
パリ・オペラ座――それは世界最古にして最高峰のバレエの殿堂。バレエを愛する私たちの聖地!
1661年に太陽王ルイ14世が創立した王立舞踊アカデミーを起源とし、360年の歴史を誇るオペラ座は、いわばバレエの歴史そのものと言えます。
「オペラ座のことなら、バレエのことなら、なんでも知りたい!」
そんなあなたのための、マニアックすぎる連載をお届けします。
- 「太陽王ルイ14世の時代のオペラ座には、どんな仕事があったの?」
- 「ロマンティック・バレエで盛り上がっていた時代の、ダンサーや裏方スタッフたちのお給料は?」
- 「パリ・オペラ座バレエの舞台を初めて観た日本人は誰?」 etc…
……あまりにもマニアックな知識を授けてくださるのは、西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)がご専門の若き研究者、永井玉藻(ながい・たまも)さん。
ディープだからこそおもしろい、オペラ座&バレエの歴史の旅。みなさま、ぜひご一緒に!
イラスト:丸山裕子
🇫🇷
4月末、「バレエチャンネル」終了のお知らせが発表されました。
それにともない、この「マニアックすぎる パリ・オペラ座ヒストリー」も、ちょうど60回目となる今回で最終回を迎えます。2021年5月の初回以来、かなり偏ったバレエ史語りにお付き合いくださった読者の皆さま、本当にありがとうございました。最終回となる今回は、連載を共に作り上げてくださったイラストレーターの丸山裕子さんをお迎えし、5年間の連載を振り返ります。
丸山さんは関西在住のため、実はこの5年間、一度も直接お会いしていません。それでも、文章とイラストを通して、私たちはパリ・オペラ座の歴史を紡いできました。資料の中では名前や肩書きとして残っている人たちが、絵になることで、急に「生きた人間」として立ち上がる。そんな瞬間も、この連載には何度もありました。
歴史資料を読むこと、それを文章にすること、そして、絵によって歴史上の人物を「生きた人間」として立ち上げること。最終回は、そんな連載の舞台裏を、いつも通りディープに、そして今回は少しだけ名残惜しくご紹介します。
……このフレーズを書くのも、これが最後です。

左から永井玉藻さん、丸山裕子さん ©Ballet Channel
🇫🇷
丸山 初めて直にお会いした玉藻さんは、思ったより元気な方だなと。研究者さんだし、文章がどこまで本質なのか分からないじゃないですか。ですが、文章の中の面白いところが本質だなと感じました。
永井 普段は擬態しているので(笑)。裕子さんは、絵の印象を上回る落ち着き感の方だなと思いました。
丸山 (笑)。
永井 本当に5年間の連載中、一度もお会いしなかったんですよね。だから、毎月私が書いた内容を受け止めていただいて、そこから絵を生み出してくださるというのはとても貴重な経験でした。原稿が来るまで、どういう内容なのか分からないじゃないですか。描きづらいこともおありだったのではと……。
丸山 編集部が間に入ってくださって、イラストの題材の提案をしてくださっていたんです。あとまず資料が面白い。で、それが残っているということがすごく不思議でもあって……。昔のダンサーって、絵の中の人というか、現実の人の感じがないじゃないですか。でも玉藻さんが出して来る資料によって、その人たちが現役で生活してた人っていう感じがして、そこが面白かったですね、私は。
永井 すごく嬉しいです。やっぱりタリオーニとかグリジとか言われても、過去のダンサーだから、現代の観客にとってはあまり関係ないんですよね。でも、そういう人がいたから《ジゼル》や《ラ・シルフィード》が生まれたわけで、その流れを大事にしたいです。あと、歴史上の人といっても、みんな実際に生活している人だから、嫌なことや嬉しいこととかもあっただろうし、好きな食べ物はこれとか、人間としての面があるはずなんですよね。大学の授業でもそうなんですが、歴史の話をするときは、現代でも隣にいそうな人の感触を出したいんです。
丸山 そういうふうになっていたと思います。
永井 本当ですか、よかった。

©Ballet Channel
イラスト作画秘話
永井 イラストを描く上で、とくに大変だったことはありますか?
丸山 時代考証は大変でした。衣裳とか建物とか。景色を描くときに、周りがどうなっているのか、すごく調べていました。それが一番時間がかかりましたね。オペラ座もとにかく調べて。人物を描くのは好きなので、踊っているところを描くのはそれほど難しくないのですが、足の形とかは気を使います。
永井 ダンサーの足の甲の出方とかも綺麗に描いてあって。
- 今日、丸山さんに原画を持ってきていただいていますが、ラフ画の時にはモノクロだけれど、本描きで色がついたのを見ると、パッと輝く感じがあるんですよね。

連載第20回のテーマ、マリー・タリオーニのイラスト画 ©Ballet Channel
丸山 ラフは鉛筆で描いて、それを綺麗な線に整えてからペンでトレースします。そのあと、元の線は消しゴムをかけて消すんですが、その作業でペンの線の真ん中部分がちょっと透き通るように薄くなるんですね。その感じが好きなんです。パソコン上で加工する時も、露光量を調節してその透き通る感じが出るようにしています。完成した絵をスキャンすると、色味が少し変換されたりもするので、ある程度は直しているんですが。
永井 描くときに大事にされていたことはありますか?
丸山 実は結構ボツにしたものがあるんです、仕上げの時に。それは感覚的なんですが、同じように描いていてもつまらないなと思うものがあるんですよね。そういうのはボツにしています。
ラフっていい感じにできるんですよ。勢いで描いているし、修正をするわけではないので、雰囲気が出るんです。それを綺麗にした時に何かが消えてしまうことがあって、たいてい最初に描いたものの方がいいんですよね。「ここ、ちょっと失敗したから描き直そう」と思って描き直したのは、よりつまらなくなっていく。その画面から出て来るものがあって、それがない場合は採用しないですね。

数あるイラストの中で、いちばん難しかったのは第59回で描いた船の絵(右下)だそう ©Ballet Channel
永井 生成AIの絵を見たときに、物足りなく感じることがあるのと近いかもしれませんね。描き手の意思とか、生気みたいなものが感じられないというか。描いている人の楽しみとかそういうものを見たい。
丸山 そうそう。描いていると楽しいんですよ。それは絶対に絵に出るから。私が手描きでやるのも同じ理由で。原画は結局、スキャンして取り込んでしまうので、パソコンやスキャナの能力によって線は整理されていってしまうけれど、だからといってタブレットで描いたのと一緒かというと、違うと思うんですよね。なので、私はやっぱり手で描きたいなと。

©Ballet Channel
「360年の歴史」は尽きることがない
- この「マニアックすぎる パリ・オペラ座ヒストリー」は全部で60本の記事があるんですが、毎回の記事テーマが尽きることがなかったですよね。
永井 それはオペラ座ならではですね。資料を掘り返すと、スキャンダルが起きたとか、ダンサーが何かやらかしたとか、お金の問題が、みたいな話題がいつも出てくるので、ネタに欠くことがないんです。実際、連載でも19世紀の終わりまでたどり着いていないですし。
丸山 毎回のテーマはどのように決めていたんですか?
永井 一応、時代順に、という基準があったんですけれど、内容のバランスなどについては本当に何も考えていなくて(笑)。私が面白いと思うことが、読み手の方々にとって面白いとは限らないので、なるべくバレエファンの方に「へえ」と思ってもらえるようなものを選んでいました。
あと、一つ絶対に決めていたのが、「3分でわかるバレエの歴史」のような内容にはしない、ということですね。
丸山 大丈夫、3分ではわからない(笑)。

©Ballet Channel
永井 (笑)。オペラ座の歴史って360年以上あるわけで、そのうちの1年間でも、語ることがとてもたくさんなんですよ。その時間を軽く扱いたくなかった。
SNSとかに公演の感想がバーって流れていくのを見ていると、人が観劇する時間の中で受けた印象や感動の量とか重みを感じるんですよね。たった2時間とかでもそんなにあるわけだから、それだけのものを与えるバレエに対して、手軽に得られるインスタントな情報みたいな扱い方をしたくなかったんです。なので、よりマニアックになる(笑)。裕子さんのイラストが出てくると、「なるほど、ここを拾ってくださったんだな」とか、「ここに注目していただいたんだな」とか、客観的にわかる感じでした。
丸山 数字が出て来る資料が面白かったですね。給料とか契約書とか。そういう資料がちゃんと残っているのがいいなと思った。
永井 面白いですよね〜(笑)。みんな全部実在の人なので、その人たちが生きた痕跡を見るのは、すごく楽しいです。この連載では、本当に好き放題書かせていただきました。
最後なので
- 最終回はどんなイラストを描いていただきましょうか?!
永井 ガラ公演的な名キャラクター総出演とかどうでしょう。
丸山 そうしましょう!
……というわけで、最終回は連載を彩ってきた人物たちが集う「オールスターキャスト」でお届けします。5年間、ありがとうございました!
🇫🇷
読者の皆様へ
5年にわたり、このマニアックな連載をご愛読いただき、ありがとうございました。
普段、研究者として仕事をしていると、公演の作品解説やプログラムへの寄稿などを依頼される機会が多くあります。そうしたご依頼では、たいていの場合、執筆内容のお題が決まっていて、それに沿って短い文章を書くのが仕事です。
いっぽう、バレエチャンネルでのこの連載は、編集部による「何を書いても良い」という豪胆な方向性でした。これはとても珍しいことで、実際、連載期間中は文字通り好き放題書かせていただくことになり、パリ・オペラ座の歴史にとどまらず、バレエ業界に関わっている魅力的な方々にインタビューする機会もありました。それらの全てが皆様の関心を惹く内容だったかどうかは定かではないですが、何かしら記憶に残る記事があったなら、書き手冥利に尽きますし、それは何よりも編集部が支えてくださったお陰です。
連載は終了しますが、私自身は今後も手を替え品を替え、パリ・オペラ座とバレエの歴史に関するお話を、さまざまな機会にしていくものと思っています。というより、おそらく黙っていられないでしょう。
その中で一つだけ、「書いておけば叶う」という、まぁなんというかおまじない的な、しかし本人はちょっと本気の願いを残しておこうかな、と思います。
私は現在、複数の大学で、バレエ史の授業を担当しています。
教える内容も規模も、授業の位置付けによって異なりますが、初回の授業で受講生の皆さんに受講理由を聞くと、どこの大学でも、必ず一人は「小さい頃からバレエを習っていた/習っている」という学生さんがいます。
そして、そうした方々が次に続けるのが、「でも、バレエの歴史は習ってこなかった、教えてもらっていない」ということ。
さらに受講後の感想として、高確率で出てくるのが「バレエがこんなにも、政治や歴史、社会の状況と繋がっているとは思わなかった」ということです。
……あえてそういう角度から話をしている、というのもあるのですけれども。
この展開に何回も接するうちに、挑戦させていただけるならと思うようになったのが、プロフェッショナルダンサー、あるいはプロを目指しているジュニア世代のダンサーのための、バレエ作品研究やレパートリー理解、オペラ・バレエ史の理解のための機会を設けることです。それは、単に知識を増やすためのものではありません。作品をどう読むか、歴史や音楽との関係をどのように踊りに反映していくか、バレエを取り巻く制度や美学をどう捉えるか。そうしたことを、プロフェッショナル・リテラシーとして考えるための場です。バレエ学校などで舞踊史の授業を受講している場合は別ですが、そのような機会がなく、しかし上記のようなことをより探求したい、知りたいと思っているダンサーのさらなる飛躍に資する機会を、この先のどこかでつくっていけたらと思っています。
ここまで書いておいて需要がまったくなかったらどうしよう、という気持ちも少しあります。が、書いておかないことには始まりません。
この連載で書いてきたバレエとオペラ座の歴史が、いつか誰かの踊りを支え、誰かの見方をほんの少し遠くへ連れていくものであったなら、これ以上嬉しいことはありません。また何かの形で、皆様と共に「マニアックすぎる パリ・オペラ座ヒストリー」を語る機会がありますように。

【NEWS】永井玉藻さんの新著が好評発売中!
「バレエ伴奏者の歴史〜19世紀パリ・オペラ座と現代、舞台裏で働く人々」

バレエにおいて、ダンスと音楽という別々の芸術形態をつなぐために極めて重要な役割を果たしている存在、それがバレエ伴奏者。その職業が成立しはじめた19世紀パリ・オペラ座のバレエ伴奏者たちの活動や役割を明らかにしながら、華やかな舞台の“影の立役者”の歴史をたどります。
●永井玉藻 著
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