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【第22回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーアラベスク・ホップ

海野 敏

文/海野 敏(東洋大学教授)

22回 アラベスク・ホップ

■正式名は「タン・ルヴェ・アン・ナラベスク」

第21回の「バロテ」は、ジゼルのヴァリエーションなどで、軸脚のホップを組み合せて小さな移動に用いられるテクニックでした。今回の「アラベスク・ホップ」も、軸脚のホップによって小さく移動するテクニックです。正確に言うとアラベスク・ホップは移動なしでもできますが、後で紹介するように、古典全幕作品にはアラベスク・ホップを連続して舞台を移動する振付が登場するので、バロテ、バロネに続いて「小さな移動に用いられる跳躍」として紹介します。

アラベスク・ホップ(arabesque hop)はフランス語と英語が混じった俗称で、正式には「タン・ルヴェ・アン・ナラベスク」(temps levé en arabesque)または「ソテ・アン・ナラベスク」(sauté en arabesque)と言います。片脚で立ち、もう一方の脚を後ろへ水平に伸ばしたアラベスクのポーズを保ったまま、軸脚で踏み切ってホップし、同じ脚のドゥミ・プリエ(膝を少し曲げたポーズ)で着地します。

厳密に説明すると、タン・ルヴェ・アン・ナラベスクとソテ・アン・ナラベスクはステップとして区別されています。後者は、一歩踏み出してから軸脚で踏み切りますが、前者は踏み出さず、その場で踏み切って跳びます。しかし、今回は区別せずに、アラベスク・ホップという通称を使うことにします。

ここでバレエで最も有名なポーズと言われるアラベスクについて、少し説明しておきましょう(注1)。アラベスクは、動き(ステップ)の名前ではありません。片脚で立ち、もう一方の脚を後ろへ真っ直ぐ伸ばしたポーズの名前です。後ろの脚を水平ではなく、斜め下へ伸ばしたポーズや、つま先を床に着けたポーズもアラベスクと呼ぶことがあります。また、基本的なアラベスクは脚だけでなく、上体(頭・腕・体幹)のポジションも定められており、レッスンでは第1アラベスクから第4アラベスクまでを覚えます。

“arabesque”というフランス語は「アラビア風の」という意味で、イスラム美術の幾何学的な装飾文様に由来しています。四肢を空間に延ばすポーズが幾何学的な模様に由来することは何となく分かりますが、他の多くのバレエ用語と同じく、この言葉が使われるようになった詳しい経緯は分かっていません。

■作品の中のアラベスク・ホップ

アラベスク・ホップの連続で一番有名なのは、『ジゼル』第2幕のウィリたちのコール・ド・バレエ(群舞)でしょう。ウィリたちが十数人ずつふた手に分かれ、上手のグループは下手へ、下手のグループは上手へ、1拍に1回ずつアラベスク・ホップを繰り返して進み、2つのグループが交差する場面です。2グループがすれ違った後、フェッテで180度向きを変えて再びアラベスク・ホップの連続で交差すると、しばしば客席から拍手が沸き上がります。整列したウィリたちが空中を浮遊する情景を表現した群舞の名シーンです(注2)

★動画でチェック!
パリ・オペラ座の『ジゼル』第2幕よりウィリたちのコール・ド・バレエ。アラベスク・ホップの連続で交差する一連の動きは、33秒から。大勢のウィリたちが一糸乱れぬ動きでザッ、ザッ、ザッ、……とすれ違っていくさまは迫力のひと言。バレエの群舞の名シーンのひとつです。

『白鳥の湖』第2幕にも、アラベスク・ホップは頻出します。序盤、白鳥たちのコール・ド・バレエが「①タッター、②タッタカター」のリズムの繰り返しで1列になって登場するとき、①の2拍でアラベスク・ホップすることは、第19回「アンボアテ」で解説しました。また、オデットと王子がアダージオを踊る時、2人を囲んでいる白鳥たちが、曲の中盤でアラベスク・ホップでフォーメーションを変えてゆく振付もよく見ます。さらに第2幕最後のコーダでも、大きな2羽の白鳥、小さな4羽の白鳥が、アラベスク・ホップで舞台を斜めに横切る振付もあります。いずれのアラベスク・ホップも、白鳥が水面をスイスイと進むイメージでしょう。

★動画でチェック!
ボリショイ・バレエよりグリゴローヴィチ版『白鳥の湖』。白鳥たちのアラベスク・ホップは冒頭に登場します。後ろに伸ばした脚をキープしたまま滑らかに進むさまは、まさに白鳥そのものです。
※幕の構成はバージョンによって異なります。以下のボリショイ・バレエのグリゴローヴィチ版では、当該場面は「第2幕」ではなく「第1幕第2場」に出てきます。

『眠れる森の美女』第3幕の「宝石の踊り」は、マリインスキー・バレエ、ボリショイ・バレエ、パリ・オペラ座バレエの振付では、コーダの後半で宝石たち全員が「アラベスク・ホップ3回→アンボアテ数回」を数回繰り返します。ただし、ロイヤル・バレエの「宝石の踊り」には、この振付がありません。

アシュトン版『シルヴィア』は技術的に難しい作品で、第3幕の「シルヴィアのヴァリエーション」には難度の高いアラベスク・ホップが登場します。上述の『ジゼル』、『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』のアラベスク・ホップは、いずれも軸足はア・テール(足の裏を床に着ける)にしますが、アシュトンが振付けた「シルヴィアのヴァリエーション」では、軸足をポアントにしたアラベスク・ホップの連続で後ろへ下がってゆくフレーズを3回繰り返します。

★動画でチェック!
ロイヤル・バレエより『シルヴィア』第3幕の「シルヴィアのヴァリエーション」です。アラベスク・ホップはパ・ド・ブーレで斜め前に進んだ後の19秒から。ポアントのままアラベスク・ホップを繰り返す難しい振付を、何でもないことのように軽やかにこなすダーシー・バッセルの見事な演技をご覧ください。

(注1)山岸涼子が1970年代に連載した漫画『アラベスク』(集英社)は、往年のバレエ漫画の傑作であり、バレエという芸術と「アラベスク」という言葉が日本に広まったきっかけの一つと言ってよいでしょう。

(注2)日本のバレエ団で、このアラベスク・ホップの連続を「ぞうさん」と呼ぶと聞いたことがあります。由来は不明です。群舞が一斉に進んでゆく様子が、象の群れがズン、ズンと歩みを進めるような迫力があるからでしょうか。

(発行日:2021年4月25日)

次回は…

第23回は、シソンヌ、アッサンブレなど、バレエのさまざまな跳躍を整理して、跳躍編のまとめとします。発行予定日は2021年5月25日です。6月は休載し、7月の第24回からは回転・跳躍以外の美技を紹介します。

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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