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【第34回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーアラベスク・リフト

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

34回 アラベスク・リフト

今回から「パ・ド・ドゥ編」です。舞台鑑賞で注目してほしいパ・ド・ドゥの美技を紹介します。バレエには、ソロではできないテクニック、2人で協力して初めて表現できる技がたくさんあるのですが、まずリフトから始めましょう。

「リフト」(lift)とは、パ・ド・ドゥで男性が女性を持ち上げることです。女性の身体は床から離れて宙に浮きます。「リフティング」(lifting)とも言いますが、リフトもリフティングも英語です。フランス語圏では「ポルテ」(porté)と呼ぶことが多いようです。“porté”は、「運ぶ」「担ぐ」という意味の動詞“porter”の過去分詞形です(注1)

古典バレエ全幕作品でリフトと言えば、「パ・ド・ドゥで男性が女性を持ち上げること」でほぼ間違いありませんが、20世紀以降のバレエ作品になると、男性が男性を持ち上げることも、女性が女性を持ち上げることも、まれには女性が男性を持ち上げることもあります。また、パ・ド・ドゥではなく、何人かで1人のダンサーを持ち上げることも、何人かで2人以上のダンサーを持ち上げることもあります。しかし、本連載はパ・ド・ドゥのテクニックに限り、1人の男性が1人の女性を持ち上げるリフトを紹介します。

リフトにはとてもたくさんの種類があります。いずれ本連載で整理しますが、とりあえず鑑賞のために、リフトを分類するポイントを2点説明します。

第1は、リフトの高さです。これは見てすぐわかりますが、リフトには女性を男性の頭上より高く上げる「ハイ・リフト」もあれば、持ち上げても女性の重心が男性の胸よりも低い「ロウ・リフト」もあります(注2)

第2は、ポーズを見せるリフトか、動きを見せるリフトかという区別です。ポーズを見せるリフトは、男性が女性を持ち上げた後、しばらく静止して美しい造形を印象づけます。動きを見せるリフトは、男性が女性を持ち上げることで、女性の動きを強調したり、いっそう美しく見せたり、ソロではできない動作を実現します。

■パ・ド・ドゥを華麗に飾るアラベスク・リフト

ポーズを見せるハイ・リフトの代表として、初回は「アラベスク・リフト」を取り上げます。アラベスク・リフトとは、女性がアラベスクのポーズをすると同時に、男性が女性の腰(脇腹)と、後ろに伸ばした女性の脚の大腿部を下から支えて、垂直上方へ高く持ち上げるテクニックです。男性の両腕は伸び切って、男性の頭上で女性がアラベスクのポーズになります。

アラベスク・リフトには、いろいろな応用技があります。まず、リフトされた女性が、下ろしているほうの脚の膝を曲げて、ルティレ(パッセ)のポジションにすることが多いです。女性が後ろに伸ばしているほうの脚の膝を曲げて、アティテュードのポーズになることもあります。また、アラベスクのポーズから入らず、男性へ向かって跳躍し、そのまま男性がキャッチして持ち上げ、女性が片脚ルティレのポーズになるリフトを見ることも少なくありません(注3)

男性は女性を両腕で支えるのが基本ですが、女性の大腿部を支える手をはずして、片腕一本で高く支えることもあります。

■作品の中のアラベスク・リフト

『白鳥の湖』では、王子がオデットまたはオディールを持ち上げるアラベスク・リフトを何度も見ることができます。まず第2幕、オデットと王子のパ・ド・ドゥの後、全員でのコーダは、アラベスク・リフトでフィニッシュするのが定番です。コーダの曲の終わりとともにダンサー全員が一瞬静止することで、コール・ド・バレエの白鳥たちが主役2人のリフトを取り囲む美しい絵が完成します。このアラベスク・リストでは、オデットはルティレにならないのが通常です。また、オデットと王子が出会う場面で、さっそく王子がオデットをアラベスク・リフトで持ち上げる振付もあります。

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パリ・オペラ座バレエより『白鳥の湖』第2幕です。コーダをアラベスク・リフトで締めくくると、観客から大きな拍手が沸き起こります。

『白鳥の湖』第3幕でも、オディールと王子のグラン・パ・ド・ドゥのアダージオに、アラベスク・リフトが含まれることが多いです。このアラベスク・リフトでは、オディールは通常ルティレになります。アダージオにロットバルトも参加して、ロットバルトがオディールをアラベスク・リフトすることもあります。またコーダでも、アラベスク・リフトをフィニッシュにして、第2幕のコーダと意図的に同じポーズで締めくくらせ、王子の勘違い(オディールとオデットの見間違い)を強調する振付もあります。

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こちらはウクライナの名門キエフ・バレエが2022年1月に上演した『白鳥の湖』全編の映像です。1時間29分15秒からダイナミックなアラベスク・リフトを見ることができます。

『ドン・キホーテ』もアラベスク・リフトの見せ場がいくつかあります。第1幕終盤、全員でのコーダの中盤では、バジルがキトリを片腕一本でリフトした瞬間にオーケストラの演奏が止まり、音楽が中断している数秒間リフトのポーズを披露します(注4)。この片腕リフトのシークエンスは大きな見せ場で、続けて2回行います。リフトのポーズで演奏が止まっている間、街の人々が声を上げて2人をはやしたり、キトリが片手に持ったタンバリンを振って鳴らしたりする演出もあります。

『ドン・キホーテ』第3幕では、グラン・パ・ド・ドゥのアダージオ後半で、金管の響きで音楽が盛り上がるところでアラベスク・リフトを披露します。このときのキトリは片脚をルティレにして、腕をアン・オーにします。このアラベスク・リフトは、その後、男性が一気に女性を下ろし、頭を低くした女性を男性が抱きかかえる「フィッシュ・ダイヴ」(リプカ)というロウ・リフトへつながるのですが、フィッシュ・ダイヴについては、回を改めて詳しく紹介します。

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東京バレエ団『ドン・キホーテ』より第3幕のグラン・パ・ド・ドゥです。11分15秒から、片脚をルティレにして、腕をアン・オーにしたリフトを見ることができます。

『海賊』もアラベスク・リフトが印象に残る演目です。メドゥーラとアリのグラン・パ・ド・ドゥのアダージオでは、後半で音楽が盛り上がり、シンバルが「ジャーン」と打ち鳴らされる瞬間に、男性が女性をアラベスク・リフトします。メドゥーラは、片脚をルティレにして、片手を空へ向かって差し上げ、アリはメドゥーラをリフトしたまま舞台を移動します。また、このアダージオがコンラッドも加えたパ・ド・トロワの場合は、コンラッドがメドゥーラをアラベスク・リフトすることもあります。さらに、コーダでアラベスク・リフトをフィニッシュにする振付もあります。

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こちらは『海賊』より、ヨランダ・コレア演じるメドゥーラとのオシール・グネーオ演じるアリのグラン・パ・ド・ドゥです。一連のリフトを見られるのは、2分1秒から。

ほかにも『ラ・バヤデール』第2幕のガムザッティとソロルのグラン・パ・ド・ドゥのアダージオでは、ソロルがガムザッティをアラベスク・リフトして移動するシークエンスの入る振付を見ます。このときガムザッティは片脚をルティレにします。『ライモンダ』第1幕では、夢の中でライモンダが婚約者のジャン・ド・ブリエンヌと会って踊るグラン・パ・ド・ドゥで、アダージオの振付にアラベスク・リフトが入ることが多いです。このときのライモンダは脚をルティレにしません。

★動画でチェック!★
こちらはミラノ・スカラ座バレエより『ラ・バヤデール』第2幕のガムザッティとソロルのグラン・パ・ド・ドゥです。27秒から一連の振付を見ることができます。

(注1)バレエの「リフト」に対応するフランス語を「アンレヴマン」(enlèvement)としている辞書・事典もありますが、「ポルテ」が一般的なようです。

(注2)「ハイ・リフト」、「ロウ・リフト」という呼称は便宜的なもので、厳密な分類法ではありません。どちらなのかはっきりしないリフトがたくさんあります。

(注3)アラベスクのポーズを通過しないでルティレになるリフトも、ここではアラベスク・リフトの仲間として紹介しています。

(注4)この片腕リフトでは、キトリは下の脚をルティレにすることもあれば、片脚をア・ラ・スゴンドに高く上げて下の脚はまっすぐ下ろすこともあります。

(発行日:2022年5月25日)

次回は…

第35回はハイ・リフトの続きとして、「プレーン・リフト」や「チェア・リフト」を紹介します。第36回以降も、高いリフトから低いリフトの順番に、さまざまなリフトを紹介してまいります。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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