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【第14回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究! -ソ・ド・バスク

海野 敏

文/海野 敏(東洋大学教授)

第14回 ソ・ド・バスク

■跳躍と回転の組み合わせ

この連載では第1~8回に回転技を紹介し、第9回からは跳躍を伴うステップを紹介しています。しかし、回転技と跳躍技は重なっており、すでに第7回の「トゥール・アン・レール」や第10回の「ジュテ・アン・トゥールナン」など、跳躍と回転を同時に行う技もたくさん登場しました。

今回紹介する「ソ・ド・バスク」(saut de Basque)も、跳躍と回転を組み合せたステップで、舞台では頻繁に登場するテクニックです。フランス語で「ソ」は「跳躍」の意味です。「バスク」は、フランスとスペインの両国にまたがったバスク地方のことですから、直訳すると「バスク地方の跳躍」となります(注1)

動作を分解しますと、まず1歩踏み出した右脚で踏み切って跳び、空中で左脚を伸ばしたまま回転し、踏み切った右脚はすばやく膝を曲げて、ルティレまたはスュル・ル・ク・ド・ピエ(注2)のポジションにし、左脚で着地します。回転の方向はアン・ドゥダン、すなわち内回りが普通ですが、アン・ドゥオール(外回り)も可能です。もちろん左脚で踏みきって右脚で着地することもできます。

ソ・ド・バスクの応用技「ソ・ド・バスク・ドゥーブル」は、空中で2回転します。跳躍力にとりわけ優れたダンサーならば、「ソ・ド・バスク・トリプル」(3回転)も可能です。また、空中でのポーズは、左脚つま先を右脚の膝の前に添える「ルティレ・ドゥヴァン」が普通ですが、膝の後ろに回す「ルティレ・デリエール」もあります。

鑑賞者の目線から言えば、ソ・ド・バスクの「踏み切って、空中で回転して、着地」という流れには、「1、2、3」というリズムが感じられます。ソ・ド・バスク・ドゥーブルであれば、「1、2、3、4」(2と3が回転)という感じで、ドゥーブル・トゥール・アン・レール(第7回)をしながら放物線を描いて移動するように見えます。

■作品の中のソ・ド・バスク

ドン・キホーテ』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ、主人公バジルのヴァリエーションは、踊り始めにソ・ド・バスク・ドゥーブルを入れる振付をよく見ます。音楽が始まるといきなり助走して高く跳び、空中で2回転して大きく移動するので、たいへん力強くて印象的です。

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ダニール・シムキンが2005年にヘルシンキ国際バレエコンクールで踊った、『ドン・キホーテ』第3幕よりバジルのヴァリエーション。冒頭で高さのあるソ・ド・バスク・ドゥーブルを披露しています。

海賊』第2幕、アリのヴァリエーションの踊り始めも、ソ・ド・バスクを3回繰り返して舞台を斜めに移動する振付が定番でしょう。ただし、空中での足のポジションはルティレでもスュル・ル・ク・ド・ピエでもなく、跳躍の頂点で両膝を深く曲げた(“空中グラン・プリエ”のような)姿勢になります。同じ姿勢になるソ・ド・バスクは、『ラ・バヤデール』の「黄金の仏像の踊り」の中盤にも登場します。全身を金色に塗った男性ダンサーが、ソ・ド・バスクを3回繰り返します。

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2019年7月に収録されたマリインスキー・バレエ『海賊』より、キム・キミンが踊るアリのヴァリエーション。躍動感あふれるソ・ド・バスクが見られます。

ソ・ド・バスクは、男性ダンサーのマネージュ、すなわち舞台を大きく周回する振付にもよく登場します。例えば、バレエファンの方ならば、「ジュテ・アン・トゥールナンを2回→ソ・ド・バスクを1回」を反復して周回する振付を見たことがあるでしょう。ジュテ・アン・トゥールナンのみで周回するより、ソ・ド・バスクを挟んだ方が変化があり、華やかなマネージュになります。

女性ダンサーのソ・ド・バスクは、力強さよりも軽快さを感じさせることが多いように思います。例えば、『白鳥の湖第3幕オディールと王子のパ・ド・ドゥのアダージオでは、オディールが軽やかにソ・ド・バスクをして、王子から離れる場面があります。

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英国ロイヤル・バレエの映像より。ゼナイダ・ヤノウスキー演じるオディールが蠱惑的なソ・ド・バスクで王子から離れていきます。

ジゼル』第1幕、「ペザント・パ・ド・ドゥ」のコーダでは、ダンサーたちが楽し気に踊る振付に、ソ・ド・バスクが繰り返し登場します。

★動画でチェック!
ロシア国立ノヴォシビルスク国立オペラ劇場の寺田翠と大川航矢の映像。女性と男性がソ・ド・バスクですれ違うシーンです。

(注1)バスク地方には、細かく速い足さばきを特徴とする伝統的なフォークダンスがあります。しかし、そのダンスとバレエのステップが、直接的にどのような関係なのかは分かりませんでした。

(注2)この連載でも既出ですが、「ルティレ」(retiré)は、片脚の膝を曲げてつま先をもう一方の脚の膝のあたりに付けたポジションで、「ラックールシ」とも言います。「スュル・ル・ク・ド・ピエ」(sur le cou-de-pied)は、片脚の膝を曲げてつま先をもう一方の脚の足首のあたりに付けたポジションで、略して「ク・ド・ピエ」とも言います。

(発行日:2020年07月25日)

次回は…

第15回は、大きな移動を伴わないジャンプとして「シャンジュマンとアントルシャ」を取り上げます。発行予定日は2020年8月25日です。

第16回は「ブリゼとカブリオール」を予定しています。

#おうち時間どうしてますか?
大学のオンライン授業でいろいろ新しい体験をしていますが、学生の出席率の向上もそのひとつです。アルバイトやサークル活動がしにくい状況ですし、通学しないので授業に出やすいのかもしれません。春学期の3年海野ゼミは、全回全員出席を達成しそうです。

この原稿を書き上げた日、三浦春馬氏の訃報にショックを受けました。半日だけですが、プライベートで某所の美術館をご案内したことがあります。たいへん真面目な方でした。美術館でも、次の舞台の役作りのために絵を探していらっしゃいました。

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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