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【インタビュー】平野亮一(英国ロイヤル・バレエ プリンシパル)~『うたかたの恋 ーマイヤリングー』ルドルフは男性ダンサーの夢の役。時間をかけて考えるほど、演技を深めていけるんです~

阿部さや子 Sayako ABE

『うたかたの恋 ーマイヤリングー』ナタリア・オシポワ(マリー・ヴェッツェラ)、平野亮一(ルドルフ皇太子)©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks

ロンドンのコヴェント・ガーデンにある歌劇場「ロイヤル・オペラ・ハウス」で上演されたバレエとオペラを映画館で鑑賞できる「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」。臨場感のある舞台映像はもちろん、開演前や幕間にはリハーサルの特別映像や舞台裏でのスペシャル・インタビューを楽しめるのも、この“映画館で観るバレエ&オペラ”ならではの魅力だ。

その新シーズンとなる「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23」が、2022年12月9日(金)~2023年9月28日(木)の約9ヵ月半にわたって上映される。ラインアップは同シリーズ史上最多の計13作(バレエ演目6作+オペラ演目7作)。演目ごとに1週間限定で、TOHOシネマズ 日本橋 ほか全国の劇場で公開される。

ラインナップ、上映期間、上映館など詳細はこちら

最初に上映されるバレエ演目は、ケネス・マクミラン振付の傑作ドラマティック・バレエ『うたかたの恋 ―マイヤリング―』。1889年、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子ルドルフが17歳の愛人マリー・ヴェッツェラと心中した「マイヤリング」事件は、1918年に帝国が崩壊する凶兆ともなった。この世界史的事件は、映画や宝塚歌劇『うたかたの恋』、ミュージカル『エリザベート』『ルドルフ〜ザ・ラスト・キス』等、これまで多くの作品の題材になってきた。それらのいずれよりも容赦ない深度で、ルドルフの孤独や苦悩やその果ての破滅を描ききっているのが、このマクミランのバレエではないだろうか

本作は英国ロイヤル・バレエの今シーズンのオープニングを飾り、その初日に主役のルドルフ皇太子を演じたのが、日本人プリンシパルの平野亮一だ。複雑な主人公を鮮烈に表現し、英国の各紙や批評家たちの絶賛を浴びたまさにその演技を、2022年12月16日(金)~22日(木)の1週間、全国各地の映画館で観ることができる。

「いちばん好きな作品は『うたかたの恋 ―マイヤリング―』」と語る平野亮一。今回の上映開始に先がけて話を聞いた。

Ryoichi Hirano
PRINCIPAL OF THE ROYAL BALLET, 2020, Photographer: Johan Persson

◆◇◆

英国ロイヤル・バレエの2022/23シーズンは『うたかたの恋 ―マイヤリング―』で開幕。その初日の主役ルドルフを任されたのが平野亮一さんで、英国の観客やメディアから非常に高い評価を得ていた様子は、日本にも伝わってきていました。平野さん自身も、今回の舞台には特別な手応えがあったのでしょうか?
平野 そうですね。今回は手応えというか、自分としてもしっくりくる役作りができたかなというのはありました。前回全幕でルドルフを演じたのは4年前で、僕はその時が初役だったんですよ。もちろんこの作品には何度も出演していたし、他のダンサーたちが踊るルドルフも間近で見てきていたから、4年前の時点でも「僕ならこう演じたい」というルドルフ像をある程度は持っていました。ただ、それを十二分に表現するには、自分自身がまだ少し青かったなと。その意味では、今年の春にスコティッシュ・バレエが上演した抜粋版の『うたかたの恋』にルドルフ役で客演できたのは、すごくいい勉強になりましたね。やはり役作りって、時間をかけて考えれば考えるほど、そのぶん深くなると僕は思っていて。料理でも漬け込めば漬け込むほど味がしみるっていうのと同じです(笑)。だから今回はすごくしっくりと、自分なりに思い切って演技ができたかなと感じています。

ナタリア・オシポワ(マリー・ヴェッツェラ)、平野亮一(ルドルフ皇太子)©2018 ROH. Photograph by Helen Maybanks

その「役作り」について聞かせてください。生い立ちも人格も複雑で、時に病的ともいえるほどの行動を見せるルドルフ皇太子を「しっくりくる」まで理解して演じるために、平野さんはどのようにアプローチしていったのでしょうか?
平野 僕にとって幸いだったのは、ルドルフが実在の人物だということです。人物像にしろ人間関係にしろ、調べようと思えばいくらでも資料にあたることができますからね。そして調べれば調べるほど彼がどういう人間かを理解することができるし、理解すればするほど、もしも自分が彼ならばこの時どう感じる? どう行動する? とイメージが膨らんでいく。僕はいかなる役を演じる場合でも、それが役作りの始まりだと思っています。まずはその人物を知ること。知らなかったら、その人物になりきることなんて絶対にできないから。そして次の段階として、その作品の流れを理解していく。1シーン1シーン、「いまこのシーンでは何が起こっているのか、これは物語においてどんな意味をもつシーンなのか」ということを、丁寧に解釈していきます。そのシーンの何がきっかけで彼の気持ちが変化して、次のシーンに繋がっていくのか。そうやって一つひとつ、1幕から3幕まで繋げていかなくてはいけません。ルドルフは感情が激しく変化しているように見えるかもしれないけれど、理由もなくいきなり変わっているわけじゃない。気持ちの転換には何かきっかけがないといけなくて、じゃあどこにそのきっかけを持ってくるのかということを、今回はすごく考えました。
とてもおもしろいお話です。そのように分析的に考えていこうと思うに至ったきっかけは?
平野 「気持ちが転換するきっかけはどこか」について細かく考えだしたのは、先ほど言ったスコティッシュ・バレエに客演した時です。スコティッシュのプロダクションは本来全3幕の『うたかたの恋』を2幕構成にした短縮版で、いくつかのシーンがカットされているんです。すると元々は自然に作られていた流れがどうしても途切れてしまうので、よりいっそう、感情や行動の起点になるきっかけを自分の中で明確にしていく必要がありました。本当に1シーン1シーン、どこをきっかけに次の感情に持っていくか。あるいは感情変化のきっかけとなる要素をどこに置いていくか。そういうことをすごく考えるようになりましたね。

©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks

『うたかたの恋 ―マイヤリング―』には重要な人物がたくさん登場します。とりわけルドルフをめぐる5人の女性――母である皇妃エリザベート(イツィアール・メンディザバル)、ルドルフが政略結婚をさせられるステファニー王女(フランチェスカ・ヘイワード)、エリザベートの侍女でルドルフの元愛人のラリッシュ伯爵夫人(ラウラ・モレーラ)、高級娼婦のミッツィー・カスパー(マリアネラ・ヌニェス)、そしてルドルフと心中するマリー・ヴェッツェラ(ナタリア・オシポワ)は、ストーリー的にもダンス的にも要注目と言えるのではないかと思います。それら5人のうち、平野さんがルドルフを演じる上で最も大きな鍵を握っているのは誰でしょうか?
平野 5人の女性だけでなく、父のフランツ・ヨーゼフ皇帝やハンガリーの将校たちなど男性の役も含めて、本当に全員が大きな鍵を握っていると思うんですよ。でも強いて挙げるなら、母親であるエリサベート。彼女がルドルフに一番の影響を与えたのではないかと僕は思います。そして自分の地位を上げるためにルドルフの言いなりになり、何でも与えたラリッシュ伯爵婦人。彼女の手引きでルドルフに会い、彼にどこまでもついていったマリー・ヴェッツェラ。……他の登場人物たちも、本当にみんながいたから、ルドルフはあそこまで追いやられたのだと思います。
「追いやられた」。まさにその言葉が、平野さんが演じるルドルフ像を端的に表しているように感じます。
平野 そうですね。彼は自ら命を絶つより他に選択肢がないところまで「追いやられた」としか言いようがない。そしてもうひとつ、ルドルフという役を理解するためのキーワードは「孤独」だと思います。フランツ・ヨーゼフもエリザベートも「親」とは呼べないような存在だったし、ルドルフは幼い頃から軍事訓練みたいな教育しか受けていなかったと。まだ小さな男の子なのに、寝ている時に耳元でピストルを鳴らされたりしていたというエピソードも残っているくらいです。親の愛も知らず、誰を信じていいのかもわからず、いつもビクビクしながら成長して、大人になればさまざまな女性たちが自らの地位や野望のために彼に近づいてくる。そして自分が何を望むかなんて考える余地もなく、「次の皇帝」と運命を定められているんです。もしも僕がその立場だったら、感じるのは「孤独」だと思います。

マリアネラ・ヌニェス(ミッツィー・カスパー)、平野亮一(ルドルフ皇太子)©2018 ROH. Photograph by Helen Maybanks

今回上演される平野さんのルドルフは圧倒的に「孤独」で、そこが本当に哀しく、名演だと感じました。もうひとつ、平野さんと言えば、一緒に踊ったバレリーナの誰もが口を揃える「パ・ド・ドゥの巧さ」です。本作でも先の5人を含む女性たちと非常にドラマティックなパ・ド・ドゥを踊っていますが、とくに「これは凄い……!」と感じたのが、狂気じみた場面ほどに吸い付くようなパートナリングを見せている点です。
平野 パ・ド・ドゥは「安全」でなくてはいけません。僕がいちばん大事にしているのはそのことです。一緒に踊っている女性に不安な思いは絶対にさせたくない。なぜなら少しでも不安を感じると、思い切った動きも演技もできなくなると思うから。女性が安心して踊れるかどうかは、やはり男性である僕の手にかかっています。だから安全に、安心感を与えられるようにサポートするというのは、僕のいちばんのモットーです。もちろん『うたかたの恋』に出てくるようなアグレッシブなパ・ド・ドゥになると、「安全」と「激しさ」の両立はとても難しい。でも、観ている人が「ちょっと、大丈夫なの?!」と思うような激しさは、あくまでも演技でなくてはいけません。いかに効果的に演技をしながら安全に踊り切るか。それが僕らの身に着けるべき技術なんです。
最後にひとつ聞かせてください。平野さんはかねてより「僕がいちばん好きな作品は『うたかたの恋 ―マイヤリング―』」と語っていますが、その理由を教えてください。
平野 好きな作品はもちろん他にもたくさんありますが、やはりルドルフは、 多くの男性ダンサーの夢の役だと思うんです。なぜかというと、男性ダンサーが真の主役だから。第3幕の幕が降りて、お客様の拍手の中で再び幕が上がった時、1人でお辞儀をするのはルドルフです。そしてつい最近気づいたことですが、全3幕の中で、ルドルフが出ていないのはたったの1シーンしかないんですよ。これは本当にルドルフのお話、ルドルフのバレエだと言っていい。これほどの達成感を得られる役は、他にはないのではないかと思います。

©2018 ROH. Ph by Helen Maybanks

〈英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23〉上映情報

上映期間

2022年12月9日(金)~2023年9月28日(木)※各演目とも1週間限定公開

上映劇場

札幌シネマフロンティア(北海道)
フォーラム仙台(宮城)
TOHOシネマズ 日本橋(東京)
イオンシネマ シアタス調布(東京)
TOHOシネマズ 流山おおたかの森(千葉)
TOHOシネマズ ららぽーと横浜(神奈川)
ミッドランドスクエア シネマ(愛知)
イオンシネマ 京都桂川(京都)
大阪ステーションシティシネマ(大阪)
TOHOシネマズ 西宮OS(兵庫)
中洲大洋映画劇場(福岡)

料金

全席指定・税込み  一般3,700円、学生2,500円(※要学生証)

上映スケジュール

【バレエ演目】
『うたかたの恋 ーマイヤリングー』:2022年12月16日(金)~12月22日(木)
※22/12/29追記【アンコール上映】2022年12月30日(金)~2023年1月5日(木) TOHOシネマズ日本橋
「ダイヤモンド・セレブレーション」:2023年2月17日(金)~2月23日(木)
『くるみ割り人形』:2023年2月24日(金)~3月2日(木)
『赤い薔薇ソースの伝説』:2023年3月24日(金)~3月30日(木)
『シンデレラ』:2023年6月16日(金)~6月22日(木)
『眠れる森の美女』:2023年8月25日(金)~8月31日(木)

【オペラ演目】
『蝶々夫人』:2022年12月9日(金)~12月15日(木)
『アイーダ』:2023年1月6日(金)~1月12日(木)
『ラ・ボエーム』:2023年1月20日(金)~1月26日(木)
『セビリアの理髪師』:2023年5月19日(金)~5月25日(木)
『トゥーランドット』:2023年6月2日(金)~6月8日(木)
『フィガロの結婚』:2023年7月7日(金)~7月13日(木)
『イル・トロヴァトーレ』:2023年9月22日(金)~9月28日(木)

★詳細は公式ウェブサイトでご確認ください

配給:東宝東和

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