バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 踊る
  • 知る

【第40回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーマクミラン作品のリフト

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第40回 マクミラン作品のリフト

■振付家ケネス・マクミラン

今回は予告した内容を少し変更して、ケネス・マクミランの振付作品に登場するリフトの魅力についてお話をします。この連載で、特定の振付家に絞って1回まるごとお話しするのは例外的ですが、筆者の《推し》としてお許しください。

20世紀後半、バレエという芸術はさまざまな技法を開発して、演劇的な表現力を深めました。すなわち、登場人物の繊細な感情の動きや複雑な人間関係、起伏のあるストーリーや意外性のある結末を、ことばを用いることなく、身体のポーズと動きによって伝えるため、多くのテクニックが生み出されました。

とりわけ全幕作品の主役男女のパ・ド・ドゥにおいて、そのようなテクニックの開発に貢献した振付家として、ジョン・クランコ(1927~1973)、ユーリー・グリゴローヴィチ(1927~ )、ケネス・マクミラン(1929~1992)という3人の名前を挙げることができます。この3人は同世代ですが、それぞれ活躍したバレエ団は、クランコがドイツのシュツットガルト・バレエ、グリゴローヴィチがロシアのボリショイ・バレエ、マクミランがイギリスのロイヤル・バレエです。

私はこの“三巨匠”のなかでも、登場人物の歓喜、憎悪、絶望のような激しい感情を振付で表現する点で、マクミランのパ・ド・ドゥは傑出していると考えています。今回はマクミランが英国ロイヤル・バレエのために振付け、その後、世界の大きなバレエ団がこぞってレパートリーとしている2つの全幕作品、『ロミオとジュリエット』と『マノン』の主役パ・ド・ドゥから、ぜひ鑑賞していただきたいリフトを厳選してご紹介します。

■『ロミオとジュリエット』のリフト

世の中にバレエのパ・ド・ドゥは無数にありますが、そのなかで一番好きなパ・ド・ドゥは何かと尋ねられたら、私はマクミラン振付『ロミオとジュリエット』第1幕の最後を飾る「バルコニーのパ・ド・ドゥ」だと答えます。仮面舞踏会で出会った2人が運命的な恋に落ちた日の夜、ロミオが闇に紛れてジュリエットのたたずむバルコニーの下へ忍び寄り、ジュリエットがバルコニーを降りて2人で踊る場面です。

まずロミオがひとしきりソロで踊った後、ジュリエットがロミオの胸に飛び込んで、2人が組んだ踊りが始まります。そして、右片膝を床に突いたロミオが真っ直ぐ天へ伸ばした左腕に、ジュリエットが右腕をからめた後、最初の傑作リフトが始まります。ロミオは、背中に仰向けのジュリエットを乗せたまま立ち上がります。そしてロミオが舞台を歩いて移動するのに合わせて、ジュリエットはロミオの背中で大きく何度も左脚を開閉、屈伸させるのです。恋の悦びを全身で表現する美しいリフトです。

その後、小さなリフトが繰り返され、プロコフィエフの音楽のトーンが高まったところで、今度はジュリエットが逆立ちした状態でロミオの背中に乗る2番目の傑作リフトが登場します。これはポーズを見せるハイ・リフト(第35回)の一種で、数秒間その場で静止します。よく見ると、男女の身体が天地逆さまで点対称のかたちになっており、強い印象を残す造形です。

この後も、フィッシュ・ダイヴ(第37回)のようなポーズでの移動や、ハイ・リフトが続きます。そして、このパ・ド・ドゥの舞台写真でも有名なのは、両膝を床に突いたロミオが、ジュリエットの少し反らせた身体を水平に保って差し上げるリフトでしょう。これが3番目の傑作リフトです。ロミオは立ち上がらずに腰を上げ下ろしして、しゃちほこのようなポーズのジュリエットを3度上下させます。ジュリエットはロミオの動きに合わせて腕を波打たせ、喜びの表情を浮かべます。プロコフィエフの抒情的な音楽と相俟って、たいへん情熱的かつ官能的な振付です。

「バルコニーのパ・ド・ドゥ」は約8分間の長さですが、説明したところまででおよそ5分です。残りの3分も素晴らしい振付ですので、ぜひ生の舞台でご覧下さい(注1)

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』第1幕より「バルコニーのパ・ド・ドゥ」です。ヤスミン・ナグディマシュー・ボールの胸の高鳴りが聞こえてくるような演技をお楽しみください。上述した傑作リフトの数々も見ることができます。

■『マノン』のリフト

マクミラン振付の『マノン』は、アベ・プレヴォの小説『マノン・レスコー』を原作とした全幕作品で、真面目で一途な若者デ・グリューが、享楽的で抗いがたい魅力を放つ女性マノンと恋に落ち、ともに破滅してゆく悲劇です。

『マノン』全3幕の舞台では、主人公の2人がパ・ド・ドゥを4回踊ります。第1幕第1場「出会いのパ・ド・ドゥ」、第1幕第2場「寝室のパ・ド・ドゥ」、第2幕第2場「再会のパ・ド・ドゥ」(2度目の寝室のパ・ド・ドゥ)、第3幕第3場「沼地のパ・ド・ドゥ」です。これらは、破滅へと突き進む悲劇的な恋愛の4つの局面、歓喜、陶酔、疑惑、絶望を描き分けた不朽不滅の名振付です。これらの中から注目すべきリフトを3つだけ紹介しましょう。

「出会いのパ・ド・ドゥ」では、ラストのリフトに注目して下さい。デ・グリューが腕を高く差し上げてマノンをアラベスク・リフト第34回)するところから始まります。そしてデ・グリューはマノンを上手奥へ運んでから、マノンを降ろしつつ舞台を下手前まで対角線に走り抜け、マノンを床に横たえた後、デ・グリューも床に腰を下ろして2人で抱き合います。鳥が空から降り立つようなマノンの急降下によって、恋愛の歓喜が鮮やかに表現されています。

★動画でチェック!★
新国立劇場バレエ団『マノン』第1幕より「出会いのパ・ド・ドゥ」のリハーサル映像です。見事な演技を見せているのは同団プリンシパルの小野絢子福岡雄大。上述のラストのリフトは3分31秒からですが、マクミランならではの言葉以上に雄弁な振付が詰まった傑作パ・ド・ドゥのひとつです。ぜひ頭から再生してご覧ください。
★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『マノン』第1幕より。タマラ・ロホ演じるマノンとカルロス・アコスタ演じるデ・グリューの「出会いのパ・ド・ドゥ」です。最後のリフトのシーンは入っていませんが、舞台の美術や衣裳、音楽なども含めてお楽しみください。

「寝室のパ・ド・ドゥ」では、後半に、一瞬の短い部分ですが印象的なリフトがあります。デ・グリューが右腕だけでマノンを抱き上げ、左腕は斜め上方へ伸ばします。マノンはつま先を伸ばした両脚を斜め下方へ伸ばします。2つの身体は一体となり、2人は見つめ合います。ここで紹介したいのは、その後、デ・グリューが4歩進む間、上方へ伸びたデ・グリューの左腕とマノンの左腕と下方へ伸びたマノンの両脚が、連動して開閉するように動く振付です。ほんの一瞬の振付なのですが、恋人2人が戯れているような楽しい動きで、いつ見てもほのぼのと温かい気持ちになります(注2)

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『マノン』第1幕より「寝室のパ・ド・ドゥ」です。演じているのは、マリアネラ・ヌニェスフェデリコ・ボネッリ。恋人同士の戯れのようなリフトは3分42秒から。ロイヤル・バレエを代表するトップダンサー2人の演技の巧さにもぜひご注目ください。

「沼地のパ・ド・ドゥ」は、デ・グリューが瀕死のマノンと踊る絶望の踊りです。死にゆくマノンはふらつきながらも最後の力を振り絞って激しく踊り、デ・グリューに高く持ち上げられるリフトが頻出します。そして終盤、マノンはデ・グリューの右肩を跨いで座って頭を抱え、うずくまるように丸くなるリフトについては、「ショルダー・リフト」第36回)で紹介しましたが、その直後のリフトが強烈です。デ・グリュの背中に乗って身体を仰向けに倒し、そのまま頭を完全に床へ向け、両脚を前後に大きく開くポーズをするのです(注3)。アクロバティックなリフトなのですが、単に見る人を驚かせるだけでなく、きちんと登場人物の情感を伝える動きになっているところが、マクミランの振付の真骨頂です。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『マノン』第3幕より。サラ・ラム演じるマノンとワディム・ムンタギロフ演じるデ・グリューの「沼地のパ・ド・ドゥ」です。うずくまるようなリフトは2分10秒から。そしてこの動画のサムネイルがまさに両脚を開くアクロバティックなリフトの場面です。

(注1)マクミラン振付の『ロミオとジュリエット』は、英国ロイヤル・バレエのみでなく、アメリカン・バレエ・シアター、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、ミラノ・スカラ座バレエ、新国立劇場バレエ団などがレパートリーとしており、国内で上演される機会は少なくありません。2023年6月の英国ロイヤル・バレエ来日公演でも上演が予定されています。

(注2)このパ・ド・ドゥは、男女2人でなければ実現できない楽しい身体造形で溢れています。例えば、男女の身体が対称形になるポーズや、対称的に動くシークエンスが多数仕組まれていて見ごたえがあります。

(注3)この時、マノンが逆さになって両脚を開く角度は150度ぐらいのこともありますが、シルヴィ・ギエムやタマラ・ロホは180度完全に開いて両脚を一直線にし、いっそう強烈な印象を残しました。

(発行日:2022年11月25日)

次回は…

次回はリフトの最終回です。第41回は「さまざまなリフト」で、これまで取り上げなかった少し変わったリフトを紹介します。発行予定日は2022年12月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

\NEWS!/

発売直後にさっそく重版決定! 本連載の著者・海野敏先生による書籍が大好評発売中です。オーロラ、キトリ、サタネラ、グラン・パ・クラシック、人形の精……等々、コンクールや発表会で人気の 30 のヴァリエーションを収録。それぞれの振付のポイントを解説しています。バレエを習う人にも、鑑賞する人にも役立つ内容です。ぜひチェックを!


『役柄も踊りのポイントもぜんぶわかる! バレエ♡ヴァリエーションPerfectブック』
海野敏=文  髙部尚子=監修
新書館 2022年3月
★ご購入はこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

もっとみる

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ