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【第41回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ーパ・ド・ドゥ以外のリフト

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第41回 パ・ド・ドゥ以外のリフト

■人形を運ぶリフト

第34回から7回にわたってパ・ド・ドゥのリフト技を紹介してまいりましたが、リフトのしめくくりに、パ・ド・ドゥ以外の少し変わったリフトとして、(1)人形を運ぶリフトと(2)多人数によるリフトを紹介します。

古典バレエ作品では、人形役のダンサーをリフトして運ぶ、ちょっとコミカルな演出を見ることがあります。年末恒例のバレエ『くるみ割り人形』の第1幕、主人公クララ(あるいはマーシャ)のクリスマスパーティーでは、ドロッセルマイヤーが何体かの機械仕掛けの人形を踊らせて、子どもたちを楽しませる場面があります(注1)。そして人形たちは踊った後、踊り終えたポーズを変えず、ドロッセルマイヤーや他の男性たちにそのままリフトされて片づけられるという演出です。あるいは踊り始めるときに、人形役のダンサーがリフトされて運び込まれることもあります。

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ボストン・バレエ『くるみ割り人形』より第1幕の映像です。人形たちが踊り終えたポーズのままリフトされる様子、その前の見事な連続ピルエットと併せてお楽しみください。

『コッペリア』第2幕、コッペリウス博士の工房にも、たくさんの機械仕掛け人形役のダンサーが並んでいます。この場面では、主人公のスワニルダが博士の造った人形コッペリアとこっそり入れ替わり、コッペリアのふりをして踊ります。そして第2幕終盤、人形に扮したスワニルダが部屋を荒らし始めるのに手を焼いた博士が、彼女をリフトして片づけようとする場面があります。

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バレエ シャンブルウエスト『コッペリア』より第2幕、コッペリウス博士の工房の場面です。博士が人形に扮したスワニルダをリフトするところは1時間6分17秒から。コッペリウス役のダンサーがスワニルダを軽々と持ち上げるので、スワニルダがいっそう人形らしく見えてきます。

ミュージカル『ウエストサイド物語』の振付で有名なジェローム・ロビンスの作品に、『The Concert(コンサート)』という30分ほどのコミック・バレエがあります。上演機会の少ない作品ですが(注2)、この作品では、チュチュを着た女性ダンサーが人形のようにポーズをして、それを男性ダンサーが腕に抱えたり、頭上に持ち上げたり、逆さにリフトしたりして、小走りで右往左往しながら女性たちを舞台に並べてゆくという面白い場面があります。

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1956年にこの作品を初演した本家本元、ニューヨーク・シティ・バレエによる『コンサート』の映像です。踊り終えてポーズをしている女性ダンサーたちを男性たちが抱えて走り去っていくようすは35秒あたりから見ることができます。
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こちらはハンブルク・バレエ『ザ・コンサート』の映像です。8秒から女性ダンサーたちをあらゆるポーズで抱えながら右往左往するようすを見ることができます。

■多人数によるリフト

パ・ド・ドゥのリフトでは、男性1人が女性1人を支えますが、パ・ド・ドゥ以外では、さまざまなパターンがあります。

女性1人と男性2人のパ・ド・トロワでは、女性1人を2人の男性が交互にリフトすることがあります。例えば『海賊』にはいろいろなバージョンがありますが、メドゥーラ、コンラッド、アリがパ・ド・トロワを踊る場合は、男性2人がそれぞれメドゥーラをリフトします。『くるみ割り人形』でも、クララ、くるみ割り人形、ドロッセルマイヤーの3人が踊る場面で、クララが2人に代わるがわる高く持ち上げられる振付を見ることがあります。

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NBAバレエ団『海賊』より第2幕、パ・ド・トロワの映像です。2分20秒あたりで、海賊の首領であるコンラッドが手下のアリにメドゥーラをリフトするよう命じるような仕草を見せます。そこからふたりが代わるがわるヒロインをリフトする一連の場面が始まります。

いっぽう、女性2人と男性1人のパ・ド・トロワでは、女性2人を1人の男性が交互にリフトすることがあります。例としては、『白鳥の湖』第1幕のパ・ド・トロワが思い浮かびます。

女性1人を男性2人が協力してリフトする振付もあります。例えばフレデリック・アシュトン振付『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』第2幕のフィナーレでは、主人公リーズとコーラスの結婚を祝って皆で踊る大団円で、リーズの母、コーラス、リーズが踊りの輪の中心で、順番に2人の男性にシット・リフト(第36回)で高く持ち上げられます。群舞が手をつなぎ、大きな輪を描いて周回する真ん中で、持ち上げられた主人公たちもゆっくりと360度回されます。

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牧阿佐美バレヱ団による、『リーズの結婚』のストーリーを紹介する映像です。こちらの映像ではリーズがシット・リフトされるところを14分16秒から見ることができます。

主役が複数のダンサーにリフトされる振付は、少なくありません。例えば眠れる森の美女第1幕の「ローズ・アダージオ」では、主人公のオーロラ姫が4人の王子にリフトされる振付を見ることがあります。またリフトをするのは男性ダンサーばかりでなく、例えば『白鳥の湖』では、オデットが複数の白鳥役の女性ダンサーにリフトされるバージョンがあります(注3)

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ミラノ・スカラ座バレエ『眠れる森の美女』より第1幕、「ローズ・アダージオ」。オーロラ姫を当たり役のひとつとするポリーナ・セミオノワの素晴らしい演技です。彼女が4人の王子にリフトされる華やかな場面は、2分22秒からみることができます。

古典作品ではありませんが、ローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』では、第1幕序盤で、カジモドが3人の男性にリフトされて運ばれます。街の人々が「道化祭り」で、身体に障害のあるカジモドを道化王に担ぎ上げる場面です。

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パリ・オペラ座バレエ『ノートルダム・ド・パリ』の映像です。上述のシーンとは異なりますが、28秒から男性たちにリフトされるカジモドを見ることができます。

■マクミラン作品での多人数によるリフト

第40回に紹介したケネス・マクミランは、多人数によるリフトでも素晴らしい振付を残しています。彼の『マノン』から2つだけ紹介しましょう。

『マノン』第1幕第2場には、女性1人を男性2人がリフトする振付の傑作があります。マノンの兄レスコーがマノンの部屋を訪れ、マノンを愛人にしたい老富豪ムッシューG.M.をマノンに引き会わせる場面のパ・ド・トロワです。レスコーとムッシューG.M.がマノンの身体を思うがまま操る振付で、男性2人がマノンを吊り下げるように低くリフトし、前後に揺らす箇所は強い印象を残します。

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』より第1幕のパ・ド・トロワです。1分38秒から先述の印象的なリフトを見ることができます。マノン役は同団プリンシパルのサラ・ラム、レスコーは平野亮一が演じています。

『マノン』第2幕第1場にも、マノンを男性6、7人が次々とリフトする場面があります。高級娼館をマノンとムッシューG.M.が訪れ、マノンがソロを踊った後、男性たちが彼女を取り囲んで代わるがわるリフトし、受け渡していく場面です。リフトする男性の人数は、1人、2人、3人と変わってゆきます。静かな音楽に合わせて、空中でさまざまなポーズをするマノンがゆっくり男たちに運ばれていく様子は、妖艶さと淫靡さの混ざり合った不思議な雰囲気を醸し出します。

さて、ダンスのリフトで「誰が誰にリフトされるか」の組み合わせは、これまで取り上げた以外にも、①女性が男性をリフトするパターン、②1人のダンサーが同時に2人以上をリフトするパターン、③2人以上のダンサーが別の2人以上を同時にリフトするパターンが考えられます。しかし、古典バレエ作品では、これらを見ることはあまりありません(注4)

(注1)『くるみ割り人形』第1幕に登場する機械仕掛けの人形は3体のことが多いですが、2体や4体の場合もあります。人形の役名も、アルルカン(またはハレーキン)、ピエロ人形、道化人形、コロンビーヌ、バレリーナ人形、兵隊人形、ヴィヴァンディエール、ムーア人形などなど、演出バージョンによってさまざまです。

(注2)日本ではスターダンサーズ・バレエ団が2022年9月に国内のバレエ団として初めて上演しました。

(注3)国内では、松山バレエ団の清水哲太郎振付『白鳥の湖』の第4幕で、オデット白鳥たちにリフトされて舞台を移動する場面があります。

(注4)②は、新国立劇場バレエ団が上演しているウェイン・イーグリング版『くるみ割り人形』の第2幕のスペインの踊りで、男性ダンサーが左右の女性を同時に軽くリフトします。①と③は、古典バレエでは記憶にありませんが、コンテンポラリーダンスの作品ならばさほど珍しくありません。

(発行日:2022年12月25日)

次回は…

次回からは、パ・ド・ドゥでの回転のサポートを取り上げます。第42回は「ピルエットのサポート」を予定しており、発行予定日は2023年1月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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