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【第21回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーバロネ

海野 敏

文/海野 敏(東洋大学教授)

第21回 バロネ

■バロテと似た名の小さなジャンプ

小さな移動に用いられる跳躍の続きとして、「バロテ(バロッテ)」に続いて「バロネ」を取り上げます。バロテ(ballotté)とバロネ(ballonné)は、名前が似ているだけでなく、空中に上げた片脚を屈伸させる点、小さくジャンプして片足で着地して終わる点などが共通しているため、どちらがどちらなのか分からなくなりがちです。

バロネは、片脚を蹴り上げながら、もう一方の片脚で踏み切ってほぼ真上に跳び、踏み切った脚で着地するステップです。着地したとき、蹴り上げて伸ばした脚の膝を曲げて、スュル・ル・ク・ド・ピエ(つま先を軸脚の足首にあてた姿勢)にします。蹴り上げると言っても、つま先が斜め下を指す角度(45度くらい)で、水平より高く上げることはしません。

フランス語の“ballonné”は、「ふくらませる」という意味の動詞“ballonner”の過去分詞形です。英語の“balloon”(風船)と語源は同じ。一方、フランス語の“ballotté”は「揺れる(揺らす)」という意味の動詞“ballotter”の過去分詞形でした。

バロネは、ジャンプしたときに蹴り上げた脚の膝が伸びて、風船が一気にふくらむような動きになります。これに対しバロテは、ジャンプして全身を小舟のように揺らすような動きになります。また、バロネは、ジャンプしたとき体幹をほぼ垂直に保ちますが、バロテは体幹が少し傾きます(注1)

■さまざまなバロネ

バロネでは片脚を、前、後ろ、横のいずれの方向へも蹴り上げます。バロテは前か後ろですから、この点でも両者は違います。前へ蹴るバロネは「バロネ・サンプル・ドゥヴァン」(~ simple devant)、後ろへは「バロネ・サンプル・デリエール」(~ simple derrière)、横へは「バロネ・サンプル・ア・ラ・スゴンド」(~ simple à la seconde)と呼ばれます。「サンプル」は英語の“simple”と同じく「単純な」という意味です。

「バロネ・サンプル」は、片脚を蹴り上げる角度が45度くらいですが、水平(90度)まで蹴り上げるバロネを「グラン・バロネ」(grand ~)と言うことがあります。また、ジャンプをしないで、踵を上げてつま先立ち(ポアントまたはドゥミ・ポアント)に立つバロネを「バロネ・スュル・ラ・ポアント」(~ sur la pointe)と言います。

さて、この後紹介するように、古典全幕作品には、「バロネ・サンプル・ドゥヴァン・スュル・ラ・ポアント」を10回以上反復して舞台を移動する振付が登場します。これは、バロネで片脚を蹴り上げた瞬間に、軸脚を小さくホップさせて、少しずつ前へ進んでゆく難しいテクニックです。小さなホップというよりも、つま先を一瞬スライドさせているように見えるかもしれません。この連載でバロネを、ブリゼ、カブリオール、バロテなどと一緒に「小さな移動に用いられる跳躍」として紹介している理由は、この「バロネ・スュル・ラ・ポアント+軸脚のホップ」の連続を舞台でよく見かけるからです。

■作品の中のバロネ

バロネの連続で一番有名なのは、『ジゼル』第1幕のジゼルのヴァリエーションでしょう。2分ほどの短いヴァリエーションの後半、「バロネ・サンプル・ドゥヴァン・スュル・ラ・ポアント」を15回以上繰り返して、舞台を斜めに横切ります。3拍子の音楽に合わせ、1拍に1回ずつのバロネで少しずつ前へ進んでゆくこのシークエンスは、主役ダンサーのテクニックの見せ場となっています(注2)

ちなみに第20回のバロテでも、一番有名な場面としても『ジゼル』第1幕を紹介しました。このこともバロネとバロテが混同されやすい原因の一つでしょう。

★動画でチェック!
『ジゼル』はパリ・オペラ座バレエにて1841年に初演されました。今回は同バレエ団の映像からドロテ・ジルベールが踊るジゼルのヴァリエーション。バロネ・サンプル・ドゥヴァン・スュル・ラ・ポアントを6回繰り返し、アティテュード・ドゥヴァンでホップする一連の動きを3回繰り返し斜めに進みます。

『ドン・キホーテ』の「夢の場」、「ドルシネアのヴァリエーション」の中盤にも、ジゼルのヴァリエーションと同じく、1拍に1回ずつ、20回ほど「バロネ・スュル・ラ・ポアント+軸脚のホップ」を繰り返して、斜めに進む場面があります。技量のあるダンサーが踊ると、まるでドルシネアが宙に浮いて移動しているような、優雅な動きに見えます。

★動画でチェック!

香港バレエよりドルシネアのヴァリエーション」。音楽に合わせて「バロネ・スュル・ラ・ポアント+軸脚のホップ」を25回繰り返しています。

『パリの炎』は全幕上演の機会は多くありませんが、コンクールや発表会で比較的よく踊られている「ジャンヌのヴァリエーション」の後半にも、「バロネ・スュル・ラ・ポアント+軸脚のホップ」を十数回繰り返して前へ進む見せ場があります。ジゼルやドルシネアよりも音楽のテンポがずっと速いため、優雅さではなく、威勢のよさや活力を感じさせるシークエンスになっています(注3

★動画でチェック!

マリア・アレクサンドロワイワン・ワシリーエフが踊る『パリの炎』よりパ・ド・ドゥの映像アレクサンドロワがスピード感のあるホップで軽やかに進んでいく「バロネ・スュル・ラ・ポアント+軸脚のホップ」は4分40秒から。

群舞では、『ドン・キホーテ』の「夢の場」の序盤に、森の精たちが全員でバロネ・サンプル・ドゥヴァン(スュル・ラ・ポアントではない)を反復する場面があります。ダンサーたちが一斉に弾むようなジャンプを繰り返し、列を作ってフォーメーションを変えてゆきます。

★動画でチェック!

マリインスキー・バレエより『ドン・キホーテ』の「夢の場」。バロネ・サンプル・ドゥヴァンは曲調が変わる2分25秒から。コール・ドのダンサーやキューピッドを踊るワガノワの生徒たちが一糸乱れぬ動きで魅せるこの場面は『ドン・キホーテ』の見どころのひとつです。

(注1)終わり方も違います。バロネはスュル・ル・ク・ド・ピエで終わりますが、バロテは、片脚を軸足から離して空中で伸ばすポーズ(デガジェ・アン・レール;dégagé en l’air)で終わります。ただ、実際の舞台ではバロネもバロテも次のステップへつながってゆくので、終わり方では見分けられないことが多いです。

(注2)このシークエンスに対応する音楽は12小節です。10小節の間、ひたすらバロネを30回繰り返す振付もありますし、途中にアティテュード・ドゥヴァンでのホップを入れて、バロネは18回の振付もあります。

(注3)ほかにも、例えば『ワルプルギスの夜』のヴァリエーションに、同じく「バロネ・スュル・ラ・ポアント+軸脚のホップ」を十数回繰り返して前へ進むシークエンスがあります。

 

(発行日:2021年3月25日)

次回は…

第22回は「アラベスク・ホップ」です。発行予定日は2021年4月25日です。次々回は、跳躍技の最終回になる予定です。

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。2018年度より東京大学客員教授。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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