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【マニアックすぎる】パリ・オペラ座ヒストリー〈第27回〉パリ・オペラ座バレエ学校入学案内【1860年版】

永井 玉藻

パリ・オペラ座――それは世界最古にして最高峰のバレエの殿堂。バレエを愛する私たちの聖地!
1661年に太陽王ルイ14世が創立した王立舞踊アカデミーを起源とし、360年の歴史を誇るオペラ座は、いわばバレエの歴史そのものと言えます。

「オペラ座のことなら、バレエのことなら、なんでも知りたい!」

そんなあなたのための、マニアックすぎる連載をお届けします。

  • 「太陽王ルイ14世の時代のオペラ座には、どんな仕事があったの?」
  • 「ロマンティック・バレエで盛り上がっていた時代の、ダンサーや裏方スタッフたちのお給料は?」
  • 「パリ・オペラ座バレエの舞台を初めて観た日本人は誰?」 etc…

……あまりにもマニアックな知識を授けてくださるのは、西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)がご専門の若き研究者、永井玉藻(ながい・たまも)さん。
ディープだからこそおもしろい、オペラ座&バレエの歴史の旅。みなさま、ぜひご一緒に!

イラスト:丸山裕子

🇫🇷

この連載をお読みのみなさまの中には、2012年にフランスとドイツの共同チャンネル「Arte」で放送された、『Graines d’étoiles』(日本語タイトルは「未来のエトワールたち」)をご存知の方も多いのではないでしょうか。2011年の9月からの1年間、オペラ座付属バレエ学校の生徒たちに密着したドキュメンタリーシリーズで、初回エピソードの冒頭、9月の新学期に学校へやってきた新入生たちが、これからの学校生活にキラキラした期待を寄せているシーンがあり、それを見るたびに、フランスの9月の、慌ただしくもフレッシュな空気感を思い出してしまいます(そして今やバレエ団を担う存在となったダンサーたちの、学校時代の姿が……!)。

さて、本連載の第12回でも、19世紀半ばまでのオペラ座バレエ学校のようすをご紹介しましたが、19世紀後半になると、学校に関わるものごとも様々な変化を見せていきます。今回は、1860年に作成されたオペラ座付属バレエ学校の規則集を参照しながら、19世紀のバレエ学校への入学から学校での過ごし方までについて、Q&A方式でご紹介します。

資料について

今回参照する資料は、1860年のオペラ座バレエにおける、コール・ド・バレエと付属バレエ学校(この資料上では「コンセルヴァトワール・ド・ラ・ダンス」という名称です)に関する規則集です。この時期、オペラ座バレエではソリスト以上の階級のダンサーたちを「ダンス部門」、群舞を踊るダンサーたちを「バレエ部門」もしくは「コール・ド・バレエ」の名称で区別していました。のちに見るように、当時のコール・ド・バレエには、バレエ学校の生徒たちも出演しており、両者は非常に強いつながりを持っていたことがわかります。今回参照する資料でも、コール・ド・バレエの規則部分(第1〜27条)に続いて、バレエ学校の規則(第28〜51条)が連続して記されています。

こちがら1860年のオペラ座バレエにおける、コール・ド・バレエと付属バレエ学校に関する規則集です。フランス国立公文書館所蔵 ©️Tamamo Nagai

では、当時のバレエ学校に関しては、どのような規則があったのでしょうか? まずは入学試験関連の情報から見ていきましょう。

入学試験に関するQ&A

Q1:入学のための資格はありますか?
A1:年齢制限や健康状態・体格のチェックがあります。

【解説】幼少期からの長期間にわたるトレーニングを経て、プロとして活動するための基礎を整えるバレエにおいて、トレーニングを始める年齢や、個々の健康状態は大事な要件ですよね。年齢に関して、規則集には「7歳未満または10歳以上の場合は、入学を許可しない」(第34条)との記述があり、7〜9歳でなければ学校に入学する資格がないことが明言されています(例外として、オペラ座バレエにすでに所属しているか、「特別な才能を持つ子ども」は許可されたようです)。つまり、オペラ座の舞台に立つダンサーとしては、遅くとも9歳までには本格的な練習を始める必要がある、と考えられていたのでしょう。

また、入学希望者への健康状態や体格の審査が行われていたことも、注目すべき点です。具体的な審査項目に関しては記録がないのですが、入学審査の際に、オペラ座に複数いた専属医師の中から一人が、入学希望者の審査会に出席し、「受験者の身体的な素質について意見を述べる」(第37条)ことになっていたようです。医学的な見地からのチェックが、すでにこの時代から行われていたのですね。

Q2:入学試験について教えてください。
A2:試験は年3回の開催を予定しています。受験を希望するみなさんは、まずオペラ座のダンス部門管理部にご連絡をお願いいたします。入学は、審査委員会の許可が下りた方のみに認められます。

【解説】現在のオペラ座付属バレエ学校、エコール・ド・ダンスへの入学試験は、原則的に年1回のみ。いっぽう、1860年代には、1月、5月、9月の3回、試験が行われることになっていました。受験者にとっては、割とチャンスがあったのですね。

受験希望者は、まずダンス部門の管理部に連絡し、市民権を証明する書類を提出しなければいけませんでした。そののちに、入学のための審査委員会による受験生審査が行われたようです。審査委員会の構成メンバーは、オペラ座バレエのメートル・ド・バレエ、バレエ学校の教師たち、そしてダンス部門管理部の部長。入学が妥当だと認められると、晴れて入学許可が下りました。

Q3:入学後、他の芸能活動はできますか?
A3:少なくとも5年間はできません。

【解説】1860年代のバレエ学校では、入学とオペラ座への出演が同義でした。というのも、バレエ学校に入学した生徒は、授業料が無料になる代わりに、5年間はバレエ団の最下級団員の「カドリーユ」として、オペラ座の舞台に出演することを義務付けられていたためです。そのため、オペラ座監督の許可なしに、他の劇場との出演契約などを結ぶことはできませんでした(第36条)。

19世紀の労働階級の家庭で、ある程度の年齢になった子どもは、一家の労働力となりえます。したがって、バレエ学校に入学した生徒に関しても、親が子どもに学校でのレッスンを受けさせながら、その子どもをオペラ座以外の劇場で働かせる、という可能性がないとは言えません(学校の授業は無料ですし)。それを抑止するため、オペラ座は入学者の父母、または保護者に対して、バレエ学校への子どもの入学は「Un contrat d’apprentissage」、つまり見習い契約であり、生徒はオペラ座に奉仕する義務がある、と明言していたと考えられます。

授業に関するQ&A

Q4:クラスや学年の構成について教えてください。
A4:男女レベル別の、合計7つのクラスがあります。

【解説】1860年当時、付属バレエ学校に設置されていたのは、以下の7つのクラスでした(第28条)。

  1. 男子の初級クラス
  2. 女子の初級クラス
  3. 男子の中級クラス
  4. 女子の中級クラス
  5. バレエの練習クラス
  6. 上級クラス、あるいは女性のための完成クラス
  7. 特別に適性が認められた生徒のためのパントマイムクラス

この当時、基礎レッスンのために開設されていたのは初級と中級のクラス。いっぽう、⑤の「バレエの練習クラス」では、「バレエとディヴェルティスマンのための継続的な訓練」が行われました。「資料について」でも述べたように、当時のオペラ座におけるコール・ド・バレエが「バレエ部門」とされていたことを踏まえると、⑤のクラスは、オペラ座の演目で群舞を踊るためのものだった可能性があります(第39条)。レッスンは日曜日と祝祭日以外の日に行われ(第29条)、生徒は入学審査委員会の決定によって、それぞれのクラスに振り分けられました(第30条)。

Q5:レッスンウェアなどの準備はどうしたらよいですか?
A5:初級クラスの生徒で、オペラ座バレエにまだ所属していない場合は、学校からの無料支給があります。

【解説】バレエ学校の授業が無償で行われることはすでに述べましたが、初級クラスの生徒でオペラ座バレエに出演していない場合に限り、なんとレッスン着も支給されたようです。その内容は、女子生徒にはバレエシューズ4足、スカート2枚とブラウス2枚、男子生徒にはバレエシューズ4足(第31条)。これらの物品は、生徒の両親または保護者が、責任を持って管理・メンテナンスしなければいけません。

Q6:授業に出席しなかった場合、どうなりますか?
A6:罰金、またはクラスからの追放処分となります。また、正当な理由なく授業を欠席した場合も、処分の対象となります。

【解説】オペラ座バレエの就業規則は厳しいもので、きちんと出演していないとすぐに罰金の対象になってしまいます。その厳しさは、バレエ学校の場合も同様でした。規則正しく授業に出席しなかったり、クラスの秩序を乱したり、教師に敬意を払わないような行為をした場合、当該の生徒に対しては罰金またはクラスからの除籍、という処分が下されます(第44条)。

また、無料でレッスンを受けている生徒でも、正当な理由なくひと月に3回授業を欠席すると、授業に出席できなくなることがあったようです(第46条)。ちなみに、バレエ学校とオペラ座の建物内では、「すべての遊戯、宝くじ、懸賞等は厳禁」でした(第43条)。

進級に関するQ&A

Q7:クラスの進級やオペラ座バレエへの正式入団は、どのように決まりますか?
A7:バレエ学校の教師による推薦を経て、試験やコンクールののちに決定します。

【解説】バレエ学校の教師たちは、自分のクラスのレベルに達したとみなした生徒を、進級試験やコンクールに推薦する権利を持っていました(第48条)。生徒はそれらの試験やコンクールを受け、審査に合格することで、進級したりオペラ座バレエの団員になったりしていたようです。個々のクラスを運営するのは各担当教師ですが、バレエ学校のすべてのクラスは完成クラス(上級クラス)の担当教師が指導を監督していました。さらに、完成クラスの教師は生徒の進捗について、オペラ座監督に対し、月ごとに報告書を提出しなければなりませんでした(第50条)。

この規則書が作成された当時、フランスはナポレオンのおい、ルイ=ナポレオン(1808-1873)が皇帝となる第二帝政期(1852〜1870年)の真っ只中で、産業や社会のあり方が著しく発展していきました。バレエ学校のさまざまな規則に関しても、19世紀前半までと比較すると、稽古着の支給についての言及や、生徒の立場、教師の役割などについて詳細が記されており、規則内容の整備も格段に進んでいます。とはいえ、小さい頃から仲間とともにダンサーとしての訓練を積み、オペラ座とその周辺で日々を過ごす、というバレエ学校の生徒たちのありかたは、いつの時代にも変わらない風景なのかもしれません。

★次回は2023年10月5日(木)更新予定です

参考資料

Archives Nationales. AJ/13/479, Règlement pour le service du corps des ballets et du conservatoire de danse de l’Opéra, 1860.

Auclair, Mathias et Ghristi, Christophe (dir.) 2013. Le Ballet de l’Opéra, Trois siècles de suprématie depuis Louis XIV. Paris, Albin Michel.

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

1984年生まれ。桐朋学園大学卒業、慶應義塾大学大学院を経て、パリ第4大学博士課程修了(音楽および音楽学博士)。2012年度フランス政府給費生。専門は西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)。現在、20世紀のフランス音楽と、パリ・オペラ座のバレエの稽古伴奏者の歴史研究を行っている。

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