クリエイター」というと一般的には振付家や美術家といった人たちをイメージすると思うのですが、プロデューサーやPRなどの制作スタッフ――いわゆる“裏方”と思われている人たちのことも、ここではクリエイターと呼びたい。この世界ではよく“アーティスト”と“裏方”みたいな分け方をしてしまうのですが、制作スタッフだって“作り手”です。誰ひとり欠けても舞台は成立しないのですから、舞台作りに関わる人たちみんなを「クリエイター」と捉えるように、意識を拡張していきたいと思っています。
他にも、こちらのダンスハウスで育てていきたい職能や、ダンスのために提供していきたい知識等はありますか?
唐津 先ほど触れたように、サウンドアーティストやプログラマ、ドラマトゥルクや建築家等は実際にクリエイションに関わっていただきながら、新しい可能性を試していきたいと思っています。あとは月1〜2回、セミナーのような形で勉強会を開催する予定です。テーマは、ダンスそのものだけでなく、「アナリーゼ」という音楽の分析のようなことや、美術史、哲学、あるいは「助成金」等の制度に関する知識や文化政策についての話など。それから“書くこと”、つまり公演の記録を残すことや批評することを学ぶ回も設けるつもりです。とくに若いクリエイターたちは作品を観た人たちからの意見を求めているので、批評の場というのは絶対に必要なんですよ。とにかく芸術に関する教育制度の問題で日本ではなかなか学べないけれども本当は知っておいた方がいいという内容を、テーマとしてどんどん取り上げていきたいと思っています。
そうしていろんな人がいろんなことを学ぶうちに、作品を創ったり踊ったりすること以外でも、何かしら自分の得意や興味を生かして“ダンスに関わる仕事”をする人も生まれてきそうですね。
唐津 その通りだと思います。ダンスの周辺のことを広く知っていくことで、ダンサーであれば現役引退後のセカンドキャリアを見つけていくヒントになるかもしれないし、ダンスの世界に何らかの形で関わりたい、貢献したいと考えている人たちが、これまでは存在しなかったけれどもじつは必要なことを見つけて活躍できるようになるかもしれません。

つい最近ある海外在住の日本人ダンサーがDaBYでインターンをしたいと申し出てくれたのですが、彼女はほぼネイティブレベルの英語が話せるんです。ダンスの言葉は独特ですから、彼女のような存在がいることで、ダンス専門の通訳・翻訳のような仕事が生まれることだってあり得ます。また先ほどお話ししたリーガル・アドバイザーを務めてくれる東海さんは弁護士なのですが、「私はずっとバレエを踊ってきた。その経験と法律の知識を生かして何か関わらせて欲しい」と自ら連絡をしてきてくれて、今回ダンスに特化した法務のアドバイスをお願いすることになりました。こんなふうに、DaBYの活動を通してダンスに関わる仕事や職能の幅がどんどん広がっていくといいなと思いますし、ここに集うさまざまな人材が他所で求められることがあれば、紹介できるようにしていきたいとも思います。そういったことを通して、ダンスの周りに仕事を生み出していけたらいいですね。

「空間を設計するにあたっていちばん大切にしたのは“居心地の良さ”」と唐津さん。「クリエイションのことだけを考えれば、ブラックボックスにして劇場と同じような作りにしたほうがいろいろなことを試しやすいんです。でも、真っ黒な箱のなかに毎日朝から晩まで居たいとは思わないでしょう? 劇場は黒くて閉じた祝祭の場ですが、スタジオはアーティストたちの“日常”の場。それはやはり日の光が入る開放的な空間であるほうが、彼ら・彼女らの“日常”がちゃんと“社会”と有機的に繋がれると思うんです」

すべての扉や窓を閉めるとシンプルな白壁の空間に

プロフェッショナルとアマチュアの境界線

唐津さんは以前あるパネルディスカッションに登壇された際、「本気でやりたいことがある人は何も言わなくてもやる。だから本当にやりたいことが見つかっていない人のお尻を叩いてまで“育成”をする必要があるのか」という問題を提起していらっしゃいました。あらためてこの「育成」という問題について、お考えを聞かせていただけますか。
唐津 その考えはいまもまったく変わりません。振付家にしろ、ダンサーにしろ、世界には素晴らしい才能を持ちながら、さらに「創りたくて仕方がない」「踊らずにはいられない」という強い衝動をも持ち合わせているアーティストが山ほどいます。その中で例えば、ダンサーであれば何百分の一という競争率を勝ち抜いて選ばれた人がオペラ座やNDTで踊っているから、そういった名だたるカンパニーの舞台というのは圧倒的に素晴らしいわけです。他方、“真にプロフェッショナルとは言えないけれども何となく踊れる場所”をたくさん用意して、“パフォーマンスは多いけどクオリティはどれもイマイチ……”という状況を作ってしまうと、それを見せられたお客様にとってはマイナスしかありません。やはり、アーティストもスタッフも厳選して質の良い作品を創り、それを受け取った人の多くが感銘を受けて、観客が徐々に広がり興行収入も増えていく……という流れを作らなくては。

じつは「育成」という言葉もニュアンスが若干違っていて、教師が生徒を教えて育てるということではなく、アーティストの作りたいという強い思いや才能を、この世界での経験が長い私や小㞍さんなどがメンター的な立場から導いていく、というイメージです。

確かに、ダンス業界は決して市場が大きくはない上に、ダンサーにしろ制作等のスタッフにしろ不規則で流動的でハードな仕事ですから、生半可な気持ちでは続きませんね……。そしてクオリティが伴わなければ、結局また「プロフェッショナル」として成立しない、という問題に戻ってきてしまいますし。
唐津 お稽古事としてバレエやダンスができるという日本の状況は、裾野の広さという意味ではもちろん大きなメリットです。しかし誰もが「自分もプロになれるのでは」と思ってしまうような、「プロフェッショナル」と「趣味」の境目がない状態に「ダンサー」という仕事を位置付け続けるのは、結果的に誰にとっても不幸なのではないでしょうか。

アクティングエリア(スタジオ)をぐるりと取り囲む明るい廊下スペースでは、ダンス関連の雑誌や書籍、公演パンフレットなどをゆっくり閲覧することもできる。まずは唐津さんの蔵書の一部を閲覧可能にして、徐々に寄贈なども考えていきたいとのこと。

コロナ・ショックのなかで

これはお聞きするのも胸の痛いことですが……DaBYがいよいよ船出するというタイミングで新型コロナウィルスの世界的流行が起こり、とてもおもしろそうな企画だったオープニング記念イベント「TRIAD DANCE DAYS(トライアド・ダンス・デイズ)幕が開く 都市を振り付ける3日間」も中止になってしまいました。
唐津 このイベントの中止を、本当に、本当に悲しく思っています。横浜の赤レンガパークや象の鼻パークといった横浜のランドマーク3カ所で、ダンスとサーカスと演劇を融合したヨアン・ブルジョワの作品などを、海を背景に屋外上演する予定でした。いま世界中で引っ張りだこのヨアンですが、今回ご本人が初来日の予定だったんですよ。でもコロナの影響で、彼だけでなく他の海外からのゲストも来日できなくなってしまって……。この公演に参加していただく予定だったアーティストたちには、ただ「中止」するのではなく、パフォーマンスという形でなくてもいいので何か考えられることをこの状況下で一緒にやりませんかと提案しています。

※編集部注:このインタビューを行なったのは2020年4月1日。その後、上記のオープニングイベントの後に予定されていた「TRIAD DANCE PROJECT『ダンスの系譜学』」については上演延期(日程未定)が発表された。

 

これまで劇場文化や舞台芸術というのは「いかに人を集めるか」に注力してきました。しかし2020年4月現在、このコロナ禍の先行きはまだまったく見通せない状況ですが、少なくとも当面は「いかに人を集めないか」ということに注力せざるを得ない世界になってしまいました。この状況を、現時点ではどのように捉えていらっしゃいますか。
唐津 冒頭でお話しした通り、ここはクリエイターたちの「磁場」になるように、つまりここに集まってほしいという思いを込めて作った場所です。ですから「集まってはいけない」というこの状況は、仕方のないことですが本当に残念ですし、長い時間をかけて準備してきた企画が次々と消えていく悲しみは、言葉になりません。でも、視点を変えれば、いままでのあり方を問い直す良い機会にはなるのかな、とも思うんです。私たちは、劇場で興行することが「舞台」だと思っている。でも本当は、企画を考えたり、クリエイションをしている期間のほうが、ずっと長いわけです。そうした期間をどう過ごすのかをいちど考え直してみてもいいし、劇場にたどり着くまでのプロセスにフォーカスするような企画があってもいい。オンラインで振付けたらどうなるかを試してもいいし、公演をゴールにしない形で、日本におけるダンスの環境を整備していく時間に充てるのもいいですよね。スペースをどんどん稼働させて、公演をどんどんやって……と日々追われて後回しにしてきたこと、例えばダンサーをはじめいろいろなアーティスト一人ひとりとじっくり話すことなども、この機会にやってみたいと思っています。
これまで当たり前だと思ってきたことを問い直したり、世界にいま起こっていることを考えたりする営みじたいが、とても“コンテンポラリー・ダンス的”だとも言えますね。
唐津 これはちょっと個人的な思いなのですが、コンテンポラリーな新しさを求めるというよりも、いま一度、ダンスの存在の根元に立ち返る時なのではないかと考えています。ダンスは言葉以前の混沌としたカオス的な世界でも存在し得る、最も原初的な表現のひとつです。自然災害や飢饉などが起こるたびに、身を捧げ生贄になることで世界を救おうとしてきたり、あるいはシャーマン的な存在として天地を繋ぎ踊ることで、これらの危機を乗り越えようとしてきたという歴史があります。では、今回のパンデミックに際して、犠牲になった方々や、見えないところで身を粉にして働いてくださっている方々に、ダンスアーティストはいかに寄り添うことができるのだろうか。

いま、世界中のカンパニーやダンサーたちが、いち早く自宅で踊る様子や舞台作品の映像をどんどんネットで公開していますよね。そこにも、こうした状況に対して、踊らずにはいられないダンスアーティストたちの存在の力強さを感じています。

また舞台映像の公開のように、これまで「権利の問題があるから難しい」とされていたことが、非常時だからとはいえ実現しているし、オンラインで工夫を凝らしたレッスンをする人も出てきています。アーティストたちは表現者として、新しい可能性を探り始めている。そのようななかで、たとえ物理的には集まれなくとも、このDaBYという場所があることじたいがクリエイターたちの拠り所になれることもあるのではないかと思うんですね。

そもそもライブでパフォーマンスを観るということは、真に一過性の「瞬間芸術」を目の当たりにするということです。その瞬間にしか存在し得ないものを、これまでは当たり前のように観ることができていた。そのことの価値は、これから必ず問い直されていくと思います。このコロナ禍はもちろん試練ではありますが、間違いなく転換期でもあります。これまで通りの形では公演ができなくなったいま、私たちは作品の作り方から社会との関わり方まで、やり方を変えていかなくてはいけない。そこを考え抜いて、これまでとは違うスタイルで個人や社会や表現との関係性を構築できたアーティストが、この時代を生き残っていくのではないでしょうか。

 

施設情報

Dance Base Yokohama(DaBY)

●所在地
神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2
KITANAKA BRICK&WHITE BRICK North 3階

●ウェブサイト
https://dancebase.yokohama/

●SNS
Twitter: @dancebasedaby
Instagram: dancebasedaby
Facebook: @dancebasedaby

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