文/海野 敏(東洋大学教授)
第19回 アンボアテ
■膝を曲げた脚を交互に上げるジャンプ
第9回 より跳躍のテクニックを紹介しており、第16回 からは、小さな移動に用いられることの多い跳躍を取り上げています。今回は、見た目が特徴的ですが、おそらくバレエを習っていない鑑賞者にあまり名前の知られていないステップの紹介です。
「アンボアテ 」(emboîté)は、膝を曲げた左右の脚を、代わるがわる空中へ持ち上げてジャンプするステップ です。この説明だけではパ・ド・シャ(第12回) と同じですが、パ・ド・シャが片足ずつ着地して5番ポジションで締めくくるのに対し、アンボアテは片足での着地を左右続けて行います。つまり2回の跳躍で1セットのステップ です。
正確には、両脚または片脚で踏み切って跳び、左右の脚を交互にスュル・ル・ク・ド・ピエ(つま先を軸脚の足首にあてた姿勢)にします。脚をもっと曲げて、ルティレ(つま先を軸脚の膝にあてた姿勢)にすることもできます。このステップで前へ進めば「アンボアテ・アン・ナヴァン 」(~ en avant)、後ろへ進めば「アンボアテ・アン・ナリエール 」(~ en arrière)と言います。
フランス語の動詞“emboîter ”は、仏和辞書を引くと「(箱・ボートなどを)組重ねて嵌め込む 」という意味が最初に書かれていました(注1) 。脚を交互に上げる様子を表した名前なのでしょう。鑑賞者の目線では、「1、2、1、2、…」というリズムがあり、軽快で明るい感じのするステップです。
■さまざまなアンボアテ
アンボアテの応用技では、アンボアテしながら回転する「アンボアテ・アン・トゥールナン 」(~ en tournant)が有名です。1回のジャンプで半回転、「1、2」のリズムで1回転しながら移動する ことができます。アンボアテ・アン・トゥールナンの連続は、第14回で紹介したソ・ド・バスク の連続と見た感じが少し似ており、実際、両方を入れた振付は少なくありません。
もうひとつは、より高く跳んで、膝を曲げた脚を身体の前方空中へ差し上げる (アティテュード・ドゥヴァンのポジションにする)「グラン・タンボアテ 」(grand ~)です。グラン・タンボアテは、両脚の動きが大きくなるため、軽快さのみでなく、羽ばたくような力強さや、場面によってはちょっとコミカルな感じが加わります。
ちなみにショウ・ダンスやミュージカル・ダンスに、このグラン・タンボアテに似た「ケークウォーク 」(cakewalk)というステップがあります。曲げた両脚を交互に前へ大きく振り出す滑稽味の強いステップで、フレンチ・カンカン などでお馴染みです(注2) 。
■作品の中のアンボアテ
アンボアテでまず思い浮かぶのは、『ジゼル』第1幕、「ペザントの踊り」のコーダ でしょうか(注3) 。コーダの終盤で、全員でアンボアテ・アン・トゥールナン をくり返し、上手から下手へ進むダンサーと、下手から上手へ進むダンサーがすれ違う場面があります。また、この振付では、パ・ド・バスクの連続に続いてアンボアテ・アン・トゥールナンの連続が登場します。
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ロシア国立ノヴォシビルスク国立オペラ劇場の寺田翠 と大川航矢 が踊る「ペザントの踊り 」。下の動画を再生すると、まずは女性と男性が軽快にソ・ド・バスク で交差し、次にアンボアテ・アン・トゥールナン で交差する動きが見られます。
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『白鳥の湖』第2幕、白鳥たちのコール・ド・バレエ(群舞) が一列になって登場する場面も印象的です。ここは「①タッター、②タッタカター」のリズムの繰り返しですが、①の2拍で上体を倒したアラベスクのポーズで小さく1回ホップし(ソテ・アラベスクまたはタン・ルベ・アン・ナラベスク)、②の2拍でグラン・タンボアテ で3歩進みます。アンボアテが、白鳥の力強い羽ばたきに見える振付です(注4) 。
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2015年のボリショイ・バレエ の映像より。24名のダンサーたちが魅せる『白鳥の湖』 の見せ場のひとつです。先頭のダンサーはソテ・アラベスク とグラン・タンボアテ のセットを14回繰り返します。
※幕の構成はバージョンによって異なります。以下のボリショイ・バレエの版では、当該場面は「第2幕」ではなく「第1幕第2場」に出てきます。
『白鳥の湖』第2幕 では、「4羽の小さな白鳥 」にもアンボアテが登場します。ダンサー4人が手をつないだまま、グラン・タンボアテ をくり返します。このグラン・タンボアテは、力強さよりも、ユーモラスな雰囲気を踊りに与えています。また『パキータ』 第2幕のコーダにも、同じように手をつないだ女性ソリスト2人が、グラン・タンボアテ の連続で舞台中央を前へ進む場面があります。
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パリ・オペラ座バレエ の『白鳥の湖』 より「4羽の小さな白鳥 」。ドロテ・ジルベール 、マチルド・フルステ 、ミリアム・ウルド=ブラーム 、ファニー・フィアット と豪華なキャストで息の合った踊りを披露しています。
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英国ロイヤル・バレエのニネット・ド・ヴァロワ版やバーミンガム・ロイヤル・バレエのピーター・ライト版『コッペリア』第1幕 、スワニルダが登場してすぐに踊るヴァリエーション も、ユーモラスなグラン・タンボアテ が印象に残ります。スワニルダは、人形のコッペリアを見て人間の少女だと思い、挨拶します。踊りの終盤、微動だにしない人形へ向かって一生懸命グラン・タンボアテを繰り返す様子は、ちょっと地団駄を踏んでいるようでかわいらしく、英国らしい演劇的な振付になっています。
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こちらは英国ロイヤル・バレエ によるド・ヴァロワ版『コッペリア』 のリハーサル映像から。スワニルダがプンプン怒ってグラン・タンボアテを踏む様子を、ファースト・ソリストのマヤラ・マグリ がチャーミングに演じています。
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『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(リーズの結婚)第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ は、いろいろな演出・振付がありますが、コンクールでもよく踊られるリーズのヴァリエーション にアンボアテが頻出します。ヴァリエーションの前半にグラン・タンボアテ での移動があり、中盤では、アンボアテ・アン・トゥールナン で舞台を左右に2往復します。活発で元気な少女らしい振付です。
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ボリショイ・バレエ のアルテミィ・ベリャコフ とダリヤ・コフロワ の『ラ・フィーユ・マル・ガルテ』のパ・ド・ドゥ 。各種アンボアテが出てくるリーズのヴァリエーション は6分33秒から。
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(注1) 「スタンダード仏和辞典」、大修館書店
(注2) ケークウォークは、元来はアメリカ南部の黒人たちが考え出したダンスの名称。19世紀後半、奴隷制が撤廃されても小作人として差別され続けていた黒人たちが、白人支配層の身ぶりを面白おかしく誇張して作ったダンスが起源です。それを白人たちも面白がって受容し、ダンスコンテストが開かれるなどして普及しました。
(注3) 『ジゼル』の「ペザントの踊り」踊りは演出によって何人で踊るかが異なり、男女のパ・ド・ドゥ、男女2人ずつ4人、男女3人ずつ6人などのパターンがあります。
(注4) この群舞入場のシークエンスを、日本のバレエ団では「ステテコ」と呼ぶことがあります。リズムからの着想でしょうか、面白いネーミングです。
(発行日:2021年1月25日)
次回は…
第20回は、ジゼルのヴァリエーション でお馴染みの「バロネ 」です。発行予定日は2021年2月25日です。次々回は「バロッテ 」を予定しています。